二十三章 さすがにスライムはあんまりだろ? 人の嫁を悪く言うな! 三
血まみれでもがく少女騎士たちが部屋から蹴りだされる。
リフィヌはこれを予測していた?
でも驚いて口を開けている。
「拙者は神官団が優勝を捨てるはずがないという前提から、不自然な後続争いは騎士団を確実に足止めできる予定があると考えました。そしてセイノスケ様の心理分析と人間関係から本質をつかむクセを真似したところ、レイミッサ様の反応の不自然さに思い当たりました……しかし、なぜここまで……」
レイミッサは元同僚から黙々と魔法道具を奪うと、ひとりで移動装置に入って上昇させる。
「到着後に封鎖するつもりでしょう。おそらくは騎士団がひとつだけ残した上昇経路です」
「じゃあ騎士団本隊はもう……」
「少なくとも中世戦国の階層、下手するとその中ほどまで降りて迂回しなければなりません」
カメラは騎士団観戦席の狼狽を拡大する。
団長バウルカットはコース上に飛び出て、自分が破ったばかりの書類をかき集めていた。
「どういうことかなあ?! なあ、どういうことなあ?! まさかセイノスケどのがアレッサを使い、妹を買収させたとか?! いやしかし、レイミッサは優勝すれば、私の甥との交際を認めてやると……それ以上の地位を?! なあ、話し合いならまだ……」
紙クズを抱えこみ、ガクランの背を追って叫んでいた。
清之助はあごに手をあて、うつむいて黙ったまま歩いている。
「見苦しいぞ騎士団! かのレイミッサにはまだ、カミゴッド教へのまともな信仰心が残っていたまでのこと! そのような立場に陥った貴様ら自身の所業を先に猛省せんか!」
ファイグ神官長が頼まれもしないのに代わりに答える。
バウルカットの顔がゆでタコのようになってゆがむ。
「神官団のさしがねだと~? もしやはじめからだますつもりで甥に近づいて……あのアバズレが~! いくらで雇われて~?!」
「いい加減にせんか! 利益など一切、要求されておらん! カミゴッド神官の説諭に感化され、自ら協力を願ったのだ! ……ウィウィリアの説得とは私も驚いたが……レイミッサよ! 誓いに違わぬ壮挙、貴様を教団公式の勇者候補として認めよう!」
ミラミラが脱落してから沈んでいた神官席が一気に沸き立つ。
ついでに豚鬼たちがビジュアルだけでレイミッサコールを上げている。
「八つ裂かれてえ~!」
司会のピパイパさんが楽しげに腕をふり回す。
「これで『神官団所属』となったレイミッサ選手が単独トップに! 戦力はほかにもポルドンス選手とタミアキ選手が残っています!」
レイミッサは冷たい無表情のまま、移動装置が上昇しきるのを待っていた。
「次に追うのは公開キス魔集団ユキタン同盟! 神官団『朔月』『遊星』との激戦で負傷していますが、戦力でもまだ可能性が残っています!」
カメラに映ったので座ったまま手をふり、ブーイングをもらっておく。
「騎士団は戦力がいきなり半減、本隊三人だけに! 距離差も一気に逆転して厳しい状況! 挽回は可能なのでしょうか?!」
ヒギンズは乾いた苦笑いをしていた。
ニューノさんは歯がみしていた。
「だからヒギンズさんがあれほど、前には出すなと……」
うめきのようなつぶやきをマイクがひろう。
がれきを集めた『土砂走行』が荒っぽく飛ばされ、ヒギンズにしがみつくシャルラ総隊長の悲鳴も小さく聞こえた。
開始会場の騎士団と神官団は真逆の表情で騒ぎながら出発準備をはじめる。
清之助はずっとあごに手をあてて歩いていた。
時おり、巨大スクリーンを横目に盗み見ている。
レイミッサは上層へ到着するなり外側から壁を操作し、異常な速さで移動部屋を突き落とす。
その背後には広い空間が多く、大小の立方体がめりこみ合うように空中でつながっていた。
あちこちに小さな影がうごめいている。
「そしてついに、前回はカメラの入れなかった『聖痕の勇者』の階層へ! 第一回、第二回はこの階層の前に決着がついており、第三回の経験者もまだ優勝者『聖王』ガルフィースさんとその護衛のみ!」
子画面のひとつに白髪イケメンおじさんが映される。
「著書の参戦記によりますと、この階層は『邪鬼魔王』の階層より小型の土偶であふれていたとか?」
「それもすばやく、跳躍力にすぐれたものでした。入ってすぐ、取材のカメラさんが襲われてしまいまして」
