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二十三章 さすがにスライムはあんまりだろ? 人の嫁を悪く言うな! 一

 壁がゆっくり開ききっても鉄球は飛びこんでこなかった。

「いえ、おそらく……いらっしゃいます」

 リフィヌはヌンチャクをかまえたまま動かない。

 ひたいに汗をにじませ、広い吹き抜けが多い地形を見回している。


 水晶に映る変態メガネが立ち上がる。

「さて俺は出発の準備だ。ダイカとキラティカもついてこい。デューコはルクミラと書類を頼む。セリハムは麻繰たちについて聞かせてくれ。交渉も聞いているから歩きながら話せ。返答は砂漠へ出る前に済ませる」

 うるせえ消えろクソ天才。


「それとメセムス」

 通信をぶちきろうとして、少しだけ待つ。

「よくここまでユキタを守りきった。礼に今度は全部を脱いで愛させろ」

 だから集中を乱すなって!

 メイドさん、頬から煙の出しすぎで索敵どころじゃねえよ?!



 もう一度、リフィヌが視聴覚を閉ざされた時のサインを確認しておく。

 念のため、メセムスにも。

「『土砂装甲』に使えるがれきがある場所なら、ミラコさんの狙撃はメセムスさんで防げそうですが……」

「加えてポルドンスとタミアキ、それにオレよりは何倍も強そうなマッチョ大男がふたりいる」

「こちらは攻めきるのも、かわしきるのも難しいでしょう。じっと閉じこもってやり過ごしたいというか、引き返してでも距離を開けたいくらいです」

 リフィヌは頭を抱え、周囲を警戒してゆっくり踊る。


「あうう~。しかしあちらも犠牲なしに攻めきるのは難しいはず。そしてこうやってにらみ合いになれば、騎士団だけが進んでしまうのに、なぜ~?」

「理屈はともかく、あのクソメガネはこういう納得できない予測に限って当てるよ。さっきツラを見たむかつき加減からして、まちがいなく調子はもどっていやがる」

 またその妙な薄笑いはなに?


「ミラコさんとミラーノさんをどうにかできれば……『色欲の勇者』様の特技は異常人格者の気をひくことでしたっけ?」

「嫌な限定しないでよ。それでも君はもう入りそうだけど……そういやクソメガネは『決着をつけろ』と言ってたな? 一時停戦の交渉やすり抜けをねらったらまずいのか?」

「『仕留めるまでくる』とも断じておりました。言葉どおりならば徹底して回避したほうが、こちらから仕掛ける機会もできそうです。さらに遠回りになりますが」

「それでいこう。すべての責任はクソメガネの暴論になすりつけて」

「……ものはいいようですね」

 言葉の意味を問い詰めたいところだけど、もう出発するしかなさそうだ。

 銃砲土偶が集まりはじめている。 



 棚や橋が複雑にからまる亀裂のような吹き抜けは高い部分で数十メートル。

 二十階建ての高層ビルくらい。

 今までのペースだとおよそ二階層分。


「射撃は命中精度より位置どりが重要です。上をとれば大きな優位となりますが、今は進行方向が上なので、先へ進めば自然と待ち伏せにも適してしまいます」

 リフィヌは周囲を警戒しながら動き、視線は少しずつ一方向の地形へ目をつける。

 棚や橋などのつながりが途切れ、水平移動では先回りしにくい上昇経路。

 物陰に隠れて動き、メセムスが使えそうながれきにも目を配る。

 手ではオレに細かく前進と停止を指示していた。


 あちこちを行軍する土偶はふたたび不恰好なブロック塊になっていた。

 ポリバケツから電話ボックスくらいの石柱に、四つか六つの足がついている。

 前足は長く、上のほうについているので地上層よりは人型に近い。


 片腕が大砲型をしているものが多いけど、ちらほら剣や槍のような形状も混じっている。

「戦国五期は地形のせいで土偶が混ざっているようですね?」

 中には胴部が上下別になっていたり、羽や角がついた弓矢持ちや、半馬人に似た体型も。

「戦国末期『流浪の勇者』時代に主力となった鉄砲隊や砲兵だけでなく、後期『竜人魔王』の騎竜乗りや、中期『覇道の勇者』の騎馬兵まで……あの猫のような耳としっぽは前期『獣人魔王』時代のつもりでしょうか?」

