挟撃水火
趙白杵と顓無卹の目が合った。
趙白杵はその手に槍を。
顓無卹は、偃月刀と呼ばれる、薙刀のような長柄武器を手にしている。
共に、その双眸に戦意を爛々と迸らせており、武器を構えた時には、馬腹を蹴っていた。
霹靂のような刺突と、流麗な弧を描く斬撃が火花を散らす。
その趨勢は、趙白杵に傾いていた。
初めの数合のうちこそ、顓無卹には、所詮は女、という侮蔑があった。しかし武器を打ち合わせていると、そのような偏見は消え失せ、偃月刀に全力を込めた。その上で、顓無卹は圧されているのである。
「どうした、息が上がってるぞ、顓族の色男? もう少し気概を見せろよ。私に勝てたなら、抱かれてやってもいいぜ?」
烈しい剣戟の最中にあって、趙白杵は、そう言って笑っている。
これは挑発などではなく、本心である。趙白杵にとって、好みの男というと、何においてもまず強い、ということが優先される。故に、もし自分を負かす者がいれば、その男に体を開くことは喜びでさえあった。
もっとも、その、趙白杵を負かすということが、並みの男には無理な話でもある。趙白杵は婚家を維氏の外に求めることになったのだが、その前に趙白杵は、自分に勝った者の嫁になると触れて回った。
そしてやってきた百人の男をすべて打ち倒したがために、維氏の領内で貰い手がなくなったがためなのである。
今の趙白杵は、恒崋山の山賊たちの頭目であり、姜子蘭の友軍である。しかしそういった立場とは別にして、自分よりも強い男というものがいないか、という思いはあった。
しかしそのようなことは顓無卹は知らず、趙白杵の言葉は、侮られているようにしか感じられない。
そして、まるで歯が立たないという現実もまた、否が応にも、受け入れざるを得なかった。
趙白杵の言う通り、今の顓無卹は気息奄々としており、もはや、手にした偃月刀を払われぬようにするだけでも精一杯であった。
そして、二人が一騎打ちをしている間に、盧武成と、率いる夏羿族は、顓無卹の兵を縦断していた。
「くそ――勝負は後日だ」
軍の態勢を立て直す。それを口実に、顓無卹は趙白杵に背を向けた。
そして、兵には後方の兵と合流するように命じたのである。
まだ、つい先ほどまで潁段城を攻めていた兵がいる。それらを合わせれば、勝機はあると踏んだのだ。
しかし、向かった先にいる兵は、顓無卹の想定よりも少ない。それどころか、既に潰乱していた。
潁段城のほうから鬨の声が響く。城兵が打って出てくることは想定のうちであるが、潁段城には、多くとも四千であろうと顓無卹は分かっている。しかも、兵糧も不足して飢えた兵であれば、抑え込めると思っていただけに、何故このような惨状となったのかが分からなかった。
実際に、姜子蘭の軍に呼応して潁段城は打って出たのだが、その数は千五百ほどである。数の利は顓無卹にあった。
しかしこの千五百は、顓遜が募った決死隊である。潁段城を守るために命を投げ打つ覚悟を持った兵であった。
そしてその陣頭を駆けるのは、隻腕の剛将、共羽仞である。
さらに、出陣に先んじて顓項は、彼らに向けて激を放った。
「虞の王子、姜子蘭どのが我らを攻めるのは、あちらにも道理のあることである。しかし我らに、滎倉の兄に攻められるような咎は一つとしてない。そして今、姜子蘭どのは不条理を受けたる我らの窮状を憐れみ、手を差し伸べてくれるとのことである」
そこまで叫んで、顓項は息を吸う。そして、腹を括った。
「――今より我らは、姜子蘭どのに與する!! 我らの敵は――兄、顓無卹と、虢にいる顓公だ!!」
もはや退くことは出来ぬ。顓無卹に矛を向ければ、もう父兄と和解することは叶わぬだろう。それでも、城兵のために叛くことを、顓項は決めたのであった。
士気は上がり、兵士たちは、激昂を刃に乗せて突撃していったのである。
中でも、苛烈なのは共羽仞である。隻腕という不利を抱えながら、数で勝る敵陣の中を、無人の野を駆けるが如く進んでいった。そして、ひとしきり暴れたところで、叫んだのである。
「どうした、顓公の子息の軍というのは、この程度か。俺は共羽仞といい、顓では少しは名の知れた男である。その首を取って武功を挙げんとする気概ある将はおらぬのか!?」
それまでも、予感はあった。しかし共羽仞が名乗ったことで、顓無卹の兵は浮足立った。
隻腕の勇将、共羽仞。その驍名は顓族の中では知れ渡っている。その男が、決死の兵を引き連れてひたすらに突き進んでくるのだ。その気迫に圧され、兵士たちは足を後ろへと向けてしまった。
「待て、落ち着け!! まだ数の上では我らのほうが勝っている。ひとところに集まり、応戦しろ!!」
顓無卹が叫んだその時である。北のほうから、喚声が湧いた。空高くに砂塵を巻き上げ、金鼓を激しく打ち鳴らして迫る敵軍が現れたのである。
「さあ、我が君の本軍が来たぞ。その手を煩わせず、武功をすべて喰らいつくす気概で戦え!!」
盧武成は兵を鼓舞した。その反対側では、共羽仞も、
「あの北よりの軍がやってくるより先に、勝負を決するぞ。一人でも多く敵を倒せば、それだけ、城主どのは虞の王子に大きな顔が出来るであろうよ!!」
と、叫んだ。東西よりの攻勢がいっそう激しくなる。顓無卹の兵にとっては、大火と洪水が同時に押し寄せているようなものであった。
この上、北からは雷雲が迫っている。一人の兵が、武器を投げ捨てて南に足を向けた。すると、土砂崩れのように、兵士たちは次々と南に向けて遁走を始めたのである。こうなってしまえば、もはや、顓無卹にそれを止めることは出来なかった。




