吶喊三十一騎
背後より、援軍として迫る自軍を討て。顓無卹のその命を聞いた兵たちの反応は、大別すれば三つである。
逡巡し、動きを止める者。
同士討ちの愚にいきり立つ者。
そして――その命を忠実に果たさんと、反転して吶喊する者である。
しかも、顓無卹の命を果敢に実行せんとする者が、圧倒的に多かった。
これには、顓軍の中にあって風説を流布し、動揺を誘った子狼も、当惑していた。それがあまりにも支離滅裂すぎて、かえって、これは何か敵の策ではないかと勘繰ってしまったのである。しかしそれが、ただただ純粋に、恐慌に駆られた末の愚行であるらしいと悟った時には、
――顓謙鄀とは、よほど味方に恐れられているようだ。
と、顓無卹でなく、顓謙鄀に対してあきれ果てていた。
――おそらく顓謙鄀というのは、寛恕を甘さと思い、厳罰と弾圧とを、厳格であることとはき違えている人であろう。
それが子狼の、顔すら知らぬ顓謙鄀への評であった。
無論、戦は綺麗ごとでは済まされない。将が緩慢で賞罰が正しく行わなければ兵を統率することは出来ないのだから、時には厳しく、将兵の過失を罰しなければならない時もある。しかし、それだけではいけないのだ。
罰に重きを置きすぎれば、やがて人は、裁かれることを極度に恐れるようになる。それは、戦陣で敵兵の刃に晒されながら、同時に、軍罰というもう一つの刃を常に喉元に突き付けられているに等しい。異なる二つの刃と相対し続けると、やがて人は正気でいられなくなる。
顓軍の将兵にとって顓謙鄀とはそういう存在であり、とりわけ、弟として長く接してきた顓無卹は、常にその重圧を受け続けてきた。それが、双方が万を越える兵同士の会戦の緊張の中で弾けたのである。
そして今、撃鹿平野の戦いは、まさに混沌の坩堝と化した。
とりわけ三秧軍は、顓軍に増援が現れたかと思うと、同士討ちを始めたことになり、どう動くべきか、即座に向後の応対が出来ない将が多い。
しかし唯一、即座に動いた者がいた。夏羿族の老将、允綰である。
允綰は、子狼の策のことなどは知らない。しかし、こういう状況には、覚えがあった。
夏羿族は、北方の遊牧民族であるが、夏羿族として一つの国家のような社会を形成しているわけではない。夏羿、というのはどこまでも大陸の人々からの蔑称であり、実際には、複数の部族、集団が点在して、和平と対立を繰り返しているのである。
それらの族は、時には友和して大陸の諸国を掠すこともあるが、一方で、反目し、争うこともある。複雑なその情勢下においては、利害によって、敵と味方がわずかな時の間に変わることや、突如として三つ巴の戦いとなることも多々ある。
それ故に、煩雑な戦の潮流を読むことに長けていた。
ことに允綰は、敵味方が流動的な戦場においては必ず、楔となる将がいるという考えを持っている。その将を討てば、戦局が傾くという将である。
この場において允綰がそうと見定めたのは、巣丘からやってきた兵を率いる部将であった。
未だ理解が及ばぬままに、救援するべくやってきた自軍に攻められて、わけもわからぬままに奮戦している赤髪褐色のその男は、名を壁斗という。この男は、迫りくる顓無卹の軍にやむを得ず防戦しながらも、率先して攻めることはしていない。むしろ、顓無卹の兵や、昂る自軍をどうにか鎮めようと声を張り上げていた。
――あの将を討てば、顓族の両軍は、もはや退けぬであろうよ。
そう見た允綰の行動は、大胆であった。
顓無卹の軍は今、北面して三秧軍に当たる兵と、南面して同士討ちに励む軍とがある。その境界に斬りこむと、そのまま南に馬を走らせた。従うのは、わずか三十騎である。いずれも、軽悍な兵であった。
背後から、しかも武器を振るわずにひた駆けてくるだけの兵であり、今や恐慌と猜疑から味方に矛を向けている兵たちの中に、允綰たちの異変に気付く者はいない。そのうちに壁斗のいる場所につくと、槍の一撃であっさりとその喉を貫いてしまったのである。
允綰としては、後はこの場で暴れるだけ暴れるつもりであった。しかしその時、西のほうで喚声が上がり、陣が乱れたので、允綰はそちらに向けて三十の兵とともに駆けた。その先では、盧武成が顓軍に攻撃を仕掛けていたのである。
盧武成は允綰の姿を見つけると、自然体でも鬼の如き形相を、眉間のしわと睥睨とでいっそう険しくして允綰を見た。そして、允綰たちを接収すると、退いたのである。この時、允綰が率いた三十騎は、二十五騎にまで減っていた。
「……無謀にもほどがあろう、允綰」
盧武成に叱責されながら、しかしこの老臣は安らかな表情をしている。
「既に使い古したこの体ですのでな。この会戦にて華々しく散らすもまたよしと思ったのですが、いらぬことをしてしまいましたか」
「ええ、ええ、まったくもって我が意に添わぬことでございます。夏羿族の道理や美学はありましょうが、望んで我が臣となったからには、私が死を命じた時でなくば、軽率に命を捨てるようなことはするな」
年長の家臣というものに不慣れな盧武成には、命令と敬語とが入り混じっていてぎこちない。しかしその言葉は一つ残らず、盧武成という男の赤心である。
「――わかりました。それが、我が主の命とあれば、肝に銘じておきましょう」
「そうしてくれ。それと……」
そこで、一息呑んでから盧武成は、
「奇襲、大義だったな。これで顓の両軍は、いよいよ互いに退けなくなるであろう」
と、拙い言葉で、老臣の功を労った。
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素晴らしいものを作っていただいたので、是非見に来てください!
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