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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
三秧連衡

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三秧連衡

 顓無卹は、ひたすら、南に向けて敗走していた。七千の兵を率いて北地へとやってきたが、今や、付き従う兵は五百にも満たない。討たれたというよりも、逃散したものが大半である。

 昼夜、時折の休息を挟みつつも、ほとんど寝ずに馬を走らせた。それは恐怖ではなく、屈辱と怒り故にである。

 少しでも早く滎倉に戻り、再び、さらなる大軍を引き連れて顓項を討つ。そのために、ついて来れぬ兵は置き去りにし、飢えと渇きと疲労に耐えながらも、滎倉を目指しているのであった。


 ――あの妾腹め。必ずや、四肢を()いで馬袋に詰め、生きたままに埋めてやる。それくらいはしなければ、俺の気が収まらぬ。


 そう思いつつ、三日が経った。顓無卹の下へ、腹心である法伝からの使者がやってきたのである。

 その話によると、顓項が伝えてきた虞の王子というのは、どうやら本物であるらしい。法伝は顓無卹が兵を出した後に、虢に使者を送ったのだが、虞の王子が樊国へ奔った、という話を聞かされた。

 報告を聞いた顓戯済は、虞の王子は維氏と結び、北から制周城にやってきたのではないかと考えた。

 顓族はかつて、樊の荘公率いる軍を破った。しかし、快勝と言える戦いではなく、樊国は侮れぬと思っている。故に、北から来るであろう虞の王子を邀撃するべく、兵を出すことを決めた。

 法伝は顓戯済より命を受け、そのことを知らせに北へ向かう道中で、顓無卹の敗走を知ったのである。そして、顓無卹を迎えにやってきたのだ。




 一方、北地――潁段城では、姜子蘭と顓項の陣営で酒宴を催した翌日に、虢をどう攻略するかの軍議が行われていた。

 二人の少年君主の他に、姜子蘭の陣営からは盧武成、子狼が。顓項ら顓族の陣営からは、顓遜、共羽仞、そして李遼と沙元が参加している。

 一応、恒崋山の山賊たちも友軍ということになっているので、趙白杵もこの場にいるべきなのだが、彼女は軍議というものが性に合わないからといい、すべてを委任された肥何が代わりに参加している。

 沙元は姜子蘭に遠慮しつつも、顓項に、降伏を詫びた。しかし顓項はそれを咎めず、沃周城の臣民を守る最善の道を選んだことを認め、逆に沙元に頭を下げた。

 沙元は、一応は姜子蘭の陣営にいる降将の扱いであったが、正式に顓項の臣下として扱われることとなった。

 さて、この三陣営の連合軍は、そのままであれば、虞、北岐顓族、恒崋山の連衡軍という名になる。しかしそれでは流石に長すぎるということで、子狼、顓遜、肥何で協議して主君たちに諮り、三秧(さんおう)軍、と呼称することになった。

 (おう)とは、なえ、のことであり、北地から天に向かって躍進する蔦のように、という(いみ)を込めての命名であった。

 こうして、慙愧をすべて晴らし、名を定めたうえで軍議を行うこととなったのだが、主に口を開いているのは子狼、肥何、そして顓遜である。

 三人の間で一致しているのは、とにかく、一刻も早く南進すべきということであった。

 理由は明瞭で、兵糧が足りないからである。

 姜子蘭率いる、夏羿族、維氏の兵、そして恒崋山の山賊たち。ここに北岐三連城の兵を加えれば、総勢一万の軍となる。それだけの兵を養うとなると、およそ二十日というところである。切りつめても、ひと月が限界であった。


「となれば、軍旅を急かし、滎倉を攻め落とせねば、我らに勝機はないでしょう」


 そう言ったのは顓遜である。

 滎倉は虞領の一大兵廠であり、そこには、唸るほどの兵糧、武具がため込まれている。ここを手に入れることが出来れば、向後、虢の顓族と戦うにあたり、軍資的な懸念はなくなるだろう。

 だがそれだけに、守りも厚い。滎倉には三万という兵力がある。先に顓無卹を壊走させたが、それでもまだ二万五千は優にあるだろう。三秧軍の二倍から三倍の開きがある。


「滎倉に籠られては勝ち目はないな。あそこは堅牢ではないが、守勢に入られると、こちらも手を拱くことになろう」


 共羽仞は、軍議の最中にあっても瓢箪にいれた酒を呑みながら、しかし冷静に言う。

 三秧軍の強みはやはり野戦なのである。そもそも、城攻めには軍略の入り込む余地が少なく、戦力差と城の性能が物をいう。

 故にこの軍議も、いかにして滎倉にいる兵を野戦に引きずり込むかが主題となった。


「どうしても、滎倉を取らねばならぬのか? いきなり虢を急襲するという策もあると思うが?」

「そいつは下策だな。兵は死地に置かれれば勇戦するが、将は兵の死力を頼みとして軍を動かしてはならい。そして、その策では、こちらはすべての兵が一人で十人を斃せなければ勝てないだろうぜ」


 盧武成の意見を、子狼は切り捨てた。


「西から迂回し、吃游(きつゆう)に入ってから東進するというのはどうでしょうか?」


 そう言ったのは、顓項である。虞の旧都、吃游はかつて顓族によって攻められ、今は、西にいる顓族との交易の拠点の一つとなっている。畿内を壟断すれど、あくまで拠点を西に置く顓族にとっては要地の一つであった。


「それも考えはしましたが、やはり兵糧が持ちません。それを行えば、飢えた兵を率いて吃游を攻めることとなりましょう」


 顓遜は、着眼点は認めつつも、苦言を呈した。何につけても、兵は強いが物が足りないというのが、この軍の弱点なのである。


「ならば、策は一つしかないように思えるのだが?」


 そう口にしたのは、姜子蘭である。

 実のところ、子狼ら軍師たちも、その言わんとするところは分かっていた。

 滎倉に近く、そして、黄河にも近く、その水路を辿っていけば、虢を攻めるにも利となる城がある。しかもその城は、城壁が低く、守るに不向きであった。


「我らが攻めるべきは此処であろう」


 姜子蘭は、広げられた地図のある一点を指さした。その地は――撃鹿(げきろく)、と記されている。

 第七章『三秧連衡』篇はこれで終わりとなります。明後日からは第八章『撃鹿血戦』篇が始まります!!

 引き続きよろしくお願いします!! また、なんでもいいので感想などいただけたら嬉しいです!!

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