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第31話 カスタードいっぱい!

 う~ん、これはシノが言う通りこのまま齧り付いたほうがいいかもしれない。それ以外に食べ方が思いつかない。

 ……これはシノの思惑に乗るしかないということなのだろうか。

 で、でも、あくまで食べ方。齧り付いて食べるけども、口周りを汚さないようにすればいいだけだ。うん、私ならできる。完璧な令嬢である私なら!

 奇麗に食べるのが困難な料理なんて未来でもあった。そのときのことを考えればシュークリームなんて。

 齧り付いて食べるためにシュークリームを両手で持つ。

 中身がいっぱい詰まっているので、ずっしりとした重みが手に伝わる。


「思った以上に重いわ」

「あはは、大人の私でもそう思います」

「これってカスタードクリームのせいかしら? それとも外側の?」

「全部カスタードクリームですね。外側のはそこまで厚くないですから」

「シノ、入れすぎじゃないの?」


 ティーカップほどではないけども、お菓子でこの重さはかなり重く感じる。


「でも、中身がいっぱいじゃなかったらそれはそれで悲しくなっちゃうんですよね。いっぱいのほうが良いって思っちゃって」

「そういう理由で作ったのなら正解なのでしょうけども、私個人の視点では失敗ね。私、シュークリームは初めて食べるもの」


 シノは食べたことがあるからそういう悲しいことを体験していっぱいあるほうが良いと考えたのだろうけども、私にとっては初めてなのでその気遣いはシュークリームへの印象をマイナスにする。

 まあ、今の私が子どもでそこまで筋力がないというのもあるのだけども。


「むう、それは確かに。まあ、でも、重いってことはたくさん食べれるという証拠です。しかも、その重量の大半がカスタードクリームです。それを理解しているならばメリットのほうが大きいはずです」

「むむ、そう言われるとそうね」


 シノの言う通り思いということはそれだけたくさん入っている証拠。もちろんたくさん入っているのは知っている。シノが説明してくれたもの。

 だけど、こうして手に感じることは言葉では伝えきれないほどの情報量を含んでいる。他人からの言葉よりも自分の感覚からの情報のほうが実感できるのは当たり前だ。


「これは認めるしかないわ。シノの言う通りよ」


 確かにやや重いけども、シノの言った悲しいことを体験せずとも、美味しいものがいっぱいのほうが良いのは間違いない。


「ですよね。食べたら重いなんてどうでもよくなりますよ!」


 そう言ってシノが食べ始める。

 あっ、私がまだ食べ始めてないのに!

 慌てて私も食べる。

 ただ、シノが食べ始めたからと言って慌てて食べてしまったので、つい思いっきり齧り付いてしまった。それはもう大きな口を開けて。そうやって食べるとどうなるか。

 答えはカスタードクリームいっぱいのシュークリームの生地が破れて中身のカスタードクリームがいっぱい出てくる。つまり、口の周りや手が汚れるということだ。

 その姿はシノが望んだ姿だった。

 クリーム塗れになる口と手。羞恥でいっぱいで泣きたくなるが、口の中にはカスタードクリームの甘さが広がる。

 美味しい、美味しいのだけども、なんだろう。素直に喜べない……。

 そうして複雑な感情を抱いていると、慌てた様子でシノがこちらへ来る。


「あわわ、すぐにお拭きしますね!」


 シノが手拭きを用意してすぐに私の口元や手を拭いていく。

 てっきりシノの思い描いた姿になったから喜んでいるんだろうなあと思ったけども、そういうことはないようでちょっとびっくり。

 いや、まあ、メイドとしてあるべき姿なのだけども、普段のシノを見ていたからつい……。


「よし、これで綺麗になりましたね」

「……ええ。でも、こうなったのもシノが悪いのよ。シノが私よりも先に食べるから」

「あうっ、す、すみません。久しぶりだったので、つい……」

「こうなったのもそのせいよ。見てよ、シュークリームの生地が破れて中身が出てるわ」


 いっぱい入れていたせいで、カスタードクリームがたくさん出てきている。特に手に溢れたクリームはかなり多くて、そのクリーム全てが無駄になった。

 せめて手に零れたクリームを舐めて食べたかったのだけども、さすがにはしたないし、シノがすぐに拭いたのでやることもできない。


「……交換します?」


 シノは自分のを差し出す。

 私と違って上手に食べていたので、クリームが溢れ出るなどということはない。

 うぐぐ。


「……お願いするわ」


 自分の失態だけども、このままでは食べにくい。恥ずべき行為だけどもここはシノの好意に甘える。

 シノはニコニコ顔ですっと私と自分の皿を入れ替えた。

 くっ、こういうときだけとっても頼りに見える! これも普段の姿がダメダメなせいだ。


「さあ、次は落ち着いて食べてください!」

「…………ええ」


 今度は慎重に食べる。

 先ほどのようにならないようにと溢れ出そうにならないように食べる。

 口の中いっぱいにクリームが広がって、思わず頬が緩む。

 カスタードクリーム自体は何度か食べたことはあるが、こんなにたくさん入ったものを食べたことはなかった。


「どうですか? 美味しいでしょう?」

「ええ! クリームだけではなくて、外側の生地もいいわね」


 とは言っても外側の生地はカスタードクリームほどの濃さではない。どちらかというとカスタードクリームの引き立て役と言ったところ。


「気に入ってもらってよかったです」

「やっぱり庶民のお菓子って感じだわ。貴族のだったらここまでカスタードクリームは口の中に広がらないもの」


 貴族のは上品な味を目指している。そのお菓子ではカスタードクリームは引き立て役になっている。味が濃いが故に少量でも十分になる。

 個人的にはこっちのシュークリームのほうが好き。甘いから。

 ただ、難点なのは食べ過ぎると太ってしまうところ。今は子どもだし、色々動いているから良いけども、大人は子どものようにたくさん動くことはない。未来でもそれで体重を減らすのに苦労した記憶がある。

