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二十四章 お姫様はハッピーエンドのあとが問題? 王子様はエンドレス裏ボス戦! 三

 初代覇者「王道の勇者」階層の大迷路は手すりもなにもない。

 たまに一部の床がゆっくり静かに動いている。

 通路を隔てる穴は深さ十メートル、三階相当。

 骨折くらいで済んだとしても、動けないまま一辺十メートルの立方体土偶につぶされかねない。

 急いでいるけど、十メートルある道幅の端には近寄りたくない。


 妖魔グライムはシャルラの爪に切り散らされ、オレのハンマーに殴り飛ばされ、だんだんと小さく広く散らばり、動きはにぶく、方向も的外れになっている。

 シャルラ総隊長閣下は少しずつこちらへ寄るルートを選んでいる気がした。



 シャルラの魔法道具は魔法をコピーする『人真似の手鏡』と狂気を伝染させる『狂気のつけ爪』がわかっている。

 オレの所持品は『おこぼれのちゃわん』『おちこぼれのはし』『眉唾のげんのう』『伝説の剣』『生贄の手錠』『夢見の腹掛け』だけど……


 腹掛けは夢で他人の意識を見る効果で、今はただの下着。

 手錠は自分の位置を知らせるけど、ここは見通しがよくてアレッサを誘導する必要もないからメリケンサックがわり?

 剣は使い勝手が最悪の録音機で、女性を斬れないオレは鞘をつけたまま使うから棍棒。

 金づちは魔法で作ったものを壊し、スライムには抜群の効果だけど、ピンク頭には打撲武器でしかない。


 使えそうなのは結局、はしと茶わん。

 はしの『謙虚』による精密動作は戦闘どシロウトのオレを何度も守ってくれた。

 ただし、あまり重い打撃を下手な受け方すると、つまめても指が折れそう。

 茶わんは『尊敬』で魔法のコピー……


「はし防御のほかは『ぶん殴る』一択かよ?! ……まあ、総隊長閣下はほかにすごい魔法道具とかなさそうだし、あったら得意顔で見せびらかしているだろうし、コピー手鏡のほかは爪だけ……剣のほうが怖い」


「ふっ、ユキタくんでも不利はわかっているようですね! この私は剣道初段に加え、騎士学校で実戦形式の演習も重ねてきたのです! 交渉するなら今のうちですよ!?」

 シャルラとの距離はもう数十メートル。

 先頭ほど大型のグライムが集結していた影響と、金づちの高性能のおかげで距離をつめていた。



「どうせ優勝に協力すれば地位や財産をくれるとかでしょ?」

「う……別に、優位である私から提示することなどありません!」


「とりあえずオレに爪を使うのやめない? オレが真人間になるチャンスらしいけど、唯一のとりえがなくなっちゃうし、もし輪をかけてひどいことになったら競技を忘れて性犯罪に走りそうで怖いよ」

「今の時点ですでに……ま、まあ、こんなリーチのない武器など、もともと使う気はありません。茶わんでコピーされても困りますし」


「問題はコピー手鏡かあ? 見せて使うしかないオレのはしを……写しても発動できないか。閣下がオレに『謙虚』な気持ちなんてありえない。すると『尊敬』の茶わんも無理」

 オレのダメさと閣下の残念さのステキ相性。


「え?! ……な、なるほど。精密動作の剣で瞬殺は不可能でしたか……ふっ! ユキタくん、これはいつかあなたへ送った助言への返礼というわけですか?」

 疲れで思考が声に出ているだけ。



 背後を確認すると、メセムスはリフィヌとタミアキを抱えて少しずつ近づいていた。

 ポルドンスと魔術団が穴底で脱落し、妖魔グライムはこちらへ引き寄せられ、通路に障害がない。


 メセムスの両手が神官着で包まれている?

『大地の小手』を手鏡コピーされないためか。

 この階層にはがれきが見当たらないけど、壁にとっかかりくらいは作れるかもしれない。

 オレの茶わんは魔法道具が見えなくても『土砂装甲』を発動してもらえればコピーできるけど、距離が厳しそう。


 リフィヌの『陽光の足輪』と『闇つなぎの首輪』は残しておかないと不安だった。

 もしこの距離でコピーできるとしても、もう発動してほしくない。


 待てよ? 手鏡は魔法道具の外観でコピーするから、それをさらにコピーすれば……いや、シャルラ嬢でも陽光脚ならすぐに使えてしまう。

 そして魔法を発動させないとオレの茶わんはコピーできなくて……その場合、俺は足輪の『守る意志』と手鏡の『優越感』のどちらを意識すれば?