 それは重要な主力兵器だ。



 モニターで見て知っていたけど、石鉄砲はたいして飛ばない。

 でもミラコが潜んでいるとなると、あちこちからの小さな飛来物と衝突音は神経をすり減らした。

 高低の多い地形とあいまって、狙撃魔の相手をするには最悪の環境。

 わざわざ銃眼のような窓や凹凸のある壁も多い。


 そして鉄砲土偶は無駄に狙撃手きどりでコソコソ物陰に隠れて動きやがる。

 そんな遠くでどれだけ位置を変えようが、君の射程外だろ?!

 そのまま半分も届かない距離で撃ってきたりする。

 そのたびにビクリとかまえてしまうから、やめてってば?!

「その場で少々お待ちいただけマスと。アツアツの弾丸をお届けできマス」

 やめてってば?!


 いつの間にか数隊も集まっている場所は怖い。

 キャッチボールくらいの速さと威力の小石でも、一斉集中されたら凡人には洒落にならない。

 元剣道部らしきシャルラ総隊長も的にされてもだえていたけど、オレは部活や体育授業ですら武道経験がない。

 リフィヌがヌンチャク、メセムスが小手で防いでくれた。

 魔法を使わないのは余裕ではなく、鉄球弾に備えて。


「ユキタン様、そんなに緊張しては気がもちません。狙撃で最も重要な適性は忍耐ですが、狙われる側もまた、持続的な警戒が求められます」

「ミラコが忍耐……超人的に欠落してない?」

「しかし第三区間で深手を負いながら、あの速さの行軍に耐えています」

 アレッサの狙撃返しでミラコは腕に、ミラーノは腕と胸にかなりの出血があった。

「言行は自由すぎますが、自身の危険に関する不満は聞いたことがありませんし……忍耐が無いのではなく、置きどころがずれているのかもしれません」



 同じ高さを歩く時間が長い。

 ここまでの階層ではやたらとつながっていた通路や部屋が長大な吹き抜けに隔絶され、引き返すことが増える。


 移動装置の確認を時々していたけど、いくつかのエレベーターはすべてハズレ。

「もはや動きもしないものだらけです。残りは極端に速いか遅いか」

 斜面にあるエスカレーターは速度が安定していたけど、下の近世魔道三期に比べると配置つながりが悪く、上昇距離も短い。

 騎士団の工作がジワジワときつい。


 代わりというわけでもないけど階段が増えていて、安全確認がいらないだけ速いくらい。

 でも配置センスの欠落はさらに目立ち、ひどいと壁や断崖につながっている。


「す、少しここで」

 リフィヌはがれきの多い小部屋に隠れて足を止め、汗をぬぐう。

 高さではまだ数階も昇ってない。

「緊張でここまで疲れるとは……しかし、ひとつ気がつきました」


「ミラコさんは破裂して大きな音が鳴る弾丸を併用していましたが、『分かち合いの天秤』は発動する際に『見る』『聞く』対象を一致させる必要があるのかもしれません」

「言われてみると、最初の射撃で使うことが多いかな? でも第三区間では次々と対象を変えていたような?」

「撃たれはじめると着弾が注意を引きます。破裂弾を使わない発動は、標的の見聞きする対象がしぼられていたように思えます」

「でもわかっていても……」

「見ないわけにはいきませんよねえ?」


 小部屋の外の壁に小石が当たる音。

 早くも土偶にかぎつけられたか?

 様子を見ようとして、リフィヌに抑えられた。

「今まで、土偶さんは視覚内でなければ撃ってませんよね?」

 メセムスもうなずく。

 するとミラコちゃんのしわざ?