 も、もちろん体の体型に出るほど太ったことはない。ちゃんと体型は維持していた。ただ、出る前に対処していたということもあって、その時の運動はかなりきつかった。体には何の変化もないのに普段よりも動くので、精神的につらいものがあった。変化がない努力というのはなかなか辛い。

 そういうこともあり、お菓子は食べ過ぎないように調整している。今日みたいにたまになら問題ないんですけどね。


「冷たいっていうのがいいわ」

「シュークリームは冷たいほうが一番美味しいんです。クリームの甘さにこの冷たさがより甘くしてくれるんですよ! ……多分」


 最後、何か言ってきたような気がするけど、まあいいや。

 もぐもぐ食べて、ついに一口分になる。シュークリームのクリーム部分は中心部分が多いので、端っことなった今、クリームはほとんどなくなっている。クリームを残したほうが良かったかなと思ったが、それは次に食べるときに気を付けることにしよう。

 がっかり? それはあるけども、次ということを考えるとそんなことは些細な事。次食べる口実ができるので、それを思えばがっかりよりも楽しみが勝る。


「はむっ」


 最後の一口をぱくりと食べる。

 カスタードクリームがわずかしかないので、そこまで甘くはないが、生地のほうも美味しい。


「食べ終わったみたいですね」


 シノはすでに食べ終わっていて、私が食べるところをニコニコ顔で見ていた。少し食べにくかった。


「ええ。次のを食べようかしら」


 シュークリームはまだ一番目のお菓子。美味しいお菓子はまだ二つもある。


「はい、ご用意します。ですが、その前に紅茶のほうを取り換えさせてもらいますね」

「え? 変えるの?」

「はい、別のがありますので」


 シノは私と自分の紅茶を取り下げ、別の飲み物を準備する。


「ねえ、湯が冷めているんじゃなくて?」


 シノが飲み物に使用しているポッドの中身はシノがこの部屋に来た時にあったもの。つまり、そのポッドの中身の湯はすでにぬるくなっているはず。味には詳しいけども、入れ方による味の変化には詳しくない私だが、入れるときの湯の温度は重要であるとは知っている。

 もしかしてぬるくても良いのだろうか。


「ふふふ、実は今からご用意するお茶は紅茶ではないのです。こちらは多少冷めていても問題はありません」

「そういうお茶なのね」

「はい。それと少し苦みがあるお茶なんです」

「に、苦み……」


 思わず顔を顰める。


「そこまで苦くありませんから大丈夫ですよ」

「……飲めなかったらあなたにあげるわ」

「はい」


 シノはニコニコ顔で準備を進める。


「本来の組み合わせですと他のお茶なのですが、今回のお茶は私の好みで決めさせてもらってます」

「あら、そうなの?」

「はい。そちらのお茶は人の好みが分かれます」

「それならシノの好みのお茶がいいわね」


 好みが分かれるならば、シノの好みのほうを飲んだほうがいい。シノの好みという信頼があるし。

 シノはさっそく用意する。

 湯は時間が経ったとはいえ、まだまだ温かいようで、湯気が立っている。

 その湯を使い、シノがお茶を用意する。使っている道具は紅茶を入れるときに使っている物とはまったくの別物のようだ。

 普段は紅茶の種類が違うくらいで、使用する道具が変わったりなんてしないのだけども、わざわざ変えるなんてそれだけお茶が違うのだろう。

 しばらく待つと用意ができたようで、私の前にそのお茶が置かれる。


「!!」


 そのお茶を見た瞬間、私は驚き声を上げそうになった。

 なぜか。だってお茶の色が緑色だったから!


「し、シノ?」

「はい」

「こ、これって本当にお茶なの?」

「はい! お茶ですよ!」


 ……どうやら間違いではないらしい。


「驚いてますね~」

「当たり前よ。まさか緑色だなんて思わなかったわ」

「こちらはティーカップの底が見えるほどですが、底が見えないほど濃いものもあるんですよ」

「そ、それはすごいわね。スープじゃない」


 まさかそのような飲み物があるなんて。

 きっと野菜のスープですと言われて出されても、違和感がないに違いない。


「湯の温度はまだそれなりに高いので、飲むときは気を付けてください」

「ええ。では、飲んでみるわ」


 湯気が立ち昇るお茶を少しだけ飲む。

 少しだけなのは熱いということもあるけども、初めて飲むものなので、味の好みを考慮してだ。少量ならまだしも、多量であれば全てを飲み込むことは難しい。そういうことを考慮して少量のみ。


「あら?」


 少量ではあるが、初めて飲むこのお茶はそこまで苦くはなく、むしろ好みの味だった。紅茶とも違う方向の味。何だろうか、落ち着きのある味、と感じるお茶だ。


「どうですか?」

「私、かなり好きよ。悪くないわ」

「それはよかったです」


 ニコリと笑ってシノもそのお茶を飲んだ。

 私も飲む。次は少し多めに。

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