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二十二章 物に魂が宿るとか言われても? 今お前が読んでいるものはどうだ? 三

「あの……友愛同盟の参謀長様?」

「発情と混同して愛という言葉を軽々しく連呼しないでください」

 なんだこのヒロインにあるまじきめんどくさい女の子は。

「そんな態度は困るな~。疲れて緊張しているのかぁい? それともオレがメセムスちゃんばかりかまっているからヤキモチさぁ~ん?」

 腰をくねらせてからかうと、かすかに笑う。 

「はあ。そうですね。箱入り娘で男性に免疫がありませんから?」

 口のはしをゆがめて吊り上げる。

「これだけ守って守られて、吊り橋効果でイチコロですよね? で? その気持ちにつけこんでブタの毒牙にかけたいと? にっこり笑って言いなりになれと?」

 最終区間のラスボス発見。


「今の君なら特務にも容赦なさそうで頼もしいよ。というかシュタルガにも舌戦で対抗できそうだ」

 親指を立ててニカと笑うと同じように返された。



「破損した記憶の修復をしていマス……爆撃。戦闘。説得。停戦……類似の情報を検索……関係を推測……」

 メセムスは巨体獣人に手際よく包帯を巻きながら、なにか思い出しているみたいだ。

「防衛装置としての意志がもどってオレの身が危ないとかないよね?」

 君だけは萌えキャラのままでいてくれ。


「推測不能。情報不足デス。セイノスケはワタクシを戦闘および日常生活補助を兼ねた用途と分析していマス」

「顔のデザインも硬派だけど、食卓で違和感はないよね。でも機能としては矛盾してない?」

「セイノスケはその設計構造を『いじましい』と表現しマス」

 赤熱する頬。



 手当てが終わると、アモロは両脇に仲間を抱えてそそくさとリフィヌから逃げる。

 メセムスの両手に、おむすびの山。


「拙者が毒見しましょう」

「ザンナの知り合いで給食に感動するやつが毒を盛るかよ」

 エレベーター上昇中の休憩にはよい差し入れだった。

 おやつというか、もう晩飯に近い時間?


「考えにくいですね。だいじょうぶそうなので、残り半分はどうぞ」

 おにぎりは飲み物じゃないぞ。

「毒見と言うからには君の食いかけをよこせ」


 乾いたケンカ腰のやりとりに、妙なデジャヴを感じる。

「清之助とは教室でこんな感じだったな……」

 無駄につっかかるのはオレのほうだったけど。



「からかいにくるのを追い払おうとしていただけで、友人かと聞かれても、異世界で命がけのレースを共にする親友かと言われても、世界の主役を任されて奉仕される仲かと問われても……こっちがやつに聞きたくてしょうがない」


「セイノスケのユキタンに対する評価は。出会った一ヶ月前から確定までに数日を要しマシタ」

「殴りかかって肩をはずされたあとなんて、やつはあいさつや雑談をしてくるだけだったよ?」

「セイノスケはその反応を『異常』として興味を持ちマシタ」


『気負って変に得意がるか、卑屈に縮こまるか、いずれにせよ意識するのが普通だ。人づきあいが少なく、内気で自閉的ならなおさらだ。だがやつは普通にあいさつを返し、雑談をめんどうそうに受け流す。やつはあれだけのことをしておいて、俺にも女教師にもたいした興味はなかった』


「そういうところ、ありますよね。感情まかせのようで、どこか他人事のように自分を見ているような」

 リフィヌのじっとりした視線。

「い、今は違うよ。あの時は真日流さんを忘れようとして……」

「今はどなたを忘れようと?」

「ひとりも忘れないように無茶をしている」



『話して探ったが、男女交際に強い羨望や嫉妬を持ちながら、俺がちらつかせたどの女にも本心からの興味は見せない。だが妄想癖や不感症のずれや軽さはない。むしろ執拗に平凡であろうとふるまっている』