「ああ、ややこしい!?」

 オレと閣下の声がハモった。

 同じ発想と同じ低知性。



 そして距離はさらにつまっている。

 すでに閣下の巨乳の揺れがわかる距離。

「ユキタくん、あなたは茶わんを捨てなさい!」

「え。……交換条件は?」

「じゃあ穴に飛び降りて。私のために」


 ……………………あれ?! 頭が真っ白になっていた?!

 あぶなかった。真顔の異次元セリフで足までトリップしそうだった。

 あのくちびるは清之助とは別方向の撹乱兵器らしい。気をつけないと。


「こっちは爪を使わないんだし、私の元世界での事情を知ったならそれくらいは……」

 ふてくされた顔でなにかブツブツ言っているけど、まともに聞いたら精神を汚染されそう。


 あなどっていたかもしれない。

 これまでの相手より一段上の残念さで、種類の違うやりにくさだ。

 ……とか考えている間に、先に合流する通路が。


「ていうかオレも閣下を相手に『謙虚』や『尊敬』なんて発動できるのか?! 思っていたよりピンチ?!」

「失敬な! ……ん? それは私が親しみやすくて気どりにくいってこと?」

 怖い。怖いよ。


「なんで顔体はいいのにあんな……い、いやそうだ。とにかくあのプロポーションだけは敬意を持てる。近接すればそのことだけを考えて、はしで服のボタンなり胸の先なり……」

「ユキタくん、どんな状況でも守るべき品性はあるものよ?」

 本気で心配された?! ピンク頭に?!


 自分から正気をぶん投げて戦ってきたつもりだったけど、まだオレにも恥や外聞てあったんだな……

「で、でも、私の目的をわかってくれるなら、あとで少しくらいは……」

 品性どこいった?!

 がんばれユキタン。勇者とは勇ましい者。



「顔が良くて乳がでかけりゃ全部許されると思ったら大まちがいだ! 二割はわだかまるんだよ!」

「ではやはり、この場で雌雄を決するしかありませんね!」


 なんで『ほとんど素通し?!』とつっこんでくれないんだよ?!

 男女の戦いで『雌雄を決する』とか使うなよ?!

 いくら顔体がよくても、あんな欲情しにくい残念キャラにどう敬意を払えっていうんだよ?!


 シャルラが長剣をぬぐいなおして迫ってくる。

 オレは使い慣れていたつもりの茶わんとはしに自信を失い、あとずさる。


「あきらめて道を譲る気なら、その金づちも発動条件ごとよこしなさいよ」

「アレッサが到着するまでの時間稼ぎ中だってば」

「そ、そうだった!? 早くあなたから金づちを奪わなくては!」

「いや、オレが負けそうなら金づちは穴に捨てるし」

「なんでそんな嫌がらせをするのよ?!」

 助けて師匠。

 この人、戦闘力以外なら『魔竜』『嵐の聖騎士』に匹敵?


 その点だけはかなう気がしないから『謙虚な気持ち』で……どうにか『おちこぼれのはし』発動。

 剣を受け流したけど、やや精度が怪しい。

 瞬間接着みたいな感触がにぶい。


「逆に考えるんだ。あの剣さえなければ異性間プロレスごっこに突入じゃないか」

「ふ! 騎士の格闘技術は最低でも空手初段なみとも知らないのですか!?」

「じゃあオレじゃ無理。教えてくれてありがとう」

 刃の間合いの外へ後退し続け、シャルラが進みそうなら追尾。

 ふと『邪鬼魔王』階層のザコ戦術を思い出してしまう。



 閣下が急に先へ進み出す。

 後ろのオレを細かく警戒しながら。

 ふたりでグライムをけちらし、だいぶ減ってきている。

 もう金づちもいらないか。

 どうにかすり抜けて駆けこめないかな?


