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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
撃鹿血戦

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共羽仞の陰陽学

 共羽仞が口にした陰陽とは、虞の学問の根底にある思想である。

 万物には表に出る陽と、その裏にある陰とで一対になっている、というものだ。(ひかり)(かげ)、と言い換えればより分かりやすいだろう。

 陽と陰の調和が取れていれば、世は収まるという。しかし一方で、陽が陰を凌駕していなければ、世は収まらぬという人もいる。

 この世から物陰がなくなり陽向(ひなた)だけになれば、人は熱に焼き焦がされてしまうというのが、調和を重んずる人の言い分であり、善人よりも悪人の数が勝る世は、乱れているとしか言えぬというのが、陽が勝るべきという人の主張である。

 これは実のところ、どちらも正しく、見方の問題なのだ。

 ただし、陰陽について学ぶ者ほど、これを命題として常に心に留めながら陰陽と向き合うのである。

 共羽仞は、そういうことは知らないらしい。

 ただ、すべてのことに表裏があるというのは面白い考え方だと思ったが故に、覚えていたとのことである。


「俺は、戦場で暴れることの他には、馬の良し悪しと多少の算術くらいしか分からぬからな。しかし、そういった身にも、あらゆることには対となる何かがあると言われれば、日々の些細な見聞の中に、その対象となる物は何かと考えるくらいのことは出来る」

「そうなると、共氏は私よりも陰陽家ということになります。私は、知識としての陰陽学を知ってはいても、そういったことを考えて日々を過ごしてきませんでした」


 盧武成にとって学問とは、実益を兼ねたものであった。それは、養父の教えがそうであったからであり、十五になって旅を始めても、知見や経験とは、それを生きていくためにどう活かすか、ということをまず念頭に置いてきたからでもある。

 故に、智慧を楽しむということと無縁だった。

 そう考えると、


 ――私にはない心の柔かさが、この人にはある。


 と、隻腕の豪傑を前にして、盧武成は、ただ強さだけでない、共羽仞という人の大きさを思い知った。

 盧武成に褒められた共羽仞は、酔いも相まって気を良くした。こちらを持ち上げよう、という下心がないのが分かるからこそ、嬉しいのである。


「ならば一つ、俺なりの陰陽というのを語らせてもらおう。おぬしに対となるものがあるとすれば、それはあの子狼という男だろうな」

「そのように見えますか?」

「ああ。おぬしは武勇を誇り、あやつは知略を操る。虞の王子という君主を乗せる車騎の両輪といって差し支えあるまいよ」

「車騎の両輪、ですか?」

「ああ。虞では右を重んじるというが、しかし車騎において右の車輪のほうが左のそれより偉い、ということはなかろう。そうだとしても、右の車輪だけでは平坦な道さえまともに走れまい」


 陰陽学においては、陽は善、陰は悪、と見られることが多い。しかし共羽仞は、対となるものがある、ということのほうを注視しているようである。

 その上で盧武成と子狼は対だと言われるのは、盧武成としても頷けるところはあった。

 同じ時期に、霊戍で姜子蘭に仕えた。そして今日まで、互いに至らぬところを補うようにして姜子蘭を佑けてきたという想いがあるからである。


「もう少し陰陽らしく語るのであれば、おぬしは顔に翳があるが、その性情は陽だ。そして子狼という男は、明朗であるが、肝胆に根差すものは陰であろうよ」

「そうでしょうか?」

「俺はそういう風に感じた、というだけの話だ。所詮は独学にすぎぬ、酔徒の言葉だ。話半分に聞いておけ」


 共羽仞は、話をはぐらかすように酒をあおる。あくまで直感からの言葉であり、これ以上は語れぬと示すための行動でもあった。


「では、共羽仞どのの対とは何なのですか?」


 所感の続きを求めぬ代わりに、盧武成はそう問いかけた。

 共羽仞は、しばらく言葉を返さずに酒杯と口づけている。やがて、空になった酒杯を盧武成のほうへ差し出す。もう一献告げば話してやろうと、無言で示したのだ。

 盧武成は嫌な顔をせず、さりとて無骨な相好を崩すこともなく、酒を注いだ。ふたたび満たされた酒杯で口をさらに湿らせると、共羽仞は話しだした。


「まあ、妻であろうな。ただし今、軍中にある身であれば、顓遜がそれであろうよ」

「共どのは、顓遜どのを高く評しておられるのですな」


 共羽仞が四十一であるのに対して、顓遜は十八であり、齢だけを見れば親子ほどの開きがある。

 しかも共羽仞は、顓族でも名の知れた歴戦の将である。しかし顓遜は、顓の君主筋の一族であり、兵書に通じてはいるが、実戦の経験に乏しい若者である。

 顓遜を侮るわけではないが、共羽仞の評が、盧武成には不思議であった。

 といって、共羽仞は、君主筋の人を慮って心無い称賛を口にするようなことをする人とも思えない。本心であろうと思うからこそ、盧武成には分からないのである。


「こちらの軍師どのは、面白い男だよ。そちらの軍師どのは、幼いころから兵書に耽り、兵学に没頭したと言っていた。うちの軍師どのは独学で、兵法に親しんでまだ浅い故に、練度では劣るのであろう。しかし顓遜には、生得の軍才がある。それは、子狼という軍師にはないものだ」

「生得の軍才、ですか。ああ。なるほど――」


 そう言われて盧武成は頷いた。かつて自らも、その才に辛酸を舐めさせられたことを思いだしたのである。


「俺は蛮勇をかざして進むことしか出来ぬが、顓遜は決死の胆力を以て死地の中に活路を拓くことが出来る。そういうことの出来る――いいやそもそも、敗戦の後に、無様に逃げるか、自棄を起こして吶喊するかの二択でなく、他の道を探そうとする男というのは貴重だからな」


 顓族には勇猛な者が多いが、それ故に、無駄な矜持を持つ者も多い。


 ――とかく若者は、死にたがる。


 追い詰められて、逃げることも降ることもせず、勝機のない無謀な突撃をして命を散らす者たちを、何人も見てきた。

 勝敗は時宜の運であるので、一度の敗北を愧じて死ぬことなどあるまい、と共羽仞は考えているのだが、顓族としてはこういう考え方は珍しいのである。ことに、商人としての気質を持ち、損得を重視するくせに、一たび戈矛を以て戦場に出ると、己の命を端銭(はしたがね)よりも軽く扱うのである。

 しかもそのことを当然と考える者たちの中にあって、顓遜とは、共羽仞にはとても興味深く、好ましく映ったのだ。

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