「それと小生、まだ甘い思い違いをしていたかもしれません。ミラーノさんたちは騎士団を『後回し』ではなく『無視』していると考えたほうがよさそうです」

「魔王軍の中堅選手みたいに、優勝を捨ててつぶしに来ている?」

「買収できるとは思えませんが、今の不可解な膠着と、戦車コンビへの早い仕掛けを考えますと……」

 リフィヌがだんだんと青ざめる。

「戦力温存も考えないなら、使いきりや自爆用途のクズ魔法道具までもここで?」


「『満腹の皿』は食事後に投げつけると爆発します。『暴発の猟銃』は近づきも触れもしないでください。どちらもテンション……」

 早口解説の途中で、部屋に赤い皿が飛びこんでくる。

 壁にあたると大きな破裂音。


 オレをかばって倒したリフィヌは自分の目を指し、見えないことを示す。

 床に散った赤い付着物にあせるけど、それはよく見ると……ミートソース? そして細長い……

「スパゲティ?」

 部屋の隅にはピカピカになった白い皿が転がっていた。

「それで洗浄機能つきの食器とか言う気か?!」


 メセムスはがれきを吸い寄せはじめている。

 オレはリフィヌの手をひき、メセムスの背へ。

 神官着の大男が突入してきた。



「勇者どのも新説ですかな?! かつては『飽食を戒める』意図が定説でしたが!」

 アゴの広い大男が怖い笑顔でトゲ鉄球つきの棒をふり上げていた。

 オレは使えない剣には頼らず、『おちこぼれのはし』の魔法に頼って鉄球のトゲをつまみ、受け流す。


 大男に動揺はなく、メセムスが投げ飛ばしたがれきも飛び下がって避ける。

 護衛神官はヤンデレ娘にまとめてぶちのめされたり、八つ裂き娘にまとめて斬られたりの印象しかなかったけど、特務に最も近い神官だっけ。


『風鳴りの腕輪』がない。

『眉唾のげんのう』は魔法が相手じゃないとただの金づち。

『おこぼれの茶わん』で『陽光の足輪』をコピーしたいけど、狭い部屋でメセムスの背に入ってしまい、目の見えないリフィヌに発動を指示したらメセムスが蹴られかねない。

 つい皿を見る。


「ここに満腹まで食べるほどの食料と時間がありますかな?! 私とて再発動は困難な腹具合ですがね!」 

 こいつ、なんでひとりで来た?

 鉄球弾やほかのマッチョはいつ来る? どこを狙う?

「リフィヌのふんどしだったら瞬時に完食して大満足だよ!」


 大男はメセムスを避けてまわりこもうとしたけど、武器を殴り飛ばされる。

 握っていた指を変な方向にへし曲げられながら、まだ笑っていた。口元にミートソース。

「それならば私とて別腹! 再発動のめどが立ちましたぞ!」

 しまった。さすが特務候補?!



 大男は片手で、背から別の武器を引き抜いていた。

 筒先を短く切った火縄銃?

「では……」

 大男の声が急に、水に潜ったように聞こえなくなり、部屋も真っ暗に……いやこれ、オレの視聴覚を奪われた?!


 背にいるリフィヌの片手を握ったまま、はしをとっさに剣に持ちかえ、自分の頭と胴を守る。

 おっと。見えなくなったら、まず自分の目を指さないと。


 細いけど力強い腕が、オレの体を押しのける。

 首から下全体に、一瞬の強い風。

 握った手を離され、腕をつかまれる。

 指の大きさでリフィヌとわかるから心配はない。

 というか、オレなんかを身代わりに最強神官を解放するなんてマヌケな……


 リフィヌの緊張する相手が、そんなマヌケなことをするか?



 強い力で持ち上げられ、腹になにかがかする。

 メセムスに抱えられたんだよな?

 腕と脚にゴツゴツしたがれきの感触がうごめいている。

 どこか運ばれている。


 まだ決着つかないのか?

 あの変態大男と援護射撃だけで終わるわけないか。

 がれきの動きが急に乱れている。



 不意に視界がもどる。

 変態大男が床に倒れ、神官着の一部が焦げている。

 元の部屋から動いてない? 

