十九章 勇者って場当たりのお調子者だよな? それが適性なんだろ? 二
「あ、クリンパさんですか?」
リフィヌの声でふり向くと、道端で頭から鉄の網カゴ……屋外用のゴミ箱をかぶせられていた。
「これはなんのつもり? ゴミクズと間違えたとでも?」
「姉御はどうした?」
モジャモジャ頭のやせぎす女子がにらむ。
その背後にはすでにデューコがまわりこんでいたけど、オレは指先をふって手を出さないように頼む。
「生きているよ。まだ歩き回るのはきついかもしれないけど、起きてるし話せる」
「そうか…………いや、いきなり悪かったな。ちょっと頭に血がのぼっていた。今まで夜勤で確かめられなくてよ」
「これもしや魔法道具?」
「ん……発動しなきゃ問題ない」
おいおい、発動したらどうなっていたんだいベイビー。
「一緒に会いに行こうか。ボクも気になってきた」
宮殿前の露天風呂までもどると、ちょうどザンナが出てきた。車椅子で。
「お、そっちから来てくれたか」
「足、どうしたの? まさか今朝の……その……」
あわてて駆け寄って小声で聞くと、ザンナは顔を赤くしてさらに小さな声を出す。
「バ、バカ。別に関係ねえって。昨日からあちこち重いだけで……」
コソコソ話していたら、クリンパとデューコもこちらを見ながらヒソヒソ話していた。
そして車椅子を押すズナプラ王女のほほえみがただならぬ闘気に満ちている。
「ダイカ様が無事でなによりです。ユキタン様も」
モニターでボクとダイカの様子を見ていたらしい。
「どうも。ダイカの脱落は残念だけど、コース外の代表代行を頼んでおいたよ。本来なら彼女のほうがずっと勇者らしいからね」
聡明なるズナプラ王女が脳内計算機をはじく時間、二秒。
「同盟の参加条件を教えていただけませんか?」
「かわいければ無審査。……いや、同盟の主旨は友愛を育むことだから、嫉妬にかられて凶行におよばない人かな」
でも一番気になるのはリフィヌの無表情というか、元気のない顔。
「オマエらちゃんと休めよ? モニターでスパイ特番を見ていたけど、いつ映ってもなにかやらかしてんじゃねえか」
ザンナは明るく笑う。ただ、手足をほとんど動かさないのが気になる。
「ピパイパさんには出演料を払ってもらおうかな」
「体でかあ? ……おっと、ロビーで聞いたんだけど、クリンパの手配した水晶通信がもうすぐだろ?」
なんのことだかわからないまま、みんなと一緒に宮殿近くの大きなテントへ移動する。
ズナプラはあわただしく宮殿に帰り、クリンパが代わって車椅子を預かった。
日差しが強く、綿の入ったガクランはもう着ていられない暑さ。
テントの中には十数台の大型水晶と、それに並ぶ長蛇の列ができている。
「ほい選手チケット。しかも第三区間通過が三人」
公衆電話のようなもので、ショーの生贄は優先的に使えるらしい。
「五分待ちだってよ。……そういや、あのニヤニヤ男はどうなったんだ? アタシも手紙を出したし、さすがにもう解放されたよな?」
「いや、それがよう、ちょっとややこしいことになっていて、とにかく姉御がティディリーズの顔を見て話したほうが良さそうだから手配したんだ」
ザンナが敬愛する義理の母は、とても気難しい。
係の呼び出しがあって水晶をのせたテーブルに着くころには、ザンナもすっかり不安そうな顔になる。
映った背景はザンナの家や迷いの森ではなく、田舎の木造駅みたいな建物の中。
「やあユキタン君。心配かけてしまったようだね。居心地がよくて、つい長居してしまったのだよ」
うっとうしく長い前髪の聖騎士ガイム氏が、相変わらずの低く太いダンディボイスで笑う。
元々やせて暗い顔つきなので回復具合はわかりにくいけど、立ったまま話しているし、前にいる子どもたちの頭もなれなれしく撫でている。
クリンパの弟たち三人はいつもの黒づくめローブではなく、よそいきらしいパンク系の黒革ファッションをしていたけど、それよりもガイムの隣にいる見慣れぬ美女が気になってしかたない。
「……誰?」
「えーと……?」
ザンナもじっとエルフ耳の長身美女を見つめながら、ゆっくり首をひねる。