「ははあ。パミラさんが神官団の本隊と思いこんだ大部隊を蹴散らして高笑いしていたころに、ガルフィースさんはこのような死闘を……カメラさん、土偶にも斧にも気をつけてくださいね~?」
直後、赤い光がカメラの前を旋回する。
床にたたきつけられた土偶は頭蓋骨くらいの直方体にカマボコをつなげたような長い四つ足。
「肩にとまれ」
レイミッサの声でカメラが寄るなり、画面が激しくぶれ、赤い閃光、破壊音、小型土偶が一斉に跳びかかる姿、一斉に切断される姿をばらばらに映す。
いったん画面が落ちついても、あちこちからにじりよる小型土偶の姿が見え、たびたび激しく映像が流れ飛ぶ。
「三代覇者『聖痕の勇者』さんの監視社会を模倣した窮屈さですかねえ?」
「移動装置の延長操作も急にできなくなりました。ここまではだましだまし閉じこもったまま潜入できたのですが、最後で最も苦労しました。護衛のかたたちが引きつけてくださいましたが」
「するとレイミッサさんもひとりでは厳しいものが?」
「どうでしょう? 土偶も重量だけは対処しやすくなっていますので、あの身のこなしであれば……」
カメラがレイミッサの背後に広がるおびただしい土偶の残骸を映す。
その後は画面に変化がなく、ピパイパさんの質問は聖王様の趣味などへ移行する。
「目標高度となる初代覇者の階層はもう二つ上。レイミッサ様はポルドンスさんたちを足止めにひとりで慎重に進むか、なんらかの妨害工作をしながら合流をはかるか……?」
「騎士団もまだ警戒したほうがいいかな?」
「まだ追いつくと考えるべきでしょう。レイミッサ様にとっての誤算は、神官団が戦力を大きく減らし、ユキタン同盟が負傷しても食い下がっていることかと思われます」
「ミラミラが残っていれば騎士団本隊もつぶせたか、十分に足止めできたか」
リフィヌのほっぺたを引っぱっておく。
「はじめからそう説明してよ。君までクソメガネの真似してじらしプレイしなくていいから」
引っぱり返された。
「休憩できる時間がありましたので。仲の良すぎる親友さんへの妬みをぶつけただけですから」
「はいちょっと性行為中断。水晶を貸して」
「え。あの、え? 連絡、するのですか?」
「出ないなクソメガネ……いやまさか……やっぱり」
開始会場を背景に、ダイカの顔が映った。
「ユキタンか……うん」
ぎこちない反応。
「ザンナは帰った?」
「宿舎宮殿だ……悪趣味だなオマエ」
リフィヌが丸めた背を向け、赤くした耳をたたんで震えている。
「ん? セイノスケのやつ、このビンを忘れていったのか?」
ダイカが走りだす。キラティカも一緒。
「わざと置いていったわけじゃなくて?」
「そうなのか? とにかくセイノスケに用だな? まだ間に合うかも……」
ダイカは空きの増えた観客席を駆け抜け、砂漠の入口の前で長身のガクランに追いつく。
「セイノスケ! 忘れものだ!」
「言い忘れた。ダイカが持ってフォローしてやってくれ」
「でも今、連絡をとりたがっている」
受信の小瓶が投げられ、メガネの思案顔がアップになる。
「すまん。レイミッサが第三区間でウィウィリアに売りこんだことまでは推測し、逆転を成功させるために黙っていたのだが……」
「予想外だとどうなる?」
「厳しくなるが、なんとかしてもらえるか?」
「わかった」
小瓶が投げられ、ダイカの胸がアップになる。
「もういいのか?」
「せっかくだからダイカとはもう少し話したい……ぐぇっ?」
リフィヌがいつの間にか横にいて、首を握り絞められた。
「なにが『予想外』でなにが『わかった』のでしょう? すべてクソメガネ様の予定どおりではないのですか? 夫婦だけでツーカーしないでくださいませんか?!」
清之助はもう背を向けて歩いている。
「やつの美学からして、ノコイとワッケマッシュが斬られる展開までは予定外とわかっただけだよ」
レイミッサか、レイミッサの主な情報源になるアレッサあたりを読みきれなかったらしい。
「それにやつがなんとかしろというなら、たぶんオレがどーにかするしかない」
「うわ~あ。アレッサ様もザンナさんも選ばないと思ったら、とっくにそこでそのような仲でしたか~」
楽しそうだな腐れ神官。
「そ、そうなのか?」
「本気にしないでダイカさん。疑うなら何時間でも胸をもみしだくから」
「そ……れよりピパイパというか、魔王がまた騒ぎのタネを……」
流すな。シッポを見せろ。
