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二十一章 三つの願いを熱く語られても困る! 静聴と賞賛と同情をくれてやれ! 三

 次のオアシスを目前に引き返す。

「ったく、馬オッサンの時と言うことが違うじゃねえか」

 勇者に忠実な妖精さんたちは快く同意してくれた。


「というか特務のボーズども、やっぱイカれてんぞ? わざわざ後続同士でケンカ売るかあ?」

「それは少し気になりますね。騎士団の本隊やブタヤロウならともかく、戦車の突破力を重く評価したのでしょうか?」

 今、さらっとひどい言葉が聞こえた気もするけど、この暑さで早足だから熱中症の悪化かも。

「とりあえず、こっちにも仕掛けてくると思ったほうがよさそうだね」



 モニターではブラビスが『無双の三輪車』を発動して池へ突入し、ミュウリームを戦車ごと押し上げる。

 鳥男は木の陰で肩をすくめて周囲を見回していた。

 周囲の遮蔽物はヤシに似た細い木々と、腰くらいまでの茂みだけ。

 柵に囲まれた補給所は百メートル以上の距離があり、狙撃地点である可能性も高い。


 鳥男は木の裏へ飛びこんだ弾丸をギリギリにかわす。

 第三区間での狙撃は見ていたらしいけど、あの弾は知っていてもきつい。

 邪鬼王子は発動のために精神年齢を下げたせいか、無茶苦茶に走り続けている。

「あの振動も、骨の折れかたによっては危険ですね」

 背中を撃たれた人魚姫は戦車の中にいるけど、無敵魔法の光はかかってない。


「でも止まったら確実に当たる。あのまま射程外まで逃げるしか……ん? あのバカ! なに木にぶつかって……あ。目が……」

「見えてませんね。鳥人さんの言葉も聞こえてないようです」

 三輪車の光が消える。

「あのままじゃミュウリームがやばいと『無邪気』が失せちまったか」


 ブラビスはミュウリームを守って三輪車を盾にふり回し、その背へ鉄球が襲いかかる。

 当たる直前、鳥男がふたりを抱えて水に飛びこんだ。

「息つぎを狙われてどれだけもつか……特にブラビスは目も耳もきかないまま水中じゃ……」

「魚人が数十分もぐれるのも、意識がある時の話です」



「本当に行くのかよ? 対策がなけりゃ二の舞だろ?」

「拙者も音と光がなければ陽光脚を出しまくってわずかな時間を稼ぐしかできません。あの狙撃自体、ユキタン様をおびきよせる罠の可能性もあります」

「なるほど……でも、行くための口実を考えていたら気がついたんだけど、今はミラコの位置をかなりしぼれるよね? それに視力を奪う魔法はブラビスが『引き受けて』くれている」


「位置がわからない不意打ちを待つよりは、この機会に対処を……?」

「目つぶしも、陽光脚と三輪車を同時には防げねえか。というか魔法人形のメセムスさんにあの魔法は効くかどうかもわからねえし」

「少なくとも人数がいたら困る魔法だろ? オレの甘さより、リフィヌとザンナのまともさで『来ない』と期待したのかも。というかメセムス様なら『土砂装甲』でバリケードを作れる。防御の相性だけなら、けっこう良さそう」


