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3-12 私の波乱ある青春時間

 親の都合で一人暮らしをする事になったラミア・アフカル・プルーガドルドは、一人暮らしの不安より自由気ままに青春を謳歌出来る楽しさで浮かれていた。何せ衣食住の心配は何もなく、少なくとも三年は順風満帆と言えるだけの生活は送れるだろうという中、5月の連休を終えて登校初日を迎えたラミアは、意気揚々と学校の門をくぐった。

 クラスメイトとも問題なく馴染んだ後、窓際の席に案内された私は、周囲の視線を一身に集めているのを自覚しつつ席についた。

 チラリと外に目を向ければ、無気力な目をした男と目が合う。

 男性としては小柄で、ややふっくらとした体つき。

 落ち窪んだ目つきが目立つその顔の印象は、根が暗そう。

 すれ違いざまの一瞬で得たその男は、そのまま地面へと向かっていく。


 慌てて身を乗り出すと、綺麗に刈り込まれた芝生の下に血みどろの死体が花咲いていた。


 肉が潰れてひしゃげた、生々しい音が耳に刺さる。

「ちょっと!?」

 慌てて窓枠から身を乗り出して地面へ目を向ければ、青々とした芝生の中に見事な血の花が咲いていた。

 落ちた男の子の顔というか頭は、慣れている者でなければ見るに堪えない姿になっている。

 間違いなく、死んでいる。

 そんな事はわかってはいたものの、私の足は窓枠に足をかけ、うっかりそのまま飛び降りてしまった。

「テンコーセイ!?」

 後ろから慌てた声が聞こえたものの、今更どうしようもない。

 私にとっては、このくらいの高さはどうということはないからだ。

 膝を落として衝撃を減らして着地を済ませ、急いで男の子の成れの果てへ駆け寄る。

「……っ!?」

 風もなく周囲に漂う血の匂いに、私の体がどうしようもなく感じてしまう。


  お い し そ う


 うっとりと目を蕩かせ、口元が緩んでしまう。

 この血肉を啜りたいと、喉が渇きを訴えてくる。

 血の海(ブラッドバス)に身を沈め、その血を全身で浴びたいと震えが起こる。


(ダメよ私! 今はまだその時じゃない!)


 口元を手で隠すようにして自分の指に噛みつき、どうにか意識を紛らわせる。

 それでも、体の奥底からくる興奮は抑えきれず、膝をついてしゃがみ込むと自分の腹を思い切り殴りつけた。


 間違いない(・・・・・)。 この男の子は(・・・・・・)危険な子だ(・・・・・)


 頭の中にわずかに残った冷静な部分が、この子をそう判断した。

「おーい、転校生?」

 私の頭上から、呑気な声が降ってきた。

 声色からすると担任だろうと推測できた。

その子(・・・)自動で生き返るから(・・・・・・・・・)

「……え?」

 そんなバカな。

 多種多様な力はあるし見てきたけど、自動蘇生能力なんて聞いた事がない。

 そう思っていた私だった。

 けど、いつの間にか私の周囲に漂っていた血の匂いは消えたのに気づくと、さらに目の前で壊れた肉体が服ごと修繕されていく。

 小さく血を吐いて気管の詰まりが取れると、男の子は私の方を見るなり慌てふためきながらも立ち上がり、一目散に逃げ去ってしまった。

「ほらな」

 上からやれやれとため息をつく声と共に、戻ってくるよう告げられた。

 私はようやく重い腰を上げ、男の子の逃げた方向へ視線を向ける。

「……最初の時と変わらないのね……」

 そう口にしながら、体は半ば自動的に動いて校舎の中へと入り込む。

 空の日差しが遮られて涼やかな空気に身が置かれると、私の頭に数日前の出会いが思い起こされた。





 ボディバック一つを身に付けて新幹線から足早に降りると、逸る気持ちを抑えながら改札を出た。

 視界に広がる外の街並みは、以前に訪れた時とさほど変わった様子は見られず、これなら道に迷う事も無さそうだとほっと胸を撫で下ろしてスマホをポケットにしまうと、目的地への歩みを再開した。

 大型連休最終日という事もあって街には人が溢れかえっているけど、観光地ではないので歩くのに不便はない。

 記憶と違う部分がどのくらいあるだろうか、行きたいと思える場所は見つかるだろうかと宝探しをする気分で歩く私は浮かれていた。

 都会から離れすぎず、しかし田舎というには整備がなされて古臭さを感じさせない街は、何事にも都合が良い場所だ。

 一人暮らしするからと必要なお金は予算を組んで渡されているから、無駄遣いしなければ困りはしない。

 自分を満足させる程度の料理は出来るし、汚いのは好きじゃないので掃除や洗濯も苦にならない。

 進学する為に選んだ学校も、気風はおおらかで学校指定のブレザーはあるけど、私服でも構わないくらいには自由度がある。

 小さな困り事があるとすれば、監視役というか相談役にして世話好きの叔母が入居するマンションの持主だっていう事だけど、あの堅物の両親に比べたら天使のような人物だ。融通は効く。

