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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
撃鹿血戦

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顓軍の陣容

 法伝は、制周城の紀犁から援軍の要請があってから今日までのことを、努めて私心を排しながら語った。

 主人たる顓無卹の名誉を守りたい、という想いはある。

 しかしそういう思惑が露見したり、いいや、少しでもそういったものがあると疑われてしまえば、自らも顓無卹も、如何なる罰を受けるか分からない。法伝は向後のことは考えないようにした。

 そして、凡そすべてを語り終えたところで、そこまで黙って聞いていた顓謙鄀は、小さく鼻を鳴らした。


「惰弱の一言に尽きるな。父上の判断とはいえ、お前に滎倉は荷が重すぎたようだ」


 心無い声だけが、広間に流れる。そこに骨肉の情はなく、上役が下官を責めるような冷たさであった。


「北岐など、我らにとっては皮膚のひとかけのような不毛の地だ。何が攻め寄せようと、顓項に戦わせておき、南下してきたのであれば討てばよい。それをお前が、軽挙に出たがために敵と結ぶことになったのだろう」


 その物言いに、意見したいと思う者もいた。しかし、顓謙鄀を憚って口に出せずにいるのだ。先ほどは顓無卹の弁護を行った顓彰期ですら、今は黙り込んでいる。

 唯一、反駁を行えるのは老将の沙屹だけである。沙屹は顓峯烈の代からの功臣であり、冷徹不遜な顓謙鄀であっても一目置いていた。しかしその沙屹は、まったく顓謙鄀と同じ考えであり、したがってこの場に、顓無卹のために口を開く者はいない。

 そして顓謙鄀は、何度か、卓の上を指で叩いた。顔を伏せながらその音を聞かされる顓無卹と法伝にとっては、刑場へと向かう足音を聞いているような心地である。

 そして、不意に音が止んだ。


「――もういい。彰期、その二人はお前に預ける。殺すなり、()に落とすなり、好きにしろ」

「分かりました」


 そう言われて、顓無卹と法伝の主従は、心の中だけで安堵した。ただしそれを少しでも態度に出そうものならば咎めを受けるかもしれず、


「お手数をおかけします、彰期兄上――」


 と、顓彰期に向かって、叩頭したままに言った。

 二人の処断を終えると、下がらせ、顓謙鄀は改めて口を開いた。


「では、やがて来るという虞の王子に当たるための布陣を決めるとしましょう」




 その頃、子狼の下知によって奇妙な進軍を続ける姜子蘭たちの下へ、放っていた斥候たちから顓軍の陣容がもたらされた。

 今、この軍がいるのは、撃鹿まで三日というところである。紀犁たちも北岐三連城の兵を纏めてきており、一万二千の兵が進軍を続けていた。

 姜子蘭は子狼、武成とともに軍議を開いた。肥何と趙白杵、そして顓族の主要足る人々――顓項、顓遜、共羽仞、紀犁、李遼、沙元も呼ばれている。少しでも多く、顓軍のことを知りたいからだ。

 さて、斥候の報せによると、撃鹿の東西にある風山、雨山の砦にはそれぞれ一万ずつの兵を配備して、鵡涯、沙屹という将軍が守っている。

 撃鹿平地には顓戯済の次子、顓彰期が一万五千の兵を並べており、その後方にある巣丘では、顓戯済の後嗣、顓謙鄀が五千の兵を置いて守っているとのことであった。


「敵より早く会戦の地に到着し、有利な形で布陣して待ち受けるか。なるほど、手堅い」


 子狼は敵を讃嘆するような言葉を吐いた。


「総勢四万か。我らの三倍ちかいな……」


 子狼に策があることは分かっているが、改めて数だけを見ると、その差に姜子蘭は軽い眩暈をおぼえた。嘆いたところで兵が天から降り、地から湧いてくるわけではないと分かっているのだが、平静とはしていられなかったのである。


「そんなもの、こちらが一人で三人から四人ばかり倒せばいいだけの話じゃないか。そんなに怯むようなことかよ?」


 威勢のいいことを口にしたのは、趙白杵である。確かに理屈としてはそうなのだが、兵力の多寡には、そういう単純さは通用しない。数というよりも、大きさの違いとして捉えるほうが正しく、三倍の軍と相対するということは、自分の体に三倍する敵と戦うことに等しいのだ。


「豪気な物言いだな、娘。しかしそういう気概はとてもよいぞ。兵数で劣っているのだから、闘志くらいはこちらが凌駕しておらぬと話にならぬからな」


 共羽仞は大口を開けて笑い、趙白杵を褒めた。これは気休めなどではなく、実際に、士気が昂揚している軍は、時に不利を覆しうるのだと、共羽仞は知っている。趙白杵の言葉が現実に即さぬものであるとしても、心からそう信じ、また、兵士にそう思わせることは、寡兵を率いて戦う上での要諦なのだ。


「それに、我らが軍師どのとその師匠様には、賢智がおありのようだからな。さすがにそろそろ、我らにもその頭にある韜略(とうりゃく)を見せていただきたい」


 盧武成は、子狼と肥何にそう言った。維氏の領にいる時は礼節を弁えた好々爺だと思っていた肥何だが、いざ軍師として立ち回ると、なるほどこれは子狼の師である、と思わざるを得なかった。今に至るまで向後の策について、何一つ開陳してもらえなかったからである。


 ――子狼の性情は、半分は生来ものであろうが、幾分かはその師たる肥氏や楼氏にも責がありそうだ。


 促されて、悠然とした態度のままにいよいよ策を語ろうとしている子狼を見て、盧武成はそんなことを考えていた。

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