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十九章 勇者って場当たりのお調子者だよな? それが適性なんだろ? 四

 テントの部品があちこちに飛び散り、勢いよく刺さる。

 混乱した罵声が飛び交う。

「火薬使いだ! 火種を広げろ!」それは不正解だってば。

「おのれ異世界人め!」同じくくりに入れないで。


 テントのあちこちが破れて日差しが入りこんでいる。

 ボクの前には二メートル半の大鬼ブヨウザが誇らしげに仁王立ちしていて、自分の腹や腕に刺さった手の平くらいの木片を平然と引き抜く。


「水素は軽いし拡散しやすい。もうだいじょうぶじゃろ」

 ロックルフは乱れたロマンスグレーをべっこう櫛で整えたあと、倒れている部下の負傷を確認する。

 アナグマ獣人の女性は鼓膜と脚が傷ついたらしい。


「君ら選手は自身の安全を優先してくれい!」

 筋肉中年は独りで先頭をきって駆けだす。

 巨大テントの奥には一軒家らしい石積みの壁が見えていた。

 ロックルフが大型トンファーで木製扉を壊し取り、中に放りこんで様子を見てから踏みこむ。

 どこからともなく部下の獣人女性もふたり、着くなり追いかけて飛びこんだ。


 ボクたちもあとを追い、入った部屋は古風な水がめとかまどのある土間で、やや大所帯という程度の民家の台所。

 家庭的なデザインの鍋、おたま、コショウ入れ、クッキー型といった調理器具が並んだままで、食卓の花柄テーブルクロスの上に置かれた軍用刀の山がひどく不似合いだった。

 掃除はされているけど生活の気配はなく、持ち主を失った残骸がかえって痛々しく存在を主張している。


 妙な概視感があった。

 あの貧乳騎士の胸の中を見ているような。

「この村が『無限の塔』攻略の基地として選ばれたのは、今回の競技祭を開くほんの一年前だそうです」

 リフィヌも少し苦そうな顔していた。



 ロックルフたちはすでに隣の居間の、さらに奥の廊下を進んでいる。

「ったくもう! 本当ならこういう情景を眺めてアレッサへの気持ちを高めながら逆ギレ気味にジジイを絞め上げて頭の中を整理したいところなのに、なんでこう順番を無視して厄介事を持ちこむかなあ!? 元の世界じゃるまいし! どうせまたオマエら天才様はここで裏をかいてきたりすんだろ?!」


 軍事作戦の最中に騒ぐ勇者様に対し、リフィヌさんは迷惑そうな顔をしていたけど、『裏をかいて』と聞いたところで一応は背後をふり返る。

 そして驚いた顔で背からヌンチャクを引き抜くけど、それより速く部屋の壁がバギンッと鳴り、ネジ釘を引き抜いたような穴ができていた。


 デューコさんが腕をふり抜いていた。

 ナイフほどに伸ばした爪の一部が削られている。

 当ててずらしていなければボクに穴が空く軌道だったらしい。

「本当に仕掛けるなよ!」



 リフィヌの投げつけたヌンチャクは勝手口の外、資材の山の中へ命中する。

「ぎゃん?!」

 叫んでフラフラと頭を押さえた女の子は長い黒髪に長いタレ目の和風美少女。

「全国レベルの学力で犯罪行為への応用もソツがない加墨さん。毒ガスや毒針や毒舌に気をつけて」

 手には毒々しい模様の細長い筒を握っていた。

「『悪気の吹き矢』のようですね。烈風斬と似た性質の針を撃てますが、ここまでの威力を引き出すには殺害を誇示できるくらいの悪意が必要です」



「上?!」

 デューコさんが不意にボクを押し倒す。

 立っていた床に重い炸裂音がして、短い槍が刺さっていた。

「魔法道具ではない。魔獣狩り用の大型弩弓だ!」


「陽光脚!」

 リフィヌが足をふり上げながら飛びあがり、広げた光の半球を天井へぶち当てる。

「がぐ?!」

 天井板の中央付近が砕かれ、短い金髪に褐色肌の女の子が見えた。

 セーラー服の似合わない筋肉質なやせ型、厚めのくちびる、片眉と片耳に残る銃創。

 全身を跳ね上げられながら、少し顔をしかめただけでふたたび音もなく姿を消す。


「射出の直前までわからないとは……聖騎士クラスの身のこなしだ! 加減できそうにないが、やり合ってもいいのか?」

 デューコとブヨウザは天井の気配をふたたび見失ったようで、強く警戒している。

「ンヌマリちゃんは清之助が海外で紛争に巻きこまれた時に現場で口説いた少年兵。親衛隊でも実戦最強らしいから……」

 どうしよう?