「そう。そもそもそのお人柄で平凡などと自称することが厚かましいのです」

 逃げ場がないから早く着いてエレベーター。


『な? エロいだろ?』


「なんっでそうなる?!」

「セイノスケは。ユキタンの潜在的な行動力を評価しマシタ。その推測は迷宮地獄競技祭の各区間で証明されていマス」

「行動力とエロさってイコールなもの?」

「ツンデレというやつですかね。愛されすぎで妬ましい限りです」



「オレも本当に清之助が怖いと思ったのは会ってから数日後だよ。初対面でオレの肩を平然とはずしたくせに、翌日には平然とあいさつして、何日もただのあいさつや雑談をしに来て……じわじわ体を溶かされるような怖さだった」


「同級生に少し探ってみたら、翌日にはやつのほうから自分の洗いざらいをしゃべりだした。生まれのことや、親とか政府の汚職や、海外でやらかした犯罪以上のことも……それであきらめてみたら、ようやく悪意や敵意はないことがわかってきて……そんなタイミングで異世界に連れこむってなんだよ?!」


「セイノスケ様の意図はどうあれ、その程度の意識でついて来たユキタン様の異常性は確かです」

「い、いや、やつのほうがっ?! やつは……そもそもシュタルガより先に、やつの目的を吐かせるべきだった?! すごい今さらだけど?!」

「それでしたら、すでに開始地点で……」

「あれはオレにもわからない表現形式だってば。そもそも、あんなヤローがなにを悩むのか……メセムスはなにか知っている?」

 部屋が止まり、楽しい休憩時間が終わる。



 次の階層は壁や床がブロックごとに極彩色で塗り分けられ、組みかわる細かい建材もきれいなグラデーションになっている。

 第三区間の氷ごしに見たおぼえのあるカラフルさ。

「近世魔道三期の最盛期、『妖術魔王』の黄金時代に到着しました。魔術団に限らず、魔法研究者にとっては憧れの階層です」

 エレベーターガールのポーズをとるなら笑顔も明るくお願いしますエルフさん。


「予想される攻撃パターンはなんでしょう?」

「携帯できる魔法補助具の発達は専用の『魔法の道標』あってのものですから、多彩な魔法を使うことはないと思いますが……邪鬼魔王より上の階層については、教団でも情報がほとんどありません」