 ゴツッと跳ねる音がして、壁を跳ねて向かってくる鉄球が見えたとたん、ふたたび視聴覚を失う。


 背筋が総毛だったけど、頭はふっとばされずに済んでいる。

 耳をかすって、たぶん後ろからなにかが通り過ぎた。

 誰かが守ってくれたらしい。



 なんでまたオレに対象をもどした?

 でもとにかく、最弱が『分かち合いの天秤』を引き受けているなら、悪い状態じゃない……はず?


 かまえていた剣の顔部分に強い衝撃。

「うわ?!」

 という自分の声だけくぐもって聞こえた。

 耳をふさいで話しているみたいだ。


「だいじょうぶ、驚いただけ」

 あごが痛み、ちょっと口の中を切っただけ。


 でもメセムスはなんでこんな不規則な動きを続けている?

 というか、今の衝撃でリフィヌの手がはずれた?

 おい、無事なのかよ?


 決めていた指でのサインをまるで使ってくれない。

 それすらできない状況が続いている?



 ふたたび視界がもどる。壁。

 ぶつかり合う音のするほうへふり返ると、別の大男がメセムスの巨大ゲンコツに槍ごと肋骨をへし折られた瞬間。

 そして鉄球弾が部屋へ飛びこんできた瞬間。


 弾道は上にのび、オレの顔面に……いや、もっと急に跳ね上がっている。

 オレの前へ割りこんで広がっていた光の盾を越える弾道。

 天井に跳ね、縦長の神官帽が乗った金髪を真上から襲う弾道。

 リフィヌの目が見えていれば、簡単に防げたであろう弾道。


 はしに持ちかえる時間もなく、叫ぶ。

「ユキタンパーンチ!」

 神官帽を殴り飛ばした左手に鉄球がめりこみ、小指の根元がひしゃげ、バキンとはじけたような音がして、痛いというか熱くしびれる。

 そしてまた不意に、目の前が真っ暗になる。

 気絶じゃなくて魔法……らしい。



 苦戦の理由がわかった。

 オレが見えるようになった時間、つまりリフィヌが見えなくなった時間はわずかだけど、いきなり視界がもどっても、すぐには状況を把握できない。

 その時間差で、実質はふたりを縛るに近い効果になっている。


 でも護衛神官のふたりは倒したらしい。

 弱いオレのほうに効果が長く出ているのは、リフィヌは発動を避けているのかもしれない。

 ポルドンスとタミアキが見えなかったけど、頼もしすぎるリフィヌ様とメセムス様のおかげで、狙撃に加え四人がかりの襲撃があってもしのげた……のか?

 神官団は護衛マッチョふたりと引き換えに、オレなんかの片手をつぶしただけだぜ……とか笑いたいけど、メギメギ痛みがメギメギあああ……汗が噴き出し、気持ち悪くなるほどの激しいあとの祭が左手でダンスフィーバーダンスダンス!


「あぐぉあいえ?!」

 やせ我慢している声が出ちゃうから乱暴に動かさないでえ?!

 リフィヌの香りと、細い指の感触が腕にもどる……し、振動が、振動があ?!

 でも歯をくいしばって声を殺す。

 ここまで急ぐなら、なにかまずい状況になっているのかも。


 次はいつ見えるようになる?

 下手すると見えないまま、頭に鉄球弾が……。

 でもメセムスのがれき歩行の振動と、リフィヌの手の温もりがある。

 痛みも怖さも増し続けているけど、意地を張るには十分。


 ……少し長く走っている。

 さすがにもう部屋は出て、通路のはず。

 リフィヌの手が腕から、剣を握る右手の甲に移る。

 指の動きでミラコとミラーノ、ポルドンスとタミアキがいることを示す。

 位置は全員、後ろのほうを指した。


 親指でたたくペースがだんだん遅くなる……引き離せている?

 オレの左手を早く手当てしてほしい。

 気がついてないのか?

