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二十二章 物に魂が宿るとか言われても? 今お前が読んでいるものはどうだ? 二

 部屋の上昇が止まって壁が開きはじめ、最強神官と魔王の娘の親睦会談は一時中断される。

 壁の向こうには早くも『招きの土偶』がひしめく気配。

「邪宗らのべ教の信徒どもめ……」

 かまえる美少女エルフさんの闘志は別方向だったけど、オレは聞いてないふり。


 組みかわりながら少しずつ下がる壁の動きは遅い。 

 見えてきた通路の内装は、カラーリングがかなり違う。

 というか汚れている?

「塔は成長を続けています。百年前の『邪鬼魔王』時代の階層に入ったようです」

 灰色のくすみをベースに、スラム街のようにカラフルな落書きの線。

 違いといえば赤黒いカラーが偏って多く、壁が組み換わる影響か、スプレー線は寸断されている。



 人の背ほどまで壁が下がると、土偶はブロック状の脚をひっかけて次々と乗りこんでくる。

「埋葬施設の騒音は。死亡確認の不備と推測されマス」

「今週のチェックナンバーは。治療の事故状況をお伝えシマス」

 全体に小型で、胴部が小さく脚部が長く、首のないチンパンジーのようなバランス。

 中には首のない子豚や犬のようなバランスも混じっている。


 リフィヌならヌンチャクの打突でもあしらえる重量になったけど、速さはかなり人に近く、数も多くなっている。

「百年前に探索の中心となった小鬼の影響みたいですね」

 かきわけて進む通路の壁には木箱の破片やボロきれがからみ、床にはひからびた野菜や魚の骨や小型の頭蓋骨が転がっている。


「邪鬼魔王は自らが塔の頂上を目指す危険は避けたいっぽう、民間委託と言いますか、攻略基地となる砦を築いて探索を支援し、研究や略奪の成果には報酬を与えました」

「この競技の原型? 邪鬼を統べる覇者にしてはまめまめしいね?」

「現役当時の邪鬼魔王は野卑粗暴を恐れられたようですが、業績だけで見れば慎重な気配り上手で、中道左派として安定していた面もあります」



「改善計画の概要を確定。思考を護衛作業に割り当てマス」

 メセムスは気持ちの整理を終えたようで、ふたたび先頭で左右に殴り飛ばして進み、リフィヌが背後を守る。

 伝説の剣を持った勇者はふたりに守られながら、邪魔にならないだけで必死。


 小型とはいえ陶器の塊のような重さ堅さで、しっかり体重をのせて狙わないと剣で殴っても倒れない。

 鞘はつけたまま。

 シロウトが切断できる的じゃないし、変にはじかれると自分や仲間に当たりそう。


 でも十匹ほど蹴散らして通路に出たあたりで、一斉に逃げ散ってしまった。

「展示品に手をふれますと。ワタクシどもが大変に危険デス」

「ごゆっくり避難をお楽しみクダサイ」

 しかも通路の角をうろついて様子を見ている。


「あれが小鬼から学習した結果だと、かえって弱くなってない?」

「被害を抑えてプレッシャーを与え続ける戦略もあります」

 弱いかわり、どこまでも数で囲み続けるザコ集団の怖さか。

 背を向けるとちょろちょろ近づいてくる。



 通路の形状は大小や長短が極端になっていた。

 この世界で標準となる幅と高さが十メートルの通路が中心だけど、そこに人間用や犬猫用と思われるサイズの通路も乱雑に交わり、それらは床の高さを合わせる気が薄い。

 そのあちこちからストーキングしてくる御案内つぶやき集団。


 襲ってきたかと思えばゴミで転んでいたり。

 遺骨を集めているかと思ったら投げつけてきたり。

「この競技のような短期間の強行突破でなく、制圧地域を広げていく攻略ではさらに面倒そうです。元はといえば、小鬼の群れが住居を作りながら探索やその補助をしていたのですが」



