形勢
撃鹿の戦い二日目は、初日と変わって、樊軍が先に動いた。
まだ空が白んでいるころから戦車を走らせ、勝利に傲る顓軍の陣を苛烈に攻め立てたのである。同時に、風山砦にも攻めかかった。荘公はまだ、三方からの包囲陣を敷くことを諦めていなかったのである。
ただし初日と違い、東の雨山に布陣した諸侯軍には朝から突撃を命じた。
「今のところ、緒戦でやや圧されたとはいえ、樊軍優勢は変わらぬように思えるぞ」
ここまでの話を子狼からされて、盧武成は呟く。姜子蘭や顓項、顓遜らも同じ意見であった。
そこで一同の視線は、酒の入った瓢箪を手にした共羽仞に向けられる。この場で唯一、その場にいた猛将は、酒臭い息を吐いた。
「まあ、こうして俯瞰で見るとそうでしょうな。ですが二日とも平野にて野戦していた身としてましては、特に負け戦の匂いはしませんでしたがね」
「二方から攻められていても、ですか?」
顓遜の問いかけに、共羽仞は頷く。
「多方から攻められる困難さは、初日のほうがあったな。攻めてくるのであれば、邀撃すればいいだけのことだ。しかし、いつ攻め寄せるか読めぬ敵をひたすらに警戒し続けるほうが、人の心というのはすり減っていく」
実際、二日目の顓軍は、攻めてくるならばやりやすいと、兵を割いて東からの軍に当たっていた。
そのため、形こそ初日と同じではあるが、戦局に大きな変化はなかった。昼過ぎまでは、両軍の趨勢は拮抗していたという。
そこで子狼は共羽仞を除く者たちに、ここから、顓軍が勝つにあたって何があったかを聞いた。
答えは皆、同じである。
巣丘に控える五千を動かす、というものであった。ただし、どう動かしたかというのが分からない。
姜子蘭と顓項は、手薄になった雨山砦を占領するとか、風山砦を攻めている諸侯軍の後背を突き、西を固めると考えたが、どれも違うようである。
盧武成は、
「風山から迂回して荘公の陣の後ろに回る、か……。いいや、それでは時間がかかりすぎるし、樊にとて斥候くらいはいるだろうから、気取られるか?」
と、呟いた。そして顓遜は、盧武成のつぶやきを聞いて何かを思いついたようである。
「もしや顓公は、この兵を東に向かわせ、樊領を脅かそうとしたのでは?」
「慧眼ですな、顓遜どの。その通りです」
樊、諸侯軍が撃鹿平野と西の風山に集中しているため、東は手薄であった。顓峯烈は敢えて気取られるように巣丘の五千を動かし、東へ兵を動かしたのである。
今は智氏、魏氏、維氏の三卿が分割して収めている地がそのまま樊領というわけではなく、実際にはその中に、虞と樊の庇護下にいる小国が多くあった。顓軍が東に戈矛を向ければ、蹂躙されてしまう小国は多くある。
しかも諸侯軍の中には、荘公の求めに応じて戦力を多く出しており、自国を守る兵がほとんどいないという国もあった。そういう国にとっては、五千の顓軍は大いに脅威なのだ。
「この動きを見て樊、諸侯軍は浮足立ち、やがて顓軍の猛攻に圧し切られた――というのが、一応の趨勢とのことですが、それでよいでしょうか、共羽仞どの?」
「まあ、おおむねそうだな」
子狼の問いかけに頷きつつ、共羽仞は歯切れが悪い。
「――どうにもあれは、よく分からぬうちに勝っていた戦であったよ」
酒を呑んでいる時の共羽仞は、舌に油を塗ったかの如く饒舌に、そしてはっきりと物を言うのだが、撃鹿での戦いを追想している時には、手にした酒が助けにはならないらしい。
「ちなみに、共将軍の腕は、どの軍の如何なる将に奪われたのでしょうか?」
盧武成は少し遠慮しつつも、聞いた。
「士氏の臣の、劉季推という男だ。二日目、樊が撤退を始め、追撃していた時にな」
「聞かぬ名ですな」
撃鹿の戦いについては調べ、出自が樊の卿たる維氏である子狼にも、劉季推という人の名は知らなかった。
共羽仞にとっては敗れたことも、腕を失ったことも特に気にしていないようで、変わらずに酒を呑んでいる。豪気な人だ、と一同は思った。
ともあれ、撃鹿の戦いについての仔細はここで終わった。ここからは、分析である。
「風山砦が落ちなかったことが、実は顓の勝利に大きな意義があったように思う」
「そして樊の荘公は、風山砦が落ちるまでは、雨山の兵を動かさずに堅守しているべきだったのでは?」
というのが、姜子蘭と顓項の所見である。子狼は満足そうに頷いていた。
無論これらは、後から、鳥のように地図に並べた駒を俯瞰しているからこそ言えることではあるが、撃鹿の戦いにおける両軍の勝敗の理由を、二人は正しく理解していた。
一方、それらのことについては納得しつつも、腑に落ちないという顔をしているのが、盧武成である。
「諸侯軍二万がすべて消えたとしても、まだ樊軍には六万の兵がいただろう。本当に、ただそれだけの策で瓦解したのか?」
もちろん、実際に樊は敗れ、荘公は敗死しているのだから、負けたという事実を疑っているわけではない。それでも盧武成には、どうにも釈然としないものがあったのだ。
「そこについては俺も分からぬさ。しかし戦では、時に勢いというものが兵の多寡や強弱を凌駕して趨勢を傾けることもあるからな。それは、お前にもわかるだろう?」
子狼にしても、盧武成の疑問には思うところがあるらしい。
樊軍の瓦解については、諸侯の兵は撃鹿平野にもいて、顓軍東へ奔るの報を知った荘公は、それを隠していたが、諸侯の兵に漏れたことで、荘公への疑念から結束が乱れたという話もある。しかしこれらは、噂の類を越えぬ話であった。
「共羽仞どのは先ほど、よく分からぬうちに勝っていたと仰いましたが、あれは如何なる意味でございましょう?」
「そのままだよ、軍師どの。俺は帷幄にて策を廻らすのが務めではないが、戦いの中にあれば、趨勢が翻る節目がある、というくらいのことは分かる。しかしあの戦いについては、何故か勝っていた、としか言えない」
顓遜の問いに共羽仞は、言葉数は多くとも、やはり煮え切らぬ反応を示した。
「なあ、子狼。智氏の言う、三氏の裏切りというのは、お前から見てどうだ?」
盧武成は子狼に、小声で聞いた。
「存外、真実なのかもしれんな」
子狼は、俯いて小声で漏らした。しかしそれは、今この場で議論しても決して答えが出ない謎である。
とにかく、かつての撃鹿の戦いについての話は一通り出揃ったことになる。その上で姜子蘭は、子狼に問いかける。
「では子狼。今、我らが撃鹿の地に進んだとして、顓軍を破る廟算は立ちそうか?」
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