「これも言い出したのはセイノスケだが、最終区間だけは二種類の競技放送を流してやがった。違いを確認中なんだが……?」
小ビンがキラティカに渡される。
「たぶん音声だけ。それも選手村宮殿にかかる『垂れ流しの銀幕』だけが特別で、アナタたちが声に出しちゃっていた『傀儡魔王』さんとかシュタルガのことまで流れていた。ほかでは編集カットされていたみたい」
「事故じゃないなら、えらく中途半端な隠しかただな? ただの悪ふざけ?」
「ワタシもそう思った。移動で混乱しているけど、主だった勢力にはもう伝わっているし」
「結果だけで考えますと、放送編集の意図に注意が向きますね? あと連絡手段にも……」
リフィヌは正座に変わり、長耳を引っ張るようになでていた。
「でもアナタたちは競技に集中してね? ……と言ってから話すのも変だけど、アナタたちは今、競技コースの中以上に外で騎士団と神官団を追いつめている。魔王軍もね」
外では太陽が没し、地平近くの濃い紫色も消えかけていた。
この会話の間にも会場からはみるみる人がひいている。
「情報戦と言われるとワタシもピンとこないけど、宣伝合戦と考えたらアナタたちはとびきり。競技祭グッズフェアは見たでしょ?」
主催者や地盤の強固な大勢力に割りこんで売れていたユキタン同盟グッズ。
「あのお金が兵器に変わることを考えてみて?」
「やだよ」
キラティカがぷっとふきだす。
「じゃあ、あのユキタン同盟グッズがやつらの軍資金を奪うと考えてみて」
なるほど。
「つまりかわいい女の子は立派な軍事抑止力と」
「ん、ん? 少しとんだ気もするけど……アナタの非常識な勝利には、ほかのどの勢力とも違うにおいの期待が集まっているの」
「脱衣や性行為?」
「それもあるけど、戦闘らしくない戦闘の全部。セイノスケがアナタを立てる意図がようやくわかってきた」
「人寄せパンダの看板じゃなくて?」
「そうだけど、アナタの喜劇みたいな戦いかたは、今までのやりかたで戦っていたほかのすべての選手から注目を奪ってしまう」
清之助は最初から、娯楽番組としての競技放送を主軸に争っていた。
「競技の外に出ると見えるの。これは三つどもえや四つどもえの争いじゃない。ユキタンが世界を相手にケンカを売り、世界をくどこうとしている戦い」
「それだと八つ裂き魔をコッソリだまし討ちとか、姉君を人質に脅したりはまずいかな?」
「その時は拙者がカメラを抑えますか。あるいは、それはそれで新たな笑いに?」
「し、神官さんもずいぶん芸風が変わったわね?」
「珍妙な病原菌をうつされまして」
「でもオレは結局、クソメガネの手の平で踊っているだけかあ?」
ダイカが画面をのぞきこむ。
「そういうな。セイノスケのやつも、踊れるだけの手を広げるために限界まで無理を続けている。起きて最初の通信のあとなんか……まあ、帰ったらよく話し合え」
気になるところで口ごもり、ふたたびキラティカが映る。
「歩きながら号泣する男なんてはじめて見た」
ダイカがにらんで黙らせようとしたけど、キラティカも真顔で抑えた。
「あなたが元気なことを確認して、急に抑えられなくなったみたい。泣きやむなり交渉の返答を並べはじめたのはさすがだけど」
「セイノスケの昔話も聞いていたけど、子供なら誰でも感じる世界への不満よね? あの天才さんは大人びているように見えて、いまだに不満の量は特別みたい。それでアナタと気が合うのかしら?」
「そんなアナタたちに対するワタシとダイカの一致した意見はね。たぶんアナタたちのこともよく知らずに応援している観客さんたちと一緒。『なんか面白そうだから勝ってみて』」
優しいほほえみとウインクをくれる。
「セイノスケはアナタを主役にした物語で、世界を変えようとしている」
到着した壁の向うにひしめく気配があった。
「ヘボ監督の尻拭い、主役がアドリブでがんばってみます」
苦笑いを返しつつ通信を終わらせる。
「相変わらずの色じかけクオリティー。急に自信が出てきた。戦闘力以外の争いだったらオレでも役に立つ性能がある」
「品性は残す方向でお願いします。小生、両親は他界しておりますが祖父母や叔母は存命中ですので……どうか見ていませんように……」
開きはじめた壁の向こうに集まる土偶は斧型の腕が多い。
鉄砲型はいなくなり、弓矢も減ったので攻撃範囲は読みやすくなったか?
