第27話 私の初めてを。……って、そこは違う!
「そうだ。これがご褒美にしませんか?」
「ん? これって?」
「ほら、今やってることですよ~」
「今やっていることと言えばあなたの頭を撫でることなのだけども。え? まさか?」
「そうですよ! 私の頭を撫でることですよ! 最高のご褒美ですよね!」
ん? んん? 私は聞き間違えたのだろうか。これがご褒美って聞こえたんだけど。
「えっと、もう一回いいかしら?」
「はい! こうして私の頭を撫でることがお嬢様へのご褒美です!」
うん、どうやら聞き間違いではないようだ。
ふざけているのかと思ったけども、残念ながら目が本気だ。本気でご褒美だと思っている。
普通、ご褒美だったら撫でるほうじゃなくて、撫でられるほうじゃないかしら?
そう言うと、
「私はお嬢様から私の頭を撫でることがご褒美よ、と言われたら喜びますよ?」
うん、どうやら私とは考えが違うようだ。
シノは私への奉仕がご褒美なのだろうけども、私は奉仕されるほうがご褒美になる。
「残念だけども私は違うわよ。やるほうじゃなくて、してもらうほうがいいわ」
「むう、そうでしたか。で、でも、たまにはご褒美にはなりませんか?」
「……たまにはなるわ、たまにね」
こうして撫でることは嫌いではない。相手の頭を撫でることは私の心も満足させる。
でも、今欲しいのはこれじゃない。
「うっ、じゃあ、私がお嬢様の頭を撫でましょうか」
「……それはいつもしてもらってない? ご褒美じゃないわ」
ご褒美なのだからいつもはしてもらっていないものなどがいい。
「むう、困りました……。いつもお嬢様に構い過ぎたせいで良いご褒美が思いつきません……」
そう言われると確かにいつもシノに甘やかされている。
スキンシップは思いつく限りだとやっているはず。頭を撫でたり、手を繋いだり、ぎゅっと抱きしめられたり。
どれもいつもと言ってもいいほどやっているので、スキンシップ系は全滅ではないだろうか。
まあ、ご褒美=スキンシップではない。食べものだってそれはご褒美だ。
「シノ、別にお菓子でもいいのよ?」
一応そう言うとシノは首を横に振る。
「いえ、ダメです。スキンシップが一番です!」
その目は絶対に譲れないという揺るがない意思が宿っている。
正直、そこは折れてほしいのだけども。
「でも、何をするの?」
「そうなんですよね。何をしましょうか」
「言っておくけども、これは私へのご褒美であることを忘れないでちょうだいよね。私が納得できなかったら、拒否するわよ」
「あ、あはは、も、もちろんですよ」
なぜそこできょどったし。何を言おうとした。
「ごほん、お嬢様へのご褒美、キスでどうでしょう!」
目を輝かせてそう言った。
すぐに反応ができなかった。
だ、だってキスって……。
思わず唇に指を当てた。そして、シノの唇に注目する。
私が許可すればその唇が私の唇に……。
未来でもキスはしたことはない。つまり、初めて。その初めてが今、失われようとしている。
や、やっぱりシノは経験あるのだろうか。こういうの言ってきたぐらいだから、多分あるんじゃないかな。
そう勝手に予想を立てて、シノにそういう経験があるのではと思うとややもやもやする。
シノとの思い出なんてまだ一年もないのに勝手にそうなるのは、それだけシノを気に入っている証拠だろう。
仲が良い相手にそういう相手がいるかもしれないというだけでこれとは。私にも独占欲というものがあるのだろう。きっとあの子たちが私の知らない子と話しているだけでも同じようになるはず。
「そう、ね。それでお願い……」
じっとシノの唇を見つめる私は無意識にそう答えていた。
一瞬、自分で自分に私は何を! と思ったが、今の私はまだ五歳の子ども。今の私ならキスしてもいいんじゃ……。
キスは大切な行為。それを理解しているが、今の私は五歳の未熟な子どもでキスなどの過激なスキンシップをよく理解してい子どもだ。それにシノは異性ではなく、同性。ぎりぎりセーフじゃないだろうか。
そう言い訳をしていた。
「分かりました! じゃあ……」
シノが目を瞑って私の顔を近づいてくる。
やったことはないけど、やり方は知っている私は同じく目を瞑って軽く口を突き出して待った。
ドキドキ、ドキドキ。
私の初めてのキス。未来の旦那様が相手ではないけども、この初めてのキスを後悔することはないだろう。それはキスをしたいと言ってきたシノに嫌という感情がなかったことが挙げられる。
まあ、それは初めてのキスの相手であって、後からなぜやってしまったのだろうという羞恥での後悔はあるだろうけども。
で、私の唇にシノの柔らかな感触が訪れるのを待っていると、なぜか別のところに柔らかな感触が。
あ、あれ? し、シノ? そこ、唇じゃないよ? そこは頬っぺただよ?
