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二十章 あの世を見てきたように言う奴なんなの? 息はあっても幽霊なんだろ? 一

「このあたりで逃げ隠れするとしたら地下遺跡じゃが、広い上に複雑な構造。全部あたるのは時間も人手も厳しいのう」

 ロックルフは部下に周辺地図をひろげさせる。

「村の防衛で浅い階層までは把握しているけど、出入り口だけでも数十ある。少しは絞りこめないの?」

 ナルテアがいらだちでヤカンを熱しながら捕虜をにらむ。


 加墨は目をさましたみたいだけど、やけにおとなしい。

 骨折の激痛を全力アピールしてくると思ったのに。

 ンヌマリも両肩の脱臼をもどされ、やはり目と口をふさがれたまま、おとなしくしている。


「清之助は自分で魔獣の腹にこもっているだけだよ。アイツがその気なら今すぐ会いに来れる。オレはさっさとそうしてもらいたい。なんだってオレを襲う必要があるの?」

 ふたりとも反応なし。

「清之助を呼んだら会う?」

 ふたりともコクコクうなずく。


「君たちのやったことを話して、清之助は喜ぶと思う?」

 加墨が少し間をおいてうなずき、ンヌマリはゆっくりうつむく。

 ンヌマリの目隠しと猿ぐつわだけ外してもらう。

「やっぱ変だな? そこで迷う君たちじゃない」



 そこへようやく選手村の衛兵が数十人ほど到着し、爆発乱闘現場の惨状に驚いていた。

 率いているのは古風な燕尾服に黒マントを羽織ったオールバックの中年紳士で、長くとがった耳と牙。

「カメラの調子が悪いので来てみれば、大層な騒ぎになっておりますな」

 聞き覚えのあるダンディボイス。


「直接にはお初にお目にかかります。ユキタン・クンドノ様」

 謎の苗字がついた。

 水晶通信を盗聴してやがったなコイツ。

「私はパミラ様配下のコウモリ獣人、競技祭放送サブディレクターの十二獄候ドラキュラと申します」


「捕虜を預かってもらえます?」

「おや、私の名前にはつっこみませんか。しかしそちらのお嬢様がた、服装からしてお知り合いのようですが、だいじょうぶなのでしょうか?」

「特務神官なみの危険物あつかいでお願いします。いずれ清之助に引き取らせますんで」

「はあ。しかし少々、お体の調子がすぐれないご様子」


 ふり向くと加墨の顔体が緑色の綿に包まれていた。

「私どもの世界では学友がカビに包まれて冷静なかたは珍しいのですが……はて、この症状は『暗黒の聖母』の『献身会員』と似ておりますな?」

 リフィヌ様を拝んでご高説を仰ぐ。


「『暗黒の聖母』マブダリアは洗脳術を施した犠牲者を『献身会員』と称していました」

 洗脳魔の加墨が洗脳?

「しかし肉体への負担も大きいとか……ンヌマリさんにも兆候がでております。治療を急いだほうが」



「あとはもうロックルフに任せて休養に専念するつもりだったのに、麻繰さんたちが危険なら、そうもいかなくなってきちゃったな~。『暗黒の聖母』関連だと『清之助様を救う』って、元の世界へ帰すって意味じゃなかったんだ? 精神的とか霊的とか、オレみたいなアホには理解できないで、キミたちがだまされるたぐいの高尚そうなノーガキ? 清之助は無視していたけど、かなり嫌ってそうだったな。ナディジャっていう刺青顔の女魔術師」

 加墨が威嚇のうなりを上げて頭をふる。まだ元気そう。

 ンヌマリはうつむいていたけど、何度か小さく首をかしげ、つぶやきだす。


「違う……この気持ちはセイノスケが治してくれた病気……なにかおかしい……? セイノスケに会わないと……」

 額が緑に変色しはじめていたけど、そこで止まっていた。

 でも汗の量が尋常じゃない。


「ユキタ……ワタシとマクリたちはみんな、セイノスケが好き。セイノスケのためにがんばった……」

「でもこれは、清之助に怒られる気がする?」

 待ったけどンヌマリの返答はなく、汗を流しながら何度も首をかしげる。

 加墨がモガモガうるさい。


「ユキタン様、消耗が激しいようです。ンヌマリ様、思案は保留してお休みください。まずは体力を回復してから」

 加墨はもはや目鼻の形まで埋もれ、少し似合っている。



 尋問をあきらめて搬送を見送った。

 落胆しかけたところへ、逆光を背にした鋭い視線を感じる。

「勇者ユキタンよ。恩義に応えるは我ら半馬人の……」

「今ちょっと忙しいのですが」

 ダイカの棄権ツアーにいたほうの馬オッサンだ。

 婚姻手続きのはかどり具合でも聞いて来たのかな?


