十九章 勇者って場当たりのお調子者だよな? それが適性なんだろ? 一(第四部『砂塵の血雨』編)
廊下をのぞくと大きな窓があり、外には翼竜が並んで寝そべり、長い舌で翼膜を手入れしていた。
陸上空母『迷宮地獄の選手村』はまたも徹夜で長距離移動をしたらしく、風景が変わっている。
晴れた空は遠くに黄色いもやがかかり、真っ黒い岩山がちらほら遠くに見える。
雪はもう見当たらず、外套がなくても綿の入った学ランでは少し暑そう。
「朝メシに行くのか? ……アタシはいいや。やっぱ、もう少し寝ておく」
ザンナの体調が気がかりだけど、甘えるように布団にしがみつく姿は色っぽくて、追い討ちをかけたくなってしまうので、あまり見ないように部屋を出る。
自分は歩けるようになっていたけど、まだかなり重い。痛い。
競技開始は明日の昼前。あと数日は寝こんでいたいのに。
「最終区間の選手だと、ロビーまで運んでもらえるサービスとかあります?」
廊下で立ち番をしていたハンサムな大鬼に冗談で尋ねると、意外にも真顔で脇に抱えて運んでくれた。
「このまま焼却炉ってことはないよね?」
「それもいいが、貴様とアレッサが戦果を挙げたために、我が名もいくらか救われた」
「誰だアンタ」
大鬼はすました無愛想な顔で片眉だけわずかに動かす。
「元、十傑衆ブヨウザ……初戦の相手を忘れたか? 第二区間掃討の働きで自爆部隊からここへ転属になった」
「独り百鬼か! 厚化粧とひらひら服は?!」
「その異名はせつないから好きじゃないのよアタシ……うぬっ、いかんっ。女装と女言葉はシュタルガ様に禁じられたっ」
「不本意かもしれないけど、今はかなりの美形に見えるよ」
太い腕がビクリと震える。
「襲う気はないから襲わないで。あと甘えついでに、もし頼めるなら……」
宿舎宮殿の奥側は選手以外の魔王配下が詰めるスタッフルームだった。
「七妖公の配下ならば、およそこの区画」
常人向けに天井が低い通路で、ブヨウザは体を傾けないと頭半分がめりこむ。
案内してくれた部屋は狭く、ほぼ二段ベッドしかない。
狐獣人コカッツォは目元に小さな絆創膏をつけて横になっていたけど、視力は回復していた。
「首飾りならフロントに預けりゃいいだろ」
「とか言いつつ会ってくれてありがとう。様子を見ておきたくて。あと首飾りは、うっかり区間ゴールで渡していた」
ベッドの端に腰かけると、枕を投げつけられた。
「さらっと言ってんじゃねえ! てめえの番犬にやられたこの傷の分も含めて、金づちともうひとつなんかよこせ!」
「傷は自業自得だろ。しっぽが無事なだけ運がいい……おっと、首飾りの代わりは払うってば」
刃物を踏み抜いた包帯だらけの足で蹴ってきたので、急いでリュックをあさる。
「腕輪はダメ……茶わんも困る……はしでどう? 謙虚さで精密動作」
「速さと動体視力に優れる獣人にそれは必要か? というかオレに謙虚になれって言いてえのか?!」
「たしかに謙虚は合わないか。それだとあとは、ザンナにちょうちんとかもらってくるか……あとは魔竜将軍のブラジャーくらいしか……」
「な、なんでオマエがそんなもん持って……あ、鈴を渡す時か」
蹴りが止まった。もしや興味あるのか?