「しかし着くまでに邪鬼王子とラカリトさんがもつかどうか?」

 息つぎと同時に鉄球が襲いかかり、鳥男は三輪車を盾にかろうじて防ぐ。

「それにアホ王子がこっちに協力しないと、やっぱり少し厄介だな」

「射撃専門のアレッサがいれば心強いけど……『生贄の手錠』で呼ぶのは……」

「論外だ。ボーズどもに襲撃を教えてどうする」

「……あ。論外じゃないかも?」



『生贄の手錠』をくり返し発動しながら近づくことにした。

 モニターは戦闘の性質から互いの状態を詳しくは伝えないけど、神官団は生贄の発信に気がついて警戒したらしく、狙撃が少し減ったように見える。

 鳥男ラカリトは射撃のスキを見て邪鬼王子の手の平になにか書いているけど、ほとんど伝わってない様子。


「メセムスさん、そろそろ射程に入ります!」

「ガ、ガガガ、ガガッ! 出力。二百パーセント! 『土石装甲』起動!」

 巨大メイドは倍の身長になり、腕全体でザンナを守りながらオアシスの池へ走り出す。

「鳥男~! ブタヤロウが加勢する! 協力しろおお!」


 リフィヌは大きくそれて補給基地へ向かい、めぼしい遮蔽物の岩陰をたどる。

 足手まといはなんとかそれに追いすがる。

「補給基地と池を同時に狙えそうな岩場だとあのあたり……しかしユキタン様の接近を知って、位置をずらしたかもしれません」



 メセムスは池へ着くなり伏せ、岩のドームを形成する。

「まさか我が盟友『肉弾魔神』ツカントが復帰を?!」鳥男の声。

「そっちじゃねえ! もっとタチわりいほうだ!」ザンナの声。

「ユキタンが?!」おい鳥男。

「おお『闇の魔女』ではないか! 貴様それほど我が……」アホ王子。

「うるせええ!」ふりかざしたホウキの先だけ見えた。

「ユキタンの指示は。『色じかけで説得』デス」

「い、いやメセムスさん、コイツはこういうのが……好きだよな?! シュタルガ様に言い寄るくらいだから!」


 ブラビスの視力がもどった……ということは。

 リフィヌが岩を背にうなずく。

 焦点が合わない自分の目を指し、長耳も下げていた。

 すぐにその手を握り、親指でゆっくり、くり返したたく。平時の心拍数ペース。

 打ち合わせておいた『周囲に動きがない』合図。


 上空で風を切る音。

 降ってくる飛来物が見え、指先を上向きに包んで『上・陽光脚』を指示。

「陽・光・脚!」

 でも鉄球は思ったよりも伸びて通り過ぎ……すぐに指先を前方へ倒す。

 リフィヌはかなり大きめに光の盾を真上へ打ち出していたけど、指示変更ですぐさまふり下ろす。

 鉄球は着地点から真後ろへ、正確に岩の裏を狙って陽光脚にはじかれる。

 ふたたび親指でゆっくりたたき、続く弾はまだ見えないことを知らせる。



「三輪車でつっこめ! また目が見えなくなる前に!」ザンナ。

「ま、待て、相手はどこだ?!」ブラビス。

「片っぱしから怪しいところぶち当たれ! どうせ無敵だろ!」

「発動には心の準備が!」

「だったらアタシが意識ぶっとばして……!」

 がんばれ姉御。


 思ったより早く、マッチョ神官……ポルドンスとタミアキが姿を見せ、こっちへ駆けて来る。

 目が見えないリフィヌを凡人一匹で補助しているだけと早くも気がつき、接近戦で始末を急ぎに来たか。

 リフィヌに方向と人数、『虹橋』『雷電』であることを伝える。

 そして『伝説の剣』を抜いてかまえる。

 そろそろオレの本気も見せてやるか。



『危ない!』

 というオレの声が刀身から響く。

「隠れていてよ! あんなのオレで十分だ!」と自分で言葉を続ける。

『シャキーン』という剣を抜く音がかぶっていた。 

「オレの腕輪さばきを師匠に見せたい!」

『先に要点だけを手短に伝える』

 アレッサの声。


「巨乳美少女を撃ったやつに、交渉なんていらねー! 今のオレなら、岩ごとぶったぎる!」

 この叫びにかぶっているアレッサの声は『ユキタン同盟以外の者がいればここで手を離して再生を止めてくれ』でまるでかみあってないけど、とぎれとぎれなら冷静に抑えているように聞こえなくもない……はず。

 これに『生贄の手錠』の発信で警戒させていたから……自信はない。

 いや、期待通りにふたりの足が止まった。


「ミラコやタミアキは一応でも女だから、ポルドンスをあごから縦にぃ……!」

 でもアレッサがいると勘違いしたわりには冷静か?