 外に加墨、上にンヌマリ。そして奥の部屋でも騒ぎが起きていた。

 ロックルフとその部下が、セーラー服の三人と激しく打ち合っている。


「シアアアアッ!」

 ハエたたきと巨乳をふりまわす大人びた美貌の女子が鬼神のように笑っていた。

「あれは『苛立ちの蝿たたき』ですね。振りを加速する苛立ちの精神制御、改造で刃物をつけたバランスの悪さを補う剣術技量、両方の適性が必要なわりに地味な魔剣です」

「隊長格で生徒会長の青賀麻繰せいがまくりさんは政財界に大きな影響力があって、ついでにフェンシングとハッキングはプロレベル」


「ふんはあっ!」

 ロックルフはなにか魔法道具を使ったようで、足や胴をゴムのように伸縮させ、人間ばなれしたリーチと角度と速さで動いている。

 その顔へ白地に黒のサッカーボールがぶちあたった。


 獣人の爪をかわしながらリバウンドを空中で蹴り直した女の子はオカッパ髪で、清之助に近い高身長。

「『誰何すいか蹴毬けまり』は相手への興味で自分へ跳ね返る効果しかありません。あの正確な狙いや速さは使用者の技能です!」

市駒いちこまさんは女子サッカー部のエースで、審判にばれないように相手選手の関節を外せる闇柔術の達人」


 もうひとり、縦ロール超ミニスカの女の子が笑顔で遠慮がちに巨大なハサミをふりまわして加勢している。

「『妬みのはさみ』は嫉妬によって大きさと切断力が増すのですが、形状が戦闘向きではありません。それをほかのおふたりに合わせて使いこなすセンス、やはり並外れていますね」

「学生アイドルの幕路羽まくろばさんはグループダンスをやっているから。あとヨガと太極拳とステージ乱闘」


「生徒会、サッカー部、アイドル……名称が同じでも異世界では実態が激しく異なるようですね……」

 リフィヌが遠い目になっていたけど、今はフォローしている場合じゃない。



「ジジイは放置で、加墨さんだけ確保しよう! 加減は考えないで!」

 リフィヌが驚き、デューコさんは天井の一角に気配をはっきり感じたようだ。

 それなら正解かな?

 ブヨウザはうなずくなりボクをひっつかんで外へ飛び出す。


 ロックルフに加勢するには奥の部屋が狭く見えたけど、それは戦闘シロウトの判断。

 リフィヌとか専門家様は別の意見かもしれない。でも……

「あの子たちはオレの甘さを知っているし、そういう心理的な弱みもついてくるから」

 言ってるそばから、奥へ通じる細い通路にはスズメバチの巣がゴトリと落ちていた。


「それにしたって言いかたが……陽光脚!」

 さっそく背後から襲ってきた大型弩弓の矢がはじかれる。

 石積み家屋の上にボロボロのテント幕がつながっていて、その隙間のどこから撃ってきたかは見えない。


 でもリフィヌは次の弾もはじいた直後に引き返し、陽光脚で一気に加速する。

「拙者が捕縛します!」

 ボクはすぐにデューコさんに指で示し、あとを追わせた。



「陽光脚!」

 屋根へ向かっての真っ直ぐな飛び蹴り。

 獣人でもなければかわせない速さで、その足先には反撃ごと押しつぶせる広大な光の盾。


 ンヌマリは逃げるどころか大型ナイフを手に踏みこみ、刃先を自分の喉に当てる。

「あうわわ?!」

 最強のお人よしが空中で姿勢を変え、魔法の盾も消してしまう。

 ナイフは当然、一瞬で方向を変える。

 

