3-15 魔王さまみぃつけた
僕は、自分がごく普通の4歳児だと思っていた。
だけどある日、保育園の階段から落ちて頭を打ち、前世があったことを思い出す。
『さらばだ勇者たち。私は平和な世界へ旅立つ――【転生魔法】発動!』
『なに? ならば魔王よ、来世こそ倒す!』
『魔王……絶対逃さないわ……』
『魔王様、またつぎもお傍に!』
『ちょっと待て! 君たちついてくるの!?』
どうやら前世の世界にいた魔王、それに勇者、聖女、魔王の侍女の4人は、この日本に転生してしまったようだった。
そして僕は、そのうちの一人らしい。
さらに保育園には僕以外にも転生者がいて、魔王を探していて……。
でも待って。大事なことが思い出せない!
魔王・勇者・聖女・魔王の侍女――僕はいったい誰の生まれ変わりなの?
追う勇者たちに、追われる魔王。
平和な保育園で、転生者たちによる〝かくれんぼ〟が始まる。
知略を尽くして勝つのは、『僕』だ。
「どこにいるの?」
静寂の中、彼女の声がひたひたと這い回っていた。
「どこ……?」
布ずれの音。
かすかな床の振動。
呼吸の熱。
彼女の気配が近づくたび、僕の心臓は早鐘のように脈を打つ。
「ここに、いるんでしょ?」
やがて彼女は、僕のすぐそばで止まる。
「あなた……なの?」
ギュッと閉じたまぶたの向こう、わずか数センチの距離。
じっと、瞬きもせずに、僕の顔を覗き込んでいる。
つい息が乱れそうになる。
だけど我慢だ。
寝たフリをしていることは、決して悟られてはならない。
「ちがう……」
じっと耐えていたら、やがて彼女は離れていった。
(……危なかった)
僕は肩の力を抜いて、寝返りを打つフリをして細く目を開いた。
そこは、陽光が差し込む暖かな部屋だった。
僕だけじゃなく、幼児たちが何人も昼寝をしている静かな空間だった。
普通の住宅街にある、普通の保育園。
その4歳児クラス。
僕――村瀬悠里は、齢4歳にして人生の岐路に立っていた。
◇
「ユウくん、かくれんぼしよ!」
僕はいままで、自分が普通の子どもだと思っていた。
生後半年で言葉を話し、1歳の頃には三輪車をブイブイ乗り回し、2歳で四則演算ができた。
保育園に入る前の僕はそれが普通のことだと思っていた。
4歳でFXを始めても、両親は「すごいね~」と感心しただけだったし、おねしょした布団を自分で洗っている時のほうがよほど喜んでいたからだ。
だからこれくらい普通で、街で見かける他の子どもも、みんな家では資産運用しているものだと思っていた。
どうやらそうじゃないぞ……と気づいたのは、保育園に通い始めてからだった。
出したものは片付ける。
好き嫌いはしない。
駄々はこねない。
そういった当たり前が、みんなにはまだ難しいらしい。
「レイナちゃん、お片付け一緒にしようよ」
「え~レイナお片付けきらーい。ミドリ先生やってー」
「あれれ~いいの? なら先生が悠里くんひとりじめしよーっと」
「だめ! レイナもやるもん!」
いつもかまってくるレイナちゃんなんて、片付けは嫌いだし、野菜は苦手だし、機嫌が悪くなるとすぐに泣く。
ミドリ先生はそんなレイナちゃんの扱いがとっても上手だったから、僕はミドリ先生を本当に尊敬している。美人だしね。
ミドリ先生を見て鼻の下を伸ばしていると、少しお腹が痛くなってきた。
「ユウくんどうしたの? ぽんぽんくるしい?」
僕が調子悪いと、いつも一番先に気づくのはレイナちゃん。
レイナちゃんはダメなところもあるけど、良いところもたくさんあるのだ。
「今日は朝から難儀なんだ。ミドリ先生、うんち」
「先生はうんちじゃありません。おトイレいける? 難儀出せる?」
「がんばる。レイナちゃん、僕トイレいってくるね」
「だめ! お片付け!」
良いところもたくさんある……はず。
僕はレイナちゃんの制止をかいくぐってトイレに駆け込んだ。
結局、難儀は出なくて戻ってきたら、みんなで庭に向かうところだった。
外で遊ぶ時間だ。
ぞろぞろと移動していると、途中の階段でレイナちゃんが何かにつまずいた。
「きゃっ」
僕は考えるより先に体が動いて、倒れるレイナちゃんに手を伸ばした。
だがその瞬間、なぜかレイナちゃんの体がふわりと浮いて止まった。
「え」
レイナちゃんを掴もうとした僕は、目測を誤って足を滑らせてしまう。
そのまま、なすすべもなく床に頭を打ち付けた。
その瞬間。
脳内に、何かが流れ込んできた――
『――逃げるのか』
大きな城の中だった。
城の大広間のようなところに、誰かが見えた。
『逃げる、か……そうだな。余はもう疲れたのだ。戦争も何もかも』
『ボクとの決着はどうする! こんな終わり方認めない!』
広間には4つの人影があった。
景色はぼんやりとしていて、彼らの顔や姿はよく見えない。
ただ何か言い争っているようだ。
『勇者よ、貴様の勝ちでよい』
『ふざけるな! ボクは、ボクは……!』
『勇者様、わたくしにお任せください。魔王の【転生魔法】を止めることはできませんが、割り込むことはできます』