シノの唇は私の唇ではなく、どういうことか頬にキスをした。
思わず目を開けるとシノはえへへとうれしそうにしていた。
ど、どういうこと?
狙いがずれたのに喜んでいるシノを見て、私には困惑しかなかった。
しばらく混乱して、一つの結論を導く。それは目を瞑っていたため、狙いが逸れたのではということ。
でも、唇の感触でどこに接触したかは分かるはずなので、それが分からなかったということを含めるとシノはキスをしたことがないんじゃないかなという結論も出てくる。
うん、それなら仕方ない。先ほどのキスもちゅっという短い接触だった。シノも初めてで実は緊張していて、短いキスでは唇の感触で場所が分からなかったということだ。
う~ん、これではお互いに初めてのキスが台無しになってしまう。特にシノは今のが初めてだと思っているので、それを事実にしてあげたい。
そのためにはもう一度する必要がある。つまり、私からキスを強請るということだ。
そのようなはしたないことをするのは恥ずかしいのだけども、すべてはシノのためだ。そのためならばこの程度のことは。
「ね、ねえ、シノ」
「えへへ。……あっ、はい!」
緩んでいたシノの頬が引き締まる。
「も、もう一回しない?」
今の私はきっと顔を真っ赤にしているに違いない。
それほどの羞恥だった。
「いいんですか?」
シノはうれしそうに聞く。
やっぱり唇にしたと思っているのだろう。
それを思うとここで引き下がるわけにはいかない。
「……いいわよ」
最後の返事にそう言うとシノは顔を輝かせて喜んだ。
再びシノが目を瞑り、私も目を瞑った。
こ、今度こそ私の初めてのキス……。
私の鼓動が激しく鳴る。
そして……ちゅっ。
シノの唇は私の頬に。
………………え?
唇ではなく、再び私の頬へのキスに私は混乱するしかない。それと同時にやや怒りが。
混乱はなぜ再び頬にずれたのか。怒りはまたしてもきちんとできなかったことに対して。
いくらシノが初めてでも、される側としては怒りを隠すことはできない。
「シノ?」
やや怒りを込めた声で名を呼ぶ。
満足そうだったシノだったが、私の怒りに気づいたのか表情が戻る。
「お、お嬢様? ど、どうしてそんなにお怒りに?」
やっぱりシノは自分の失敗に気づいていないようだ。これはしっかりと怒らなければならない。
「シノ、なぜ私が怒っているのか分かるかしら?」
頬を膨らませて怒ってますよアピールをする。
「い、いえ……。私の知らぬ間に私が何かを? も、もしかして私の口臭が!?」
「違うわよ。そんなことはないわ」
別に普通だった。そこは気にしないでいい。
「私が怒っているのはただ一つ、キスのことよ!」
分かっていないみたいだから直接言う。
「え、ええ? な、何か嫌なことが?」
「嫌なことはないわ、嫌なことは」
「じゃあ、キスのことで他に何かが?」
「そうよ! あるのよ! あなた、キスを失敗しているのよ!! だから怒っているの!」
私の言葉にシノはぽか~んと呆けた顔をする。
きちんとキスをできていたと思っていたシノには衝撃な事だったのだろう。
「な、なにを失敗したんです?」
全く心当たりのないシノはそう言った。
「キスする場所よ! あなた、全く違う場所にしたわよ!」
「え、ええ!?」
シノは私の言葉を聞いて、かなりショックを受けたようだ。
まあ、それも無理はない。唇にしているつもりが別の場所にキスしていたなんて本人に言われたのだから。
私もシノと同じ立場なら恥ずかしくなって悶えているだろう。
「う、嘘です……」
シノは小さく呟く。
「シノ、あなた、初めてでしょう?」
キスの場所を間違えるなんて経験済みであるならばあり得ないこと。失敗したとしてもすぐに気づくはず。
「ううっ、そうです。初めてです……」
やっぱり。
「なら仕方ないわよ。じゃあ、今からもう一回よ。こうして言ったんだからもう失敗してはダメよ」
ま、まあ、シノも初めてと聞いてとてもうれしかったり。
「はい! 今度こそ失敗しません!」
しっかりと返事をしたシノ。
もうムードとかぶち壊しだけども、今度こそは私の唇にキスをしてほしい。
私はシノを前に再び目を瞑ってシノのキスを待つ。
三度目となる私のドキドキ。……少しドキドキは弱い気がするけど、さすがに三回目だからね。
目を瞑って待つとシノの顔が、唇が私の口元へ近づいているのが分かる。
こ、今度こそついに……。そして、シノと私の初めてを……。
そう心の中で乙女心全開にしていた。
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