 リフィヌが納得できるエレベーター部屋は意外に早く見つかる。

 でも表情はよろしくない。

「う~。このペースで直通制限があると、二十回前後は乗りかえ覚悟です」

「ともかくも小鬼モドキ君たちにさよならだ」

 閉じる壁ごしに手をふると、手をふり返してくれる。

 ハンカチがわり頭蓋骨を使うな。


「迫られるとウザいけど、遠目には楽しげにも見えるね」

「鬼族を中心に魔族文化も発達した時代です。教団は低俗として否定的ですが、人類国家がとりいれた芸術や娯楽も少なくありません」

「どことなく、第一区間スタートのビル街に似ているかな?」

「あれは邪鬼魔王の首都をそのまま妖鬼魔王が奪ったものですよ?」

 世界制覇した魔王の首都というには規模が小さくボロかったような?


「邪鬼魔王の探索事業も大多数は帰らない無謀な冒険でしたが、それまでの軍を挙げての探索に比べればはるかに被害が少なく、成果は多くなりました。妖鬼魔王もおそらく、成長と変化を続ける塔に対し、多様性のある集団が継続的に攻める効果に目をつけたのでしょう」



 今度のエレベーターは教室くらいの広さで、高さは十数メートルと無駄に細長い。

 壁が閉じると前よりは速く、崩れるように灰色の壁が組みかわって上昇をはじめ、少しずつ黒みを増す。


「メセムス様。ずばりシュタルガの目的はなんでしょう?」

 魔王の義理の娘は何秒か間を空ける。

 さすがに無節操すぎたか?

「ワタクシに新たな活動時間を与えたシュタルガ様は命じマシタ」


『わしの役に立て。そのために貴様ができることを、貴様自身で探求せよ』


「人形になんて無茶ぶりを……」

「命令遂行のためにシュタルガ様の目的を聞きマシタ」

 よし、安直に重要機密カモン!


『それを知っていたなら、貴様に用はなかった』


「ええ~? これだけのことをやっておいて……いや、目覚めたばかりのいたいけな魔法人形をからかってはぐらかし……いやいや、なんか違う。やつのウソにしては芸がない。たぶん『嫌な本当』のほうだ。それ、馬鹿にする気はない静かな笑顔で言っただろ?」

「すばらしい分析性能デス」

「そのあたりのまわりくどいひねかたはクソメガネに似ているから」

「そ、それでユキタン様は妖鬼魔王に好意を持ちはじめ……?」

 違うよ腐れ神官。



「ワタクシはシュタルガ様の行動を分析し。その目的を推測し。現在も検討中デス」

「シュタルガの言うとおりなら、『無い』が結論の可能性は?」

「シュタルガ様は。『知らない』と言いマシタ。『無い』とは言ってマセン。目的の確定も命令に含まれると推測シマス」

 けなげな。


「現状で推測される途中段階の目標は。『無限の塔』攻略。この世界の発展。この二つが並行していマス」

「並行ですか? 塔攻略のための発展では?」

 リフィヌはこの競技祭をシュタルガの練兵式と推測していた。


「その順序では。無駄が多いデス」

「たしかに、攻略が目的なら選手同士をつぶし合わせて戦力を減らす意味が無い……ん? 逆に発展のための攻略なら矛盾しないような……」

 シュタルガ様いい人説に加担することになるけど。


「その順序でも。無駄が多いデス。シュタルガ軍の消耗が甚大デス」

「技術的に発展しても、統治者が経済的に破綻したら混乱するか」

「セイノスケは。その先に異世界進出を推測シマシタ。矛盾はありマセン。しかし根拠および理由が不明確デス。セイノスケも疑問視していマシタ」


『そこまで合っていたとしても、やつの本音にかすっている気はしない』



『で、どうだ? 俺を手伝えば、俺もお前を手伝ってやれる。矛盾がなければ攻撃をやめて俺を守れ。話し合いを円滑にするために、関係を深めさせろ』


「ちょっ、待っ……?! それ、オレがこっちの世界に来てブヨウザを倒すまでに出ていた分析?! なにをどう……なんかの魔法?!」

「セイノスケは。来た直後に観衆の容姿および所持品を観察。キメラ性などの生物的特徴。異世界との交流状況。文化の発展と規模。国家の形態とバランスを把握。選手群から生物的特徴の例外となるワタクシと妖魔グライムに着目」

