表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
撃鹿血戦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

195/214

吝嗇なる将

「当たったか、不漸(ふざん)

「はい」


 允綰の問いに、不漸と呼ばれた青年は短く答えた。首元にほくろが九つ、円を描くようにあるこの男は、夏羿族でも屈指の弓の名手である。射撃の確度は高く、さらには、激走してくる猪を前にしても動じることなく、眉間を一撃で射抜いて仕留めたこともある豪胆の男であった。

 そんな不斬にとって、動きを止めた敵将の喉元を射抜くことなど容易いことである。

 允綰はその手並みを褒めた後に、隣にいる男、沙元のほうを見た。


「あの敵将は、沙元どのの伯父上でございましたな。やはり、思うところはございますか?」

「何もないとは申せませんな。実の父以上に、世話になった人ですので」


 戦のならいであり、沙元が顓項に着くと決めた以上、避けられぬ顛末ではあったが、しかし実際にその死を目の当たりにすると、覚悟の歯止めが利かぬほどに、心が傾揺していた。

 まして、ただ敵として対峙しただけでなく、(いつわり)の密書を送るようなことまでしたので、その苦しみはなおさら多い。

 沙元が子狼に沙屹の性格について語ると、子狼はこの策を提言したのである。

 内通を信じずとも、沙元からの密書があれば、不自然な退却を沙屹に納得させることが出来る。顓軍が山間戦には不得手であることを知った上で、より迅速に、そして歴戦の老将に疑心を抱かせることなく、堅牢な砦から引きずり出すための策であった。

 その策を聞いた時に、沙屹ならばそうするであろうと思った。そしてその通りになったからこそ、沙元は、複雑な胸中なのである。

 それでも沙元は、一度だけ瞑目すると、葛藤を呑み込んだ。


「哀悼を考えるのは後のことといたします。私心と立場を、混同するようなことはいたしません」

「心配は無用でしたか。沙元どのは、丈夫ですな」


 允綰は、向こう傷にしわを寄せて笑った。

 開戦から半刻(一時間)も経たぬうちに、敵将の一人たる沙元を討ち取ることが出来たが、これは允綰たちにとっても慮外の戦功であった。そしてここまでの戦いは、まだ全軍の策のうちの(はじまり)でしかないのだ。




 允綰、沙元が風山砦を攻め始めたのと時を同じくして、雨山にもまた姜子蘭軍の兵は進んでいた。

 その軍を指揮するのは、姜子蘭と顓項である。姜子蘭には補佐として子狼と楼盾、顓項の補佐には李遼がいた。


「今更ながらの話ではございますが、子狼どのは此処におられてよいのですか?」


 雨山を登る行軍の最中、李遼がそう聞いた。


「まあ、当面はこれで構いません。今まさに、眼下の平野で戦っている三千は激戦の最中にありますからな。策はございますが、しかし将兵の武勇を頼むところも大きく、そこに私のような弱卒が身を置けば、かえって足手まといになるでしょう」


 子狼は、臆面もなくそう答えた。

 実際に子狼と肥何の立てた策は、撃鹿平野で顓彰期の軍を相手にどれだけ踏みとどまれるか、というのが一つの要となっている。そしてその戦いは、策士よりも猛将と強兵を置くべき局面なのだ。

 さて、そのうちに姜子蘭らの率いる軍は、雨山砦より一里(五百メートル)のところまでやってきた。そして、そこで足を止めたのである。

 雨山砦は、こちらもまた堅固な砦であることには違いない。しかしその防備の多くは東にある。

 かつてはそうでなかったのだが、顓族がそう造り変えたのである。先撃鹿の戦いの後に顓族は、もしまた再び敵が攻め寄せるとすれば、それは東にある樊国であり、樊国が撃鹿城を抜くためには、平地を進むよりも雨山を抜ける途を取るだろう、という推測の下の改築であった。

 顓族にとって、平野での会戦は得手であり、むしろ、守城戦や山間での戦いこそが不得手なのである。だからこそ、樊国への備えとして、雨山砦の東側を堅牢にしたのだ。

 しかし今、姜子蘭らは西側から攻めてきている。

 無論、こちらとて守りが薄いということはない。しかし、備えとしては東側に比べて劣っているのであった。

 ただしこの顓族の改築は、子狼に言わせれば杜撰の一言しか出てこないものである。


 ――露骨な備えをすれば、敵は寄り付かない。しかしその代わりに、それを避けて通るための手段を模索する。分かりやすい堅城を築いたからといって、それが孤立していれば楯足りえない。


 ただし、一万の兵が詰めているとなれば、無視することは出来ない。


「共羽仞どのの話によると守将の鵡涯(むがい)は、利に聡く、蓄財を好むということであったな」

「加えて、吝嗇(りんしょく)とのことでございます。人の上に立つ将がそうというのは、あまり好ましくありませんな」


 主君の下問に子狼は、呆れつつも言葉を柔らかくした。


「それは、私もまったくの同感です。貯めるという行為は、使うための備えです。欲張って使うことを惜しむ者は、金塊を抱いて死ぬことになりましょう」


 そう返したのは、潁段城の城主、李遼である。かつては顓族で行商の経理をしていた人であり、顓項にも、


『城主という立場であるならば、物持ちは悪いほうがよいのです』


 と進言したことがある。顓項はその言葉を容れて、兵役についた城民に食貨を与えることを決めた。今、北岐三連城の将兵が顓項を慕うのは、顓項が財に興味を持たず、労役に対して公平であったからなのだが、その人望は李遼の献策があったからこそである。


「そういう意味であれば、ご令兄たる顓謙鄀どのは気前が良いと言えましょうな。戦に勝つためにと、我が君と顓項どのに、破格の賞金を掛けられたのですからな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