轟音
それは、空気が爆ぜるような音であった。
盧武成が兵に命じて行わせたのは、無数の爆竹に同時に点火させることである。数十の兵士の手によって同時に熱を与えられたそれは、凄まじいまでのけたたましさを以て、兵馬の耳朶を劈いたのである。
とりわけ動揺を見せたのは、顓軍の軍馬たちである。
元来、馬は非常に憶病で、大音声に弱い。戦場を駆けることを前提として鍛えられた軍馬であれば、地響きや兵の叫びなどに怯むことはないが、爆竹のような聞きなれぬ音には敏感に反応して、たちまちに使い物にならなくなってしまうのである。
実際に、多くの兵士が荒れ狂う乗馬によって、その背から投げ出されることとなった。
顓彰期もその一人であり、一騎打ちの最中でありながら、大地に背をつけることとなってしまった。
その相手たる共羽仞は、左手は棍棒を握っているため、肩をすくめて左の耳だけを塞いでいる。
「うるさいが――まあ、あの悪童の歌よりは幾分ましか」
渋面をしながら呟く。その時には、先端が穂先のように尖った棍棒を掲げて顓彰期の前に立っていた。
「ま、待て!! 正々堂々の勝負を避けるか、卑怯者!! 顓族の恥さらしめ!!」
「族長とその令息らに叛いた時点で、手遅れであろうよ」
そして共羽仞は、無慈悲に棍棒を突き刺す。その一撃で喉を貫かれたことで、顓彰期はあっさりと絶命した。
顓彰期の誹りに、共羽仞としても思うところがないではない。
しかし今は戦の最中であり、自軍に数倍する敵を破らねばならない。このような状況で、なおも自身の矜持のために真っ向勝負を行うような無意味な高潔さなど、共羽仞は持ち合わせていなかった。
そして――爆竹の音を合図として、東西の山から、山津波のような地響きが聞こえてくる。
それは、左右に分かれた三秧軍の兵であった。兵はすべて騎兵であり、しかもその横にもう一頭、馬を繋いで並走しながら斜面を駆け下りてくる。そして、爆竹の音で顓軍が崩れている間に、三秧軍の歩兵部隊と合流した。
共羽仞の下にも、一人の兵がやってきた。戦時であり、他の兵たちは自分の馬を選ばず、手近にあるものに跨るように命じられている。しかし共羽仞だけは、隻腕でも不自由がないように慣らされた自分の愛馬に乗る必要があった。
兜喜という名の黒馬は、共羽仞の前に出ると高らかに嘶いた。その背には、共羽仞の得物たる大剣を背負っている。共羽仞は棍棒を投げ捨てると、兜喜の額を軽く撫でた。そうすればかがむように仕込まれているので、兜喜はかがむ。大剣を手にして跨り、小さく口笛を吹くと、兜喜は跳ね上がった。
「うむ、やはり戦場は馬上から眺めるのがよいな」
そう言いながら共羽仞は背後を見る。すでに多くの兵は、馬上に上がっていた。
未だ徒歩での戦いを続けているのは、前方で奮戦している盧武成と、それに従う数十騎ほどである。盧武成が手にしていた戟はとうに刃に血がこびりついて使えなくなっていたので、今は、敵を殺して武器を奪いながら戦っていた。
時には槍を、時には矛を。さらには、両手に剣を持ちながら、爆竹の轟音によって壊乱した顓軍を追い討つように奮戦していた。盧武成に従う兵たちも、その狂乱に当てられている。
――あいつには、他者を狂奔させる才があるな。
それは間違いなく将としての素質の一つであるが、兵を多く死なせてしまうという危殆を孕んでいる。そういった視点のある共羽仞は、
「おい、あいつらにも馬を持って行ってやれ」
と、命じた。一度手を止めて、馬上の風を受ければ少しは頭も冷えるだろうとの考えである。
ただし盧武成らは乱刃の最中にいるので、共羽仞もまた前に進み、敵を牽制しなければならない。そう考えていた最中、一頭の馬が前方に駆け出した。血のように赤い毛並みの馬である。盧武成たちの下に駆け出したその馬は、顓軍の中に飛び込んで数人を蹴り散らすと、盧武成の前で止まった。
「やれやれ、とんだ悍馬ですな」
しわがれた嘆息が聞こえた。風山砦から、兵と馬を引き連れてやってきた夏羿族の老将、允綰である。
「しかし、そちらの主人の前では生娘のようにしおらしくあります。よくもまあ、あんな馬をあそこまで手なずけたものですな」
共羽仞の言葉に允綰は、まったくですと頷く。騎馬の民の相馬眼から見ても盧武成の愛馬、饕朱は、調教して使役するにはまるで向かぬ野生の荒れ馬であった。
「あやつが馬上にあれば、一万程度の敵など一人で蹴散らしてしまえそうな気もするが、流石に助勢せぬわけにはいかぬな」
そう言って、共羽仞も馬腹を蹴り、前に出る。その後ろに、兵が続いた。
風山、雨山の砦に回した兵のすべてがこの平野に集ったわけではない。未だ両砦は健在であるため、それぞれに五百ほどは残してある。それを差し引いて、今この地にいる三秧軍の兵数は、およそ七千というところであった。
一方の顓軍は、これまでの戦いと混乱によって数を減らしているとはいえ、まだ一万三千はいる。
未だ数で劣ってはいるが、しかし今、戦場には三秧軍を追う風が吹いていた。




