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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
三秧連衡

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少年二人

 共羽仞は、兵を纏めて一度、潁段城へ戻った。そこで盧武成からの言を顓項に伝えた。

 姜子蘭を潁段城に招いてもらい、そこで連衡の誓約をしたい、とのことである。

 顓項と紀犁は、戸惑いの色を見せた。


「つい先ほどまで籠城していて、ろくに糧食もない城に押し寄せるとは、虞の王子とは配慮に欠ける人なのですね」


 紀犁は嫌味らしいことを口にした。顓項も同じ考えである。それどころか、無理を言って饗応をさせて不手際を見つけて難詰し、こちらに無理難題を呑ませようとしているのではないか、とさえ思った。

 しかしそのような、不当な要求を持ち帰ってきた共羽仞は堂々としているし、顓遜に至っては顔に安堵さえ浮かべていた。


「どういうおつもりですか、季父上?」

「それはこちらが言うことだぞ。なあ顓項。お前、ここがいけないならば、いったい何処で姜子蘭どのと(まみ)えるつもりだったのだ?」

「そんなもの、あちらに招いてもらうつもりでしたよ。向こうには、制周と沃周で刈り取った糧秣が山とありましょうからな」


 顓項は、ここにいない姜子蘭への諧謔を込めて叫んだ。それを見た顓遜は唖然としており、共羽仞はくつくつと、笑いをかみ殺す音を漏らした。


「……我らが城主どのは、豪気でございますな。季父という驕りが、我が君への侮りを生んでいたことを愧じねばならないようです」

「まったくだ。虞の王子は、いらぬ気遣いをして城主どのへの心象を悪くしてしまったな」


 二人には顓項に見えていない理屈が見えているらしく、孺子(こども)扱いされているような気になった。


「あのな顓項。いちおう我らは、昨日までは敵同士だったのだぞ。そんな相手の陣中に赴けば、首と胴が泣き別れて潁段城に帰ることになるやもしれんだろう?」


 顓遜は、季父として見識の浅い甥を諭すような口調で言った。

 講和を持ちかけて、その席で敵の首脳を暗殺することは、非道であるが、起こり得ることである。まして虞は長年に渡って顓を(えびす)と蔑んできたのであり、対等に扱ってくれるかさえ疑わしい。


「だ、だが――あちらとしても、我らの兵力は欲しいのであろう。私たちを殺せば、潁段城の兵士たちの反感を買うことになるのではないか?」

「そんなものは、どうとでもなります。兵糧を餌に城門を開かせて攻め入り、兵の妻子を人質にして虢の父兄と戦うための尖兵として使い潰すくらいはできましょう」


 共羽仞は悪い顔をした。

 二人にそう説明されると顓項は、姜子蘭が潁段城に赴いてくれることを好意と受け取った。だが、共羽仞が示唆したことには気が付かなかった。

 潁段城に姜子蘭たちが来るということは、逆に顓項たちが刺客を伏せて、姜子蘭たちを殺すことも出来るのだ。その首があれば、滎倉の顓無卹や虢にいる顓戯済と交渉することが出来るかもしれない。

 だが顓項にはそういった奸黠(かんかつ)さはない。

 そして顓遜は、共羽仞の言わんとすることは考えはしたが、やろうという気にはならなかった。共羽仞よりも顓の族長に近いところにいた顓遜には、


 ――今さら、下手に顓公に、兄に(おもね)るくらいであれば、叛いたほうがよい。


 と考えている。そもそも、かつてそれが出来なかったがために、顓項をはじめとする北地の顓族は三連城にいるのだ。




 翌日。姜子蘭は盧武成、子狼、呉西明の三人と五十ほどの兵を伴って潁段城に入った。

 兵の他に、三十の荷車に兵糧を山と積んで持参した。そして出迎えた紀犁に、


「元は制周と沃周にあったものですので、お返しいたします」


 と言って、渡したのである。

 そして姜子蘭と顓項は、潁段城の城主室で見えた。顓項の背後には、紀犁、顓遜、共羽仞、李遼が控えている。

 虞の礼式など何も知らぬ顓項は、戸惑いつつ姜子蘭の顔を見てしまった。そして――その蒼い双眸に引き込まれ、思わず、凝視した己を誤魔化すように顔を伏せた。


「わざわざ、御足労いただき恐縮です。望まれればこちらから、王子の陣に赴きましたものを」


 心なしか早口である。姜子蘭は顓項の手を取って、伏せられた顔を覗き込んだ。


「お気になさらないでください。むしろ我らのほうこそ、無理におしかけてしまった非礼を詫びねばならぬのですから」


 丁寧な言葉遣いであるが、顓項にかけられた姜子蘭の声は、震えていた。盧武成は横目で、何かを訴えるように子狼を見る。

 子狼は小さく頷くと、進み出た。


「さあ、我が君も、城主どのも、堅苦しいのはこのあたりにいたしましょう。互いに含むところはあれど、これよりは友軍としてやっていこうというのですから、酒と肉とを並べて語らうというのはいかがですかな?」

「おう、おぬし、若いのに分かっているではないか。虞人と顓族とではあらゆる習俗が異なるが、腹蔵をさらけ出すに酒の助けを借りることだけは同じようだな」


 真っ先に賛同したのは共羽仞である。

 そして、酒の話が出ると顓遜も目の色を変えた。恒崋山への出兵から今日まで、軍師としての務めがあるため酒を断っていたが、顓遜もまた大の酒好きなのである。


「酒も無論、持ってまいりましたぞ。あとは、肴になりそうな(しおから)と獣肉もあります」


 子狼がそう言うと、共羽仞と顓遜はすっかりその気になった。


「おい子狼!! 我が君の許しもなく、場を仕切るな。顓項どのにも失礼であろう」


 盧武成に叱責されて、子狼は姜子蘭と顓項のほうを見た。


「では、早めにお許しください。顓項どのの臣下の皆さまも、待ちわびておられるようでございますからな」


 子狼に促されて、姜子蘭と顓項は、顔を見合わせてから同時に笑った。


「申し訳ない、顓項どの。どうやら我が臣は、この地の酒をいたく気に入ったようでございましてな」

「お気になさいますな、姜子蘭どの。我が季父と頼もしき猛将どのも、どれだけ豪奢な膳を並べられても酒がなくば耐えられぬほどの酒豪でございますので」

「では、まだ彼らの自制が効いているうちに、主君としての務めを果たすことにいたしますか」

「ええ、そうしましょう。でなくては、今に三人で酒盛りを始めてしまいそうです」


 つい一昨日までは敵同士であった二人の少年たちは、三人の酒客に和まされて、いっきに心の距離を縮めた。

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