「なにをふざけておるかザンナ。わしじゃ。ユキタンクンどのも健勝のようであるな。ザンナが世話になっておる」
ザンナが首をひねったまま目をむく。
「やっぱり母上……あ、いや、ティディリーズ? 一体なにが……?」
ボクもようやく、腰下までのびた見事な金髪に気がついたけど、品のあるドレスが似合う可憐な美貌と、発するしわがれ声のギャップに実感がついていかない。
「なにがというほどたいしたことはない。わしもそちらへ向かうことにしたから、それなりの装いをしたまで。それとザンナ、わしのことを母と呼んでおることは知っておる。その……もうわしの前で言いなおすな。不快ではない」
眉をしかめるとようやく見覚えが出てくるけど、昼の明るさの下、頬を染める姿などは芸風が大転換している。
「ティディ……いや、母上。その服、すごいイカしているよ」
照れて困惑するティディリーズに、クリンパとその弟たちもニヤニヤする。
「そして僕のことはパパと呼んでいいからね」
陰気な聖騎士のニヤニヤ笑いに、今度はザンナが眉をしかめる。
「なに言ってんだコイツ」
「これ、コイツ呼ばわりはなかろう」
ティディリーズがかばい、ザンナの目が点になる。
「……なんで?」
ガイムは含み笑い、ティディリーズは顔を一層赤らめて答えない。
「ややこしいことになっているって言ったろ。なんかもうオッサン……いやガイムはその気だけど、ティディリーズは姉御に聞いておきたいっていうから」
「…………なにを?」
ザンナが呆然としていた。
「ま、待て。まだ新居を探すというだけで、式や籍とかいったことまではまだ……聞いておるのかザンナ?! とにかく詳しくはまた……!」
通信が突然にきれたけど、ザンナは固まったままだった。
ティディリーズさんがあんなにかわいくなるとは。
「あれ……だれ?」
「姉御はそういう方面うといからなー。ほら、おとなしいやつほど、男ができると急に変わるっていうだろ? 毎晩の騒ぎの方向がおかしくなってきたから、弟たちの安眠の都合で新居に分けようってことらしいんだよ」
「まだ会って三日だろ?」
「姉御だって人のこと言えないだろ」
妙な間ができ、二つ隣の席の大声がやけによく聞こえる。
「だっきゃあ心配いらねえべよ。ツバでもつけときゃ治るさね! んあ? これ? 後輩じゃ後輩!」
あの口調はたしか、騎士団二番隊の主力だったレオンタさん。
リフィヌも気がついたようで、小声で聞いてくる。
「ガイムさんとアレッサ様の仲を誤解して暴れたおかたですよね?」
「療養に良くなさそうだし、なるべくばれないように……あれ、ホージャック?」
コソコソ退散しはじめた時、レオンタの車椅子の後ろに銀髪細身の美少年が見えた。
みんなで入口の影に隠れ、そっと後から一緒に歩いてみる。
「まいるべえ。婿とれ婿とれって、ちっと前まではでかい賞金首とってりゃ誤魔化せたのによお」
「レオンタさんの実家は大貴族でしたっけ。跡取りとしての期待も大きいのですね」
気が緩んでいるのか、すご腕のふたりはドシロウトの尾行に気がつかない。
「けんど、オレだってあせっているのにねちねちよお~。オメーを婿とか言うわけにもいかねえべ?」
「ですよね。ボクはなよなよしていて、家も貧しいし。レオンタさんのようにかっこいい女性とはとても……」
「いや、オレみたいにガサツなのは嫌かと思ってよお。オメ、なみの貴族よりゃよっぽど品がいいべ? 剣だって間合さ詰められちゃかなわねえし……」
もう普通にすぐ後ろを歩いているのに気がついてくれないので、友人の仲だし肩を組んでみる。
「えっ、ユキタンさん?」
「おわ! なんじゃオメーら?!」
「ホージャックぅ、傷がちょっと増えているなあ? でも無事でよかった。素敵な彼女もできたようでなにより」
色白の細身をまさぐって、足と腹に増えた包帯の近くをさすっておく。
「あ、あの? そんなんじゃ……第二区間で脱落した同士、治療や食事が一緒になりやすかっただけで……」
「男前女子と繊細な美少年ならお似合いじゃないかあ。くくっ」
「なんじゃと言ってんじゃろがあ!」
怪力女子が片手でボクの脇腹をとらえて握りしめてくる。