 早く助けに来て王子様。

『ナルテアがいればよいのだが……』

「適当烈風斬!」


「うおっお?!」

 ポルドンスの足元近くの地面がえぐれた。

 骨くらいは届きそうな威力……距離だって二十メートルくらいあるぞ?

「おいおーい?! テキトーで人様を真っぷたつにすんじゃねえ! 友愛団体の勇者様よお?!」

 殺意でも脱衣でもなく、本当にテキトーに撃ったのに……人魚姫を撃たれた怒りか、今も手を握る妖精さんを守りたい一心か。


「クソ! テキトーに撃ちすぎたか?! でも次は外さねー! 外したらやつが降参しても三回は斬る!」

「おおおい?! 今さら正気は期待しねえが、斬られる理由くらいはもう少しなんとかしろよ?!」

 ごめんポルドンス。

「理由がほしけりゃかわいい女の子になって出直してこい! それ以外でオマエをアゴから真っぷたつにしない理由はない!」

『私のほぼ半分』

 でも今はアレッサの声にかぶせてテキトーに叫び続けているからつい本音が……



「アゴわれのチャームポイントを勝手に広げてんじゃねーぞ天然パーマ! アゴわれ気にしてるヤローだっているんだから気ーつかえチビデブ! だがソイツは別に気にしてねー!」

 ミラコ嬢とミラーノ女史が姿を見せて歩いて……遠ざかっている?

「そりゃ俺の縦割りゴーサインじゃねえかミラコちゃんよお! ……って、どこ行くんだよ?!」

 別の岩からもふたりの巨漢の護衛神官が走り出てミラミラを追い、ポルドンスたちも続く。

「待たれよ! あの『風の聖騎士』の声、電子録音機とは思えぬが、室内のごとき不自然な響き!」

 タミアキが獣人なみの感覚とかで気がつきやがった?!