「戦国初期『蛮人の勇者』様の時代だと全身鎧は実用前で、むしろ裸同然で肉体を誇示した一騎打ちが尊ばれていました。しかしあれは……」
もともと全身鎧みたいな土偶の体に、筋肉を模したでこぼこがついて厚くなり、実質では装甲性能が強化されている矛盾した模倣。
「あのオタマみたいのは棍棒?」
大きなスプーン状になっている腕も混じっていた。
なぜかピンポンレースみたいに丸っこいがれきをのせている。
「あれは投石器の一種で……えあ!?」
重症のリフィヌがいきなりタックルをしかけてくる。
カシュッという音でスプーン腕が振られたと思った時には、背後の壁で爆裂音。
かすったガクランが裂け、焦げ臭い煙を上げていた。
「ななな、なにあの近代兵器?!」
「弓や投石は威力だけなら銃火器にも劣りません。そして土偶さんですと、あの投石器は銃や弓よりも再現に向く形状……と気がつきました。ぎりぎりで」
筋肉土偶の装甲破壊に手間どっていると、どこからか投石弾が飛んでくる。
今までのショボい射撃土偶とは比較にならない威力、速度、飛距離。
「適量を守って。デッドボールの練習をしマショウ」
「なんでそういうブラックジョークだけ、時代を超えた情報交換しているの?!」
風切る音とほとんど同時に爆裂音が重なり、凡人では反応が追いつかない。
「健康な肉体のために。適当な負荷を与えマス」
「テキトウの意味が優しくないほうだ!」
オレはリフィヌを少しでも温存させたかったのに、メセムスとの間に挟まれて身をかがめるしかなかった。
「なにやら遊園地のアトラクションを思い出します。古い時代を再現するために最新技術が多用され、案内のかたも古めかしい甲冑を着ているのに、広い種族のお客さんにサービス対応できる先進的なかたで……」
さすが蛮人の時代というか、閉じかけの移動装置にまでグイグイ体を押しこんでくる積極サービス。
壁が閉じるまで小突きまわし、どっぷり疲れた。
「まさか中世の初期に来て五階層最強の土偶とは……『蛮人の勇者』なんて、覇者でも一番かっこわるそうな名前のくせに」
「なんて失敬な。ユキタン様のくせに。勇者としてはよほどまともな先輩の……」
しまった。勇者研究の専門家だった。
「……と言いますか、魔物も従者や友軍とした最初の勇者様ですよ? そして次の『獣人魔王』は祖父が蛮人の勇者様の盟友であり、最初に人間を友軍や幹部にした魔王です。その次の『覇道の勇者』様が最も魔王的な勇者とされながら、徹底能力主義で魔物も含め公平にとりたてた地盤と言えます。その社会制度を元に次の『竜人魔王』が全種族全国家の戦時国際法を定めました。皮肉にもその次の聖魔大戦は銃砲の発達による最も凄惨な消耗戦となりましたが、最も貧しく不遇な覇者とされる『流浪の勇者』様の最大の武器こそ国際法であり、現代まで続く多種族外交会議による早期和平の道を開き……いわば、ユキタン同盟の模範とすべき方々の源流です!」
「裸のぶつかり合いで無節操に仲良くなっちゃう野蛮人が平和の起源なんだね!」
「間違ってはおりませぬが、その口から聞きますと中世五百年のすべてを汚された気分です!」
「説明は半分も頭に残せてないけど……なんだか戦争ばっかりで、それなのに勇者と魔王は一緒になってじわじわ世界を良くしている、いい話を聞かされたような?」
「え。……え? たしかに、結果だけで見ますと……?」
リフィヌがゆっくりロボットダンスをはじめる。安静にしてなさい。
「戦国五期は娯楽作品でこそ華々しい印象ですが、実際には無数の困窮者が略奪と徴兵におびえ、飢饉と疫病が猛威をふるい続けた悲惨な時代でした。覇者たちも荒々しく豪快な面を描写されがちですが……結果は本人たちの意志なのか、聖神ユイーツ様の御意向なのでしょうか?」
中世戦国が終わると傀儡魔王は魔法革命、妖術魔王は魔法文明の黄金期、光の勇者……だけは豪快に邪魔しているけど、もしかしたら魔法文明の軌道修正、闇の勇者は魔法文明の再構成、邪鬼魔王は遺跡探索。
『勇者』か『魔王』ではなく『覇者』のつながりで流れができている?