 伝言機能しかない剣をものものしく捧げてきたけど、もらっても邪魔そうだ。

「『風の聖騎士』より託されし『伝説の剣』を授けるべきはまさに今……」

「お兄様ありがとうございますぅ~ん!」

 うっかり抱きついたら毛深い胸が気持ち悪かった。



 やはりというか、オッサンの嫁の機転らしい。

 伝言の魔法道具の贈り先を、誰にも会おうとしないアレッサにしてくれた。

 それが送り返され、こちらへ届けるように頼まれたという。


 リフィヌが刃を抜いて数秒ほど待つと、アレッサの声が刀身から流れ出す。

『先に要点だけを手短に伝える。ユキタン同盟以外の者がいればここで手を離して再生を止めてくれ。……いいか? 私の手元に『枕』がある。そこに『場所』の手がかりらしき書きこみがある。ナルテアがいればよいのだが……』

「侍従長さんが『気に入りの枕』をなんらかの方法で送ったようですね」

 リフィヌが音声を再生させたまま、小声でつぶやく。


『……これはおそらく地下に降りてからの方向と歩幅だ。侍従長の歩幅は私のほぼ半分。このような道筋をたどる入口を探し……』

 ナルテアがガッツポーズで地図の一点を指す。

「いくつか該当するけど、人質を隠すような場所なら、たぶんここ!」



 選手村と隣接するテント群を離れると、ひび割れた赤い荒野が広がっていた。

 岩山の影やくぼ地には池や畑の跡が残っているけど、作物が植わっている様子はない。


 ブヨウザの傷は早くも血が止まり、ふたたびボクとリフィヌをかついで歩いているけど、まだ調子は悪そう。

 ロックルフは数人の部下だけを同行させる。

「ナディジャどのが相手では、いろいろ準備が必要になる。特に『絆の髪』は対抗薬を塗っておかんと厳しいが……」

「黙れジジイ! アレッサ様の声が聞こえない!」

 ナルテアの命令で伝言は流しっぱなしだった。


『……疑われている私が宮殿を出てはややこしいことになりそうなので、トミンコニュどのにこの伝言を託しておく』

 ここで剣を抜き放つ『シャキィ~ン!』という効果音がはさまる。

『この先は聞かなくていい。時間があればすべて消しておきたかったが、そうも言ってられない。勢いでなにかおかしなことも口走ったような……いや、やはり消しておくからここで止めてくれ。ここで止めるんだ』

 ふたたび『シャキィ~ン!』音。


 そのあとの音声には雑音が混じり、言葉がたびたび途切れる。

『もしや早送りも巻きも・しもできないのか?! カセッ・テープ以下ではないか?! これはど・すれば……すべてを重ね録り・ていては手遅れに……ええいっ!』

 しばらくなにかを打ちつける音が続いた。


「鞘から抜いて一息して再生、それまでに声を出せば録音がはじまるのですが、途中で手を離すと最初からになっちゃうんですよね~」

 リフィヌは剣を抜き身で持ったまま。

 その刀身は異様に刃こぼれが多い。


「二十四時間録音でその再生と編集の性能はどうかと思う」

「音質はすごいのですよ? 獣人の可聴域まで広くカバーし……」

 またも『シャキィ~ン!』の区切り音。

『では本番……いや要点だけ編集・たほうが……ん? どうやる・だ?』


「アレッサ様の希望でもありますし、このあたりで止めておきますか」

「うあ待て小坊主! まだアレッサ様の重要情報があ!」

 モップをふるう給仕さんをデューコさんがそっと押さえる。



「そういえば『伝説の剣』を送れたなら『風鳴りの腕輪』も受け取ってもらえるかな?」

「それは君自身から渡すほうが良くないかね? 持ち手を選ぶ標準品とはいえ、いまや優勝を左右する重要アイテムじゃ。ネズミ娘や悪徳商人に渡せば『手配が遅れた』とか『ベッドの下へお届けした』などという事態もなくはない」

