第5話 午後の授業も完ぺき! そして、お風呂!
それから昼食を済まして、午後の予定へと突入する。
午後は午前と違い、計算などの勉学の時間になる。この授業でもシノを驚かせて、シノを困らせた。
うん、私の中身、十八だからね。これは仕方ない。
その結果、明日からもっとレベルを上げることになった。こちらは知識という意味でも、完璧というものは存在しないためだと思われる。
……何だかこれに関してはやってしまった感がとても強い。
別に勉強が嫌いというわけではないのだけども、進んでやるほど勉強が好きというわけでもない。いい成績を取るためにやっているような感じだ。
もちろんその知識を忘れないようにと勉強し続けていたというのはあるけど。
「お嬢様、今からは自由時間になります。どうなさいますか?」
午後は午前とは違って、終わった後には自由時間がある。夕食までの時間は遊んでもいい。
う~ん、どうしようか。
昔のこと、まあ、今のことなんだけども、何をしていたのかは記憶はない。きっとお人形遊びではないだろうか。私の部屋にはたくさん人形があるし。
あっ、ちなみに未来の私の部屋にも人形はある。遊んではない。観賞用として置いてある。その未来で見たこともある人形がいくつかここにもあるので、何だか新鮮な感じがある。
だって、私の記憶ではちょっと汚れた人形がとっても奇麗な状態であるんだから。
だから、今日はそんな人形を愛でたいと思う。
「人形で遊びたいわ。良いかしら?」
「はい、お嬢様」
精神年齢が高い私だけども、この人形で遊び――ごほん、愛でたいという気持ちは抑えられない。
シノが私の望んだ人形を持ってきてくれた。
「ありがとう、シノ」
「いえ」
シノは目立たないようにと壁際へと移動する。私の自由時間を邪魔をしないためだ。部屋の外ではなく、部屋の中にいるのは警護とかそういう意味も含んでいる。
なので、基本的には一人でいるというのはトイレや寝るときなどを除いて、ほとんどない。いつも誰かが傍にいるという状態が多い。
その生活には慣れているのだけども、中身は大人な私。人形を愛でているところを見られるというのは少し恥ずかしい。
人形であそ――愛で始めたときはそう思っていたけども、気づいたときは愛でるのに夢中で、シノのことなんてすっかり頭の中から抜けていた。気づけば夕食間近な時間まで愛でていた。
「お嬢様、お時間です」
「ふえっ?」
夢中になっていた私は間抜けな声を出す。
そして、シノの前で長い間、子どものように遊んでいたという事実は私の羞恥心を湧き上がらせる。
「? どうしました?」
四歳の私しか知らないシノはそんな様子の私を不思議そうに見ていた。
「な、何でもないわ」
そう言って誤魔化す。
「では、お嬢様。こちらの人形は私が片づけますので」
「え、ええ。お願いするわ」
シノに人形を渡し、私は心を落ち着かせる。
うう、まさか大人の私がつい我を忘れて遊んでしまうなんて……。
後悔ではないが、羞恥でいっぱいだ。
「では、お嬢様。参りましょう」
片付けを終えたシノは私に手を差し伸べてそう言った。
「ええ」
その手を取り、一緒に部屋を出た。
夕食もまた父も一緒に食事をする。
夕食後、自室に戻って再び自由時間。
ただし、今度は愛でない。別のことをしよう。ずっとやらないというのは遊び足りない――ごほん、愛で足りないので無理だけども、ダメージを負ったまま連続して愛でるのはかなりきつい。愛でるのは明日だ。
「シノ、何か本はないかしら? お風呂の時間までそれを読んでおきたいわ」
「本、でございますか。えっと、それは私がお嬢様に読み聞かせるような本ですか? それとも――」
「いえ、そういう本じゃなくて、物語がいいわ」
精神が大人な私にはさすがに絵本などはちょっと……。
「そうですね。お嬢様なら読めますか」
私の午後の授業のことを思い出したシノはすぐさま納得して、この家の書庫へと向かった。
書庫には様々な本がある。専門的なものから物語まで。ただ、物語に関しては購入する者がいなかったため、今の流行よりは少し古い物語しかない。
近いうちにシノか誰かに買ってもらおう。
しばらく部屋を見て回り、未来のと見比べる。
うん、やっぱり部屋の模様は大きく違う。何か子どもっぽい。未来の私のとは違う。
「お嬢様、お持ちしました」
しばらくするといくつか本を持ってシノが帰ってきた。
うん、やっぱりちょっと古い。詳しいわけじゃないけど、それが分かる。
「そこのテーブルに置いといてちょうだい」
「はい」
シノは本をテーブルの上に置くと私の邪魔にならないようにと壁際へと移動する。
ふむ、何を読もうか。
これらの本は実はすでに読んでいる。未来の話だけども。つまり、今回は読み返しということになる。
なので、どれがいい作品なのかはすでに分かっている。時間を無駄に、というわけじゃないけども、微妙な作品を見たくはない。
よし、これにしよう。
内容は恋愛系。昔はかなり人気だった作品だ。今日はこれを読もう。
椅子に腰かけて本を読む。
椅子は今の私に合わせているので、大きすぎるということはない。
ただ、子どもっぽいので、ちょっと恥ずかしい。あと、そんな椅子が私の体格に合っているというのが何とも言えない。
そんなことを思いながらも読んでいたら、そんな恥ずかしさなんてすぐに忘れていた。
本は読んだことがある本だったので、そんなに時間はかからなかった。
読み終えたら次の本。次の本も似たような本だ。
二冊目の中盤、シノが声をかけてくる。
「お嬢様、そろそろお風呂の時間です」
「そんな時間なのね。ありがとう」
本を置いて、お風呂の準備をする。
私をエスコートするシノ。
今日一日シノと一緒にいたけど、シノといるのはとても心地が良い。母というのは知らないけど、母がいたらこういうのだったのかもしれない。
ただ、こういう印象をシノに抱いているにも関わらず、シノに関する記憶は全くない。う~ん、もしかして本当に子どもだったからそういう印象を抱かなかったのかな?
