第8話 三人の友人
「私たちもよろしいですか?」
そう私に声をかけたのはイスリア親子の後ろから来ていた一人、グラム子爵だ。もう一人のほうはケイラ子爵。
「ええ、グラム子爵、ケイラ子爵」
すると子爵二人の娘が前に出た。
「グラム子爵の娘、ライラ・ディ・グラムです!」
「ケイラ子爵の娘、エミリー・ディ・ケイラ」
二人はまだ幼いというのにミシェルとは違って落ち着いている、というか、マイペースだ。
ライラは元気いっぱいという感じで、エミリーは物静かな感じ。
うん、三人とも未来と変わらない。
え? ミシェル? ミシェルもあまり変わらない。今は緊張しているけど、普段はあれより少し落ち着いた感じだ。つまり、通常も変わらない。
「ロ―ウェン公爵の娘、ラヴィリア・ディ・ロ―ウェンですわ。二人ともよろしく」
まずはライラに手を出す。
ライラはすぐに私の手を握って握手をした。
次にエミリー。
エミリーもすぐに私と握手をした。
「では、私たち大人はこれで退場しましょう。ミシェル、ラヴィリア嬢に迷惑をかけないように」
「は、はい!」
大人たち三人は仲良く別の場所へ向かっていった。
残された三人は、特にミシェルはどうしたらいいのかあわあわとしていた。
「三人とも、テーブルに着いて」
「よ、よろしいのですか?」
ミシェルが代表して聞く。
「ええ。歳の近い方とあまり話したことはないの。あなたたちと仲良くなりたいわ」
「私もです!」
元気いっぱいのライラが嬉しそうに言った。
な、何だか照れる。
「私もラヴィリア様と仲良くなりたいです!」
「ん、私も」
ミシェル、エミリーも続く。
エミリー、あなたはもうちょっと感情を出して!
「ふふふ、ありがとうございますわ。シノ、三人に飲み物を」
「はい」
シノに命じて飲み物を持ってきてもらう。
もちろん飲み物はジュース。お酒ではない。
しばらくすると三人分のコップを持って来て、三人の前に並べる。
「ありがとう、シノ」
「いえ」
短く答えてシノは私の後ろへ待機した。
「皆様、何か食べます?」
お話をするより前に何か食べたほうが良いと思う。
大人ならともかく、今の私たちは五歳の子ども。理性よりも欲求のほうが優先される。楽しいお話をするためにも、まずはお腹をいっぱいにしたほうがいい。
「は、はい! 食べます!」
「私もです!」
「お腹空いた」
三人ともやっぱりお腹が空いていたようだ。
ただ、エミリーは本当にマイペース過ぎる! ま、まあ、友人になりたいこちらとしてはそのようにマイペースな姿を見せてくれるというのはうれしい。
その点で言えばライラもそう。
結構マイペースだ。
その点、ミシェルは普通と言える。悪い意味ではない。
「シノ、先ほどのように料理を持ってきてちょうだい。私が先ほど食べたのも被っていいわ」
「量はどうしますか?」
「そうね。四人で食べるけど、全部食べるというわけじゃないからシノのほうで調整をお願い」
「かしこまりました」
待っている間、お話でもしようかと思ったけど元気っ子のライラがじーっと料理が置いてあるテーブルを追いかけていたので、シノが料理を持ってくるまで待つことにした。
しばらく待つと料理を載せた大きな皿を持ってきた。種類を多めで、量は少し多め。四人分だ。
「ふふふ、シノ、これも素晴らしいわね。さすがよ」
「お嬢様に恥はかかせませんので」
「ええ。むしろ誇らしいわ」
メイドが優秀というのは一種のステータスと言ってもいい。
メイドの役割にもよるが、メイドは他の家へ訪れた時に必ずと言っていいほど見かける存在だ。故にメイドの優秀さというのは家の格というのを見せつける一つだと言える。
なので、メイドが客の前で失敗するというのはかなりの大失態。メイドの評価どころか、その家の評価を下げると言っても過言ではない。特に公爵などの高位の貴族は気を付けていることだ。
「ラヴィリア様のメイドは優秀ですね!」
ミシェルは皿の盛り付けを見て、すぐに気づいたようだ。
些細なことであるのにそれに気づくとは……。何だか誇らしい。
「ええ。私の自慢のメイドよ」
「私のところのメイドはまだ見習いなんです。私付きのメイドになる予定なので、その練習中なのですが、いろいろと失敗が多くて……」
先ほどのミシェルとは違って、きちんと話せるようになっていた。
五歳の子どもであるのに結構しっかりとしている。
え? 私? 私も五歳だけど、中身が大人なので……。
ま、まあ、私も本当の五歳のころはミシェルと同じくらい、いや、それ以上しっかりとしていたはずだから! 別に焦ってなんかない。
「歳は?」
「五歳上です。なので十歳ですね」
「若いわね。でも、いいんじゃない? 私たちの世界は厳しい世界よ。信頼できる相手を作るという意味では傍にいるメイドが若いというのは大きなアドバンテージよ。何があっても味方になるように信頼関係を作っておきなさい」
私がそう言うのは未来のことがあったからだろう。