 筋肉中年は不敵にニヤつく。


「じっさん……なんで悪徳商人なんかやっているの? 清之助の受け売りだけど、心理学者は神経質な人が多くて、催眠術師は意志の弱い人が多いって聞いた」

「当たっとるぞ。わしはいつでもビクビクしておるから情報に通じておる。そして自信がなくて流されやすいから、裏切りをくり返して死に場所を決められんでおる」


「でもルクミラさんを治している時には品も頼りがいもある心理療法士みたいに見えた」

「染みついた性分かのう……わし、ウン十年前は聖騎士候補の天才美少年だったんじゃ」

 ロックルフはさびしそうに笑いながら、ものすごくうれしそうだった。



「しかし当時は覇権を確立した邪鬼魔王の全盛期。次の聖魔大戦も遠いとあって、実力だけで入れる聖騎士枠は無かった。わしは技量も実績も人望もあったが、育ちが貧しく、親は前科持ちじゃ」

 うっかりジジイに過去を聞いて自慢と愚痴が続く。

「じゃから試験では貴族のボンボンたちから八百長を引き受けて稼いでおった。神官見習いだったファイグ君に知られて、えらい怒られたのう。後輩の男の子たちとのただれた関係も罵倒されまくったが……彼はわしを認めてくれておったんじゃ。能力だけは勇者に従うに向いていると」

 リフィヌの耳がろくでもない腐臭を感知してうごめいている。


「わしは田舎の警備隊長にでもなるつもりじゃったが、八百長の発覚を恐れた貴族のボンボンたちは、わしの両腕をズタズタにした……今でも全盛期のような握りはできん」

 ロックルフのトンファーの握りは左右ふぞろいで、補助の固定具がついていた。

「そこからはもう、なにをどう転がり落ちたやら。用心棒やヒモをしながら自堕落に暮らしておったが、気がつけば裏街の顔役になっておった。才能じゃからしかたない。それと……密かにくすぶる聖騎士への憧れが、わしの偽善に説得力を加え、人徳をにじませちゃうらしいのう?」


「天才なのに、騎士団を変えるとかいう発想はなかったの?」

「痛いところをつくのう……結局わし、臆病なんじゃよ。腕も頭も顔もよかったんじゃが、踏みだす肝はなかった。神官長になったファイグ君はそこが違う。彼は小柄でも『勇者に仕えるため』と過酷な修練を重ね、若いころから神官団の変革にガンガン動いておった。かなりの嫌がらせも受けたようだが、聖魔大戦が迫るにつれ、若い層から支持を集めるようになって……まあ、いまやその層は中高年の老害集団になっておるが」


「変えようとしなかったジジイと、変えられなかったジジイの昔話とか聞いても気分が腐るだけだな……ここはナルテア様だ。アレッサが豪傑鬼に負けてからはどうしていたのでしょう?」

 給仕さんが『待ってました聞けバカヤロウども』とばかりに目を見開く。


「脱出は成功したけど、着いた街の人間に捕縛された! 引き渡された豪傑鬼のほうがよほど待遇がよかった!『誰と戦うにも魔王軍がいい』って言われたから、ジャンガのスカウトを受けてやった!」

