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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
撃鹿血戦

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老いの野望

 沙元からの降伏の密書を、信じるか信じないか、沙屹は少し考えた。

 密書の続きには、沙元は風山砦を攻める兵の中にいるが、手勢は少なく、すぐには動けないとのことである。ただし、折を見て後方から攻めかかるので、その時には打って出て、三秧軍を挟撃して欲しいと書いてあった。


「まあ、真贋などどちらでもよい。兵数ではこちらが勝っておる。これが偽降だったとしても、諸共に鏖殺(おうさつ)すればよいだけだ」


 沙屹は、鼻息を荒くした。風山砦に迫りくる敵兵は、およそ三千というところである。しかも、徒歩の兵が多い。

 城塞を攻めるには、守勢の三倍の兵力を以て当たるのが常道であるというのに、三分の一の兵しかいないというのは、沙屹からすれば、蟻の群れが足元を這いずり回っているとしか思えない。沙元の内応などなくとも、打ち破るのに困難などないのである。

 沙屹は、櫓を降りると砦の中を回り、守りを固めさせた。

 風山砦には城壁はない。しかし代わりに、深い空濠(からぼり)と、立ち並ぶ柵で敵を阻む。高地の有利もあり、少勢に攻め立てられて揺らぐような砦ではない。


 ――我らはかつて、数で劣りながらも樊の奴らからこの砦を堅守したのだ。虞の弱卒ごときに、破られるものか。


 敵は無謀な攻めを続け、やがて、士気が続かずに自壊する。そうなることは沙屹には手に取るように分かり、それが、早いか遅いかの違いでしかない。

 無論、血気盛んな沙屹にとっては、少しでも早いほうがよい。逃げる敵の後背を追い打ち、その勢いのままに風山を駆け下りて、撃鹿平野の敵を撃滅するためである。

 沙屹は、平野に布陣することを望んでいた。

 しかし、風山砦を守るのは歴戦の将たる沙屹にしか任せられない、と顓謙鄀に請われたため、断れなかったのである。

 顓謙鄀の言葉は、半分は本心である。しかしそこには、沙屹に武功を挙げさせすぎぬように、との思惑があった。ここで沙屹が暴れまわり、快勝すれば、その功績を頼んで東を攻めんと苛烈なことを言いだしかねないからであり、それを抑制するためである。

 沙屹としても、その(はら)は分かっている。


 ――峯烈さまは雄大であったが、その血は、嫡子、嫡孫には継がれなかったようだ。


 顓戯済、顓謙鄀の親子を指して、沙屹は胸の中で罵る。それが喉を越えて舌先から放たれることはないが、業腹であることに違いはない。

 といって、族長の軍権を代行する顓謙鄀の命に背くことは出来ない。沙屹に出来ることは、風山という高地の配備されながら、平野の敵を破り、大功を立てる必要がある。

 そのために、自らの下に攻め寄せる敵には一刻も早い潰走を望みながら、撃鹿平野で戦う三千の敵兵には、


 ――儂が下山する前に、彰期のごとき若造に、負けるでないぞ。


 と、密かに檄を飛ばすという、相反する願望を向けているのである。

 沙屹がそうやって、己の武功のことを考えているあいだに、敵兵が攻め寄せてきた。

 陣頭に立つのは、左目のところに向こう傷を負った、白髪の老将である。栗毛色の馬に騎乗しており、背後には騎兵隊を率いているが、歩兵が点在している。


 ――軍馬が足りておらぬようだな。


 沙屹は、そう睨んだ。 

 老将が号令を下し、敵兵は風山砦に向けて一斉に攻め寄せた。騎兵が先陣を切り、歩兵は、鉤縄と楯とを手にし、柵に絡めんとして迫ってくる。

 沙屹は敵兵をひきつけ、矢の射程にまで近づいてきたところで、斉射を命じた。鏃の雨が空を覆い、敵兵の足が緩む。しかし、それで怯むはずもなく、敵兵は、数を減らしながらも近づいてきた。


「槍兵、前に出ろ!!」


 弓勢と入れ替わるように、長槍を手にした兵が柵の前に並ぶ。狭間から、針鼠のように銀色の穂先が飛びだして、敵兵めがけて飛んでいった。

 自らも武威を誇り、野戦を好む沙屹であるが、そこは歴戦の宿将である。好悪はあれど、砦を守れと命じられたのであれば、手堅く守ることに難儀するような人ではないのだ。

 四半刻(三十分)ほど、両軍は策の前で攻防を繰り広げた。

 しかしやがて、姜子蘭の軍の後方に乱れが生じた。遠望した沙屹が何事かと探っているうちに、先ほどまで、羽虫のように押し寄せてきた敵兵は一斉に踵を返したのである。しかも見ると、その兵たちは、後方にいる部隊を追っているようであった。


 ――沙元がやったか。降伏は、真実であったようだ。


 沙屹は、そう見た。

 おそらく、沙元は密書の通りに裏切り、しかし手勢が少ないがために、圧し負かされて敗走したのであろう。

 逃げたのであれば、捨て置いてもよいように思える。しかし、少勢の軍に何よりも欠かせぬものは結束であり、裏切り者をそのままにしておくのは、士気に関わる。それ故に、一時、攻めの手を止めてでも、沙元を討とうとしているのだろう。


 ――これは、好機だ。


 惰弱な甥であるが、この場では、それが幸いした。

 沙屹はすぐさま騎兵を並べ、自身も愛馬に跨って、打って出る。出撃させる兵は三千である。背を見せた敵を蹴散らすだけとあれば、それだけいれば、沙屹にとっては充分であった。

 多くの兵を残したのにはもう一つ、もしこれが偽りの転進であり、伏兵が大挙して砦に押し寄せても、落とされぬように、という理由もあった。


「さあ、このまま、奴らの背を置いて踏み荒らし、その勢いのままに平原にいる敵の主軍もろとも圧し潰してやろうぞ!!」


 沙屹は、威勢よく兵たちに向けて、叫んだ。

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