 止まらない出血で体力が抜けている。

 あと痛みで汗だくの学ランを脱ぎたい。



 まっすぐ走り続ける振動の中、視聴覚がもどる。

「もどった。あきらめたのか、範囲外か……」

 リフィヌは笑顔でうなずくけど、汗だくで左袖を真っ赤に染めていた。

 オレのかすり傷の血の量じゃない。


「追跡の中断を推測。応急手当を推奨しマス」 

 オレは左手の激痛に震えながら、自分でさっさと降りる。

「リフィヌは左腕だけ? そっと下ろし……」

 見上げたメセムスのメイド服も胸元に大穴が開き、鉄球が埋まっていた。


「メセムスは?」

「問題ありマセン。四発被弾。左手のみ動作不良」

 のぞきこむと背にも一発、左腕に二発、鉄球のえぐり跡。

「君も左腕か」

 棄権……という言葉が頭をよぎる。


「手当ては後回しです。すぐに引き返しましょう」

 リフィヌは片手と口で包帯をあわただしく操り、自分の腕を乱暴に縛る。

「なにふざけたこと言ってやがる。少なくとも君は今すぐ棄権だ」

「ユキタンには。視聴覚がない時間の状況説明が必要と推測されマス」


「不要です。時間がありません……いえ、やはり拙者はここからひとりで引き返して棄権します。進む必要がなければ土偶の回避はひとりで十分です」

 リフィヌが背を向け、競歩のような早足で引き返す。

「ユキタン様はメセムスさんと上へ急いでください。騎士団を追うにも神官団に追われるにも時間がありません。ではこれにて」


 メセムスに抱えてもらい、金髪の後頭部を指す。

「とりあえず追って。あのボケ娘二号、なんであんな見え見えのウソをつく必要があるの?」

 あの長耳にも届くように言っている。


「嫁候補『アレッサ』の援護射撃がありマシタ」

「それでポルドンスとタミアキが見えなかったのか」

 あの切り裂き獣は近世魔道三期をどんな速度で駆け上がったんだ?


「じゃあ今はアレッサが追われているのか。ほかにこっちの追跡をやめる理由はなさそうだし。アレッサが危険ならオレはのこのこ引き返すし」

「そこまでわかるなら先へ進んでください!」

「そこまでわかって引き返してたまるか。聖騎士美少女とふんどし美少女にかっこ悪い姿は見せられない。というかウソつくな聖職者」

「ユキタン様にかっこ悪くない時がいつあったというのですか? そのような考えなしの甘さで、皆様の期待を背負った優勝から遠ざかる姿こそ見るに耐えません。そして拙者は棄権しますとも。アレッサ様を救出し、ユキタン様のもとへ送り出してから!」


「ウソじゃなくてもだましてるじゃないか……ところでこれ、縛っていい傷なんだろうか?」

 自分で左手を縛ろうとしたけど、包帯は変にからんで血を吸うだけだった。

「ちゃんと止血してください! メセムスさんが詳しいです! それにボールボウガンを手で止めるなんて……腕なら死なないとでも思っているのですか?!」


「君が死んだら生きられない気がした」

「そのように無責任な自己陶酔には虫唾が走ります」

 説教呪文の攻撃力はもはや殺傷レベル。


 でも言葉と表情がどれだけ荒れようが、行動と結果に本音が出ていた。

 頭部爆裂と隣り合わせの状況で音も光も失ってみたら、あの小さな体がどれだけオレにつくしてくれていたか、あらためて思い知った。


「目が開いたら予想以上の献身ぶりでショック死しそうになったけど!」

「なんの話ですか?! そういうことでしたらユキタン様こそ、あの短時間に一体どのような毒しかたを……ゲギータさんには病床の母君もいるのに、下手すると全世界中継で、あのような発言を……」