 閣下が急にふり返って笑う。

 いやな予感がして、元の通路に目を走らせる。

 三十メートル先で途切れていた。

 床が浮くのに気がついて、移動しきるまで進んでいたのか。


「やはり手柄がなにもないと格好がつきませんから。まがりなりにもユキタ君は、優勝候補の一角だった勢力の代表!」

 なんとかの刃物がふたたびせまってくる。

 もう一度どうにか受け流す。

 落ち着けオレ。今まで見てきたほかの聖騎士や獣人の動きに比べれば、なんとか反応できる速さだ。

 でも剣道をやっていただけはある鋭さに謙虚な気持ちも意識しなくては……ややこしいな。

「こ、こんなことしている間にアレッサが来ちゃうよ?!」



 ところがモニターには二層下の『聖痕の勇者』地形でいちゃつく美少女聖騎士姉妹が映っていた。

 傷の手当てをしているはずなんだけど、手つきと顔の距離がおかしい。

「安心しろ。私はレイミッサを疑ったことなどない。その心の清らかさを知っている。いつだって信じている。いろんな人から病気あつかいされるほどだ」

 おーい。弟子がピンチ~。


「そして姉妹というものは、結婚をしなくても一生、一緒にいていい仲なんだ」

 いや、すごい不安な間違っている感がありますけど。

 というかなんで優勝決定戦の一騎討ちよりそっちの画面が大きくされてんの?!


「ま、まあ、そういう考えかたもあるな……」

 どエス魔王までなぜ照れ顔でボケる?!

 というか優勝の行方にコメントしろ解説員!

 オレだってレイミッサのほのかなデレ顔を凝視したいのに!!


「さあ、一緒に行こうレイミッサ。ユキタンならだいじょうぶ……じゃない?! 飛べ『土砂走行』!」

 気づくの遅いよボケ勇者!



 はしを持つ手がしびれてきた。

 何度目かの斬撃を受け流したあとで、とり落としてしまう。

 深い穴底でからからと音がした。


 とっさに金づちへ持ちかえて牽制する。

 殺されかかっているのだから、骨折させるくらいはしかたない……と自分に言い聞かせる。

 茶わんも使えないなら手錠に持ちかえるか?

 左手は骨折の痛みでうまく動かないけど、ふりまわすくらいなら……


 野太い咆哮が聞こえた。

「ぬぉおおお~! にわか『陽光脚』!」

 ジワジワ近づいていたメセムスとリフィヌと……タミアキ。

 マッチョ女子が背の包帯に血をにじませながら、『陽光の足輪』がシャルラには見えないように出した蹴り。


 なんでオレにコピー材料をくれる?

「おとなしくしてろよ! まさか今ごろバスタオルの礼か?!」

 肉食女子の漢気にうたれて茶わんが輝く。


「ヒゲ女子『陽光脚』!」

 アホ閣下もタミアキの叫びから、すばやくオレと距離をとっていた。

 光の盾が切っ先をはね上げたけど、剣をはじき飛ばすほどではなかった。



「なぜ神官団が加勢を?! ユキタン同盟には魔王配下もいるでしょう?! まさかあなたまで性的に服従を?!」

 シャルラは追加の陽光脚を警戒し、通路の先へ進むかどうかで迷う視線。


「神官団が優勝の見こみを失いし今、魔王に媚びたる騎士団よりは、魔王に歯向かいしユキタンどのを助けるべきは明らか! しかしその着想、第三区間での恩義が元であることも否定する気はござらん! 一介の乙女として!!」


「バスタオルなら私から何箱でも……」

「笑止! 『陽光脚』! たとえ億兆あろうと、あの永き極寒の殺戮戦場にて賜りし一本の温もりにはおよばぬ! 『陽光脚』! この『雷電の神官』、身体の鍛錬においてはリフィヌどのにも劣らぬいささかの自負あり! 力の限りに……」

 急に言葉が小さくなり、叫び顔のまま白眼をむいて真後ろに倒れる。

 リフィヌがあわてていた。

「タミアキさん?! やはりすでに限界じゃないですか~?!」

「君たちはもう、無理しちゃダメだってば!」



 シャルラが冷や汗をかきつつも、口元に笑みをとりもどして剣をかまえなおす。

「ガガガガ! にわか『陽光脚』発動!」

 メセムスの声でシャルラがふたたび距離をとる。

 わずかな時間稼ぎにはなっているけど……

「やめてってば?! メイドさん『陽光脚』!」

 オレの足も腕もめっちゃ重くなっている。やばい。


 コピーと合わせて、あと数発……打てるか?