「まあ。アレッサさんはご不在でしたの?」

 長いスカートをずるずる引きずるロングパーマ神官は背を向けたまま、ゆったりとした歩調を止めない。

「はずしてんじゃねーかミラーノ!? なにが『アレッサさんならありうる』だよミラーノ!? それでも撤退かミラミラ!?」

「それでも撤退ねミラミラ?」

 けたたましい相棒の怒鳴り声と対象的に、けだるい含み笑いのような声。

 どぎついマニキュアの親指が背後を指していた。


 邪鬼王子が爆走して迫っている。

 王子様……。

 でもよく見れば両耳に血のにじむピアス穴があり、手下の鳥男も腹に黒い針をつきつけられていた。

 姉御……。



 光る三輪車が目の前を通り過ぎ、ポルドンスとタミアキの背を猛然と追う。

「よし行けブラピー、やっちまえ! アゴわれと……ついでにほかも頼む! 入院させるけど痛くない程度に!」

でも三輪車は急に光を失って止まる。


 ブラビスは三輪車をひいて駆けもどってきた。

「役立たず。せっかく出番を譲ってやったのに」

「ミュウリームの負傷が心配になったのだ!」

 それならしかたないか。でも……

「邪鬼魔王の孫のクセしてなに甘いことぬかしてやがる。かわいい女の子は愛の勇者に任せて、テメーは修羅の世界に飛びこんでろ! オレは汗くさいのはいやだ!」


「耳が聞こえるようになって最初のお言葉がそれですか」

 リフィヌさんは握られていた手を投げ捨てるようにふり払う。

「ふっ、邪鬼王子ともあろうオレが、カミゴッド教団の先兵を救うことになろうとはな。だが己が欲望に忠実なる邪鬼として、その美しさを愛でたまでの……」

 ブラビスくんはオレの腕輪の『斬る意志』を示す蒼い光のまぶしさに気がつく。

「きれいだろ~? 今なら無敵魔法ごと両断できる気がする。試していいか?」


「ふざけてないで、ミュウリームさんの手当てを急ぎましょう」

 立ち去りながら当然のように三輪車を奪っていく恐るべき教団の先兵。



 リフィヌの診察だと、ミュウリームの内臓は無事らしい。

「起きて反応を聞かねば確信はもてません。少なくとも肋骨は折れているので、慎重に動かさねば」

 補給基地の救急器具を借り、水をはった風呂桶に固定する。


「不幸中の幸いは、ここですぐに棄権できることでしょうか?」

 柵ごしに見物の兵士が集まっていた。

 隊長格らしき大鬼が首をひねる。

「選手本人の申請がないのに、棄権を認めちまっていいのかな?」


 リフィヌが殺気だった笑顔を見せる。

「神官団の気絶した同僚も棄権を認められていました。チームメイトでしたらブラビスさんが……」

「いや、ミュウリームはユキタン同盟の別働隊だよ。脱退させたおぼえはない。なんなら倍の賄賂を払う。もっとか? いくらならシュタルガは納得する?」

 オレもニコニコと『生贄の手錠』『伝説の剣』『おちこぼれのはし』と投げ落としてみる。


「はいそこ。競技祭スタッフをいじめないでも、その棄権は認めますよー」

 コウモリモニターでピパイパさんが胸を誇示して諌める。

「親族の魚人王族のみなさんも同意していますし」

 観戦会場の一角、魚人族のプール席が大騒ぎになっている。


 投げ落とした魔法道具はザンナがまめまめしくひろっていた。

 そしてオレを指で呼んで耳打ちする。

「ちょっとやばい」



 耳打ちで話し合い、最後は声に出す。

「そんなこと言わないで、ミュウリームの看護についてくれよ?! ほかのいかれた選手や大ミミズの大群が来たらどうすんだよ?!」

「もう戦力にもならねえから、風呂桶を奪っちまえばほかに用があるかよ?」


「笑顔に、輝く髪に、偉大なチチに、用が大ありだよ!」

「はーっ、バカバカしい。アタシぬきで優勝できるっていうなら、もう休ませてもらうけどな。分け前は約束どおりによこせよ?」

 ザンナはミュウリームの風呂桶を引き、補給基地の入口をノックする。

 ピパイパさんは見透かすように黙ってほほえんでいた。


『体がろくに動かない。ここでぬけるしかなさそうだ』


 リフィヌにはもちろん、なにも言わないでも通じているだろう。

「あ。ちょっと待った。ちょっと来いボーズ」

 ザンナはリフィヌに肩を組み、棚の陰へひきずっていく。

「あとオマエらあっち行け。コウモリ持って……」


 少しの間のあと、ザンナは笑顔で、リフィヌは真っ赤なしかめつらで出てくる。

「よっし! そんじゃオマエら、アタシのために死力を尽くせ!」

 開けられた扉にさっさと入ったくせに、いつまでも柵を握って見ていた。

 そんな目をされたらオレまで泣きたくなるだろ。



「それでいいのかザンナ? 貴様自身で優勝をつかまずに」

 モニターのどこか暗い屋内に、紅髪のすれた童顔……最終区間になってはじめて、妖鬼魔王が姿を見せる。

 ザンナは大きく一息飲み、ニヤと笑った。

「勇者じゃあるまいし、自分で血みどろの最終決戦に飛びこむようなマヌケはしませんよ」


「アタシが最終区間に入る危険をおかしたのは、優勝へねじこむ代理の手駒をこうやって煽るため……あいつらお人よしはこんな風に『仲間』の犠牲を見せつけるほうが、殺し合いにはちょうどいい冷酷さを持てますからね」