「レオンタさんもご無事で……よかったです。うぐぶ。いや実はその……そうそう、ホージャックくんが復帰できそうなら、ユキタン同盟で枠をひとつ用意できそうなんですが」
「くっそ、親指がいかれてなきゃ一息で破裂させてやったのによお……え? 復帰て、ユキタン同盟の報酬全部ぶっこむってことかよ?」
気が遠くなりかけたところで手の力がゆるみ、ホージャックが引き離して間に入る。
「ボクは騎士団に背くわけには……というか今、思いつきませんでした? それに報酬六個で復帰は第三区間での脱落者に限った話ですよ」
「残念。優勝するには選手復帰が一番の有効利用だと思うんだけど……そういえば優勝ってなにがもらえるの?」
「ここで今オレらに聞くことかあ?! オメーらなに考えて優勝する気だったんじゃあ?!」
「ウケねらい」
重態のレオンタが立ち上がりかけ、ホージャックが抱きついて抑える。
オレ、なかなかのキューピット。
「おふたりともお大事に……あ、総隊長か騎士団長に会うのって、紹介とか必要?」
「今の本部は危険ですよ! 四番隊と五番隊の全滅だけでなく、二番隊の消耗でもユキタン同盟は恨まれています!」
そういえば昔、そんなこともあった気がする。
「あー、特にクラオンのやつがぶちきれて、オレらまで居づれえったらねえ」
「看板色男の『花の聖騎士』さん?」
「アレッサがぶちのめした五番隊にゃマブダチのクアメインもいたからよ~」
「ええ。親友というかおそらく片思いの……あ、いえ、なんでもありません」
「じゃあ騎士団本部へ行こうか。あっちもボクに興味を持っているなら……」
レオンタがホージャックに抱きつかれたままふたたび立ち上がりかけ、その肩をリフィヌが引いて抑える。
「それより、少し早くても教団から行きましょう。ユキタン様が騎士団に惨殺されてからでは約束を守れませんから」
「マイペースだなリフィヌ君。というか表情がよどんでいるけど、疲れている?」
『陽光の神官』様は乾いた視線を向けて鼻で笑う……君の芸風はいつからそんなすさんでしまったのか。
ともあれホージャック君が抱擁している内に退散し、いい雰囲気へ水を差した埋め合わせにする。
レオンタさんもティディリーズさんも、うまくいくといいな。
「このまま全部をラブコメみたいなハッピーエンドにしたいけど……アレッサが素直に抱きついてきて、シュタルガは素直じゃないまま嫉妬して殴ってきて、かわした拍子に真の黒幕がたたきつぶされる展開はどこですか神様?!」
つい声に出したら、通りがかった灰色肌の女の子が飛びのいた。
「ひい?! 現実を見て歩くデス! 黒幕とかどんなお子様発想デス?!」
「そういうのがいないと不便じゃん! どこへ向かって突撃すればいいの?!」
「そういう安直な発想のかたばかりデスから世界は乱れて救いようも無くなるデス!」
背後からヌンチャクの鎖が首にまわってオレの突撃をくい止める。
「もうしわけありません。ちょうど拙者が教団本部へ連行するところですから、しかるべき天罰が下ることをお祈りください」
灰色肌に触覚の生えた女の子は逃げ去り、勇者様は引きずり離される。
大理石の階段では冷たく見下ろす護衛神官が数十人、槍先をそろえて向けた豪勢な歓迎ぶりで、クリンパはあわててしっぽをしまいこむ。
ひとり分の隙間だけ開いていて、オレたちが進むと最後尾のすぐ後ろを次々とふさいでいく。
奥にある体育館くらいの大きなテントに、一軒家ほどの玄関テントが隣接していた。
入った中にも数十人の神官がひしめいている。狭いよ。
奥への入口には特に大柄な護衛神官が並び、その前にふたりの副神官長がいた。
「もうしわけありませんねえ。狭いですよねえ? ほら、だいじょうぶみたいですから、すみませんが、もう少し人数を減らしていただけると……いやあ、本当にもうしわけありません」
ひとりで三人分はスペースをとっている大柄ふとっちょのネルビコさんは全方位にくまなく頭を下げまくる。
「さっさと用件を言え。私の給料を秒あたりに換算して教える必要があるなら別に手数料を請求する」
モミアゲまでつながるアゴヒゲにこけた頬、そして暗く冷たい目のショインク副神官長は腕を組んだまま面倒ぶった声を出す。
