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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
撃鹿血戦

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破格の褒章

 顓謙鄀は、此度の戦いが始まるにあたって、将兵に触れを出した。

 虞の王子と顓項、この二人を生け捕るか、またはその首を持参した者には、五千戸の領と金五十(いつ)(十二、五キログラム)を与えると約束した。五千戸の領主となれば、そこから税を取れることになるし、五十溢とは、貨幣に換算すれば五十万銭の価値を持つ。破格の恩賞であった。


「私と顓項どのの身柄を差し出せば、一万戸の封土と百万銭に比する恩賞になるということか」


 その額面を思い出しながら、姜子蘭は自らの首を撫でる。

 かつて虞の都、虢にいた時には歯牙にすらかけられることのなかった第四王子の身が、今や顓族の大敵にまでなれたかと思うと、感慨深いものがあったのだ。その事実は、顓軍四万の将兵が血眼になって自身を狙ってくるということなのだが、そちらへの恐ろしさを感じないのが、この若い王子の奇妙なところでもある。

 しかし顓項は、確かに複数の密偵から話を聞き、誤謬があるとは思っていないが、改めて考えてみると、どうしても釈然としないのである。


 ――兄が、姜子蘭どのはともかく、私にここまでの賞金を掛けるだろうか?


 無論、勝つために万全を期すのであれば、敵の将に褒賞を掛けるのは悪い手ではない。ただしそれは、それだけの難敵であるということを認めることでもある。

 顓項はこれまで四人の兄たちから、妾腹の庶子と蔑まれてきた。それなのに今、叛旗を翻したからといって多大な賞金を掛けることは矜持に反するのではないかと思うのだ。


「ええ、故に今ごろ鵡涯は、我が君たちがおられる主戦場を探しているころでしょう。そして――その敵が雨山にいるとなれば、強欲なる敵将は垂涎して襲い来るに違いありません」


 子狼は軍議の場でも同じことを言ったのだが、盧武成と紀犁は難色を示した。とりわけ紀犁は、


「そのような策を言い出す者が、信用できるものですか。危地に陥れば、我が君を売るつもりではありますまいな!?」


 と、子狼に掴みかかったのである。軍議の場にいながら、しかし武人ではなく、顓項の家宰である紀犁は、子狼の陰黠さを勝利に必要な毒と割り切って呑み込むことが出来なかった。

 子狼としては、他の者たちを味方に、勝利へのより具体的な策を示して圧し切ることも出来たのだが、しかしそうはせず、代わりに、自分の手を首にやった。


「もし顓項どのに万が一があらば、この首を紀犁どのに差し上げましょう。ただしその時には、腐食して山野に横たわっておりましょうがな」


 顓項が討たれるということは、姜子蘭が敗れるのと同義である。そしてその時は、敗死するまで戦うと子狼は言外に告げたのである。ただしその口調は、浮薄で実に胡散臭く、紀犁の怒りは収まらなかった。

 あまりに紀犁の怒りが激しいので、むしろ顓項のほうが恐縮し、仲裁に入った。だが紀犁はそれでも引かない。紀犁からすれば、嬰児(みどりご)のころから共に過ごしてきた相手である。そこには、主従を越えた親愛の情があった。


「では、雨山砦を攻めるための軍は、すべて顓項どのの兵で編成するというのはどうでしょうか?」


 そう容喙したのは姜子蘭である。最大の譲歩であり、顓項への配慮だ。それを容れるということは、次は姜子蘭が顓項の裏切りを恐れなければならない。しかし、盧武成が少し眉をひそめたが、すぐに平静を見せたので、紀犁としても引き下がらずを得なかった。

 そういうわけで今、雨山砦にいるのは、すべてが北岐三連城の兵なのである。

 いつでも攻めることは出来るが、子狼は最後の確認があるからと、


「ここからは激戦となりますゆえ、今のうちにお二人で歓談でもなさっておいてください」


 そう言い残して、李遼と馬を並べて陣の後方へと走っていった。

 並走しながら子狼は、李遼に聞いた。


「しかし、実際に顓謙鄀が触れて回った褒賞は破格ですな。今の畿内に、金はともかく、新たに二千戸の地などあるとは思えませんが」


 もちろん、厳密に二千の世帯があるというわけではないだろう。しかし、それに比する賦税が徴収できなければならない。これが侵攻の戦であれば、攻め取った土地を与えることも出来る。しかし顓族が姜子蘭たちに買ったところで、寸土さえ得ることは出来ないのだ。


「一応、理屈としては分かります。戦となり、武功を挙げた者があれば、当然ながら戦功芳しくない者もおりましょう。そういった者たちの領地を削ぎ、勲功者に与えれば帳尻を合わせることはできます」


 李遼はそう答えた。彼はかつて、顓族の経理として、似たようなことをしたことがあるのだ。

 そのやり方には無駄がなく、しかも味方の将兵を競わせることも出来る。しかし、やりすぎてしまえば、かえって反感を買うだろう。


「ただし此度は……度が過ぎる、というのは、私としても思うところでございます」


 李遼からすれば、姜子蘭と顓項の首を合わせて五千戸と金五十溢というところで、それでもまだ多い。

 そもそも今の畿内――虞領は、顓族の野放図な統治のせいで人が減り、畑は作物を生まず、国土として痩せている。この状況で、功無き将から徴収するとはいえ、二千戸の地を集めること自体が困難に思えた。


「そもそもなのですがな、李遼どの。顓族は何故、十五年の長きに渡って、虢に留まっておるのですか?」


 顓項は、畿内の豪奢な営みに魅せられたため、と言っていた。実際に顓戯済をはじめとする者たちは日々、豪遊しているようである。しかし子狼には、どうしてもそれだけとは思えなかったのだ。

 そして、どうやらそれは李遼も抱いていた疑問であったらしい。

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