 根拠……あったのか……


「競技の観察から各勢力の戦力を分析。ワタクシを世界情勢に関わる戦力と推測。単独で参加させたシュタルガ様の意図は。派閥抗争や支配権の拡大にはないと推測。ワタクシの行動と反応から。目的は探索と推測。対人補助の機能を推測。デザインと衣服から製作者の嗜好を推測……」

「反則クソメガネめ! さっさと復帰してオレに楽させろ!?」



「セイノスケ様は夕方ですから、最速では開始前に優勝が決まってしまうかもしれません」

「いまだにやつはモニターに映らないし。シュタルガもザンナの棄権からまた姿を見せないな? もういっそ、あのクソメガネが舞台裏でどエスちびを押し倒して万事解決になってりゃ……」

 メセムスに両腕をがっしり捕まれた。

「シュタルガ様は。総攻撃の準備中デス。極めて多忙デス」

「ご、ごめん」


「メセムスさんは命令遂行にあたり、セイノスケ様を協力者として高く評価……それを『欲情』と表現するセイノスケ様は、男女関係を互いに道具とみなした利害で考えているのでしょうか?」

「やつは発情や娯楽や食事や犯罪とかのすべてを同じ基準に置き換えて、価値を比較するクセがあるよ。よく使うのは金銭価値での換算だけど、集中できる時間や、代償にできる健康の範囲とか」

「……異世界は人工知能や義体技術が進んでいると聞きますが」

「やつが機械ならいろんな矛盾は消えそ……」

 メセムスに両腕をがっしり捕まれて持ち上げられた。


「セイノスケは生命体デス。しかもワタクシに『欲情』しマシタ」

「う、うん。メセムスは話していると、とても機械とは思えない可愛さぐが……」

 上下にふりまわされ、少し死の気配を感じる。

「セイノスケは! 機械としてのワタクシに『欲情』しマシタ!」



『脳だって集積回路の一種だ。生命体はより高度な性能と故障を抱えた道具の一種だ。そしてお前ほど優れた知能を持った機械には人格を認めないほうが不合理だ。その補助性能と設計思想……お前は機械だからこそエロい』


「さすが変態のエリート……初対面でなんてくどき文句だ」

 ようやく止めてくれたけど、まだ下ろしてくれない。

「セイノスケはワタクシに。道具としての可能性を与えマス。生命の可能性を補助する性能限界を引き上げマス。その効率化の速度に多くの問題が発生しマス。それを原因とした動作の不具合は限りなく許容範囲デス」

 それは言い換えると……

「メセムスさんは、本当に恋をしているのですね」

 呆然と見上げるリフィヌの頬に、ポロリと涙がこぼれる。

「おっと。つい」

 あわてた様子で背を向けて隠してしまった。

「人形愛好のような心理投影ではなく、生命と機械を同じ道具として評価とは……新しい価値観、かもしれませんね?」

 リフィヌが笑顔でごまかし、最終区間の開始から続くよそよそしさがかえって目立つ。

「やっぱりやつが勇者らしいよなあ……」


 メセムスはようやくオレを下ろし、壁に両手をつく。

 頭からもうもうと煙が上がっていた。

「周囲の警戒を開始シマス」

 機械が照れるなよ。高度な故障だけど。



 壁がズルズルと崩れはじめ、透明感のある黒い通路が見えてくる。

 気分転換に身構えたふたりの期待に反し、出迎えはなかった。


 一層前のような薄汚さはない。

 床の一部にざらめのような黒いガラス片が積もっているけど、多くは屋内庭園のように四角いくぼみへ収まっている。

 最初の層に比べ、部屋も通路も全体に広い。

 でも無駄なつながりも少なくなり、配色とあいまって圧迫感は強い。

 壁には光沢のある管やでっぱりが複雑に絡み、広大な大部屋だと何段もの作業通路が囲んでいる。


「ちょうど百年分、『闇の勇者』様の時代に地上だった階層に進んだようですね。機械工業が発展した時期です」

「二百年前……千八百年といえば、元の世界でも産業革命から工場が発展したころだ。ここは蒸気機関の工場よりもずいぶん現代的な規模とデザインに見えるけど、その前の魔道黄金期の名残りかな?」