「『陽光脚』発動! 魔法人形であるワタクシは。人間よりもはるかに高い持久力がありマス! 『陽光脚』発動! 限界まで継続し……」

 言いながら真後ろに倒れる。

「君もかよ?!」



「ま。まだ発動可能デス……」

「わしとて……」

 二匹がよろよろと身を起こして足輪をとりあい、リフィヌが笑顔でとりあげる。

「おふたりとも使いかたが無茶すぎます。拙者がタイミングをはかって使いますので」

 足輪をつけてメセムスの後ろへまわり、発動をわかりにくくする。


 なんとか、あと一発で勝負をつけたい。

 閣下の笑顔に嫌な予感がして、金づちを持つ指を動かす。

 やっぱりというか、いきなり突っこんで来ていた。

「うかつでしたね! コピー元の発動を待つ一瞬の時間差が命取り!」

「ところが『陽光脚』!」


 リフィヌはオレの指のサインですぐに発動していた。

 ミラーノの『天秤』対策に使っていた『陽光脚』の方向指示を見ていてくれた。


 今度こそ閣下の剣をはじき飛ばし……巨乳スレンダー体型まではね上げてしまう。

「かはあっ?!」

 穴に落ちかけた腕をとっさにつかんでしまう、おひとよしなオレの右手。



「ごめん。持ち上げるような腕力ないから……それくらいだと着地できない?」

 右腕にしがみつかせて、左腕全体と腹で床にふんばる。

「な、なにを言ってるの?! こんな高さ、獣人でもないと死ぬでしょ?!」


 ギリギリまで低い位置からだと二階相当。

 足からの着地を意識すれば、まがりなりにも聖騎士様の身体能力なら……いや、その身体能力でよじ登ってきやがった。

 けんすいを一回もできないオレは少し尊敬。

 ともかく、寄生だけで生き残った同士のヘッポコ優勝争いもようやく決着か?


「も、もう少しだけがんばりなさい! 片手さえかかれば……」

 閣下は言葉どおり、片手の指が床石へかかるとすぐに両手の平をつけ、勢いをつけて上半身を引き上げる。

 そして片足もかけて這い上がるなり、ふんばり疲れて寝そべるオレに斬りつけた。


 ナイフを抜いたことにはぎりぎりで気がつき、左腕で首筋をかばう。

 学ランそでに編みこまれた鎖がはじいてくれたけど、頬に浅く傷がつく。

 転がって逃げ、シャルラを助けるために放り出していた金づちをひろう。

 茶わんは転がった位置が悪かった。

 陽光脚にすがれなくなる。


「そのような浅い同情で大義を見失う未熟者に! 世界の頂点を争う資格などありません!」

「これでいいんだよ。後悔してないよ」

 清之助はこういうオレに任せたんだし。



 頬が痛い、足が重い、いや全身が重い。

 左手が痛すぎる。右手もハンマーやはしを使いすぎたか?

 疲れたというか、やたら重くて動かしにくい。

 興奮のせいで疲労を自覚してない?


 ナイフ対、金づち。

 聖騎士のはしくれ対、骨折している凡庸庶民。

「命ごいをしないのですか? おとなしく捕縛されてくれたら……」

「アレッサへの人質に使えるか。じゃあ穴に飛び降りる覚悟もしないとな。うまく足から着地できたらいいけど」


 シャルラはかまえたまま、おびえ顔でなかなか足を動かさない。

「というかさっき、一緒に落ちてあげればよかったんだ」

 オレは楽しくて笑っている。



 にらみ合っていると、モニターの声がよく聞こえる。


 アレッサは上昇中の移動部屋で頭を抱えてそわそわしていた。

 その背にぴったりとレイミッサがくっついていた。


 ニューノさんは追いつめられていたヒギンズをかばい、短剣と格闘術でゾンビ土偶を次々と蹴散らしていた。

 最弱のひとりとか自称していたけど、聖騎士だもんな。やりあわなくてよかった。


 鳥人ラカリト氏はのたうつ邪鬼王子をかかえて戦国土偶から逃げまどっていた。


 ミラミラさんと護衛神官ふたりは地上層のたてこもり組へ合流していた。

 そこへ清之助もまぎれ、冷やし中華おばあちゃんをニヤニヤくどいていた。


 妖鬼魔王はざるそばとサラダを食べ終えて栗ようかんを刺していた。


 浮遊する『平和の浮沈艦』は数百メートルの高度……『王道の勇者』階層の高さで塔の外壁に近づいている。


 各国の要人は選手村宮殿の巨大スクリーンに観戦席を移している。

 神官団の多くはファイグ神官長をはじめ気落ちしきった顔。

 騎士団も優勝が間近であるうれしさより、アホ総隊長にじれて阿鼻叫喚の様相。


 ロックルフの店にはもう交渉役の行列はない。

 代わりに配下希望や交際希望が押しかけているらしく、グリズワルドたちが追い返していた。

 奥のテーブルではダイカやキラティカやソファーに寝転ぶザンナと一緒に、人魚姫ミュウリームも胴にごついギプスをつけて観戦していた。

 無事でなにより。

 片隅では半馬人トミンコニュ氏と護衛神官の女性が手を握り見つめ合っていた。

 ま、まあなにより。


 袋だたきにされたポルドンスは巨大立方体土偶にじわじわつぶされそうになっていたけど、一緒につぶされそうな人形師マキャラが必死で土偶へなにか話しかけ、実際に動きを遅らせているみたいだった。