 刃先は手で払えたらしいけど、重い音がしてリフィヌの小さな体がよじれる。

「かふっ!」

 横薙ぎに蹴り飛ばされながら、なおも空中で身をひるがえし、足から着地したけど、そのまま倒れこむ。

 その背にはすでにナイフが迫っていた。


 デューコさんがほんの数歩、間に合わない距離。

 でもンヌマリは不意につまずいて倒れ、デューコさんに押さえこまれる。

 その足先に細く短い矢が刺さっていた。


「ほいちゃー」

 空中で鳥娘がガッツポーズ。

 元の世界ではありえない射撃位置が熟練傭兵の不意をつけたらしい。


 リフィヌは横腹を押さえながら立ち上がり、バツの悪そうな苦笑を見せる。

 デューコさんは手際よく捕虜を縛って両肩も外しておく。痛そう。


「どこにいたセリハムちん」

「薄情ヤリチン。アタチ爆発でぃ目ぇまわちーのダンスフィーバーダンスダンス!」

「ごめんよハニー」

 ウインクしながら腕輪をそっと隠し、とっさに方向を変えて斬りつけていた地面の跡も踏み消す。



 背後ではブヨウザが腕に三つほど穴を開けていた。

 平然と吹き矢の攻撃を引き受け、得意顔で傷口を見せてくるあたり、いじましい。

 加墨さんが資材の山に潜伏したまま逃げ出さないってことは、やはり仕掛けだらけか。


「慎重に……まとめて回し蹴り!」

 大鬼は容赦なく指示どおりに、木箱の山へ蹴りを打ちこむ。

 何度か蹴り崩したあとで、中をのぞきこむ。


「だいぶ弱っているな。どうやら骨も折れて……ん?」

 ブヨウザが不用意につかんだ加墨の胴から、何本かの細い金属管が飛び出ていた。

「服の下に毒針を……?!」


 そのまま強引に引っぱり上げたのがさらに悪かった。

 セーラー服にくくりつけてあった紐が引っぱられ、足元のあちこちから長い釘が飛び出す。

「ぐぬあ?!」

 その内の三本がブヨウザの足をつらぬいた。


 でも次の光景は理解しがたかった。

 巨体のブヨウザが跳ね上がって倒れ、加墨はあお向けにぐったりとしたまま空中をよろよろと逃げる……どんな魔法? 仕掛け?

「ルクミラさんでしょうか?!」

 さすがリフィヌ様。たしかに『透過の隠れ蓑』なら……

「なぜこんなことを?!」


 加墨の動きがにぶって止まったあと、その口から少しずれた位置で女性の声がした。

「ユキタン様こそ、セイノスケ様の友人になぜこんなひどいことを?」

 加墨の野郎がなにか頭をいじったらしい。



「んぎゃぴ?!」

 妙な悲鳴にふり返ると、鳥娘が顔面にサッカーボールを受けて撃墜されていた。

「加墨、マリ?! これは……?!」

 ジジイはなにをやっているのか、三人のイカレ娘だけが駆けつけていた。


 リフィヌがセリハムを受け止め、デューコさんもンヌマリを引きずってこちらへ下がってくる。

 大鬼は手足の刺し傷を周囲の肉ごと大きくえぐり捨てた。

「不覚……これしきの毒で倒れはせぬが、感覚がぼやけて動きがにぶいっ」

 麻繰、市駒、幕路羽、ルクミラさんに対し、こちらはリフィヌ、デューコ、気絶中のセリハム、負傷したブヨウザ、自分。

 単純なたたき合いならまだこちらが有利そうだけど……。



「なんのつもりだよ? 清之助が帰らないのをオレのせいにしてオレを殺すだけならともかく、こんな不特定多数を巻きこむやりかた、清之助が許すと思っているのか?」

「なんで平石くんを呼び捨てかなあ? それに湯木田くんがオレとか、いきなりすぎて変~」

 幕路羽さんのふざけるような笑顔は敵意の表れ。


「ダンディな叔父がおしゃれにボクって使うのを真似していたらクセになっただけ。オレに変わりはじめているけど、意識はしてないよ。あと、お互いに親友と呼ぶ仲のアイツをオレがどう呼ぼうが勝手だ」