「ゲギータさんて誰?」

「ユキタンが最初に視聴覚を失った直後。『ではリフィヌどのの下着は私が完食する!』と宣言シテ。視聴覚がもどった直後のリフィヌを動揺させた人物と推測されマス」

 母君の病気の原因が思いやられる。


「あれはやつが元から……いや、その話の元をたどるのはやめよう。それより……」

「追求しませんし、したくもありませんから引き返して先へ進んでくださいったら」

「君ひとりで行かせられるか」

 まだ血が点々と落ちている。


「セイノスケ様のことはひとりでも大魔獣の口へ置き去りにしたくせに」

「当たり前だろ。というか唾液で全身ベトベトになりたいなら……」

「拙者ひとりではアレッサ様の援護を任せられないのかと嘆いております。従者として……ほらもう……」

 走りまわる音、鉄砲土偶とは違う、鋭い着弾音が響いてきた。

「足手まといは消えてください!」


 最強頑固を説得するために、少し自分をだましてみる。

「信用しているから、これから無茶させる。今はアレッサと一緒にミラミラをたたくチャンスだ」

 そんなチャンスより、その血を早く止めたいけど、急がばまわれ。


「そのケガでもミラコかミラーノと一対一なら勝てる?」

 妖精さんは疑っている顔だけど、しぶしぶといった様子でようやくメセムスに乗る。

「もし片方になる状況があれば……迷わず飛びこむべきチャンスです。未知の魔法道具があるかもしれず、それほど大きな有利とも思えませんが」



 コウモリモニターが競技実況を流しはじめる。

 ピパイパさんが大きくした画面は高層マンションの廊下のような長い通路。

 片側全面を吹き抜けに開いて向かい合っている。


 アレッサが土偶をかわして階段を駆け上がり、ほとんど速度を落とさずに真後ろへ烈風斬を撃ちながら通路の角に消える。

 数秒後、数十メートルも離れない間隔でタミアキがあとを追って現れ、通路の角をのぞいたとたん、三つ編みのひとつを斬り飛ばされる。

 一瞬だけのけぞり、次の瞬間には姿勢を低くして飛びこむ。

 互いにどうやって感知してるんだか。


「ミラミラのほうは引き離せたのかな?」

「それならタミアキさんはもっと警戒して追うはず。アレッサ様も不自然に長く目を閉じていたように見えました」

 アレッサも目つぶし魔法の回避方法に気がついたか。

 でも鉄砲土偶と電撃鉄鞭と鉄球狙撃を相手に無茶をする。


 タミアキが飛びこんだ通路に、すでにアレッサの姿はない。

「あははははは……っ」

 遠く小さく明るい笑い声だけが残り、ヒゲマッチョ女子すら一瞬びくりと肩を震わせる。


 二十メートルほどある亀裂の向い側、似たような通路からアゴわれのくどい顔がなにかを叫ぶ。

 さらにその一階上の通路を異様な速さで走りぬける長いパーマ髪。


「よくやらかしてくれましたコウモリさん」

 最強神官はニヤと笑い、周囲とモニター内の地形を何度も見比べ、脳内で狙撃手を追い詰める。

 この子もずいぶん強くなってしまったものだ。


 オレも画面にミラミラの姿を追い、魔法道具の効果と発動条件を頭で整理する。

 リフィヌはメセムスに走行方向を示していた指をひたいにあてる。

「茶わん……でしょうか?」

「ネタばれしないでよ?! 数少ない勇者ちゃんの活躍機会がさらに薄く?!」

「失礼。位置どりの都合がありましたので。メセムスさん、追いつくまで少しだけ、速度の無理をお願いできますでしょうか?」


 震動が大きくなり、左手の痛みで息が苦しくなる。

 もっとひどいケガの君はなんでそんな毅然としている。

「普通は逆だろ! バトル系のヒロインはどんどん、か弱く丸くなって男子に成長を錯覚させてくれる存在だろ!?」

 わめくと少し痛みがまぎれる。

「本当に成長しない女性など、守るのも面倒になって投げ出したくなるのでは?」


「女子力や母性で成長してほしいんだよ! 心身の破壊力じゃなくて! でも本当はちょっと楽しくなってきたから、期待もしてるよ! ユキタンガールズの困った将来性に!」

「は……はあ。さすが勇者様ですね」




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