 こういう状況を順風満帆と言わずして何と言うのか。

「ふんふーんふふーん」

 思わず鼻歌が飛び出てしまっても仕方がない。

 おのぼりさん、という用語の通りにあちこちを見回しても仕方がない。

 そんな私の視界に入ってきたのは、学生服を乱雑に着崩した二人組に絡まれた太っちょの男の子だ。

 明らかに困っていそうだったので、ちょっとした同情心と、ついでに人助けをしようかと声をかけたのがそもそもの失敗だった。

 助けようとした男の子に不意を打たれて路地に押し込まれ、退路を二人に挟まれてしまった。

「ようようネェチャーン。俺たちと遊ぼうぜぇ?」

 口にするのは、口ピアスが目立つ体格の良い男。真面目に鍛えたと思われる筋肉に包まれた腕があるので、下卑た顔じゃなきゃちょっと好み。

 もう一人は正反対にヒョロヒョロとした身体付きに、見せつけるように細く長めの舌を口元からチラつかせている。

 私をここに押し出した男の子は後ろにいるので見えはしないけど、風向きのせいで体臭が鼻に入ってくる。普段からきちんと洗ってないんだろうなあと思わせるくらいには臭うので、清潔感は感じさせない。同時に敵意も感じないので、なんとなくパシリなんじゃないかなあって気持ちもあって、どうにかしようとは思わなかった。

「……一応聞くけど、私でいいのかしら?」

 自分に魅力がないとは思ってない。

 この天気を見越して薄手でゆったりめの白いブラウスに、足のラインがはっきりとわかるタイトなジーンズ。靴はメジャーのスポーツメーカーが今年の春に売り出したばかりのランニングシューズ。いわゆる『活発なお嬢様』とか『スポーティな女の子』には見えるように工夫したつもり。

「なんだぁ? サービスしてくれんのかぁ?」

 生唾を飲み込む音が聞こえたかと思えば、小さい男がバタフライナイフを片手で器用に弄びながら、一歩、また一歩と近づいてくる。

(……殺さなきゃ良いわよね?)

 未成年――だと思うんだけど、顔の作りや体格から年齢が判断つかないのでコスプレ疑念が拭えない――を処理すると、法律的に面倒だから禁止という契約は守らないと、せっかくの三年が無くなってしまう。

 それを頭の片隅に置きつつ、私は顔を上げ、挑発するように髪をかきあげて彼らへと目を向ける。

 私の血のように赤い目が、この場に立っている強者としての自信を輝きに変えて、彼らを睨め付けた。

「「!?」」

 視線に捉えられた男二人の表情が硬直した。

 私へ近づこうとする意思はあるのに、一歩たりとも踏み出せない。

 それどころか、息をする自然的行動すら止められたのにも気付いたらしく、みるみる顔に血の気が増していく。

「二人で殴り合いなさい」

 なるべく冷徹に聞こえるよう、私は彼らに命じた。

 抵抗しようと歯を軋ませていた二人は、抗えない力によって向き合うと、まるでバネが外れたように右腕が互いの顔目掛けて飛んでいく。

「ふげっ!?」「ぶへえっ!?」

 体格差もあってか、体格の良い方がヒョロい男へ顔面を凹ますような強烈な一撃が入った。

 ヒョロい男の方はリーチがある分先に入ったものの、体格の良い方にはそこまで致命にはならず、口元を切った後は見られたがまだ立てている。

「仕方ないわね。自分の顎を殴りなさい」

 男に新しい命令を送る。

 私にわかるように向き合わされた男は、こめかみに青筋を浮かべて抵抗の意思を見せながら、それでも抗えない流れにどうしようも出来ずにいた。

「後で――」

「――無駄口はいらないわ」

 捨て台詞を吐こうとするのを遮ると、止まっていた動きが一気に解放されて顎を打ち抜く。

 男は踏ん張る事も出来ず、ゆったりとした動きで地面に倒れて痙攣していた。しばらくは再起不能だろうが、命に別状はない。

「……いつまでも隠れてないで、出てきなさい」

 さっきまでの私の行いは、壁に隠れたままでも見ていたはずだ。光の加減でまだ紅玉(ルビー)に光っているだろう眼を、冷たいと思われる表情を作りながら残された男の子の方へと向けた。

 視界の先には、案の定、隠れながらもその場から離れられない男の子が立ち尽くしている。

「出てこないなら、同じ目に合わせるわよ?」

 戦う意志のない者をいたぶる趣味はないけど、私にしたオイタに対してはオシオキしても良いだろう。

 Sっ気はないけど、それっぽく見られるようにちろりと出した湿り気を帯びた舌で唇に艶を出す。

「……う、わあああああああああああああああああっ!!」

 少ないとはいえ周囲の視線をかき集めるような大声を上げながら、男の子は一目散に逃げ出してしまった。

 あまりの元気の良さに暫し眼をしばたたせた後、ゆっくりと日差しの下へと戻った。

 大した時間も過ぎてないし、さっきの男の子がいなくなったので、路地裏から出てきた私には何の視線も来なかった。

「……まあ、仕方ないわね……」

 男の子が握っていた私のバックを拾い上げて細かな埃を払い除けた私は、本来の目的地である新居へと向かっていった。

(今度は、余計な事に手を出さないようにしなきゃ)

 そう思いつつも、この程度のトラブルは少し歩けば忘れてしまう私は、あっという間に男の子の印象は記憶の片隅に追いやっていた。




 これが、私たるラミア・アフカル・プルーガドルドと、将来的に交際相手というか主従関係というか、一言で表すにはなかなか難しい関係となる龍ヶ嶺竜醒(たつがみねりゅうせい)、通称たっちゃんとの最初の出会いだ。

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