六博軍議
皆様、あけましておめでとうございます!!
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撃鹿の地で顓族に勝てるか――。
姜子蘭にそう聞かれて、子狼はわずかに目をあげた。
「――はい、勝てます」
子狼は言い切った。その胸に秘めた策には必勝の自信があるが、しかし、口にしていないこともある。
それは、撃鹿で顓族を破ることが出来なければ、姜子蘭たちは立ち行かなくなる、ということであった。
「ならば私は、子狼を信じる。しかしこの軍は、私だけの軍ではない。顓項どのと肥何どのは、いかがお考えですか?」
肥何は、
「よろしいかと存じます」
と答えたが、顓項はまだ考え込んでいる。そして、顓遜と共羽仞を見た。
しかし共羽仞は、
「将は進めと言われれば進み、退けと言われれば退く馬のようなものです。戦場でのことは裁量で行いますが、軍の進退に容喙するつもりはありませんな。まして、このように機略に富んだ軍師が数多いる中で、敢えて己の蒙闇を晒すような気は起きませんな」
と、顓項の諮問を愛想なく跳ね除けた。
つまり、顓項が頷くかどうかは、顓遜の見識に委ねられた形となる。
そのことが分かっているだけに、顓遜の唇は青銅のように重い。思考をいくつも巡らせつつも、どう言葉にしてよいか分からなかった。
顓項は、重すぎる悩みを背負わせてしまったと思い、悩む顓項の手を取った。
「率直に、季父上のお考えをお聞かせください。ただし、取るかどうかは私が決めます」
何かあればその責を負うと、顓項は伝えた。この齢が近い甥はそこから逃げることはないと、そう分かっているからこそ、顓遜はますます決めきれぬのである。
「どうやら顓遜どのは、私という軍師の力量をお疑いのようですな。いいや、無理もないことです」
「いいや、そういうつもりは……」
「では一つ、私と六博を致しましょう。顓遜どのが勝たれればこの進路は取らぬ。その代わりに、もし私が勝てば、顓項どのを説得していただく、といたしませんか?」
闊達な声でそう言った子狼を、誰もが睨みつけた。この場の者たちを含む、多くの将兵の生死が掛かった軍議を、六博に委ねようとは、正気の埒外にある発想である。
六博は一応、元は軍師や将軍が模擬戦を行うためのものが巷間で遊戯となったものであり、知略を競う遊びではある。ただし、骰子を使いもするので、時には運が勝敗に絡んでくる。
これまで顓項が一度も勝てていないのは、運の入り込む余地もないほどに、顓遜との力量に差があるからであった。
しかし子狼と顓遜は、共に軍師である。
ならば二人の六博の勝敗は、あるいは骰の目によって傾くこともあるかもしれない。
子狼はそんなことなど承知で、顓遜に勝負を持ちかけたのである。
盧武成は止めようとしたが、共羽仞は乗り気であった。
「虞の者たちが好む天命とやらがこの戦いにあるのであれば、骰の目が示してくれるであろうよ」
といい、顓遜も承諾してしまった。そして、軍議の場で二人の軍師が盤面遊戯を行うという、珍奇な図が出来上がったのである。
「陽陣は顓遜どのに譲りましょう。私は、陰陣で構いません」
陽陣、陰陣というのは、攻めの前後である。陽陣が先手となり、六博では有利とされていた。
六博では、六つの、戦場での将に見立てた大駒と呼ばれる駒と、兵卒に見立てた十二の小駒と呼ばれる駒を動かし、六つに分けられた陣地を取り合う。
ちなみに大駒には陽陣、陰陣に異なる名前がある。
陽陣は、
風伯、雨師、丹朱、共工、姒鯀、苗
であり、陰陣は、
神荼、鬱塁、句芒、祝融、蓐収、玄冥
である。並びは駒としての強さの順であり、陽陣、陰陣のそれぞれ六つの大駒の性能は同じである。
つまり呼称のみの違いであり、陽陣の有利とは、先手を取れる、ということのみである。
そしてこれらを争わせる盤面であるが、六つの陣地のうち、最初に拠点とする陣地を陽陣から決めることが出来る。この六つの陣地であるが、中央に陣が一つあり、残る五つの陣地に囲まれているという形だ。
つまり、他の五つの陣地と接する中央の陣地から始めることが出来れば有利となる。
この陣地決定は骰子で行う。子狼に陽陣を譲られた顓遜の開始の陣は、中央であった。
子狼は既に不利である。しかし、その顔には不敵の笑みを浮かべていた。
二人とも、遊戯に必要な言葉以外には一言も発せず、ただ盤面に向き合っている。ただし、顓遜は目に血光を走らせ、駒の一つ一つに将兵の命が宿っているかのような気魄であるが、子狼のほうは、所詮は遊戯の駒、と言いたげに剽軽としていた。
見ていて落ち着かぬ様子でいるのは、盧武成と顓項である。
盧武成からすれば、子狼には何かしら考えあってのことだろうと思ってはいるが、しかし、落ち着かない。顓項はというと、果たして自らの軍師たる顓遜の勝ちを望むべきなのか、負けを祈るべきなのかが判然としないのだ。
共羽仞は、もはやこれも酒の肴と言わんばかりに、瓢箪に入れた酒を含んでおり、姜子蘭のほうも、平静を保ったままに二人の対決を眺めている。
「王子は、動揺されておられませんな」
肥何が、柔らかい声で言った。
「私が騒いだところで、善き策が思いつくわけではありませんので。未だ智慧も武も、経験さえも足らぬ弱冠の身ですが、ならばせめて、信じると決めた臣のことを信じ抜くくらいのことはしなければと思っております」
それは、ともすれば盲信であり、思慮の放棄でもある。
ただし肥何は、そうは思わなかった。
君臣を旅団に見立てるのであれば、姜子蘭は標なのである。歩む道にはだかる困難を切り開くことは臣下の務めであるが、どこに向かい、何を目指すか――それだけは、君主が決めなければならないのだ。
――王子とその臣は、同じ方角を向いている。
主君が進むべき方角を示さず、あるいは、示しても臣下が従わない。それに気づかず、あるいは、見ぬふりをして、臣下にすべてを投げ出す君主をもって、臣下を盲信していると評するのである。
しかし肥何が見た限り、姜子蘭とその臣たちに、そういった綻裂はない。
ならば、当面は大丈夫であろう、と肥何は感じた。
そして――子狼と顓遜の六博であるが、勝負は拮抗していたが、接戦の末に、制したのは、子狼であった。