 これまた悲惨な話だけど、ナルテアは楽しげな怒り顔でがなるので、元気をもらえる。


「競技祭までの数ヶ月、腕も頭も殺意も磨いてきた! アレッサ様にあだなすクズどもは鬼でも騎士でも脳ミソぶちまける!!」

「その意気だ! でも怖いから近づかないで!」



 ロックルフの部下が離れた岩陰に人影を見つける。

 もたれて水を飲んでいる茶色ローブの男は、硬い赤茶の体毛からして人形師のマキャラみたいだ。

 でもそれを帽子で扇いでいる灰色ローブでグラマー巨乳の長身女性は見覚えがない。

「拙僧どもの知り合いさんですね。ちょっとお話をうかがってきますから、ナルテアさんたちはここでお待ちを……」

「なぜ私だけ名指し……ん……あのオッサンはたしか……魔術団かあ?!」

 デューコとロックルフたちがナルテアを抑えている間に、オレたちだけで近づく。


 しかし大鬼の疾走は誤解を招いた。

「ひああ!? ついに魔王が始末に来たかい!?」

「『独り百鬼』かよ?! 逃げろ! ババ様だけでも!」

「む?! 貴様らなぜノーメイクのアタシを即座に見抜いた?!」

「たぶん人形マニアと『変幻の魔女』というくらいだから化粧に詳しいんだよ。というかそっちの巨乳さんがババ様の正体?!」

「……ではなくて、ナディジャさんはどこでしょうか?」


 ふたりは肩のオレとリフィヌに気がついて踏みとどまる。

「わしらも姐さんを探してマキャ坊が熱中症さ。あとごめん。ババアのほうが正体」

「別行動はいつからでしょうか?」

「声も脚力も若いのに? そう言って身を守っているだけじゃないの?」

「昨日の昼にゴールするなり姐さんの容態が悪化してよう、俺がちょっと目を離した時にひとりでどこかに……」

「これはウン十年前の見かけさ。でも試してみるかい? 記録更新になっちまうねえ?」

「率直に言いますと、ナディジャさんを魔王軍基地の襲撃犯として捜査中です。協力していただけますか? あと黙れブタ勇者」

 神官様のヤケ気味に明るい笑顔で魔術師たちは快くうなずく。

 給仕さんが赤熱したヤカンを手に出動寸前な姿も関係あるかも。



 マキャラたちは最初からナディジャの足どりを追い、この方向と聞いて来たらしい。

「なにかを頼むにも、まずは親睦を深める段取りってものが……というかリフィヌ様、なにかありました? 第三区間が終わってから、やけにオレに厳しいような……」

「はあ。ユキタン様の行動ではなく、拙者に原因がありましたか」

「このブタヤロウめが全面的に間違っておりました。どうかお許しを」

「勇者様の判断とあらば、神官たる小生は従うしかありませんね~。な~にが原因でしょうかね~?!」

 熱中症?!


「ほっほ。怠けアリの法則かもしれんのう。アリの群れから勤勉な個体を除くと、残りの群れの一部が勤勉になるという。主導するメンバーが抜けた時に、それを代わったキラティカ君が厳しくなったじゃろ?」

「キラティカが抜けてからはザンナが姉御肌全開に。そして今は……お世話になってます陽光の姐さん」

「ユキタン様は責任を女性におしつける男性をどう思われますか?」

「どうかお許しを」


 いたいけな巻きこまれ従者ちゃんと思っていたのに……家庭に入ると変貌するタイプか?!

「笑顔の殺気がダイカ欠乏症のキラティカ様なみだよ……ザンナ! 助けてザンナ!」

「あの……すみません。拙者が追いつめ過ぎたようですが、せめて声には出さないようにお願いします。あと着きました」



 なんの変哲もない岩肌の斜面。

 少し角度を変えてまわりこむと、人がギリギリ入れる亀裂が見えた。

「わしと部下で先に調べよう。選手の君らは慎重に。魔術団のかたたちもじゃ。ナルテアくんは内部の地形を教えてくれんか?」

「まだるこしい。一緒に行く」

 勇者の従者じみた気風のよさ。


 魔王に壊滅させられた村の娘と魔王配下の悪徳商人に任せ、勇者は日陰で涼むことにする。

「魔術団も最終区間に継続参加の予定?」

「姐さんの様子じゃ、優勝は厳しいけどねえ。でも『無限の塔』まで入れたら相当に稼げるし、もし完走できれば当分は資金繰りに困らない」

「ウヒヒ……生きた『魔法遺跡』だ。それも最大の! 魔法道具はとり放題! かわいこちゃんが勢ぞろいでお出迎え!」

 マキャラの話に食いつきかけたけど、このオッサンが重度の人形フェチであることを思い出す。

「生身の女性は期待できませんよ……どうしました?」

 ブヨウザとデューコが同じ方角の遠くの岩を見ていた。

「短い蒼髪……『風の聖騎士』の妹だ」

「レイミッサが? なんでここに?」 

「身を隠してはいなかった。こちらを見ていたようだ」



 しばらくしてロックルフが引き返して来た時に、別の一行も到着する。

「ホホホホ! よくやりましたレイミッサ! ユキタ君たちはもう帰っていただいてけっこう! 豪傑鬼と侍従長を救出する役目は新たなる四天王にして新時代の勇者『渦の聖騎士』シャルラに任せていただきます!」