「するとオレの性衝動も……時代はオレになにを求めているのか?」
「そもそも求められているかが疑問ですが」
「君が最初に言ってくれたんじゃないか。最弱シロウトでも、最も勇者にふさわしいのはボクだって」
長耳をなでてあげようとしたのに、害虫をつまむようにヌンチャクで押しのけられた。
「言っちゃいましたねえ。撤回はしませんけどねえ。……あ~あ」
「だ、だいじょうぶだよ。こんなやりとりもきっと、後世では勝手に脚色されて美しく……」
「そう言われてしまいますと、歴史上のすべての美談が汚らしいものに思えてきます」
組み変わる壁に、細いタイルを乱雑に重ねたようなデコボコが広がりはじめる。
古代末期『不死魔王』の階層に入ったらしい。
「この時代は医学と生物学が一気に発展しました。その研究には非人道的な手段が膨大に用いられていましたが……ともかくも発展しました」
引きこもりのサイコ魔王すら発展の流れに貢献。
上昇が止まると、壁がまばたきの間もない一瞬で消え、土偶が一斉になだれこんでくる。
動きのにぶい細いローブ型の人形が、仲間まで下敷きに踏み壊してきやがった。
モニターで見ていたとおりに自動修復が速いけど、メセムス様の撲破ペースがうわまわる。
移動装置は上昇距離を重視して選び、休める時間を長く……したつもりが、ここの土偶もデリカシーなく閉じかけの壁を乗り越えてくるものだから、ふたたび片手でのモグラたたき作業で疲れることになった。
落ち着いたところでモニターを見上げると、イケメンおじさんとバニーガールのバラエティトークがまだ続いている。
「いやあ、私は家族以外の女性とは個人的なおつきあいがありませんので。好きな女性と言われましても、妹しか」
「お聞きでしょうか聖王様ファンのみなさん?! まだチャンスが……おっと、レイミッサ選手、やはりひとりでは少々、大変なご様子……んん? あれは一体……?」
拡大された子画面、まだ『聖痕の勇者』の階層にいるレイミッサの斧と体に透明な粘液がからんでいた。
「なんと、ここに来て妖魔グライム選手でしょうか?! ……ちがうかな?」
粘液はバラバラに散っている。
「前回、前々回とも最終区間では『無限の塔』を前に失踪していますが、今回はやる気でしょうか?! 後続には思わぬ援護ですが……まさかセイノスケ選手の熱烈なアプローチで気の迷いが?!」
「それはない……と思う。液体土偶?」
「それもいくらなんでも?」
オレと一緒にリフィヌも首をひねる。
小型土偶まで粘液にからみつかれて跳びにくそうだった。
「強酸も使いませんね? はう。でもあの形……」
粘液がちらほらと、子供くらいの山に盛り上がる時がある。
その時には決まって耳のように小さな突起が二つ、そして大きく丸まったシッポのような……グライムが体内に捕えていたリス娘に似ている。
グライムの正体が清之助の推測どおりなら『日記帳』を守りに来た?