「ユキタン様が護衛神官のひとりをかくまっております。そのかたの赦免と、獣人との婚姻を認めていただきたいのですが」
「あふう。それはまた、深い事情があるようですねえ。きっとしかたないことだったのでしょうねえ。それは大変に難しい問題ですから、神官会議でよく話し合い……」
「その結論は九割六分で拒絶になる。説得できるだけの信仰を示す気はあるのだろうな?」
「獣人のかたは正規の魔王配下ではなく、護衛神官の女性も教団を裏切ったわけではありません。深い傷を負いながらも私に……」
「聞いているのは金額だ。金で示さない信仰に価値があると思っているのか?」
率直すぎて嫌悪を感じる隙がない。
「教団が獣人を危険な種族と定めている以上、周辺住民が安心できるように補償金を積め。異種族との婚姻は望ましくないと定めている以上、信徒を混乱させないための情報工作費を払え。例外の事務処理にも追加料金がかかる。それらの費用を踏み倒して口先だけで信仰を並べるなど、良心に訴えて脅迫する類の強盗と変わらん」
基準が金銭にかたよっているけど、話はわかりやすいか?
「では見積もりをお願いします」
「作成しよう。ほかには?」
え。……終わった?!
リフィヌさんがボクに手でうながしていらっしゃる。
異種族結婚に理解がある副神官長がいるとは聞いていたけど。
ショインク様には交渉の余地があるとも聞いていたけど。
こんな経営でいいのかカミゴッド教団?
「……って今もしや、秒単位で料金換算されている?」
「今ではない。いつでもだ」
「神官長さんと聖王さんに会って話したいのですがっ」
いくら請求されるのだろう。
「入れ」
奥の大型テントの内部はボクの背ほどの仕切り板で分割されている。
むやみに高い円錐型の天井は共有で、正面中央にかけられた巨大なタペストリーには雲をぬけてそびえる塔の図柄が織りこまれ、その両側のタペストリーには素朴な装いだけど偉そうな中年の男女、さらに続いて天使、妖精、神官、聖騎士などのタペストリーが並んでいた。
全体の三分の一を占める最初の大部屋は壁ぞいにグルリと護衛神官が詰め、その後ろに隠れて偉そうな格好のジジババ四人がビクビクと様子を見ている。
「その他大勢の副神官長さん、こんにちは」
「失敬な。ちゃんと御名前があります。ソノット様、アオーズ様、エイノー様、フクシンカンチヨ様です。拙者もまだ見分けはつきませんが」
そして中央通路のカーテンを守って包帯づくめの神官が両側に……体型と眼光だけで誰だかわかる。
やたら高くて細いほうは自分の体のあちこちににじむ血の跡を指した。
「リフィヌちゃん。減点です。あなたの返答には深さが足りません」
リフィヌは複雑そうな、でも安心したようなほほえみを見せる。
「拙者は戦いに迷ったのではありません。日和見を貫いたのです」
ぶあつく四角いほうは太い鎖をジャリジャリと引き上げる。
「罪の浄化は罰あるのみ」
「拙僧とて腐敗官僚の一角。任務をまっとうする名目で職務にしがみつき、責任に代えさせていただきますっ」
陽光の神官が両拳を突き上げて笑顔で言い切ると、殺戮神官コンビは無表情に沈黙し、ネルビコ副神官長は愛想笑いで壁際の護衛神官たちをなだめ、ショインクは副神官長用の飾りローブを脱ぐ。
「先客がいる。少し待て。リフィヌ、それまで手合わせをしろ。金はとらん」
「手合わせって、リフィヌは病み上がりで競技前なのに……もしかしてあの人が武術の師匠?」
リフィヌはうなずき、笑顔でかまえる。
「基本を教わったのは父ですが、『金をとれる芸』にまで仕込んでくださったのはショインク様です」
「武術なんて金稼ぎからは遠くない?」
ショインクはもともと情の薄そうな顔をしているけど、かまえると普段の冷たさがそのまま圧迫感に変わる。
「拙者は肉体こそ最重要の商売道具と教わりました」
リフィヌはヌンチャクも足輪も使わず、もともと小さな体をさらに低くして飛びこむ。
「優れた経営判断は優れた健康によって支えられ、効率的な資産運用は効率的な肉体運用あってこそと!」
体重や手足の長さに差があり過ぎると思ったけど、あの速さであんな低さではやりにくいのはショインクのほうか?