 市駒さんも鋭くにらみまわし、片手に握ったサッカーボールを半分くらいにつぶす。

「急にスマートになったけど、それも魔法道具の効果?」

「そっちかよ。気づいてなかったよありがとう。ここ数日いろいろあったから、たぶん恋やつれ」


 麻繰の仮面のように動かない微笑はまちがいなく殺意の表れ。

「湯木田くん。私はあなたが邪魔なだけ。そしてもう手段を選ぶ必要もありません」

 頭のいい連中だから、これだけべらべら話せばオレが敵じゃないってことくらいは気がついて、逃げるか取り入るかしてくると思ったけど……

「清之助様を救う方法を見つけたのです。邪魔は許しません」


「清之助『様』が親友と呼ぶオレを信用できないのか? あの変態野郎はオレを信じているし、あのメガネ君はオレが守る」

「あなたに清之助様のなにがわかるの?」

「超多芸な天才様だけど、案外と不器用ないいやつってことくらい」

「それだけ? 清之助様の意志と頭脳で見通した世界がどれだけ広く深いか、あなたは知りもしないで……」



 話している間にも兵士が集まりはじめていた。

 対峙している珍集団を見比べていたけど、麻繰がこちらを指さすだけで、その内の半分くらいが一斉に襲ってくる。

「あいつらも反乱分子だ!」みたいなことを口々に言い合っている。


「やめんかバカモノがあ! このブヨウザが寝返るとぬかすか?!」

 大鬼は資材箱を投げつけてまとめて数匹を吹っ飛ばすけど、見ていた残り半分の数十人も険悪な顔で包囲をせばめつつある。

「ああいうデマ流しの達人なんだよ。もっとも、今の君は魔王に宣戦布告した勇者に同行中だけど」


 人数の差ができるとつらい。

 リフィヌとデューコが頼もしいとはいえ……

「だみだみ、アタチら鳥ちゃん顔に根性ないし脳みそハートブレイクぷいん……」

 セリハムは起きた……のか? 座って目を回している。

 加えて勇者様という荷物もいて、ブヨウザも不調。



 麻繰たちは捕まったンヌマリのことは気にもとめず、兵士たちにまぎれて不意に攻撃へ飛び出てはすぐにひっこむ。

 それだけならなんとかしのげたけど、あと一歩のところで透明な壁がはばむ。

 蛇人ルクミラさんの戦う姿は見たことがなかったけど、太い尾による一撃はかなりの重さで、リーチも異様にある。

 動きも速い上、足音や足跡からは次の位置を予測しづらい動きをしていた。


 なにより、こちらを傷つけたくない意図がわかってしまう。

 リフィヌじゃなくても手を出しにくい。


「このまま消耗して捕まるくらいなら『黙示録の貞操帯』を脱がせるしか?!」

 オレの叫びで数匹の豚鬼をふり向かせる効果が発生。

「ま、待て! 発動しなかったらどうする!?」

「え?」

 オレとリフィヌとセリハムが同時につぶやいてふり向き、トカゲ娘さんの顔がひきつる。


「ち、ちがう! 発動すればみんな破滅だ! そしてあくまで万が一、発動しない場合には私だけが社会的に……ぶぱっ?!」

 暗殺団の首領は真っ赤になった顔面にサッカーボールをまともにくらって倒れる。



 ガンガンと鐘のような音が聞こえた。

「ほい、そこまでじゃ! ひっかかった君らは要注意じゃな~あ!」

 ロックルフが笑顔でがなりながら、大鍋とトンファーを放り捨てる。


「なんだ抜きうちかよお!」

「やっちった!」

 包囲の最前列にいた数人も一斉に武器を放り捨て、突然に戦闘の手が止まる。


「なに? 演習?」

「試験かなにか?」

 兵士たちが動揺し、互いの顔を見合わせていた。


「元気なのはけっこうじゃが、修理を急がんと自爆部隊じゃぞお!」

「げ! こっち手伝えば倍の給金を出すぞ!」

「こっち三倍! 元気なやつな!」

 すぐに武器を落とした数人、そして給金の話をはじめた数人は、よく見ればロックルフの手下だ。


「いやオレ、隊長の指示で……」

「なあ、三倍って夕方からでもいいか?」

 兵士たちの興味はすでに保身や、高く掲げられた給金袋に向かっている。



 学校での洗脳騒動を清之助くんが話した時の聞きかじりでボクがわかる範囲では……

 催眠術はあくまで『誘導』らしい。

 それが巧妙になると、途中経過を知らない人には意識を丸ごと入れ替えたように思えてしまう。

 でもあくまで誘導された筋道があり、解除にもその筋道たどることになる。


 兵士は反乱の犠牲になる恐怖と、それを阻止する戦功で誘導されたみたいだ。

 隊長をひっかければ、部下も逆らって疑われるより、戦功にのるほうを選ぶ。

