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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
三秧連衡

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二人の豪傑

 北より迫る軍が着くよりも前に、顓無卹の軍は潰走した。

 それらを追うことなく、姜子蘭の軍の将、盧武成と、潁段城の将、共羽仞は兵を纏めて顔を合わせた。


「此度は、我が主を助けていただいたことを感謝する。戦陣ゆえに下馬は出来ぬが、ご寛恕願おう」


 共羽仞は、隻腕ゆえに手にした大剣すら手放さず、小さく会釈をしながら言った。

 盧武成は、下馬はしないが、地に戟を突き刺して一揖(いちゆう)した。


「いえ、我らのほうこそ、顓項どのに拝謝すべきでしょう。おかげで我ら共に、不要の血を流さずに済みました」

「まあ、そうだな。我らが戦えば、貴殿か俺のどちらかは、間違いなく死んでいたであろうよ」


 恭しく振る舞う盧武成を、共羽仞は退屈そうな目で見やった。


「倨傲を見せられても腹が立つが、慇懃にされすぎても面白くないな。おぬし、つまらない男だと、よく言われんか?」


 共羽仞は、大剣を肩に担いで目を伏せた。


「我が友には、よく言われます」

「だろうな。おぬしは狭量ではないが、心に奥行きがない。虞には礼制というしきたりがあり、それらは、人の世を円滑に回すためにあると聞いている。しかしおぬしの振る舞いを見ると、礼という縄で首を絞めながら、自分を生き苦しくしているように見えるぞ」


 言葉遣いは粗雑だが、共羽仞の言には含蓄がある。それが共羽仞という人の、心の奥行きというものであった。


「友にも、同じようなことを言われました。共羽仞どのとは気が合うかもしれませんな」

「まあ、おそらく合うであろう。おぬしと友をやれる男であれば、よほど心が広いか、飄逸(ひょういつ)とした男であろうからな」


 盧武成の友――子狼についての共羽仞の推察は、後者については当たっている。

 心が広いというのは、盧武成にも、実はよく分からないところであった。


 ――人の選り好みはあるが、寛大な男ではある、のか?


 しかし、その物差しに自分が使われているようで、盧武成はどうにも釈然としない。

 その不快さを誤魔化すように、盧武成は話題を変えた。


「さて、我らとしても、いつまでも歓談しているわけには参りますまい。我が君と顓項どのの会談の場を設けねばなりますまい」

「逃げた顓無卹を追わなくてもよいのか?」

「我らはつい先日までは敵同士でした。今、敵を同じくすることなったといえど、一朝に軍としての連携は取れますまい。ならばまずは我らの主君同士で手を取り合っていただくことこそを優先すべきというのが、こちらの軍師の考えでございます」


 実は共羽仞も顓遜から、逃げた顓無卹を深追いせぬように、と言い含められている。しかし共羽仞は、もう少しだけ、この生真面目で融通の利かぬ男を揶揄ってやりたくなった。


「そうか。ならば、我が手勢だけで追おうとしよう。禍根を後日に残したくはない」

「そう思われるのも分かりますが――」


 盧武成は、言葉を詰まらせた。


「そちらの思惑は分かるが、命令されるのは筋違いであろう。連衡(れんこう)の交誼を結ぶと思っておればこそ、城主どのは恥を忍んで令兄と戦う道を選ばれたのだ。それを、虞の王子の臣下として膝をつかせようと目論んでいたのであれば、我らはおぬしの首を取って再び潁段城に籠ることになるであろう」


 共羽仞は、無論、本当にそうするつもりはない。盧武成がどう出るかが気になったのと、流されたままに、顓項が姜子蘭の風下に置かれるようなことがないように、釘を刺しておくための言葉である。


「分かりました。であれば、軍を連れて行くことは主命に反するゆえできませんが、私一人だけでも、助力させていただきましょう」


 盧武成は、地に刺した戟を抜いて、言った。

 共羽仞は目を細めて盧武成の顔を覗き込んだが、駆け引きをしている風ではなく、どうやら本心で言っているように思えたのである。

 共羽仞が駆け引きじみたことが出来るのは、かつて、隊商の護衛をしていた時の経験から来るものである。護衛といっても、体が空いている時に、適当な隊商に自分を売り込んで護衛の仕事を見つけてきた共羽仞にとって、足元を見られて報酬を渋られぬために、こういった交渉は覚えておく必要があった。

 しかし盧武成はそういったものに通じている様子はなく、ただただ、共羽仞と潁段城の兵を気遣って出た言葉であった。


「おぬし一人とて、主命に背くことには違いあるまいよ」

「その時は、私一人が罰を受ければ済む話でございます」


 あるいは、自分は豪勇無双の将ゆえ、主君に罰せられることはないと高を括っているのかとも思ったが、そういうわけでもなさそうである。ただただ、兵をいらぬ咎に巻き込まぬために言っているだけであった。

 共羽仞は、たまらず哄笑した。盧武成はそれを、戸惑いながら見ている。


「盧氏よ。おぬし、商人には向かぬな」

「おそらく、そうでしょうな」


 唐突に言われて意図を掴みかねながらも、盧武成は生真面目な声で返す。


「しかし、人としては信が置ける。おぬしのような臣がいるのであれば、城主どのが虞の王子どのと結ぶことを決められたのは、善いご判断であったのだろうさ」


 共羽仞はそう言って哄笑した。やはり真意は分からぬが、盧武成はそれを、いちおう賛辞として受け取った。


「それでは、顓無卹を追うと致しますか。早くせねば、逃れられてしまうでしょう」


 盧武成に言われて、そういえばそんな話を切り出したのだと、共羽仞は思い出した。


「いや、やはりやめておこう。一応あれでも、城主どのの兄だ」


 気怠げな声である。だが、元は共羽仞が言い出したことなので、盧武成を詰ることも出来なかった。

 追わぬというのであれば、敢えて催促する理由はないが、盧武成には最後まで、共羽仞が何を考えていたかは分からなかった。

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