……と思ったけど、互角に打ち合っているように見えた。
オレの目だとリフィヌの拳撃は何回打ったかわからないことが多いし、気がつくと足も出ている……けど……?
「ショインクのほうが動きを見やすい気がするのに、防ぎきって反撃もしている?」
デューコさんを見ると、顔が険しくなっていた。
「あの男、異様なほど動きに無駄がない。小刀でも持てば私やダイカでも危ない……噂に聞く『極光の神官』のようだ」
無駄がないといえば、目の前にムッスリ立っている『綿雪の神官』シジコフもそうだ。
少ない動きで、より多い手数をさばいていた。
「聖騎士の隊長クラスの実力を持ちながら、めったに戦場に出ないと聞いていたが、まさか……金銭的都合か?」
平然と『給料に合わん』とか言って断りそうだ。
リフィヌに合わせて低く落としていた腰がさらに沈んだと思った瞬間、ショインクは拳撃の下をくぐって足を払い、両腕をつかんで押さえてしまう。
「そこまで。疲労のわりに動きの乱れが多い。それも使いかた次第だ」
「疲労していると乱れるんじゃないの? しかもそれを使うって??」
「多少なり腕のある者は、疲労すれば無駄を抑えるようになる。だがリフィヌの乱れには、意図的に遊びを入れているような組みにくさを感じた……あの男、それすら引き出しきってから抑えたようだな」
高度すぎてよくわからない世界だけど、負けたリフィヌの顔は楽しそうだった。
「まだショインク様にはかないませんね~。御指導ありがとうございました!」
「実戦では私を殺せるようになった。三日前にはなかった危険を感じる。技術や体格の差にも関わらず、気がつくと致命打を受けそうになる鋭さ……『風の聖騎士』になった少女との稽古を思い出す。今後の指導は危険手当も追加だ」
ショインクが副神官長用の上着を羽織ると同時に中央のカーテンが開き、小柄でやせたファイグ神官長が出てきた。
「来ておったか。通せ」
その背後を『遊星の神官』ことミラコ嬢がペタペタと横切る。全裸で。
神官長があわてて体を張って隠したにもかかわらず、ミラコは立ち止まってあたりをキョロキョロ見回していたので、ボクは身をくねらせて困ってみる。
「いやっ、不潔! 本部の奥でなにをしていたの?! 教団の腐敗がここまで進んでいたなんて!」
「うっせー天然パーマ! ジジイはこんなもん興味ねーよ! オレはバスタオルを探してるだけじゃねーか! なんでねーんだよ?!」
「そんなことだろうと思って場をなごませてみました」
ボクがほほえんで親指を立てるとネルビコ副神官長はペコペコ感謝してくれたのに、神官長は口ヒゲを震わせて額に青筋を走らせる。
「あれほど洗礼の水では入浴するなと……ミラーノはどうした?!」
「もうしわけありません。すでに飛びこんだあとでしたから」
通路のついたての影から長すぎるパーマ髪、派手なマニキュアの指、厚化粧の顔と同様に白すぎる肩が出てくる。
「一緒にシャンプーを少々」
長い素足もにゅっと追加された。あきらかに故意のサービスポーズで。
ショインク師匠は終始、無駄になっている秒数をカウントしてそうな無表情で宙を見ている。
「先の来客は?」
「はじめから同席が目当てのようだ」
奥の部屋は長テーブルが四角に並べられ、十数人分の席が用意された会議室。
ミラコとミラーノ、ウィウィリアとシジコフ、それに護衛神官の数人は囲むように壁際へ立つ。
神官長は向かいの中央に、副神官長たちは左右の机に座り、手前の机ではなぜかロックルフが笑顔で手招きしていた。
「ファイグどのとは古い知り合いでな。ショインクどのとも、魔王様との停戦交渉で何度か顔を合わせておる」
「それなら心強い……なんて思うわけないだろタヌキ親父。ま、今回はいいや」
ボクとリフィヌが座り、デューコさんはその背後に立つ。
ザンナの車椅子を押してきたクリンパも立っている。大きなゴミかごを背負ったまま。
「で、用向きは?」
「失踪した豪傑鬼と侍従長がどうなったか知りませんか?」
みんな反応がない。