「じゃ、お願いしようか?『絆の髪』とか相当にやばいから、最終区間前に消耗したくないし」

「お待ちなさい! なに勝手なこと言ってんの?!」

 バカとそのお守二名だけではなく、騎士団の顔ぶれがぞろぞろと……レイミッサを含む女騎士三人、本部の看板と長老と団長……やべえ、こんなところに給仕さんが帰ってきたら……


「まあ、バウルカット様、こんなところでいかがなさいましたか?」

「おお、ナルテアか。シャンガジャンガどのがこのあたりを散策していると聞きつけてな。出迎えに……しかしさすがお付きの者。はじめからお前に聞けばよかったようだな? ははは」

 団長の野郎、ナルテアの出身や豪傑鬼配下になった経緯を知らない?!

「ふふふ。騎士団の皆様は魔王様への親愛をこめ、豪傑鬼様の経営する広場前の酒場を愛用なさっているのですよ。ふふふふふふ」

 ナルテアの気持ち悪い笑顔はこちらへの口止めも兼ねているらしい。



 どこかで見た小男もいることに気がつき、急いで脳内のゴミ箱をあさる。

「第一区間ぶりです『薮の聖騎士』さん。あなたに勝利した証であるおわんは大事に使っています。ザンナとふたりがかりでもギリギリだった激戦は思い出深いですねえ」

 ナルテアに負けない笑顔で言ってみたものの、思い出が深いところにありすぎて名前までは思い出せない。

 たしかザンナに抱きついてスカートの中を見たのだけど、その前後が……


「どうも『峠の聖騎士』さん。第三区間ではお世話になりまして……」

 リフィヌもナルテアの意図を隠すためか、奇怪な空気を受け流すためか同調する。


「ひさしぶりだな。どシロウトと末端幹部に魔法道具を奪われ大目玉をくらったキチュードだ」

「雪原で裸にされる姿を公開放送されたワッケマッシュです。大変お世話になりました」

 ふたりは口の端以外では笑ってない。



 長髪の色男『花の聖騎士』がスラリと長剣を抜く。

「そしてワッケマッシュと共にいた『谷の聖騎士』こそ我が親友クアメイン……人目がない今、袋だたきになぶり殺す!」

 その柄をスイと押さえたのは白髪の老騎士。

「控えよ。場外における選手への妨害は厳罰。しかるに魔王は…………怖い」


「ご老体! もう少し遠まわしな言葉でお願いします!」

 お前もな。

 最終区間参加の選手たちは止めに入っている……約一名のピンク頭を除いて。

「え? なんで? クラオン様がやる気なんだから、斬ってから考えればよくない?」


「第三区間での総攻撃とはまた別の恐ろしい集団だね」

「いっそ挑発したほうが、妨害に走って大量失格を誘えるかもしれませんね」

「あ、それナイスアイデア! ここで共倒れになっても、一番有利になるのは反魔王の神官団だから、結局オレがヒーロー……に……」

 勇者と従者の楽しい会話はいつから聞こえていたのか、騎士団のみなさんは落ち着きと団結をとりもどしていた。



「そろそろいいかのう? そんなに危険はなさそうじゃから、ユキタン君と魔術団のかたたちにも来ていただきたいんじゃが……騎士団のかたもご一緒に?」

 ロックルフがほほえんで尋ねると、大柄な騎士団長『洞の聖騎士』バウルカットは誇らしげに胸を張る。

「少しでも危険ならいやだ!」

「この老いたる『波の聖騎士』モルソロスも残るべきのようだな…………ケガは痛い」

「あんたらなにしに来たんだ」

 未知の恐怖に震える勇者に、騎士団の看板男が敢然と立ちはだかって指をつきつけた。

「任せた仕事の手柄だけ取りに来たのだ! 口を出すな!」

 かっこよすぎて涙がでそう。


 結局、レイミッサたち三人の女騎士だけが同行することになる。

 勝気そうな顔に、はね上がった短髪……重力コマ使い『池の聖騎士』ノコイが手桶の水に顔をつっこんでいた。

