第7話 ついに再会。一人目の友人
「さあ、扉の前だ」
ついに扉の前に来た。
部屋、つまり会場からは多くの人の声が聞こえる。主役は最後なので、会場内には父が招待した人たちでいっぱいになっている。
扉を開ければ多くの招待客が私たちを、私を注目するだろう。しかも、その視線には様々な種類がある。祝うための視線だけではなく、私という存在を見極める視線、王太子であるラルド様の婚約者ということから悪意を向ける視線、幼い私がどんな醜態を見せるのかを楽しむ視線……。正の視線だけではなく、負の視線も入り混じっている。
そんな視線を五歳の子どもが一斉に受けるというのだから、泣き出す子がいても無理はないだろう。
とはいえ、負の視線と呼べるものは実はそんなにない。招待しているのは派閥的にこちら側の貴族や親族が中心だもの。
「準備はいいか?」
「ええ」
短く答える。
そして、扉が開かれた。
主役である私の登場ということもあり、大きな拍手が私へ向けられる。
と、同時に先ほど言った様々な視線。
うん、かなり精神的に来るものがある。ただ、負の視線はないと言っていいほどだ。ちょっとこっちがびっくり。
「皆の者よ! 今日は我が娘、ラヴィリアの誕生日を祝いに来てくれたことを感謝する!」
父が私を伴って壇上へ上がり、そう声を上げて言った。
あまり喋らない父なので、こうして会場全体に響くほどの声を聞くとつい驚いてしまう。実際、驚く貴族は多い。
ただ、このようなギャップがいいという女性は多い。
娘である私には分からない部分だ。どっちも素敵だもの。
「ラヴィリア、挨拶を」
「はい、お父様」
一歩前に出る。
「皆様、本日は私のために来てくださってありがとうございますわ」
周りの視線をものともせず、はっきりと自信満々に喋る。
前回の五歳の誕生日のことは覚えていないけども、きっと今のようにしゃべることはできなかった。たどたどしい言葉と噛んだりとかしていたはず。
でも、ベテランの私はそんな失敗を犯さない。……振りじゃないよ?
そうして話していると驚いている人たちがいるのが分かる。
当たり前だ。だって、経験なんて少ないはずの私が緊張した様子がなく、堂々と喋っているのだから。
その様子をこっそりと見つつ、私の挨拶が終わる。
この瞬間、きっと貴族たちの中で、私への印象は大きく変わったはず。『第一王子ラルド様の普通の婚約者』から『第一王子ラルド様の有能な婚約者』へと。
そのことは良いことでもあるけど、悪いことでもある。
え? 良いことは分かるけど、悪いことはって? だって、私の未来は婚約破棄され、別の方と幸せな生活を送ること。やり過ぎると幸せな生活を目指すことはできなくなる。
一般的には婚約破棄されると令嬢側が悪い、という風になるのだけども、国の利益を考えた場合、私のことはそのような醜聞関係なしに自動的に高位の貴族との政略結婚されるのは目に見えている。それが悪いというわけではない。幸せな生活を送るのは絶対に好きな人じゃないとダメというわけではないから。政略結婚のイメージは夫婦関係なんて冷めているというイメージが多いが、そんな関係ではない夫婦は多くいるのは知っている。
なので、それは別にいい。別に良いのだけども、一度死んだ身としては政略ではなく、好きな人を見つけて幸せな生活を送りたいと思っている。
そういうわけなので、評価を上げ過ぎるというのは良いこともあるけど、悪いこともある。
「良い挨拶だった」
父は私にだけ聞こえる程度の声でそう言った。
表情には出さなかったが、その言葉はうれしく感じた。
挨拶が終わった後は招待客からのお祝いのメッセージとプレゼント。それを父の隣で受け取る。
受け取っている間は正直暇。
でも、ここで顔に出さないのがベテラン! 笑顔で受け取って礼を言う。
ちなみにパーティで料理などが出てるけど、主役である私は招待客からのメッセージとプレゼントを全て受け取るまで食べることはできない。
うん、お腹空いた。
空腹を表情に出さないようにしているのだけども、この体は五歳の子ども。大人の体よりも欲求に正直だ。先ほどからお腹が小さく、ぐぅ~と言っている。
他の貴族の子だったら駄々をこねて、料理を食べに行くのだろうけど、精神的に大人の私ができるはずもない。
腹ペコを我慢してようやく終わる。
ううっ、長かった……。
「ラヴィリア、料理を食べに行ってよい」
「分かりましたわ」
簡潔に答えるが、心の中では、やった! やっと食べれる! とテンションが上がっている。顔に出したら周りからの視線が痛くなるほどだ。
料理が置いてあるテーブルの前へ移動する。すると、私の横にメイドが。
「あら、シノ。お手伝い?」
「いえ、私はお嬢様付きですよ? お手伝いはお手伝いですが、お嬢様のお手伝いですよ」
その言葉の通り、シノの手にはまだ何も載せていないお皿があった。
どうやら背の低い私の代わりに料理を盛り付けてくれるようだ。
「何になさいますか?」
「そうね。今日はたくさんの料理があるから、一通り食べていきたいわ。だから、端から順に盛り付けて頂戴」