「神官団で誘拐か暗殺をしていたら教えてほしいのですが」
ザンナはなぜかリフィヌへそっとツッコミをいれる。
「昨夜からずっとあんなかんじですよ?」
リフィヌは薄く笑う。
ファイグがわざとらしい咳払いをして、長い間をつなぐ。
「そういうことか……十三怪勇『悪徳傭兵』がなんの用かと思えば、またずいぶんと遠まわしな」
「協力の申し出は本当じゃよ? そちらは医薬品が足りず、こちらは看護経験者の人手が欲しい。直接に魔王軍の陣営に立ち入らんでも、中立な民間施設の増援でええんじゃ」
「ついでにオレがひっかきまわす様子を見物すれば腹を探れると思って来たわけだね?」
ロックルフはうれしそうに頭を撫でてきやがった。
「うほほーっ。少年、いよいよ骨っぽくなってきたのう。若いころのファイグ君を思い出すわい」
「ロックルフ、貴様はもう失せよ! 相変わらず軽薄で身勝手な……申し出は検討しておく。間もなく聖王様も来られる」
リフィヌがあわてて身だしなみを整えて座りなおす。
「ボクの質問の答えは?」
ファイグはまたも眉をひそめて黙るだけだった。
代わりにネルビコがそわそわと笑顔をかしげ、神官長はかすかにうなずく。
「私個人の見解でもうしわけありませんが、神官団は騎士団やユキタン同盟の皆様と同じ六人が通過しておりまして、時間の遅れこそありますが、それほど不利とも言えません。魔王様に逆らうにしても、ここで仕掛けるのは得策とは言えないようでして……」
逆らう相手に様をつけて呼ぶな。
その他大勢のジジババもうなずきながらなにかモゴモゴつぶやいている。
「ま~ったくわかりかねるお話ですな~」
「もう少~し考えてから~話をなされては~?」
「われわれは~教団の教えを謙虚~に学び数十年~その業績には諸侯の方々も~……」
会話を壊して疲弊させる意図しかない無意味な発言内容はともかく、こいつらもなぜか『やってない』とは言わない。
ロックルフはニコニコうなずきながら立ち上がり、ボクの肩をぽんぽんたたく。
「ほっほ。わしも神官の皆様の良識を信じておりますとも。ではこれにて失礼いたしますじゃ」
最後に少し強くつかんでから退場した。
詳しくは帰ってから、ロックルフをしめあげればいいか。
老いぼれ政治屋みたいな詭弁や腹芸でオレががんばる意味はない。
ロックルフが退場すると、ファイグはなぜか少し、困ったような顔になる。
「ユキタンよ。貴様の下劣な行動原理はともかく、第三区間での働きぶりは私も認めざるをえん。魔物であっても見た目に美しい者を手にかけたくないということであればまだ理解もできる。しかし、なぜ侍従長のごとき小鬼まで気にかける?」
「むしろオレの知識や実感では、なんで小鬼を人間とみなさないかが不思議です。あれが魔物なら、特務神官なんかもう……」
そこで神官長は大きくため息をつき、『もういい』とでも言いたげに手をふる。
ただ、怒りはしないで頭を抱えていた。
「だとしても、だ。貴様は私たち以上に流血を嫌っておる。凶悪狂暴の性質を持つ者たちの支配は好むまい?」
ザンナが不満そうな顔でこっちを見たけど、リフィヌたち神官が一斉に立ち上がり、話は中断される。
「そのままどうぞ。お話の途中にもうしわけありません」
奥の小さなカーテンから長身面長の白髪中年が顔を出していた。
神官長はあわてて椅子を引き、うやうやしく聖王を案内する。
「ガルフィース様、まだお休みになっていては? 話がまとまるにはもう少し時間がかかります」
「話の続きだけど、反魔王連合はあくまで魔王とその配下を凶悪狂暴の輩として皆殺しにする方針?」
神官長がすごい勢いでにらんできたけど、聖王さんは挙手して神官長の顔をうかがう。
「発言よろしいでしょうか? では……まず、反魔王連合は俗称で、正式名称は『カミゴッド教団諸侯連合対魔王軍外交会議』です。諸侯の利益、つまりは人類の安全のためであれば停戦もしてきました。必ずしも対立がすべてではありません」
あの優しく穏やかな笑顔で、虫娘にも根気強く対応していたっけ。