 ロックルフは武器を捨てることで攻撃される不安を消し、すかさず自分の部下にも同調させた。

 周囲に合わせていただけの兵士が事態の急変に驚いた心のスキをつき、給金という別の誘導を入れる。


 一番のポイントは『修理を急がんと自爆部隊じゃぞ』で、表向きは脅しで誘導しているけど、裏ではこの騒動に加わったこと自体は罪に問われないことを強調している。

 この騒動が演習でもなんでも、罪があらかじめ免除されているなら、冷静に考えやすくなる。

 ロックルフやボクが今の状況で反乱を起こすはずがない、という常識的な判断を受け入れやすくなる。


 つまり、加墨の与えたアメとムチを取り上げながら、別のアメとムチをすべりこませた。

 元の勘違いそのものは消えてないけど、ここまでくれば自浄作用も働き、もう安易な煽りには乗りにくい。



 ロックルフはゆうゆうと人混みをかき分けてウインクする。

「仕込みの時間が短ければ、この程度でひっくり返るもんじゃ。決め手は君らが手加減してくれたことじゃな」

 このメンバーで暴れたわりには、十数人の病院送りで済むようだ。


 すでに麻繰たちは逃げはじめている。

「とはいえまだ不安定。わしらも刺激せんように早く脱け出して……ぷごっ?!」

 老紳士の整った白髪頭にモップが炸裂する。

 ウェイトレス姿の女の子がすごい形相でにらんでいた。

「どういうことだジジイ~?! アレッサお姉様に濡れ衣かぶそうっていう自殺志願者はテメーかゴルァ?!」


 ナルテアはテンションだけでなく、乱れ打つ棒術の勢いもすごかった。

「また腕を上げたのう君! そろそろ並の騎士よりは……」

 演出でトンファーを捨てていたロックルフは腕甲だけで防ぎつつ、笑顔は崩さない。


「ナルテアさん、小生どもはアレッサ様の疑惑をはらす捜査中です! あとこれは重宝いたしまして……」

 リフィヌのさしだしたヤカンはすぐにひったくられ、ゴンゴンと赤熱化する。

「で、誰を焼き消せばアレッサ様が喜ぶわけ?」

「単独で捜査していたのですか? でもその手がかりは……」

 君のせいで逃げられた。

 麻繰たちを先に追っていたふたりの獣人女性は、遠くに倒れてのびていた。



 加墨は気絶したまま放置されていた。

 スカートの中に金属棒をつっこむと虎バサミが食いつき、服装部分を軽くたたくと肩と靴下の外側でもカチカチと隠し針の音を確認。

「念のため、束縛は代わりにやってもらえる? 必ず目と口もふさいで」

 ロックルフは呆れ顔でうなずき、部下を呼び寄せる。


「ともあれ、これでふたりは見つかったわけじゃ。ルクミラどのはユキタン君を疑っておるのかのう? それでもかまわんから……ほれ、もう出てきてくださらんか?」

 資材箱の陰の空中に、おずおずと優しい美人顔が現れる。


「絶対に信用できる……例えばセイノスケ君本人に確認するのはどうじゃろう?」

 ロックルフは木箱に腰かけ、部下に求めた書類になにかを書きこみながら穏やかに話す。

 あれも身構えさせない演出?


「あ、あの私は……一体どういう……?」

 とまどいながら、まだ非難するような視線も混じっている。

 ルクミラさんも正しいことをした意識でいるけど、本来の頭の良さと人の良さで、潜在的にはボクたちと戦ったことに違和感や罪悪感を持っている。

 それは正当性を崩される恐怖となり、本来なら簡単にわかる真相を拒みやすくなっていた。


「ゆっくり考えてくれい。わしだって君もユキタン君も信じておる。捕まえたりせんから、好きに動いて……しかし、セイノスケ君以外は誰も信用できんかのう?」

 ロックルフはルクミラさんが考えなおしても一切の害がない状況を見せつける。

 考えやすい環境を整え、自身で意識を整理させる。

「い、いえ、でも……」

 ロックルフがさりげなくボクやナルテアに見せた書類には記載枠を無視して『あせるな。まかせよ。情報を引き出す』と書いてあった。


「わしかユキタン君が麻繰ちゃんに憎まれておるならその理由を知りたいもんじゃが。どう謝ればいいかのう? わしみたいな者は心当たりがありすぎてどうにも」

 非難ではない形で矛盾の根本へ意識を向けさせ、自分たちが味方の関係であることを強調し、相談を頼むことで味方として貢献する機会も与える。


 ……という状況のわからないナルテア嬢とブヨウザ嬢は『なにをちんたらドジな仲間を甘やかしとんじゃいボケ』と言いたそうなイライラ顔であたりをかきむしっているから、オレが必死になだめた。