「かしこまりました」
シノはそれぞれの料理から私の半口程度の量を皿に盛り付けていく。
盛り付け終わるとついにお食事の時間! シノと一緒に椅子のあるテーブルへ移動する。
「いい盛り付けね」
「ありがとうございます」
どれも食べやすいようにと隙間はある上に色んな種類を限界まで載せている。しかも、ただ載せるだけではなく、そこに芸術を感じるほどに。それに多くの種類を食べれるようにと半口サイズというのも素晴らしい。
シノはできるメイドというのがよく分かる。
「はむっ」
さっそく食べる。
うん、美味しい。
皿にある何種類もの料理を全て食べたが、シノが量を少なめにしてくれたおかげで、まだまだ入る。
「シノ、次を頂戴」
「はい、お嬢様」
シノは私のお皿を回収するとすぐにもう片方に持っていた皿を私の前に置いた。
どうやらすでに用意していたようだ。
いつの間に……。動いた気配は感じなかったんだけど。
そうして食べていると私のほうへ近づく親子が。子どものほうが私と同じくらいの令嬢だ。
おや、あれは……。
未来の見知った顔を見つけた私は少しうれしくなった。
だって、私が生きているときに気づかなかったけど、死んで友人だと理解した取り巻きの令嬢の一人だったんだもの。
「ラヴィリア嬢、よろしいですか?」
「あら、イスリア伯爵。ええ、もちろんいいですわ」
私が許可を出すとイスリア伯爵の娘である、ミシェルが私の前に出た。
とても緊張しているようで、見て分かるほどガチガチになっていた。可愛すぎる。
未来の私は取り巻きたちのことを私の今後得る権力目当てだと思って、ほとんど上辺だけの付き合いだった。
でも、そうじゃないと理解した今はきちんと向き合うようにと思っている。
「い、イスリア伯爵のむ、娘! み、ミシェル・ディ・イスリアとも、申します!」
ベテランである私はミシェルのその姿をじっくりと見ることができた。
すると、未来では気づかなかったミシェルの魅力というのが分かってくる。
「私はラヴィリア・ディ・ロ―ウェンですわ。よろしくお願いしますわね、ミシェル」
そう言って私はミシェルに手を差し出した。
ミシェルはその手と私の顔を交互に見比べる。緊張のせいか、仲良くしようねという意味の握手を理解できていないようだ。
ミシェルの父親であるイスリア伯爵は握手を理解できていない自分の娘を見て、冷や汗をかいていた。
だって、今の状況は公爵よりも身分の低い伯爵令嬢が、公爵令嬢からの友好を無視したという風にも捉えることができる。完全にロ―ウェン家の面子を潰した形だ。
あとで、ロ―ウェン家がイスリア家に対して嫌がらせをしても何も言えない。
まあ、私たちロ―ウェン家はそのようなことはしない。
そして、何よりもミシェルがどのような状態なのかをよく理解している。
で、ミシェルは何度も見比べて、ようやく理解したようだ。自分がとんでもない失態を犯しているということに気づき、あわあわと震えている。
やっぱりこうしてちゃんとミシェルを見るとその魅力がよく分かる。
未来の私がどれだけ友情を考えず、権力のみで近づいていると思っていたかがよく分かる。
「ミシェル?」
とりあえず手が疲れてきたので、名前を呼んで手の存在を気づかせる。
ミシェルは私の手をすぐに握って握手した。
「よろしくお願いします、ラヴィリア様!」
今はまだ未来のような親しい感じではない。
きっと時間が進めばそれは変わるかもしれないが、できるだけ早いうちに仲良くなっておきたい。
「ええ、よろしくね」
そう言って、はい、これで友人と言えればいいのだけども、もちろんまだ関係性としては友人とは言えない。
こういうのは長い時間をかけて友人になっていくはずだ。
なので、これからも手紙などを送るなどして友好を深めよう。
そう思っていると、イスリア親子の後ろから親子二人組が。
おや! おやおや!
子ども二人に目を向けた私は思わずテンションが上がってしまった。
だって、その二人はミシェルと同じく私の友人兼取り巻きの子だったから。
あっ、ちなみに私の友人兼取り巻きは覚えている限り多くいる。いるが、その中でも一番の関係性があったのは四人だった。そのうちの一人がミシェル。そして、今こちらへ向かっている子二人だ。あと一人は多分今日はいないのだろう。
何せ娘関係とはいえ、すでにイスリア伯爵が来ているから。
え? どういうことかって? こういうのはまず爵位が大きいほうが優先で、四人目の子は侯爵家の令嬢だから、来ないのは確実。
多分、来てはいないのだろう。
別におかしな話ではない。
今回招待したのは身内と関わりの特に深い貴族のみ。その子は含まれなかったという可能性が高い。
というか、四人中三人がここにいるというのは逆にすごいのだ。そこにはきっと親たちの政治的な思惑もあったのだろうと思う。もちろん友人兼取り巻きの子たちには純粋に私のことを慕っていたが。
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