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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
撃鹿血戦

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199/214

戦陣の不文律

 顓軍には、厳格な軍法というものがあるわけではない。それでも、上官の命に背くことは重罪である。

 ただし、ここが顓族の(えびす)と蔑まれる所以でもあるのだが、その重罪は、大功を挙げることで不問にされるという不文律もある。列琦としては、


 ――独断で兵を動かそうとも、勝てばよいのだ。ここで俺が敵将を討てば、出目の守銭奴の鼻を明かしてやることが出来る。


 という意気である。出目の守銭奴とは無論、鵡涯のことであり、列琦は鵡涯のことが人としても、将としても大嫌いであった。

 列琦はこの気性から見ても分かる通り、戦いを好む性情であり、顓族においては沙屹に私淑していた。

 此度の戦いでも、沙屹の指揮下で戦いたいと望んでいただけに、鵡涯の下に置かれてたことに対して大きな不満を抱いている。それが、どこまでも損得だけを重視して軍を動かす鵡涯の差配を見て、ついに抑えきれなくなったのだ。

 列琦は、敵将二人の首を挙げ、論功行賞の場で称賛される自分を羨望と屈辱の眼差しで見つめる鵡涯の顔を思い浮かべながら、意気込んで馬を走らせた。




 その頃、まさに度重な出退(いですさり)によって顓軍を翻弄している最中の姜子蘭たちの中で、軍師たる子狼が異変に真っ先に気づいた。


「大方は砦に戻ったようですが、数百ほど、こちらに向かっているようです」


 闊達自在の用兵と、煙による攪乱によって鵡涯の軍の動きを封じる。それが子狼が立てた雨山砦での戦い方であった。今のところそれは上手くいっているが、ここにきて僅かな綻びが生じた。


「斥候からの報告か?」

「いいえ。そういう気配が致しました」


 子狼の言葉は、およそ軍師が口にするにはとても頼りない、直感による所見であった。ただしこれには、子狼なりの理屈があるのである。


「山中で兵を動かすときには、兵の足音、馬蹄の揺れが風を揺らし、少しずつ伝播していくものなのです」

「そういうものなのか?」


 姜子蘭は、困惑した。しかし、子狼が嘘を吐いているようにも思えない。というよりも、子狼にはこの場で虚言を吐く理由など何一つとしてないのである。


「伏勢であれば、そういう気配を殺しておりますので、読み取れません。ですが今は、こちらを目指してまっすぐに向かってきておるので、分かりやすくございます」


 確かめようがないことであれば、この言葉の真偽は、姜子蘭が信じるかどうかである。

 そして姜子蘭は、迷うことなく信じた。そして、向後の策を子狼に問うた。


「無論、敵が向かってくるのであれば、迎え撃たねばなりません。功を焦り、戦いに(はや)る突出した将というのは実に狙い目でございますからな」

「それは、我が季父(おじ)もよく言っておりました。他と足並みを揃えずに攻めに出ては、いかに強い駒でも必ず敵の(とりこ)となるものだと。もっとも、季父のそれは、六博での話でございますが」


 顓項がそう口を挟んだ。六博の話と断ったが、子狼は、それは実際の戦場にも通じる道理であるものであると語った。


「なるほど。今、こちらに向かっている敵というのは、敵中においても浮いている、ということか?」

「御意にございます」

「ならば、どうする。こちらも兵を返して応戦するのか?」


 姜子蘭の問いかけに、子狼は首を横に振った。そして、姜子蘭の後ろを走っている楼盾のほうを見る。


「まだ我が君に仕えてから、それらしい武功を立てていないだろう。百騎ほど連れて行って、こちらに向かう敵将の首を取ってこい」


 子狼の物言いの気安さというと、丁稚に買い物を頼んでいるかのようであった。

 楼盾はという、顔色一つ変えずに頷くと、姜子蘭に一揖してから、百の騎兵を引き連れて離脱した。迫りくる顓軍がどれだけいるかは分からないが、百では少なすぎるのではないかと、姜子蘭は懸念を口にした。

 しかし子狼はまるで悪びれることなく、主君の心配性を、愛おしみ、やや窘めるような口調で言った。


「私は、事に挑むにあたっては、それが為せると思った人物しか主君に推して策に用いるようには言上いたしません。我が君も人に大事を任せるにあたっては、それを為す能有りと見た者にのみ託し、信じて命じたからには、必ず為せるとお信じなさいませ。主君にそう思っていただくことこそが、人臣の誉れでございます」

「……そうか。ならば子狼。もう一度だけ聞こう。この任、楼盾に任せてよいのだな」

「はい。必ずや、勝報を携えて我が君に復命することでしょう」


 子狼の言葉に頷くと、姜子蘭はもう何も言わなかった。

 その様を見た顓項は、


 ――姜子蘭どのは、私と齢もさほど変わらぬであろうに、胆が据わっておられる。


 と、密かに感嘆していた。

 そして、この場にいない自らの臣下――顓遜と共羽仞のことを考える。

 共羽仞については、戦の趨勢に関わらず、死にそうにない。というよりも、死ぬということを想像出来ない。しかし顓遜については、頼れる季父として尊敬する気持ちはあれど、自身の隣にいない今は、憂慮せずにはいられなかった。それが侮りになるとしても、危惧せずにはいられないのだ。


 ――季父上は、私などよりもよほど真面目で、思いつめる性質(たち)の人だ。

 ストックに余裕が出来たので2月は毎日更新します!!

 そして、いよいよ明日で200話です。ここまで書けたのは読んでくださり、リアクションやブックマーク、評価などの反応をくださった皆様のおかげです!! ありがとうございます!!


 これからも『春秋異聞』をよろしくお願いします!!

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