「『闇の勇者ローニン』様は『光の勇者』様の残した破壊と混乱を収束させ、安定維持できる範囲で魔法文明を復興利用しました。異世界の『エゾ』という国から恋人の『ゲーシャ姫』を追って来たと伝わっています」

 エゾ……江戸のまちがい? いや、そのまま蝦夷えぞで北海道の旧名か?


「挑発が特技、嫌がらせが趣味で……」

 リフィヌが突然にオレの足元の床へヌンチャクを突き刺す。

 ざらめをまき散らし、人間大の手足が七、八本暴れ出る。


「隠密工作部隊を主力としていたのでした!」

 蹴り飛ばされた防衛装置はサソリに似た形状だけど、やや人に近い胴と手足のバランス。

「足裏マッサージは……左右の安全をよく確認……」


「肩こりの原因は。設計の不備デス」

 背後の壁からささやかれ、ふり返ると胴の細長いカニのような防衛装置がオレを包むように腕を伸ばし……メセムスに殴りつぶされた。

 天井の隅から降りてきたらしく、ちぎれた足が一本だけぶら下がっていた。



 わかりやすい間取りで、リフィヌはほとんど迷わずに階段を数階分も登り、次のエレベーターを探しあてる。

 そこまでに襲ってきた土偶は合計でも数匹だけど、あちこちでカサコソ気配がして、外部の支援砲撃や壁床の光の明滅まで気になり、時間のわりには疲れた。


 そして開きはじめた壁に埋まるようにエビのような形の防衛装置が数匹。

 起き上がるなり次々とメセムスに捕まれて遠投される。


「歴代最悪の人格を反映したいやらしさか」

「で、でも美的には整っていませんか? 現実的な合理主義者であった影響かと……」「すると地上層の開放的な白いキラキラはシュタルガの内面?」

「まさか。あ、いえ。まだ影響を受ける前なのでは?」



 部屋が上昇をはじめると、ようやくモニターに目を向けることができた。

「しばらく私たちと神官団が映っていません。位置が近いかもしれませんので、ご注意を」


 騎士団はこの塔内でも特に天井が高い通路で奮戦していた。

 土偶は……手先が銃砲になっている?!

 でも射った弾はがれきの粒で、目視できる速さで、十メートルも飛ばない。

 一斉射撃をくらわせても総隊長が痛がるだけだった。

 ほかのメンバーは剣や小手で防ぎきってしまう。

 もっと本気だせよ防衛装置……


「銃器は戦国末期、『流浪の勇者』様の時代が最盛期です。何層か、百メートル以上は先のようですね」

 百メートル……約三十階分。



「また少し今さらだけど、最後はメセムスかリフィヌが突撃したほうがよくない? オレは陽動にまわって……」

 ふたりの反応がしばらくなかった。

「それが指示でしたら従います。拙者いまだに、ユキタン様の意図をお察しできず、意見のしようもありません」

 どこかトゲのある無表情。

「その指示には従えマセン。セイノスケは自分を道具とみなし。ユキタンを使用者として不可欠と推測していマス」


 リフィヌがとまどうようにメセムスの顔を見上げる。

「そ、そうですね……なにもわからない小生に優勝だけ渡されても、ユキタン様に迷宮のもくずとなられては報酬の譲渡すらできません」

「だから、報酬は伝えておくって。そうでなくてもオレはいつ突発的に……」

 思い切りにらまれた。

「お断りします」

「いや……あの……もちろん死にたいわけじゃないけど、現実問題として騎士団や神官団や神様の防衛装置を相手に生きのびるにはオレの性能が低すぎまして……なんであの天才児がオレなんかを選んだのやら……」