私にいた味方は僅かな取り巻きたち。その中には目の前の三人も含まれている。そんな彼女たちを知っているからこそ、つい不幸にならないようにとそう言ってしまった。
きっとこれからも彼女たちのために動くだろう。
そこに嫌だとかそういう気持ちはもちろんない。
友人であったと気づかなかったけども、それを理解した今、彼女たちは大切な友人。彼女たちが今は私のことを知らなくても私の中ではすでに友達だ。
それは婚約破棄のときにずっと味方だったということの恩返しというのもある。もちろんそれ抜きにしても助ける気はあるけどね。
「なるほど。さすがラヴィリア様です。私では考えつくこともできませんでした!」
ミシェルはキラキラした目を向けてくる。
うん、こういうの悪くない。頼られるというのはこうも気持ちいいものなのか。
私の心の中にこの子たちのために頼られる令嬢でいられようという気持ちがより湧いてきた。
これも彼女たちをちゃんと見たからこその変化。そうでなければ何も感じることはなかったのはすでに未来の私が証明している。
「ラヴィリア様、私のとこは同い年の子。どうしたらいい?」
無口無表情がデフォルトのエミリーが少し興味津々のようで、話しかけてきた。
「なら、より仲良くできるわ。私たちを見てごらんなさい。こうして私たちが集まれるのは歳が近いということも挙げられるわ。だから、その子とは主従関係だけではなく、友人関係になるのもいいと思うわ。友人を裏切るなんてことできないもの。私も、その、あなたたちのことを裏切れないもの」
な、何だか恥ずかしい。普通のことを言っているのになぜこんなに恥ずかしいのだろうか。
つい俯いてしまった。
すぐに顔を上げると三人はなぜか、こちらを微笑ましい目で見ていた。
な、なに?
「ごほん、ラヴィリア様、私たちも裏切らないですよ!」
ライラが元気いっぱいでそう言ってきた。
??? よく分からないけど、良いことのようなので気にしないでおこう。
「ところでライラのメイドは?」
「私もエミリー様と同じで同い年です! 仲良くしてます!」
「そうなのね。良いことよ」
とりあえずみんなのメイドとの仲は特別悪いということはないようだ。
メイドたちと仲が良いというのはきっと三人の助けとなるはず。
未来の私の友人たちは特に危機に陥ったりとかそういうのはなかったようだけども、今回は未来の通り動くわけではないので、孤立なんてことにならないようにしたい。
「ラヴィリア様のところのメイドさんは後に控えている方ですよね?」
ミシェルが聞く。
「ええ」
「私たちとは違って歳が離れていますが、ラヴィリア様のほうはどうなんですか? 見たようではとても仲が良さそうでしたけど」
「そう、ね」
正直、歳の差もあって、三人のような仲とはちょっと違うと思う。
シノの年齢は恐らくは十五とかそこらへんだと思う。つまり、私との差は十歳は離れている。
なので、三人のように友人関係を築けるかどうかと言われると難しい。
未来の私だって十も離れた子と三人のような友人関係を築けるのかと言われるとちょっと難しい。嫌というわけではなく、友人というよりは妹とかそういうものを見る目になると思う。
仲がいいのは確かだけども、やっぱり違う。
歳の差というのはいつまで経っても変わることのないものだ。それは経験という意味でも。
つまり、友人関係になるというのはとても難しい。
でも、友人関係はともかく、仲が悪いということではない。
「仲はいいわ」
なので、そう答えた。
「やっぱりそうですよね! お二人とも普通の主従関係とは違いますもの!」
すっかり緊張を忘れたミシェルは目を輝かせて言う。
「私たちの理想の主従関係」
「私たちも早くそうなりたいです!」
他の二人も目を輝かせている。
な、何だかそんな目で見られるのは恥ずかしい。調子に乗って取り返しのつかないことをしたようなそんな気分。
だって、私、シノと接した時間は三人と違って、僅かな時間だ。精神的にはという意味だけど。
それでも仲が良いのはやっぱり主従の関係があったからというのが大きいと思う。
なので、そのような期待の目で見られるのはこちらとしても困る。
まあ、あれだけ三人に言ったのだから、自業自得であるのは理解しているけど。
「三人ならなれるわ。ね? シノ」
「ええ。お嬢様の言う通りです」
まあ、それでもシノとは仲良くなれているので、三人ならば仲良くなれると思う。というよりも、私たち以上の仲が良い主従になれると思う。
何せこちらは先ほど言った年齢の差があるけど、三人はそこまでないからね。
「ラヴィリア様とそのメイドさんご本人に言われるとできる気がしますね」
「ん」
「です!」
さて、それから三人とは話をしつつ、ご飯を食べた。
私もたくさん食べたのだけども、お腹の限界で当初の目標である全ての料理を一通り食べるということは達成できなかった。
それぞれの量は少なかったけど、この体にとってはそれでも多かったようだ。残念。
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