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春秋異聞  作者: ペンギンの下僕
三秧連衡

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狄戎比武

 その日の夜のうちに、顓遜は、羊とのやり取りを顓項たちに告げた。

 顓項は、総身が怖気だつのを覚えた。姜子蘭の細作が城内にいたということは、その気になれば、夜半に門を内から開くことも、兵糧に火をつけることも出来たということである。そう思うと、自分が今まで、剣を敷き詰めた牀の上に伏していたのだと思い知らされた。

 思いつめる顓項に、顓遜が諭すように言う。


「如何なる場合でも、間者をすべて排するということは出来ぬ。兵書にも、間者を完全に防ぐのは難しく、故に軍機は密を旨とすべし、とあるほどだ」

「そ、そうなのですか?」

「ああ。まあ、知識としては知っているだけだがな。兵書を読んでも、それだけで謀略が身につくわけではない」


 顓遜は自嘲を込めて言う。顓遜は、顓族においては稀なる、兵法に興味を示した者であったが、しかし、まだまだ字面でしか分かっていなかったのである。




 翌日の朝。日が昇ると同時、四方から顓無卹の兵が攻め寄せてきた。攻勢は、昨日よりも激しい。

 顓無卹としては、潁段城のごとき小城は、一日で陥落させるつもりであったのだ。いや、恫喝すれば城兵は慄き、顓項を差し出して門を開くとさえ思っていた。それが、不退転を示されたというのは、耐えがたい屈辱であった。

 その怒りは兵にも伝わり、兵は絶え間なく襲い来る。潁段城の将兵はよく凌いでいるが、死者も多かった。

 それは先に顓遜と共羽仞が語ったことである。援軍の当てがなくば、城は必ず落ちる、と。

 今、彼らは、顓項に殉ずる覚悟で戦っているのだ。それは北地の厳しさに向き合いながら生きてきた彼らにとって、その労苦を知らぬ者たちに膝を屈したくないという矜持であり、偏見から顓項を殺そうとする顓無卹への憤りであった。

 北岐三連城には、元からの北地の民の他に、虢の顓族に疎まれて流れてきた者たちが多い。顓項は彼らに対して、出来るだけのことをしてきた。だからこそ、その恩に報いたいと思っている。

 しかし一方で、自分たちが生きる道もないとも分かっている。故に――顓項と死地を共にしたいと願っているのだ。そして、死を前提とした兵士は、果敢ではあるが、やはり死を免れない。

 そんな風に死んでいく兵士たちを見ながら、顓項は、隣にいる顓遜の顔を、憂色を帯びて覗き込んだ。


「……季父上。姜子蘭の兵は、本当にいるのだろうか?」

「いなければ、我らはここで死ぬだけだ」


 顓遜は、敢えて厳しいことを言った。

 しかし今、潁段城を救うために縋るものがあるとすれば、姜子蘭の兵しかないのだ。顓項は兵に命じて木を組み、火をつけ、顓遜が羊という細作から受け取った包みを投げ入れた。すると、白い煙が段々と朱に染まっていく。

 そして――西門のほうから、鬨の声が響いた。




 潁段城を攻めている顓無卹は、城の西側に本陣を置いていた。遠望して、城壁の上から朱色の狼煙が上がったかと思うと、背後から喚声が聞こえてきた。


「来たか。あの妾腹め、やはり、北狄と結んでおったか!!」


 顓無卹のいる本陣には、千の兵がいる。選りすぐりの精鋭であった。

 檄文を信じている顓無卹にとって、潁段城を攻めれば、背後から攻められるであろうということは考えている。しかしそれを分かっていれば、邀撃は出来るのだ。


「顓項の如き孺子はいつでも討てる。まずは、北狄を破るぞ!!」


 顓無卹は颯爽と馬に跨ると、武器を手に、先陣を駆けた。

 城攻めをしている兵は一度退かせて、後方の守りに備えさせている。後方に憂いがないからこそ、千ほどの兵を率いながら、顓無卹には悠揚があった。


 ――共に、狄戎(えびす)と恐れられし我らだ。どちらが強いか、比武といこう!!


 むしろ望んで、西より来る騎馬の軍に吶喊していったのである。

 東西の軍は、ともに陣形などなく、ただ塊となって前進していた。しかし、いよいよ接敵しようという時になって、西の軍――姜子蘭の兵は、左右に分かれたのである。

 騎突の勢いを殺せず、顓無卹は敵の消えた大地を駆けることとなった。

 そして、左右に分かれた姜子蘭の軍が、顓無卹の兵の横合いに襲い掛かる。

 右からは盧武成率いる夏羿族の兵が。

 左には、趙白杵(ちょうはくかん)を先陣とした、維氏の兵と恒崋山の山賊の混成軍が。

 それぞれ、騎馬を巧みに操りながら、顓無卹の軍を蚕食してゆく。


「臆したか!! 北狄の武威など、その程度のものか!!」


 正面きっての激突を望んでいた顓無卹は、悪態を吐く。しかし、全速を出していた馬速を殺し、反転させるのにはそれなりの時を要する。その間に、盧武成と趙白杵に斬攪されて、軍としての態は失われていた。


「さあ、腕に覚えのあるやつは来い!! この私が相手をしてやろう!!」


 この乱戦の最中にあって、ひと際、異彩を放つのは趙白杵である。

 碧色の鎧、黒い(うわぎ)を纏っており、槍を手に、戦場を縦横に駆け回っているが、それは、どう見ても女性なのである。女の武将など、武辺と蛮威を誇る顓族であっても見たことがない。しかし、その槍の鋭さは確かであり、(しろがね)の穂先が閃いたと思えば、瞬く間に、必ず顓族の血が戦場に舞っているのである。

 ようやく、馬首を翻した顓無卹が、縦横無尽に暴れまわる趙白杵の前に現れた。


「よう、色男。お前が――私の槍の、次の獲物か?」

「ほざけ、雌犬。女まで駆り出さねばならぬとは、北狄にはよほど戦士がおらぬと見える」

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