 リフィヌは顔をそむけて黙りこくる。


 周囲の壁にふたたび白い輝きが降りてくる。

 悪名高き『光の勇者』の階層に入ったらしい。

 さらに何メートルか、二階分ほども上昇してから停止し、壁はパッタリと一瞬で開く。


 一面に広がる光景を例えるなら、真白いビル街……の爆撃跡。

 屋内高層建築の規模や構造は元世界の古いオフィスビルに似ている。

 古風な細かい装飾があり、神殿のようにも見える。

 それが倒れ合い、大きながれきもあちこちめりこみ合っていた。


 焦げや汚れはなく、真っ白に輝く透明一色。

 それが焼きつくされた灰のようにも見える。



「モニターでは崩壊のひどさしか見えませんでしたが……」

 リフィヌも息をのみ、周囲を見回すと近くの隙間へ急ぐ。


「自動修復とかの機能は?」

 近くで見ると、倒壊した建物の壁も細かく組みかわり続けていた。

 がれき同士で互いに飲み合い、不自然で複雑なからみ合いになっている。

 足元のダンボール箱大のがれきまで床材をわずかずつ吸い上げ、なにかに組み変わろうとしていた。


 リフィヌは建物の陰から出ないまま、何度も周囲の天井を見回す。

「風をきるような音がたくさん……?」


 爆音が響く。

「外壁の支援砲撃ではありません。内側、この層で……砲撃?」

 ジャリッと鋭く削るような音が遠くで聞こえた。

「飛来物が接近していマス」



 リフィヌが急に飛び出す。手ではオレに留まるように胸を押して。

「陽光……!」

 ふり向きざまにふり上げた光の盾が謎の砲弾をはじいてそらす。

 ポリバケツのような塊が床をギャリギャリと削ってすべり、向かいの壁で爆音を上げ、ようやく見える速さで転がる。

 そして起き上がる。

「書留デス。脳幹か脊髄をお願いシマス」


 飛行機のようにスリムな流線型からはほど遠いけど、円筒に近い多角柱の土偶。

 下半身には投下爆弾の尾翼のように平べったい手足。

「ただ今の申しこみ期間では。身体への危害がキャンセルされマス」


「これが『光の勇者』様のやらかしたことの再現?」

「も、もちろん部分的な模倣のはずです。……いえ、実際にはこれよりひどいかもしれませんが」

 リフィヌはふたたび周囲を見回す。

「しかしまさか飛行とは、一体どのような出力と制御で……?」

「加速の動力は。壁の移動装置と推測シマス」


 少し離れた位置に新たな着弾。

 それは地面をはねて倒れたビル壁に這い上がり、最初にジャリッと摩擦音をさせたあとはスルスルと滑らかに走る。

「エレベーターのような壁の組み換え……飛行というより射出か?」

 加速しながら大きく円を描き、こちらへ向く。


 メセムスは足元のがれきに触れ、手の先にグローブのようにくっつける。

 壁面から打ち出されたポリバケツへ、ダンボール箱ほどのがれき弾をぶつけてそらす。

 ミサイル土偶は手足をまき散らせて回転し、グシャグシャと跳ねた。

「セットでお得な……絶対崇拝……」



 段々と『ジャリッ』『バシュッ』『ガツッ』の音が大きく多くなっている。

 数十くらい?

「長居する場所じゃなさそうだね」

「ですね」


 リフィヌががれきの隙間を先導して急ぎ、どこか遠い目。

「『光の勇者』様にまつわる昔話や演劇は多く、絵本や小説でもくり返し題材にされております。幼い女の子はみんな、従者となる女戦士、女僧侶、女魔術士のいずれかに憧れるものです……ええ、小生にもそういう時代はありました」

「史実はどうあれ、その気持ちは忘れちゃいけない大事なものだと思います」


 オレも中学生のころは……それほど色欲漬けでもなかったか?