「本物だよ。確かめる?」
差し出すと本当に受け取り、顔に押しつけてフガフガしはじめた。
「まちがいない……ふぉ……本物の……うく……っ」
「お客さん、よだれだらけにしての返品は困ります」
どこかへ意識のとんでいたコカッツォが驚き顔で我に帰る。
「う。あ。し、しかたねえな。じゃあオレが洗って返しておくから……あとは金づちだけよこせば……」
その顔がだんだんと壁にそれる。
「ドルドナに『返そうとしたのに、狐獣人によだれでべとべとにされました』って伝えておこうかな」
後ろ向きの肩が震えだし、手の爪がだんだんとむきだしになる。
「下もあるのだけど、まとめて返しておいてもらえる?」
爪がゆっくりとひっこみ、肩ごしにゆがんだ赤面がおそるおそる探ってくる。
「コカッツォくん、オレたちはとてもいい友だちになれそうだね」
紳士的にほほえみ、リュックから取り出したビキニ鎧の下部分を遠ざけてお預けにしたままにじりよる。
「なに気色の悪いことを……」
握って離す気のなさそうなブラジャーへ視線を送ると口をつぐんだ。
「これを渡したあとはドアを閉めて、決してプライベートを邪魔しない。だから……」
「わ、わかった。金づちはもういい。コカリモもなんとかしておく。だから……」
残念な崩れ顔だけど、親しみは前より深まった。
肩を抱いて手にのせてやり、指を曲げて握りしめる手伝いもしてやる。
「いい情報があったら頼む。裏切れとは言わないから」
「ちょ、調子に乗るな!」
「下のほうを手に入れたいきさつは知りたくない? 君がドルドナと親しくなるヒントになりそうなんだけど……これからは情報交換もしようよ。友だちだろ?」
ネトネトささやくと狐娘は汗だくのまま硬直した。
ドアを出ると、ハンサム大鬼が巨体を丸めて両耳をふさいでいた。
「待たせてごめん。なにか聞こえちゃった?」
「いやっ! さわらないで、不潔!」
「ちょっと演出過剰になっただけだよ。とりあえず彼女の劇物不正使用……じゃなくて療養を邪魔しちゃ悪いから離れよう」
勝手におぶさって腕をまわすと、嫌がって逃げるように歩きはじめた。
「貴様はアレッサに想いを寄せているのではないのか?」
「そのアレッサの昨日の様子を知っているのがさっきの狐さん」
ロビーで確認すると、リフィヌは先に出てロックルフの店へ向かったらしい。
メガネ怪人は大魔獣ティマコラの腹の中のまま、魔王専用の厩舎に入ってしまい、専任スタッフ以外は様子もわからないとか。
「ところで報酬の申請がまだのようですが、だいじょうぶでしょうか?」
「みんなはなにを申請したのかな?」
受付の緑ネズミ娘が口を大きく開けて顔をこわばらせた。
「ザンナさん、リフィヌさん、メセムスさん、セイノスケさん、アレッサさんとも『ユキタン選手に権利を譲渡』です。聞いてなかったのですか? 誰からも?」
「みんなオチャメだから」
宮殿の玄関側には選手と衛兵しか入れず、人影はまばらだった。
数十人はゴールしたはずだけど、競技続行の人数はまだ確定してない。
邪鬼王子とニワトリ怪人がぼんやりとプロジェクター前に座っていた。
「よう人間! 今まではアレッサやリフィヌに寄生して運よく生き残れたようだが……」
ブラビス君はこちらに気がつくなり見下した顔で笑うので、ボクも愛想よく手をふっておく。
「口の聞きかたに気をつけろクソガキ。三輪車に乗れないケツにするぞ」
「き、きしゃま、邪鬼の一族である我が肉体はこのサイズでもゆうに貴様の……」
「最弱シロウトの人間に実績で負けておいて能力が上じゃマヌケの強調にしかならないだろ。いいから一緒にメシでも食いに行こう。話してみたいとは思っていた……ほら、立てって」
怒りかけていた生意気顔が毒気をぬかれて困惑している。
「い、いや、今朝はミュウリームと待ち合わせているから……」
「あっそ。じゃ、また」
おぶさっている素晴らしい背筋から妙な汗がにじんできた。
「オレは清之助くんの真似をしているだけだよ」
「そんな真似をできるのは貴様だけだ……シュタルガ様はなぜ貴様たちのような者を呼び寄せてしまったのか」
「ん? ボクたちが異世界に渡った魔法はシュタルガの意志も関係しているの?」
ブヨウザは人目を気にしながらロビーを抜け、大露天風呂も足早に通り過ぎる。
「詳しい発動方法は知らぬが、こちらからの強い呼びかけも必要になる。聖魔大戦の激化した時期など、異世界人を求める意志が世界全体で高まれば発動しやすくなるらしいが」