 この階層も出迎えはなく、通路や部屋は全体に大きいけど、極端なサイズも少ない。

 ただし床の高さがおかしい。

 階段やはしごもなしに一メートル以上の段差や四十五度かっきりの急斜面が平然とある。

「邪鬼魔王の階層すら主要通路は床を合わせていたのに」

「移動装置が発達していた名残りですかね?」



 体育館ほどの広間に出ると、数メートルおきに一メートル近い段がある巨大ひな壇になっていた。

 ひな人形のように並ぶ十数体の防衛装置がパタパタ踊っている。

 頭部が胴に埋もれてはっきりしないけど、ほぼ人型。

 腕や脚が平べったく広がり、ローブ姿のようにも見える。

 こちらを向くと、次々と床に両手をついた。

「故障なしの歓迎パーティ?」

「いえ、あれは……こちらへ! 早く!」


 ローブ土偶の両手から床に小さなさざ波が伝わり、段の端まで届くとごわごわと階段を丸めたような荒波に。

「会員様は二十四時間。実験し放題デス」

 さらに段を越えるごとに波は高さを増し、前の段で同様の土下座ポーズだった仲間もはじき飛ばして迫る。

「安全性の無礼講キャンペーン中」


 リフィヌに手を引かれ、真横に突っ切り隣の部屋へ飛びこむ。

 ふり返ると広間の最下段はグシャグシャに三メートルほど盛り上がり、破砕された土偶の破片が飛び散っていた。

「なにあの実用的な攻撃魔法?!」

「移動装置の発達していた時代でした……床の変形機能を増幅させたようです」



 全体に広いだけでなく、急斜面の通る吹き抜けが多い。

「おそらく神官団もここには長居しないと思いますが、地形だけなら狙撃に向くので警戒してください」

「いかれた特務神官はさっさと進んで騎士団と足止めし合ってくれたら理想だけど。かわいい子だけは体に傷が残らない程度の再起不能で」

 ばったり出くわしたローブ土偶さんに一斉に土下座された。


 通路は幅も高さもほぼ十メートル。

 二十メートルほど先に並ぶ三体の両手からさざ波が広がり、通路の幅一杯になって少しずつ高さを増す。

 ぶつかり合う二点は急に高さを増し、一メートルほどに。

 さらにそのふたつの波が成長する中央の狭間から、急にその倍ほどの高さ速さの波が押し出される。


「ガガガ! 『土砂装甲』部分起動!」

 メセムスも両腕を床に突き落とし、数十センチの波を起こす。

 地味ながら高波はぶつかると軌道がそれ、片方の壁を打ち鳴らして通り過ぎる。

「すばらしい反則特技……さすが清之助の嫁!」


 すれ違いに射出されていた『陽光の神官』が一瞬に三体を蹴り飛ばす。

「さすが最強神官……だからオレの存在意義ってなんだよ?!」


「楽しみですねえ。拙者やメセムスさんの技能がいかに崇高な目的に使われているのやら」

 メセムスの地形操作のおかげで安全に進めたけど、神官による精神攻撃が勇者を追い詰めていた。



 次のエレベーター休憩は短かった。

 ほんの数メートルで、すぐ近くの別の部屋へ乗り換える。

「ここも……速さなどは問題なさそうですが、移動制限が短いですね?」

 乗換えが多いと、安全確認の時間がかさばる。


「警戒が意図的に高められていると推測シマス」

「騎士団のニューノさんがなにか細工を……」

 メセムスは四十五度の斜面を指す。

「たしかにもう、あちらのほうがよさそうですね」


 斜面の下で壁を操作すると、床が組みかわって斜めに這い上がりだす。

 エスカレーターというか、斜めのエレベーター。

「速度は落ちますが、安全確認は短く済みます」



 意外な効用というか、移動床にいると土偶は遠目に顔が合っても見送るだけだった。

「身体機能に良い旅を」

 あの圧殺魔法も、もしや善意の屈折?

 自分たちでベコベコにした床をまめまめしく修繕している。

 ただすれ違って観賞するだけなら、急にかわいく見える。


「ユ、ユキタン様はまさか、あのようなブロック状の物体であっても……」

「さすがにあれを押し倒す気はないよ。可能性だけなら否定しないけど」

「セイノスケの悩みも同種デス」

「人形フェチ?!」

「自己の存在意義についてデス」



「やつが性嗜好で悩むわけないか。……というか、さっきの話の続きを考えてくれていたのか」

「第三区間の開始前。セイノスケに不調の原因を聞きマシタ」


『問題ない。同じ症状は以前にもあった……若気のいたりで、個人で『人類滅亡』を達成できるか研究したことがある。結果として、俺は自分の勘違いを思い知り、激しいショックを受けた』


『予想していたより安易で確実な方法が、いくらでも作成できてしまった。『人類征服』でなく『人類滅亡』なら、別荘をひとつ売って数年もあれば足りてしまうのが現実だった』

 同級生にリアル邪神がいやがった。

『それどころか、俺より知性その他の条件がはるかに劣っていようと、何倍かの時間をかけるだけでよかった』


『人類は社会倫理でマンモス狩りのころと大差ない足踏みを続けながら、個人で殺戮できる規模は億倍に到達……そんな理不尽が異常繁殖を続ける時代に俺は生まれていた』

 そんな難しく考えるなよ。

 ヘボ魔女の平たいツッコミが恋しい。



『きっかけは実に下らん。たかが免状一枚で俺に『夏休みの宿題』などという徒労を押しつけて当然の立場などと勘違いしている、二十年ほど余計に生きているだけのクソガキを諭すあてつけの『自由研究』テーマだった』

 中学生の時か? いや、やつなら小学生の可能性も……


『だが俺は研究結果を知ったストレスから発熱と呼吸不全で倒れ、何日も眠れない状態が続き、それでも最初に出会った担任教師という理不尽と向き合うため、酸素吸入器と点滴を伴って登校を続けた。この平石清之助の生涯で最難関の試験は、義務教育最初の進級だった』

 一年かよ?!