「ひしゃくがあるのに……激しい行儀作法だね」

「飲んでいませんわよ!」

「それは『親心の手桶』です。最後に顔を水へつけた人物と同じ視界を得られます」


「するとノコイさんが自分の胸元をのぞいたりすると……」

「桶を持つ受信者が親身である必要がありますが、本体を持ちこまずに外部の作戦本部へ状況を伝えられる長所があります」

 笑顔で解説を続ける従者様に萎縮するブタ勇者。


 手桶を握ったのは老騎士だった。

「ノコイ君は従兄弟の孫で、我が孫も同然。なにをのぞいても心配いらんよ」

 水面にはノコイ嬢が見る老騎士の腰からはみでたシャツが映っていた。



 岩の亀裂に入ると内部は大きく広がり、平たい丸岩をずらした奥に横穴が空いていた。

「部下にはほかの分岐通路をふさがせておる。奥にナディジャどのらしき女性が倒れていたのじゃが、相手が相手。わしとナルテア君では万一の時に手に負えん」

「私が踏んだところをたどって。余計なものにはさわらないで。特に岩。一年近く前だけど、私とおね……アレッサ様とで仕掛けた罠がまだ活きているかも」

 ロックルフとナルテアが先行し、ブヨウザに乗ったままのオレとリフィヌ、その背後にデューコ、魔術団のふたり、騎士団三人と続いている。

 ナルテアはレイミッサがいることに気がついてからは動きがぎこちない。


 レイミッサは巻貝を取り出し、おおよその道筋を報告する。

 ヒギンズが持っていた送信専用のトランシーバー『吹きこみの巻貝』だ。

「二番隊はレイミッサが隊長になったんだ?」

「ワ・タ・ク・シですわ! 二番隊にギリギリ入りそこね、第三区間で真っ先に補充されたこの『池の聖騎士』ノコイが今は二番隊の隊長ですからお忘れなきよう!」

「成り上がりが……試験に通るまでモルソロス様と話したことすらなかったくせに」

 黒髪ツインテールのワッケマッシュさんが冷笑。


「おじい様が借金こさえたとたんに見捨てた薄情者と話すなんてゴメンですわ! 私が首席で騎士団へ入るなり急に親戚づらして! あくまで利用し合うだけの仲でしてよ! コネづくしで地位を得た箱入りストリッパーさんにはわからない苦労でしょうけど!」

「あいにく私も首席だ。にも関わらず下賤なあなたを一応は隊長と呼んであげるのだから、最低限の礼儀くらいわきまえ、醜い妬みは抑えていただこうか」

 本当になにしに来たんだ騎士団。


 最後尾の内輪もめを収めたのは蒼い短髪少女のほほえみだった。

「下流貴族の出身で最年少の私は、ノコイさんとワッケマッシュさんの支えがなければ二番隊の重責を担えそうにありません。よろしく御指導お願いします」

 手にした殺戮の斧が凶暴性によって洞窟を赤々と照らしていた。


「あの、皆様すみません!」

 ノコイ隊長も謙虚な笑顔になるとけっこうかわいいのに。

「今度の二番隊は本音で語り合える仲の良さですね」

「いえ、そんなどうでもいいことではなくて、ただ今の肩たたき通信でシャルラ総隊長がこちらへ向かっていらっしゃるとの情報がありましたから……」

 ボクとリフィヌとロックルフは顔を見合わせる。

「余計なものにさわらんとよいが……」

「ヒギンズさんとニューノさんが一緒のはずですが……」

「味方の足を引っぱる天才だからな……」

 予感どおりに、地響きが聞こえてきた。


 あちこちの天井が落ち、床が抜け、新たにできた縦穴からは軽自動車サイズのサソリが次々と這い出てくる。

「よりによって最終迎撃装置……師団クラス用の罠を作動させたか?!」

 田舎の閑村でどこまでやる気だったんだ君たち。




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