 アハマハおばあちゃんはポルドンスから奪った『難儀の玉すだれ』をロープがわりにして先に脱出し、ふたりを引き上げようとしていた。

「陽光の神官どの、アタシとマキャ坊はやり合う気なんかないからね?! シサバどの?! その馬力を貸しておくれ!? どこいった!?」


 半馬人シサバ氏はグライムから逃げ回って疲れきった顔で息を整え、ふと足元の薄いノートに気がついてひろう。

 粘液をひいたひづめ跡は外周ぞいに大きく迂回し、オレとシャルラより先に中央の巨大柱に到着していた。


 ピパイパさんが泣きそうな笑顔で声を裏返す。

「シサバ選手……? なにしてくれやがってんでしょうかああ~?!」


 侍従長ダダルバさんがうなずき、魔王シュタルガは眉をしかめてつぶやく。

「あれが『あとの祭の絵日記』だと?」



 すべてのモニターが沈黙して馬オッサンの挙動を見守る。

 シャルラがかろうじて小声を出す。

「今すぐ捨てれば、編集カットで……」


 薄い日記帳が光り、魔法道具であることが確認されてしまう。


 モニターの聖王ガルフィースさんが笑顔で語りかける。

「『平和』を望みますか? 優勝アイテムを提出なさいますか?」

 うなずいたシサバ氏が輝く泡に包まれる。

「優勝おめでとうございます」


「では順次、救助も開始いたします。外壁ごしでは『平和のあぶく』の範囲も狭いので……」

 聖王様の穏やかな説明を誰もが愕然とした表情で清聴していた。


「え……決まったの? …………馬に?」

 シャルラがナイフを落としてへたりこむ。


 馬オッサンは日記帳を手に床を見つめていたけど、やにわに表情をひきしめ、顔を上げる。

「この『穿孔騎』シサバ……群雄がしのぎを削りし迷宮地獄競技祭、その第四代優勝者として告ぐ!」

 古めかしい口調が無駄に似合う威厳のある声。

 濃い顔へさらに気合をいれ、握り拳を突き上げる。


「この名誉ある勝利の報酬……」

 なにを願う気だ。


「その一切は、我が盟友トミンコニュの恩人、勇者ユキタンへ譲り渡す!」



 ざわつきかけていた各モニターがふたたび沈黙する。

 シサバはゆっくりとオレに近づいてきた。

 主催者シュタルガの画面が大きくされる。

「ユキタンへ譲渡……それでいいのだな?」


「ま、待って! それならその権利は騎士団が買い……」

 シャルラが馬のシッポにすがって叫ぶ。

「痴れ者が! 戦場で敵を救い続けし勇敢と、それを裏切りし卑劣など、比ぶべくもなし! 我が身が代表するは、勇を尊び義に厚き半馬人の一族なり!」

 言っていることはかっこいいけど、あの勝ち方でよくそこまで堂々と……


 シサバはモニターの魔王へ重々しくうなずく。

「二言なし!」

「聞き届けた」

 シュタルガのひとことで、各モニターがそれぞれに叫び出す。



「平和を望みますか?」

「は、はい!」

 どこからか声が響いて聞こえ、オレはすぐに返事をする。

 リフィヌたちも順に光へ包まれていった。


 オレはまだ呆然としていたけど、とにかくシサバさんに近づいて頭を下げる。

「あ、あの……」

 肩をつかまれてオレが顔を上げると、渋い顔が力強くうなずいた。


「この大舞台の期待に、我が血脈へ流れる半馬人の矜持が騒いだまで!」

 これが一族を背負って戦い抜いた男の誇り……度量の大きさ?

 シサバ様はさらに震えだし、涙まで浮かべる。


「そしてこの、ありあまる重圧に失禁寸前であったまで!!」

「そこまで言わなくていいよ!?」




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