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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
撃鹿血戦

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楼盾と子狼

 顓項は軍師であり季父たる顓遜のことを密かに案じていたが、今のところ、姜子蘭、顓項らの軍は雨山砦での戦いを有利に運んでいると言える。

 さて、そんな中、僅か百騎の兵を率いて迫りくる顓軍を迎え撃つべく山中を駆けている楼盾は、顔の上では平静としていた。

 ただしその胸中は穏やかではない。


 ――維氏の中では偉くなれぬからと、霊戍から逃げた男が、偉そうに軍師面をしているのは、何度見ても腹が立つな。


 子狼と楼盾は、二人が維氏に領にいた時には交流と呼べるものはほとんどなかった。互いに、会えば軽い挨拶を交わす程度である。

 ただし楼盾はその頃から、子狼という人のことが嫌いであった。

 武威を磨かず、狡猾な策を以て敵を陥穽に嵌めることを好む、舌三寸と狡知だけが取り柄の小人(しょうじん)。それが楼盾の、子狼への評価である。

 しかも、そんな子狼は、尊敬する父、楼環に一目置かれている。それが何よりも気に入らなかった。

 楼盾は姜子蘭に臣従する際に、内心では不服だったが、そこには、子狼に指図をされたくないという想いもあったのである。それでも楼環の命に従ったのは、維氏の中では身を立てられぬ楼盾を思う親心を感じたからであり、姜子蘭に忠勤を励むのは、父の名に泥を塗らぬようとの孝心からである。

 楼盾は己を律し、不平を表に出さぬように努めてきた。

 しかし、いかに岩壁のような武骨な顔をしていても、心まで木石で出来ていない楼盾は、その肚には苛立ちの渦が巻き起こっている。

 ただし、そういった感情が沸き起こるたびに楼盾は、


 ――私心を表に出した者ほど、戦場ではすぐに死ぬ。


 という、父からの教えを心の中で唱えていた。

 どうあれ、自分の主君は姜子蘭であり、その軍師からの命を受けたのだ。ならば、与えられた任務は全力で遂行しなければならない。

 楼盾は、荒れ狂う雨山の山間を駆けのぼりつつ、敵影を探した。

 子狼の言うところの、敵が迫りくる気配というのは、楼盾には感じ取れない。ただし、敵が姜子蘭たちを狙ってくるというのであれば、その経路を推測することは出来る。

 といって、真っ向から当たるわけにはいかない。斜面を駆け下りてくる兵を討つとなれば、策を用いる必要がある。そのために楼盾が用いたのは、鏑矢であった。先端に、(やじり)の代わりに円筒形の細工を付けた、放つと甲高い音を放つ矢である。

 維氏の兵は、山中での軍令のために鏑矢の音を用いる。ただし楼盾が今率いているのは北岐三連城の兵であり、鏑矢を用いて連携を行うほどの練度はない。それでも子狼は、鏑矢を多く造らせ、兵の間に行き渡らせた。

 そして、進みながら時折、山中に鏑矢の吹鳴を響かせたのである。

 鵡涯の命を無視し、一路、敵将を目指している列琦と五百の兵は、その音を聞いて周囲を警戒した。

 離れた部隊同士で、何かしらのやりとりをしていると思っているのである。木々が立ち並び、数の利を活かしにくい山中で、連携を密にして挟撃されることに備えた。それがまさか、意味もなくただ笛声を交わしているなどとは思うはずもない。

 未だに、会敵することはないが、鏑矢の音は、時おり聞こえてくる。家臣たちは列琦に、兵を返すことを進言した。


「そのようなことが出来るか!! 首の一つも挙げずに帰ってみれば、財貨で腹を肥やした鵡涯にどのような罰を受けるか分かったものではないぞ!!」


 列琦としても、もはや後には退けぬのだ。

 姜子蘭、顓項とはいかずとも、敵の有力な部将の一人でも討ち取らぬ限り、雨山砦にすら戻ることは出来ない。列琦としては不退転の覚悟であるが、それに付き従わされる者たちは堪らない。今更ながらに、主人の命に従い、雨山砦の守将たる鵡涯の命に背いたことを悔いていた。

 顓族には勇猛な者が多く、目に見え、矛を交えることが出来る敵であれば、それが自軍に十倍する大軍であっても怯みはしない。しかし、姿を現さず、得体の知れない敵を見ると、否が応にも不気味さを感じてしまうのである。

 ここが鬱蒼とした山中であることも、兵の士気を下げていた。

 顓族の民は、広漠とした大地と暑日の熱気を好む。そもそもが、山間での戦いというものに不向きなのであった。

 もっともこれは、北岐三連城の兵にも言えることでもある。しかし今、雨山には彼らの主君たる顓項も身を置いており、その命を狙って迫りくる兵を討たんとする気概に溢れていて、士気は高い。

 この士気の高さがあれば、数で劣っていようとも勝てる、と楼盾は思っている。考えるべきは、それをどのようにして敵に当てるべきかであった。

 楼盾はこういう時は、父であればどうするかと考える。楼環は常に戦況を見て、敵について考え、自軍を鑑みることで、向後の方策を定める。楼盾も、そのやり方を倣った。


 ――敵は鵡涯の命に背いた。ということは、武を好むか、鵡涯と対立しているかのどちらかだ。そして、砦から出た兵がおよそ三千から五千でありながら、こちらに迫っているのは数百だという。子狼が私に百しか持たせなかったということは、多くて五百というところか。


 楼盾は子狼のことを嫌っているが、その慧眼については、切歯扼腕の想いなれど、認めているのだ。故に、楼盾に預けた兵が百人であることにも、確かな見立てがあってのことだろうとは思っている。


 ――雨山砦に、鵡涯に不信を抱く者が多ければ、より多くの兵がこちらに向かっているだろう。ならばこちらに向かう敵兵五百は、雨山砦でも孤立しているだろう。


 独善的で協調に欠ける将兵であり、しかも、将命に背いている以上、武功を挙げねば砦に戻ることすら出来ないだろう。


 ――ならば、武功を挙げられると思わせれば、誘い込むことが出来る。


 楼盾は、そう考えた。

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