『聖女よやめておけ。そんなことをすれば、貴様らも巻き込まれるぞ』
『もとより命は捨てた身。何があろうと、あなたは絶対に逃がしません』
『頑固者め。侍女ムリィよ、最後の命令だ。こやつらを止めろ』
『できません魔王様、私もご一緒いたします!』
『なっ!?』
『よぉし魔王、来世で決着だ! 覚悟しておけよ!』
『絶対に逃がしませんわ』
『つぎも私をお傍に!』
『ちょっ! 貴様ら本当についてくる気か!?』
そして、魔法が発動した。
すぐに景色は暗転し――
「――くん! ユウリくん!」
気づけば、ミドリ先生が僕の顔を覗き込んでいた。
不安そうな顔も美人だ。
「大丈夫?」
「うん。平気だよ」
ムクリと起き上がる僕。
「痛いところは?」
「ないよ……あ」
お尻に違和感が。
「どうしたの? お尻打っちゃった?」
「べ、べつに」
「正直に言って。先生心配よ」
「あの……出ました」
「なにが?」
「難儀が」
「……パンツ替えようね」
「うぃ」
僕はスッキリした。
その後の庭遊びの時間は、レイナちゃんのアリの巣掘りに付き合った。
でも僕は、スコップで土をざくざくしながら、別のことを考えていた。
(……僕には、前世があった)
さっき見た景色は、記憶の一部だ。
僕の知識が間違いないと言っている。
あそこは人間と魔族が争う、いわゆる魔法の世界。
対峙していたのは勇者と魔王。
そして魔王が発動したのは【転生魔法】だった。
その影響で、魔王をはじめ勇者、聖女、魔王の侍女がこの世界に転生することになったのだ。
(僕も転生したんだった)
僕は、初めから子どもじゃなかった。
どうりでなんか変だと思った。
……だけど、わからない。
僕はいったい4人のうちの誰なんだろう?
蘇ったのはさっきの俯瞰的な景色と、断片的な知識だけだった。
果たして僕は、誰なのか?
逃げるように転生した魔王か。
あるいは、魔王を追いかけて転生した残りの三人か。
気になってアリの巣も探せない。
「試しにもう一回頭打ってみる……?」
「ユウくん、なんでスコップであたま叩いてるの? だいじょーぶ? あたまわるい?」
「それは悪口だよレイナちゃん」
まあ、いまはやめておこう。
挙動不審にならないようにしていたら、外遊びの時間は終わって、昼ご飯の時間になった。
ここでもレイナちゃんにニンジンを押し付けられたりするうちにあっという間に過ぎて、午睡――お昼寝の時間になった。
いつもはすぐに寝てしまうけど、さすがに今日は目が冴えていた。
静かな保育室で布団をかぶって横になると、ふと気づいた。
(そういえばレイナちゃんが浮いたの……あれ、たぶん念動魔法だ)
念動魔法は初歩の初歩。あの世界なら誰でも使える魔法だった。
この世界では誰も知らない技術だから、つまり魔法が使えるのは転生者だけだ。僕もたぶん、いまなら使える。
つまり、
(ここに、僕以外の転生者がいるってことだ)
レイナちゃん自身か、あの場にいた他の子か。
いずれにせよ転生者が隠れている。
僕と同じように、子どもたちに紛れて。
(……誰だろう)
「ミドリ先生、交代です。お昼どうぞ」
「はーい」
黙って考えていたら、部屋に若い保育士が入ってきた。
最近赴任してきた、少女に見えるほど童顔で可憐なサクラ先生だ。
可愛いタイプも良いよね。
そのサクラ先生はしばらくする、としんと寝静まった保育室で、かすれるような小さな声でつぶやいた。
「――魔王様、いますか?」
(えっ)
つい息を呑む。
「私、ムリィです。ここにいますよね?」
(まさか……魔王の侍女!?)
聞き間違いじゃない。
その名を知っているのは、転生者だけのはず。
僕はつい驚いて声を上げそうになって――ふと、冷静になった。
(待て……本当にムリィなのかな?)
記憶にあるあの世界は、殺伐としていた。
種族争いに権力闘争、謀略や騙し討ちは日常茶飯事だった。
それこそ魔王が嫌になるくらいに。
(魔王を追ってきたのは、勇者と聖女も同じ。侍女のムリィが転生したことを知っているのは、ムリィ本人だけじゃない)
もし僕が魔王だった場合。
サクラ先生が、魔王をおびき出すためにムリィの名を騙る勇者か聖女だったとしたら?
いまの告白が罠だったとしたら?
(僕はどうすべき?)
考える。
ここで僕も転生者だと明かすべきか。
それとも、黙っているべきか。
……いや、愚問だ。
僕はまだ、僕が誰かを知らない。
もし僕が魔王だとしたら、ここで名乗り出ることに何のメリットもない。むしろかなり危険だ。
それに、このクラスにはもう一人の転生者がいる。
いまもひっそりと僕たちを観察しているかもしれない。
(なら、ひとまず様子見だ)
もし僕が魔王だったなら。
この〝かくれんぼ〟は、負けるわけにはいかない戦いなのだ。
僕はすぐに固く目を閉じて、寝たフリを始めた。
「魔王様……どこにいるの……」
サクラ先生はさながら亡霊のように、保育室を徘徊するのだった――