 ウソじゃないけど、だましていやがる。

『仲間』っていうのはミュウリームと思わせて、ザンナ自身だ。


 シュタルガは三魔将に対するような気さくな笑顔を見せる。

「ウソつきめ」

 ザンナのケンカを売るようなニヤつきが、安らいだように落ち着く。

 クソ、魔王め。


「ちょっと待った。ちょっと来いヘボ魔女」

「な、なんだよ? 今、シュタルガ様と…………んんんむぅ?!」

 柵ごしに頭をつかんで、無理矢理にくちびるを重ねる。


「ん、んんん! ……ぷはっ?!」

「オレを手駒などという不届きな嫁には、もっとキツいお仕置きをしてやる……楽しみに待ってろ」

 必ず帰るから。早く体を治せ。


 補給所兵士とモニター観衆の罵声にドヤ顔で手をふりながら、ザンナを置き去りに歩き出す。



 邪鬼王子が腕を組んで立ちふさがっていた。

「貴様らに先んじて、ひとつ提案させてもらおうか」

 地図を指し、塔までの道のりを二通り示す。

「ここで貴様らと剣をまじえるは騎士団や神官団を利するのみ。南北に分かれて互いをおとりに進み、塔内で決着をつける! 異存はあるまいな?!」

「順当かな? 半端に助け合うより互いのためによさそうだ」

 鳥男がずいと進み出る。

「つきましてはリフィヌさん、三輪車は返していただけますと助かるのですが」

「敬語で頼むなバカ者!」


 リフィヌは無表情に視線で判断をあおぐ。

「ここでの貸し借りは一切なしにしよう。ブラビスのせいで神官団をとり逃がしたけど、協力がなければ追い払うことも難しかった」

 ザンナをいい形で脱出させる機会にもなった。

「その三輪車さえなければ簡単につぶせる気もするけど、それじゃ騎士団や神官団を足止めする捨て駒にも使えないし」



 ふたたび塔へ向かう。無言で。無表情で。

 放送では長虫巨人と苔人、六手巨人と双頭洞窟鬼の二組がすでに出発していた。


 一度は到着しかけた小さなオアシスを横目に通り過ぎる。

 魔獣王と妖獣妃のコンビも開始すぐの爆走をはじめる。

「さて、次のセイノスケ選手まではかなりの時間があります。それ以外の優勝候補はほぼ出そろったところですし、よろしければ選手の皆様、インタビューにご協力をお願いします!」


 最初に映ったのは砂オバケの大群をかき分けて強行する騎士団。

 砂煙たちこめる激戦の中、ニューノがなにかを叫び、ヒギンズが苦笑いでカメラに近づく。

「参謀様に頼まれちまってよう。きれいどころじゃなくてもいいかい?」

「おじさま好きには人気ありますよ!」

 カメラは地面サーフィンをくり返す『砂の聖騎士』を追いはじめる。


「ユキタン選手が引き返してすぐの再出発ですが、やはり狙いは逃げ切りでしょうか?」

「総隊長様は騎士らしい決闘をお望みですがね。腰抜け戦争屋のわがままを辛抱させちまってます」

 二つ名と背景にふさわしい、ミイラのような乾いた笑い。

 その背後に一瞬、疲労でゾンビみたいな顔と動きの総隊長閣下が映ってしまう。

 すぐに優秀な参謀様が外套のフードをかぶせて隔離した。


「あちらのお弟子さんが熱心にガンつけておりますが……」

 カメラが地平近くに向くと、長髪細身の孤影が迫っていた。

「困ったもんだよなあ? お仲間とすれ違った腹いせをこっちに向けられちゃ、えらい災難だ」

「でもあちらはおひとり様で、『風鳴りの腕輪』がないことも確定していますよね? 御指導したなら手の内も知っていらっしゃるのでは?」

「知っているから、相手にしないのが一番という結論でね」


「かつての盟友『山の聖騎士』の娘さんでもありますよね?」

「あちゃあ。ここでそいつの話を持ち出すかい?」

「そりゃもうぜひ。それとも競技妨害になるほど思い入れの強い女性で?」

「俺は昔から、酒場女以外はめんどくさくなっちまう、つまんない男でしてね。リューリッサ『お嬢ちゃん』はただの雇い主だ。とびきりめんどうなお目付け役だったが、まさか最後は騎士団ごとぶん投げられるとは……断りに行った見合いで一目ぼれして引退だとよ」