「しかし主導する教団はファイグさんをはじめとした魔王軍殲滅論が多数派です。人類全体の意志としても、被害規模が抑えられるのであれば、今でも魔王の覇権は阻止したいかたが多数派になります」
「ガルフィースさんは違うんですか?」
「聖王の名も通称のようなもので、正式な役職は連合総議長です。調整役ですね。私個人としましては、今から全面戦争をしかけては被害が大きすぎ、次の大戦に目標を切り替えるにしても、今すぐ全面降伏をしてはかえって混乱を招くと考えています」
神官長ファイグが耐えかねたように立ち上がる。
「わかったか?! 聖王様はここまで心をくだいておられる上で、貴様ら勇者候補の不甲斐なさに決起を思いとどまっておられるのだ! 本来なら、貴様らなどに頼らずとも……うう……失せろ! いまだカミゴッド様の意志に従う気がないことだけわかれば十分だ!」
護衛神官たちがどやどやとなだれこんでくる。
ザンナの様子が気になった。やっぱり体を動かせないみたいだ。
「こっちもそろそろ失礼しようと思っていました。教団のかたたちとはまだ話し合いを続けられそうでうれしいです」
「けっ」
ミラコ女史のシンプルな返答がやけに大きく響いた。
クリンパは車椅子を逆に向けると、出口方向にあるタペストリーを見上げる。
「おー。イカしてんなあ。あれなんか姉御も欲しいんじゃねえか?」
竜や巨人、鬼などの図柄が並び、中央には特に大きい、シュタルガの全身像がかかっていた。
「ん。いい仕事してるな。あとから色を塗った安物じゃない……デザインもいい」
奥方向の天使や聖者と対比させているのだろうけど、ほかの図柄とも合う落ち着いた表情で、静かに威圧しているような……苦痛に耐えているような?
「お待ちください。最も大事なかたたちとの面会をお忘れなく」
外階段で呼ばれてふり向くと、見送りに来た聖王の背後から十数人の子どもたちが飛び出てくる。
「リフィヌおねえちゃん!」
呼ばれたリフィヌの顔がパッと明るくなり、同じ勢いとテンションでぶつかりあって転げまわる。
その様子には今まで岩石のようだった護衛神官たちも多くは顔をゆるめ、神官長ファイグは気が重そうな心配顔になっていた。
ネルビコさんは子どもとはしゃぎまわるリフィヌを追って右往左往する。
「リフィヌ君、子どもたちのことは心配ないからね。神官会議で、孤児院についてはなにがあっても続けられることになりましたよ。ですから情勢に万一のことがあればよろしくお願いしますね。持ちつ持たれつで……」
リフィヌは不意に酔いからさめたように立ち上がり、今度は落ち着いて子どもたちひとりひとりと抱擁する。
「ではみなさん、拙者が帰るまで留守をお願いします」
ふり返らずに歩き出す。
ボクとはじめて会った時よりも、笑顔が力強い。
「いいのかよ? あんなあっさり」
ザンナが心配していた。
「今はあれでいいのです。今の小生は勇者様のろくでもない所業を見守らねば」
「苦労をかけております」
「拙者は子どもたちに会えて大満足しちゃいましたが、ユキタン様はあんな早く追い出されてなにか得たものはあるのでしょうか?」
「よくわからないということはわかった。失踪については疑わしいけど、望んだ事態でもなさそうだし、教団も全体としては普通の人が多い手ごたえで……聖王さんは特に、言うことがわかりやすいし、まともに思える」
リフィヌは大きくうなずく。
「そりゃもう。教団と反魔王連合の要ですから。若い時から人徳と教養にあふれ、なんでもこなせる万能超人様ですよ。今はお体を悪くしておられるようですが、神官長様は常々、ガルフィース様こそ勇者になってほしかったと嘆いております」
ボクとザンナは顔を見合わせる。
「特に政治外交においては妖鬼魔王すら一目置く存在で、大戦では人類国家の窮地を何度も救い、現在の対等に近い関係での終戦を実現した一番の功労者です!」
シュタルガに執着している視点の正体が誰なのか、まだリフィヌにも言ってなかった。