 憧れるのは強くてかっこいい主人公で、モテることはついでの要素だった。

 真日流さんをあきらめてからは色気のある作品に溺れて、色気がないと見る気がしないと本心から思うまでに染まったけど。


「ですよね。歴史を学んで実態をとらえ直したとはいえ、なにもこんな、粛清された方々の気持ちがわかるアトラクションまで体験しなくとも」

 しかも同伴の勇者がオレ。

「聖神ユイーツ様が実在しておられるならなぜ……いえ、私は本心では、ユイーツ様の実在を否定したいのかもしれません。概念としてみんなで支えることで、みんなを支えることにもなる集合意識であるほうが……」



 背後の隙間にゴリゴリガツガツと強引な滑空突撃がくり返されている。

「毎分末に感謝を引き落としマス」

「休憩の除去プランを提案いたしマス」


 メセムスが少しずつがれきを動かしてバリケードにしているとはいえ、爆撃音が背後にジワジワ迫り続けると神様に文句も言いたくなる。

「クレームのお届けは。千日前にお願いシマス」


「狙いの粗さが救いですね。部屋のつながりも読みやすく……」

 もはや事務的な棒読みのリフィヌさん。

 広い空間へ抜け、そのとたんに正面の空中から三機のミサイルポリバケツ。

「ほらもう、あの部屋あたりは使えそ……うりゃたああああ!!」 

 やるせない憤りをこめたハットトリックが壁面にめりこむ。

 メセムスと一緒に小さく拍手を送ってみた。 


 リフィヌが指していた正面の壁が勝手に開き、直立ゾウの獣人戦士が立っていた。

 アモロ……さんでしたっけ?



「ぼぷぁーぶぉん!」

 両手と鼻に剣をかまえ、口からのびる二本の牙も長く鋭い、五刀流。

 大雑把にはゾウだけど額にも二本角があり、皮膚には緑がかったウロコが見え、恐竜あたりの血縁もありそう。


「魔王軍でも屈指の剣使い、十三怪勇アモロファトンさんとお見受けします。第二区間、第三区間とご助力いただき、心苦しくはありますが……烈風斬でも致命傷になりにくい厚く頑丈な皮膚、巨体でありながらすばやく精密な動きはアレッサ様にとって相性の悪い相手。ここで拙者が会えてよかったです」


「なぜそんなケンカ腰。いや君だよリフィヌちゃん」

 かまえたヌンチャクを抑えると、一瞬ではねのけられた。

「あのかたまで性的に襲っている時間はありません!」

「戦意のない相手まで蹴りつぶすつもり?」

 リフィヌの動きが止まり、うろたえた表情。

 まさか今ごろ、アモロの背後にいる重傷の仲間に気がついたのか?

 サイ獣人とカバ獣人は壁にもたれて倒れ、意識はないけど息はあるみたいだ。



「オッケ~エ! アモロくん、棄権途中なら邪魔はしないよ! 君には世話になったし……」

 両腕を広げ、にこやかに近づく。

 鼻がのびて地面を斬りつけ、飛沫がオレの顔に飛ぶ。


「ぶぉぽ?! ぶぉろろ……!」

「あの、言葉は……発音できなくてもわかっている?」

 いや、ザンナはたしか『店の利用もできなかった』と……


 ゆっくりさがる。

「わ、わかった近づかない。態度がむかついたなら謝る……見逃してくれません?」


 代わりにメセムスが出て、背のポシェットから包帯を取り出す。

 アモロの仲間を指し、巻くジェスチャー。

 そしてオレたちの通ってきた隙間へ両手で導く仕草。


 アモロは何度もうなずき、剣を収めた。

「ほれなおしたよメセムス!」



 メセムスがサイとカバの応急手当をする。

 アモロも気をゆるしているし、包帯を巻くには巨体を持ち上げる腕力が必要だった。

「足首、頸部、頭部の打撲……神官団の狙撃による負傷と思われマス」 


 それよりなにより、リフィヌが警戒されていた。

 落ちこんでいるかと思ったけど、声をかけづらい。ものすごく。

「うう~。蹴り飛ばしてスッキリ解決な的はどこに。どこに~」 

 ぶつぶつ言いながらゴリラのように両腕をぶらつかせて往復する姿はオレだって怖い。




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