 背を向けて体育座りをしているデューコさんにはリフィヌとセリハムが優しく寄りそっていた。



「麻繰さんたちは……なぜここまでする必要が?」

「いやいや、結論は急がんでいいんじゃ。わしらもなにか誤解されることをしたのかもしれん。そちらは直接に聞いてみますわい」

 ルクミラさんが麻繰たちへの疑念を持てるくらいに思考をとりもどしたころには、ロックルフはそれとなく情報も引き出していた。


 ルクミラさんは教団本部前で待機中、加墨と幕路羽に声をかけられた。

 透明化した潜伏を見抜き、ボクらのガクランと似たデザインの服を着ていて、清之助にも詳しい女の子たちが涙ながらに助けを求めてきた。


『監視されている。友人が毒を飲まされ、時間がない』からはじまる嘘で引き離し、連れ出した先では『友人は助かったけど、湯木田くんの様子がおかしかった。なにか心当たりは?』という話がはじまり、出された飲み物を口にした。


「アタチ蛇ちゃんとバックレり?」

「うむ。ダイカ君たちが心配じゃ。あちらにも状況を伝える必要がある」

 ロックルフは部下とセリハムに付きそわせてルクミラさんを店へ送る。



「部下からも状況を伝えるから、ダイカ君たちならうまくやってくれるじゃろ。セリハム君は緊急連絡役に送ったが、緊張をほぐすにもうってつけじゃ」

「ルクミラさんとナルテアちゃんが無事に帰ったならなにより。ふたりが解決して五人の謎集団が追加されるくらいならもう驚きもへこみもしねえぞコンチクショウ」


「なれなれしくちゃんづけしてんじゃねえコンチクショウ。それよりマクリとかいうやつらの行き先は? ジャンガと侍従長の居場所は? とりあえずこいつら焼きながらしめあげていいか?」

「そんなことしたらアレッサに嫌われちゃうぞー。そんなことで口を割るような連中でもないし。というかジっちゃん、これどこまで神官団がかんでる?」

「んん~む、ファイグどのも本意ではなさそうじゃったし、やはり狙いを理解できんのう? セイノスケ君の救出であればユキタン君を襲う意味がない」

 ロックルフの見立てもオレとほぼ同じ範囲か?



「ともあれ神官団なら異世界渡航の魔法技術を持っている可能性もあるが、選手村にあるような大がかりな祭壇は不可欠のはず。このあたりの魔法遺跡を使ったかのう?」

「祭壇の代りになるような生きた遺跡があるのですか?」

 リフィヌがふり向き、ナルテア嬢が舌打ちをする。


「それが原因で村は狙われた。周辺のあちこちに地下遺跡があるけど、中にはまだ光る壁も混じっていたから、本格調査をすれば一大産業地になる可能性もあるって……アレッサ様が騎士団へ報告入れた直後、魔王軍の侵略がはじまった」


「補償を含めた退去指示が伝わっておればアレッサ君も無茶はせんかったじゃろうが……握りつぶしたのは団長のバウルカット君じゃろなあ。生真面目なアレッサ君は予告のない襲撃に応戦し、しかも勝ち続けてしまった」


「アレッサ様は老人と女子供だらけの村で、まともな部下もなしに村を一ヶ月守りぬいた。十四歳だった私が副官として留守を指揮するしかない状況で、単騎の奇襲をくり返して数十匹、二個中隊を壊滅させた」

 ナルテアがギリギリと歯を鳴らしだす。


「騎士団には増援も停戦交渉もくり返し要請していた! 返事は『検討中』だけで、結局は無視された。魔王軍本隊の大軍が押し寄せて、いちかばちかの一斉脱出をはじめた夜……おじいちゃんおばあちゃんが次々といなくなった。自分から捨て身のおとりになっていた。アレッサ様はそれに気がついたから、ひとりで引き返して総大将の頭をかちわった……それがアレッサ様。この時代の真の勇者様」


 あの貧乳つくづく、あわて者だな。




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