 ヒギンズがふと、ニューノに顔を向ける。

 おかっぱ参謀は厳しい目で小さく口を動かしていた。

「おっと、いつにない饒舌で怒られてしまいましたか?」

「そ。じゃあここらで、もう勘弁」

「ありがとうございました!」



「では次に、そのめんどうな娘さーん?! …………失礼。『風の聖騎士』アレッサ様?」

 黙々と騎士団を追う凛々しい顔は静かに落ち着いていた。

 にらんでいるより怖い。

「スピーカーは……壊れていませんね? では競技に集中なさっているようですから、スペシャルゲストの応援をお届けしましょう!」

「え? ……あ。私か?」

「……本当に意識がとんでいただけでしたか」


 画面が切り換わり、開始台に設置された巨大モニターのひとつに向けられる。

 椅子が二つ置かれ、インタビュアーの黄色ネズミさんの向かいには……身なりのいい若い男性。

 顔は整っているけど、体格や筋肉はオレとそれほど変わらない。

 周囲におびえるようにぎこちなく笑っている。


「はじめに言っておくけど、僕は自分の意志でここに来た。魔王軍からの招待はあったけど、脅されているわけではなく、交換条件や指示もない……アレッサ、家族の意志を伝えておくよ。下の姉さんからの返事はまだないけど……」

 アレッサの家族か。

 前の奥さんに四人の子がいるんだっけ。


「……たぶん一緒だ。僕らのことは気にしないで、意志を貫いて欲しい。……なにもできなくてごめん。今日も、今までもずっと……」

 人の良さそうなお兄さんだけど……腹立つなコイツ。

 解雇した使用人でもあるまいし。


 アレッサは明るくほほえんだ。

「心配しないで兄さん。遠慮なく巻きこむから」

 怖いってば。

「前に着替えをのぞかれたことも知っているけど、怒ってないから」


 優しそうなお兄さんは青ざめ、大観衆を前にパタリと倒れた。

「さすがアレッサ選手、言葉でも斬殺! あ、いえ、目を開けたようですが……正気はまだ真っぷたつのご様子……次に行きましょうか?」



 長いつけまつげの厚化粧がいきなりアップになる。

「はぁい。こちらカミゴッド教団『朔月の神官』ことミラーノでぇす。音声、届いておりますでしょうか?」

「あの……リポーター口調までは求めていませんから」

「せっかくカメラがつながりましたし、先ほど棄権なされた『魚人姫』ミュウリームさんの治療についてお届けしたいと思います。現場のザンナさぁん?」

「……え。あ、つなげます? ……はい、つながるそうです」


 ザンナはテント内の寝台に横たわっていたらしく、驚いて体を起こしていた。

 すぐ隣には『ひき逃げの風呂桶』に浸かるミュウリームが目を閉じている。


「やはりリフィヌさんが適切な処置をしてくださったようですね。しかし撃たれた角度を考えますと? そう、桶のふちにクッションをあててうつぶせがより良いでしょう。布団か毛布を枕くらいの厚みに丸めていただけます? それと、その水の量でしたら塩、できましたら岩塩を……」

 ザンナは驚きながら、周囲の兵士になにか指示を出している。

「……以上ですが、よろしければユキタン同盟の名医ラウネラトラさんから検証の一言、つなげていただけますでしょうか?」 


「わ。こりゃどうも。まさかそちらさんから……ザンナちゃん、指示通りで問題ない。とゆーか魚人に関しちゃ『朔月』どののほうが詳しいようじゃ」

 ラウネラトラはどこかの室内でばたばたと服を着ていた。

「魚人には塩水のほうがいいとは聞いちょったが、わっちも正確な塩分量の決めかたまでは……しかしあの神官長どのの腹心が、魔物の治療法をのう?」


「では私はこれにて失礼を。カミゴッド教団『朔月の神官』ミラーノでした。皆様に神様のご加護を?」

 首をかしげたウインクと投げキッスでまとめられてしまい、ピパイパさんもひざをついてうなだれていた。



 リフィヌまで元同僚を驚きの目で見ていた。

「魔法道具の正体……わかりました。ミラーノさんは余裕がある時には敵や魔物であっても治療をしていくかたで……」

「それもなにか屈折した性格の現れ? 哀れみで焼殺する『鬼火』みたいに」


「相手への『親切心』で自分の視聴覚を与える『分かち合いの天秤』……ミラーノさんは医療補助の魔法を発動しながら、目を閉じ耳をふさぎ、暗闇と沈黙を押しつけていたのです!」

「完全に真逆の悪用?!」




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