「しかしまた、ややこしいのが……いや、チャンスか? 勇者様が救い出して感化させ、美少女聖騎士姉妹を正気に近づける展開?!」
「シーッ! 映ってますってば! もう優勝がらみの選手はしぼられているんですから、そのような妄言は脳内だけになさってください!」
粘液が魔法の振動ノコギリに引きちぎられて飛び散っていた。
レイミッサはすでに自力で脱出してカメラを……オレをにらんでいた。
「う~ん残念。いろいろ暴露続きのユキタン陣営でも、グライム選手かどうかはよくわからないようです。なお、放送内容の比較をしているみなさん、別編集の音声カットはすでに終了していますので、もう無駄手間ですよ~?」
モニターのひとつが夜の砂漠に切り換わり、ちんたら歩く清之助が映る。
地平近くに併走して陸上空母『迷宮地獄の選手村』が加速を続けている。
あとから大量の馬車隊が続いていた。
「というわけで、あと一息で決着と思っていた包囲軍のみなさん、まだまだ出動ありそうなのでお体に気をつけて!」
競技放送席、実質は包囲軍の前線司令部でもあるピパイパさんの馬車も後ろのスタッフがあわただしく動きはじめていた。
レイミッサは粘液から遠ざかったものの、ふたたび小型の飛び跳ね土偶にたかられている。
「『聖痕の勇者』様は罪人であったこと、厳格すぎる法制度で多くの罪人を処刑したことを合わせ『烙印の勇者』という別名があります。巨人の支配よりも人間を苦しめた『裏切り』の非難もこめられています」
「いじめられっ子がいじめっ子になるパターンかな? それでも人類国家の元にはなったんでしょ?」
「ところが人間の自治組織はすでに巨人たちが作らせていました。それに奴隷といっても、望めば高級官僚になれる環境も用意されています。過酷な労働で下層階級に大量の死者が出たのは『聖痕の勇者』様の時代です」
「そんなやつを教団ではどうかばっているの?」
「悲劇の英雄とみなしています。巨人に『飼い慣らされて堕落』した人間を戒めて奮起させ、その指導力を恐れた巨人たちに冤罪をかぶせられ、いつまでも巨人側につく人間の多さに不信を募らせ、反乱後も『潔癖のあまり』に憎悪されるほど厳格な社会を作ってしまう……」
ふたりでレイミッサの冷たく鋭い目を見上げる。
「なにやら重なって見えてしまいます。アレッサ様よりも『高潔すぎる』性分なのでは?」
騎士道精神を口にしながら同僚を背後から斬っていた。
『酔いどれの斧』は凶暴さ、『惨劇のノコギリ』は楽しさ、『濃霧の頭巾』は迷いが発動条件。
冷徹な表面とは対照的に、入り乱れる激情の資質。
「私欲にかられたようには見えませぬ」
「セイノスケは」
メセムスの言葉で、リフィヌはビクリと手刀をかまえて暴論にそなえる。
「反乱の実態は。弾圧への不満ではなく。勢力を増した人間による政権交代と推測」
「魔族の学者さんに限らず、支持の増えてきた解釈ですね。拙者もそちらが自然かと」
リフィヌが手刀をゆっくり下ろす。
「冤罪とされた事件に着目。『聖痕の勇者』は王族つきの高級官僚であり。巨人王の娘の寝室へ日常的に出入りするほど信頼されていたことに着目」
手刀が高くかまえなおされる。
「あの罪状は捏造にしてもひどいと思っておりましたが……どこかのブタヤロウのせいで、なにやら生々しく現行犯の光景がが?!」
詳しくお願いします。
「内部粛清を分析。初期は『巨人に加担した罪』を急拡大。結果としては。旧巨人政権への擁護が増加。『巨人の見せしめ処刑』を抑制」
「反動を抑え……巨人を守ろうと?! その後は治安の維持を優先しておりますが……それも結果としては『巨人の征討推進派』を排除して『巨人の奴隷化』を防止?!」
「結果としては。人間以外を過度に排除する風潮も抑制。人間種族の孤立を防止。本人も意図していない『功績』として。セイノスケは評価していマス」
『尊敬すべき、超一流の巨人フェチだ』
「ああああ。義憤と潔癖で悲劇に陥る勇者様像が、拙者の脳内でひどい有様に……」
「そう考えると、タコ土偶のまとわりつくあの階層はレイミッサよりオレに合っている気がしてくるから不思議だね」
ピパイパさんの苦笑と目が合った。
「『聖痕の勇者』さんの母性をくすぐるキャラは最近になって創作人気が出たばかりでしたのに……カットが間に合いませんでした」
魔王配下に気づかわれた?!