『担任教師を生物学的に、あるいは社会的に消すことはたやすく、人格改造なら何日かの会話で足りる。だがそれでは、そいつの存在が示す理不尽を消したことにはならない。弱さ愚かさといった巨大な壁に負け、逃げ出したことになる』

 ふと、この区間の開始地点にひしめく大観衆の気味悪さを思い出す。


『それは俺のオスとしての本能を否定する行為だ。生物として生殖、繁殖するために、負けるわけにはいかなかった。報道で伝えているよりもはるかに重要な『真の戦争』がそこにあった。理不尽を前に立ち続ける覚悟。俺が最初の進級を乗り越えて得たものだ。今ではその教師も俺の良い愛人のひとりになっているが……』

 清之助デザインのパンチングクッションを買いこんでおくべきだった。


「それが天才様の悩みの顛末かよ?! 十年前に解決している上に壮大すぎるんだよハイスペック過ぎんだよ嫌味なんだよ反則クソメガネ! 主役成分を一パーセントでいいからよこせえ!」

 床をたたくオレをめんどうそうにヌンチャクで追いやる聖職者。

「しかしそのように幼少期から達観なされているセイノスケ様が、なぜふたたび不調に? 本人がだいじょうぶとおっしゃっても、事実として最終区間は参戦すら危うい状況。こちらに来てから一体なにが……?」



 エスカレーターを細かく乗り継ぎ、壁の色は少しずつ控え目に、繊細になる。

 ローブ袖のような土偶の手足も、羽根のように見えるデザインが増える。

 体型もよりスリムな人型になり、人形フェチおじさんが芸術展と表現した気持ちもわかる。

 地形もこまごまとした椅子や机に似たオブジェが見え、土偶の生活する街に見えた。


「セイノスケは怒っていマス。ワタクシが出会った時から。第三区間の動作停止中まで」

「やつはユイーツの情報すら『くだらん』と言い切って、二つの世界に違いはないとも言っていた。そういった情報で疲れているとも……異世界でも同じ『理不尽の異常繁殖』を感じていたのかな?」

「優れた分析性能デス。しかし感情の対象は。二つの世界と。セイノスケ自身にも向けられていマス」

 やつはいつも笑顔で楽しげに力説しながら、怒っているような顔にも見えた。

 それは一ヶ月前からだ。


「第一区間の開始前に。差異の少なさを計測。来た世界と同じ基準で作業量を推測。ストレスを感知。自身の性能の改善を検討」


『こんな不甲斐なさこそ興ざめというものだ。さっさと祭の膳立てに仕上げてユキタを驚かせるとしよう』



「ワタクシの提供可能な情報から。競技および世界の概要を学習。選手の捕獲によって実習」

 その犠牲者が暗殺蜥蜴娘デューコさん。

 出た結論は戦利品や区間ゴール報酬をばらまき、オレを人寄せパンダに仕立てる戦略。


「迷いの森でラウネラトラと議論で検証。ロックルフをはじめとした人脈。および対策となる情報を入手。第一区間ゴール後にセリハムから情報収集。深夜にワタクシと戦略を検証。夜明けまでに獣人三種族および神官団と面会……」


「初日に教団へも寄っていたの?」

「深夜でしたが、ショインク様が応対したそうです。翌日の出発前会議でおおよその報告は聞きましたが、ユキタン同盟結成の主旨と、その経済効果についてよい議論になったそうです」

 銭亡者の副神官長と……考えかたは合いそうだ。仲が深まるかはともかく。


「ファイグ様は意図をはかりかねたようですが、異世界へ来た初日に妖鬼魔王を警戒させ、ショインク様とも対等に議論できた才能には強い期待をかけておりました。訪問も前向きにとらえていたようです」