まあ、覚えていないものを考えてもしょうがない。
「ねえ、シノ。あなた、お父様の側室にならない?」
シノのことを考えていたら、いつの間にかそう言っていた。
シノといるのは心地よい。まだ一日だというのに私の中のシノはかなり好印象だ。シノが父の側室になれば、母となる。シノが母代わりという生活は悪くはない。
そう思ってそう言った。
「はあ?」
だけど、その提案はシノには不快だったようだ。
たったその言葉一つで、シノの不機嫌さがよく分かった。
と、同時にちょっと怖くなって、体が震える。
な、泣きそう……。
涙目になるとすぐにシノが気づいて、慌てて私を慰める。
「す、すみません、お嬢様! 決して旦那様のことが嫌いとかではなくてですね! それに私には心に決めた方がいるのです。お嬢様のその提案には乗ることはできません」
シノは私の頭を撫でながら、私を慰めた。
「ぐすん、いいのよ、シノ。私が悪かったわ」
シノには悪いことをした。そう思う。
「いえ! お嬢様が謝ることではありません。本当に申し訳ございません」
「ううん、私のせいよ。私の立場からこんなことを言ったら、メイドのあなたは何も言えないのに……」
メイドは雇い主である主人の命令が最優先で、基本的にはその雇い主の娘の命令なんて聞く必要はない。ないのだが、娘の機嫌を損ねて、そのメイドの今後の立場が危うくならないなんてことは少ない。
だから、メイドたち、特に新人などの若い人たちは娘の機嫌を損ねないように我が儘に応える。
私が謝ったのはこれがあるから。
それを忘れてあんな発言。私、最低だ……。
「ほ、ほら、お嬢様! まずは浴室へと行きましょう!」
色々と落ち込んでいる私をシノは引っ張って連れて行ってくれる。
そして、脱衣所。浴室へと向かう前に服を脱ぐ部屋。広さは普通の部屋と比べて少し狭い程度で、それなりに広さがある。
そこで身に付けていた衣類を全て脱ぎ、浴室へと向かった。
もちろんシノを伴って。
シノは私と違って衣類を身に付けている。メイドであるシノは私と一緒に体を洗うなんてことは許されてはいない。
「そういえばシノ以外にメイドはいないのかしら?」
基本的に私の体を洗うのは複数人だった。
子どものころの私の記憶はないけど、やっぱり私の体が小さいせいだろうか。
「はい、私だけですよ。お嬢様の体を洗うのですから、お嬢様付きの私しかできませんよ。安心してください」
「そ、そう」
とりあえずシノにすべてを任せて、私は風呂椅子に座ってのんびるとする。
シノは丁寧に私の体を洗って、結構心地良い。
時々下手な人がいるから、シノが洗ってくれるのは当たりだ。シノ以外に洗われたくはないほど。
「お嬢様、痒い所、洗ってほしいところはありませんか?」
「ないわ。奇麗に洗えているわ」
「ふふふ、満足いただけたようでよかったです」
体を全部洗って貰った後はとっても広い浴槽へと向かう。
湯はドラゴンを模した石像の口から流れていて、浴槽の縁から湯がどんどん溢れている。
よし、湯に浸かろう。
ゆっくりと足から湯に浸かる。
ふぃ~、気持ちいい!
「お嬢様、あまり奥へは行かないように。深くなっております」
そうだった。私の体、ちっちゃいんだった。
そのことに気を付けて、シノの言う通り、奥へは行かないようにした。
そういえば、体が小さいから色んな物が大きく感じる。大人のときは何の問題もない浴槽も今じゃ危険な場所。うん、普段やっていることでも気を付けたほうがいいのは間違いない。
ただ、この体で深いところへ行ってみたいという気持ちがある。
「ちょっと深いところへ行きたいわ。溺れたら助けてよ?」
「もちろんです。ですが、無理はしないように」
「分かってるわ」
せっかく過去に戻ったのにこんなところで死ぬわけにはいかない。
ちゃんと気を付けて奥のほうへと向かう。
一応、段差があって、縁側は浅くなっている。
なので、まずは段差に座って、深さを確かめる。
うん、足が届かない。というか、浅い部分も今の私からしたら結構深い。肩まで浸かっているもん。
「あの、お嬢様。一人で大丈夫ですか?」
ちょっと慌ててる私にシノが不安そうに声をかけてきた。
「だ、大丈夫よ」
慌てたのはちょっとびっくりしたから。自分の体などを再確認した私にこのような失敗はもうない。……たぶん。
ただ、深いところは無理だ。行ったら絶対に溺れる。
溺れているということが分かっているのに行くほど、私は愚かではない。今日のところは諦めよう。