「明け方にロックルフと面会。魔王軍の下級幹部四名と面会。書籍を中心に商品購入。読書による情報収集。早朝に騎士団と面会……」

 バケモノめ。



「黄金山脈では妖魔グライムを追跡調査。反応と付着標本の観察から製作者とその目的を推測。ラウネラトラおよびワタクシと検証」

 変態女医もけっこういろいろ知っていたのか。

 清之助と一緒の時間はメセムスの次に多い。


「第二区間終了の夜から。各勢力要人への交渉文面八十二通を作成。ワタクシが補助。デューコとルクミラとセリハムとラウネラトラとロックルフに配達と工作と部分的な代役を指示……」

 やつが『選択肢のない状況をこなし続けている』と言ったあとだ。

 あの時はまるで意味がわからないで悪い冗談のように聞こえたけど、やつの頭ではすでに外交合戦の予定が詰まりきっていた。

 ダイカやリフィヌが所属のジジイどもに呼び出されたタイミングでもある。


「そういえば拙者は第三区間の方針について神官会議で衝突してしまい、『陽光の足輪』の没収が決まりかけたのですが、なにか書状が届いて急にとりやめになりました」

 オレが二十時間も眠りこけていた間に……というかやつだって、魔竜戦で体力を使いきったあとのはずだ。

 オレは同盟のみんなに囲まれて競技コースで双璧に勝ったけど、やつは競技の合間まで世界中を相手に頭脳戦を続けていた。


「セイノスケ様はなぜそこまでユキタン様のために……?」

 能力以上に、その覚悟が怖い。

 鬼や悪魔もねじふせる信念のバケモノ……『勇者』としか表現のしようがない。



 メセムスはさらに、第三区間の開始直前まで清之助がハシゴしてまわった数十の契約交渉の成果を延々と並べる。

「でもやっぱり、そこまで人間ばなれした計画力と実行力を発揮できる意志の強さで、なんであんな風に?」

「以上の行動経過から推測可能な。セイノスケの不調原因は…………」

 メセムスは結論を確信するように力強くうなずく。


「睡眠不足デス」



「君も修理が必要? ……いや、やつに関しては、そうであって欲しくないことほど本当だったよ今まで何度も。競技を助ける競技外での過労? だったらそう言え……『疲れているだけ』とは言っていたか……眠れないとも……ええ?!」


「陽・光・脚う!」

 情緒不安定な最強神官が過激なツッコミに走ったかとおびえたけど、大きな光の盾が吹っとばしたのは魔法人形ではなく鉄球弾。


「なんじゃそりゃあああ?!」

 階上の角からミラコの絶叫が響いた。

「狙撃手がツッコミで位置を教えちゃダメよお?」

 ミラーノさんはいつもどおり。

「いや、ふざけんなって!? 天パとパッキンだってそう思ふがむぐっ?!」

 また口をふさがれたらしい。もがく声は少しずつ遠ざかる。


「こ、ここで仕掛ける気はないはずです。今のは拙者と同じ突発的な衝動で……」

 待て。やや余計に大きく蹴りだした盾は変則弾道を警戒してじゃないのか?



「騎士団にあれだけ先行されていたら、ここでの足の引っぱりあいは特務でもさすがに避けるよね」

 モニターの騎士団は前に見たのと同じような、ここより縦に広い地形にいた。

「土偶さんの武器が銃から弓、槍、剣、斧と割合が変わっています。地形も砲撃用の城郭から騎馬戦用の陣地に……中世戦国五期でも中期より前でしょうか? 差は思ったほど開いてないかもしれません」


 ニューノはたびたび壁の操作をしていた。

「ずいぶん多くの移動装置を操作しているように見えますが、意図まではなんとも……」

「速度調整と位置指定による。意図的な事故誘発と推測シマス」

「なるほど。ただの安全確認ではなく、故障があればむしろそれを暴走させてまわり、塔の警戒を高めて隔壁や防衛装置を増やしていましたか」

 ものすごく地味な、大人の妨害工作。


「しかしそれも、ニューノさんの鑑定と操作の速度があって可能な工作……『くどいておけばよかった』などと思っても声には出さないでくださいね?」

「なんで? いいじゃん?」

 わずかな休憩中にもほほえみ合う勇者と従者。


「というか、ニューノさんやっぱり、女の子なんだね」

 無愛想に黙々と手を動かしながら、時おりよそ見をしてため息をついている。

 あの暗い表情には見覚えがある。


「ブタヤロウ。ブタヤロウ。ブタヤロウ……」

 リフィヌが笑顔のまま遠い目で小さくつぶやいていた。

 オレはふたたびモニターを見上げて逃げ場を求める。



 塔の外では砂オバケが大量発生し、各方面で被害が拡大していた。

 大小のテントサイズ陶器塊がゆるやかな波となってすべてを飲みこみ、混乱して逃げ場を失った人や馬車を押しつぶしている。


「つかず離れずに追い返すだけならほとんど被害を出さないで済みますが、砲撃の距離と陣地を保とうとすれば極めて厄介な障害となります。前回まではこれほど無理な支援攻撃はなかったようですが……防衛装置も今回は、数がかつてない規模です」

 ニューノさんのせい?



 一斉砲撃がはじまってからはピパイパさんの放送馬車の映像が多くなっていた。

 背後に大型モニターを四つ並べて流しているけど、選手の様子はひとつのモニターを切り替えて映すだけで、音声やアナウンスも少ない。

 残りは包囲状況で、画面の拡大もピパイパさんによる突撃指示が多い。


「では東方面第二連隊の皆さんは砲撃を五百発は当ててくださ~い! ノルマは一時間以内です!」

 様々な軍装、種族の連合軍はカメラに映されるたび、疲弊しきった顔で悲鳴を上げる。

「達成できない場合の罰則文面の追加は届きましたか? 見ないと後悔しますよ? シュタルガ様がノリノリでしたから!」


 指示に合わせて映った競技コースの反対側は塔の引き寄せる海水量が増して荒れ、防壁すら埋まりかけていた。

 奇妙なことに内海の面積は変わらず、地平近くには赤い砂地が見えている。

 斜面でもないのに寄り集まる濁流は塔に近づくと這い登るように逆巻き、空へ落ちる滝と化していた。


 そんな中でも砲兵を載せた大魔獣が十数匹と、それに似た多脚戦車が数台、流れに逆らって浮いている。

 小型の飛行船や爆撃兵を乗せた大型の翼竜も塔のまわりを何十とうろついていたけど、不規則な豪雨の中では滞空を維持するだけでも大変そうで、攻撃姿勢をとれる状態には思えない。

 ふり落とされた人間の兵士はなすすべもなく波に飲まれ、鬼や獣人ですら流れから逃げ切れずに浮くのがやっと。


「では競技も大詰めが近づきましたので、観戦会場のみなさんも盗掘砦めぐりへ向かいましょうかあ!」

 陸上空母『迷宮地獄の選手村』が出発の準備をはじめていた。

 宿舎宮殿には『平和の不沈艦』も載せられ、魔獣や巨虫がひく大量の馬車も集まっている。



 リフィヌが愕然としていた。

「観客も総動員で戦場の包囲網にあてるのは恒例ですが、盗掘砦では近すぎます!」

 ひどい恒例だ。来る客もどうなんだ。


「三魔将や豪傑鬼が不在の今は、尋常でない犠牲が……いえ、むしろ不在の穴埋めに、各国の要人を人質として、無謀な突撃をうながしているのでしょうか?」

「ドルドナに続いてゴルダシスも負けてから選手村の雰囲気がおかしかったから、腹黒どエスがここぞと腹いせかな?」

 開始会場も人間の三勢力が人気の多くを占めていた。


「しかしあれでは人間の国家だけでなく、魔族の諸勢力にまで反感を買います。今回はただでさえ競技報酬を人類勢力に奪われているのに……八方をなだめすかして覇者となった妖鬼魔王が、なぜここに来て地盤を危うくしかねない無茶を?」


 シュタルガに残っている本当の味方は少ない。

 むしろ今は、敵とその予備軍の集まりに囲まれている。




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