「んん? そんな広い範囲の意志を発動に使える魔法なの? それならみんなを洗脳して……宣伝工作とか……代理戦争レースというショー形式で誘導?」
「我が背で物騒なことをまくしたてるな!」
大通りには魔王軍の衛兵をはじめとしたケガ人が多く目についた。
「今回は参加者が多いわりに死亡者は少なく、宿舎の医療班はパンク状態だ。命に関わらない者から放り出されている。それでも選手は優先的に民間の施設へ紹介されているが」
三匹の恐竜人とすれ違った。みんな全身が傷だらけでシッポがない。
「いやー死ぬかと思った」「あいやまったく」
上半身に火傷跡の残る大型海獣の獣人も二匹いた。
「獣人は丈夫だね……さっき邪鬼王子も言ってたけど、鬼も獣人みたいなもの? 頭頂部だけの鹿獣人?」
「元来の『鬼』とは、動物として正気の範疇を超えた凶悪狂暴の個体を指す言葉だ。獣人に多いが、人間にも……」
蒼髪聖騎士姉妹とか、同郷カップル連続殺人犯とか、特務神官御一行様ですね。
「だが戦争においてはそれが重宝され、中世戦国期からは『鬼』の性質を持つ人型種族の開発が広まった。種族としては巨人や獣人より新しく、獣人を超える個体数になったのも魔術が普及する近世になってからだ」
「開発って、豚鬼なんかもわざわざ作ったの?」
「やつらは戦闘力や知性理性は劣悪な傾向にあるが、繁殖力と維持コストには優れている」
「それと下賤な小鬼どもに限らず、鬼の持つ本質的な特徴は肉体を含めた『集中力』にある。教練がなくとも戦闘組織、あるいは戦場へ入れさえすれば闘争心を湧かせ、寿命を削った無理もできる」
「そして高度なアドレナリン操作によって脳と肉体を強化し続けた大鬼ともなれば、獣人をも越える爪と皮膚、筋力と五覚、免疫力と回復力を持つにいたる!」
筋トレマニアが大通りの真ん中で力説しながらポージングをはじめたので、ふり落とされないようにしながら、適当な手ぶりを加えておく。
「そして強化効率と負荷限度を掌握し、短命がちな体質を克服した者こそが、鬼族の次世代を担う! 健康力と戦闘力を両立せし美の模範を示すこそ、妖鬼族のファッションリーダーたる我が使命!」
ブヨウザはそこまで叫んで我に帰り、こそこそと身をかがめる。
「妖鬼と邪鬼ってノリ以外に違いがあるの?」
「邪鬼とは元来、魔術士の管理を離れて独立した鬼につけられた呼称だ。作った者たちから見た『正しさ』より外れた『邪悪』なる存在というわけだ。その行状の陰惨もあって名を広めたが、それは独立前からもある性質」
「じゃあ種族というより、派閥や思想の違い?」
「今は邪鬼による世界制覇を担った邪鬼王の一族近縁を指すことが多い。妖鬼も本来、種族とは似て非なるものだ。鬼の中でも直接的、肉体的でない戦闘性を持つ個体を指している」
「君や豪傑鬼やハリセン魔王が肉体的でない??」
「凶悪狂暴でありながら、その段取りを踏む知性理性を持つだろう?」
「なるほど……君は自己開発、シャンガジャンガは軍隊統率、シュタルガは謀略に優れる」
「その性質ゆえ、生活様式は人間に近く、また好奇心の強さから、人間と交わることも多い。結果、遺伝子としての傾向は多少ある」
「まあでも、みんな遺伝子を少しいじった程度の人間の一種なんだね。シュタルガなんか、角以外に人間との違いが見当たらないし」
ちょうど店に着いたところで、ロックルフは店先で両手を広げて歓迎しながら苦笑していた。
「わし、その話題を口にした者はかっさらうようにシュタルガ様に言われておるんじゃが」
「ロックルフおじさんなら内密にした上、追加情報もくれると信じているよ。友だちだからね」
「少年、そういう言葉を軽々しく使っちゃいかんよ。何事を成すにも、信用の積み上げが土台じゃ。虚偽を避け、誠意を尽くし、ここぞという肝心なところで裏切るのじゃ~」
活き活きと笑う悪人顔の頬をねじ上げておく。
「昨日は手本を見せてくれてありがとうよジジイ~」
「あふ~ん」
うわ、喜んでやがる。くそ、さすが十三怪勇。強敵だ。
そしてダイカとキラティカとリフィヌが青ざめた顔で見ていた。
誤解だよ。おねえ大鬼の背から変態ジジイをつねって喜ばせているけど誤解だよ。
「と、とりあえず無事なようだな……頭は打ってないのか?」
ダイカはまだ片腕を釣っていたけど、もう杖がなくても足を引きずらないようだ。
「そこは強打したほうが治るかもよ?」
キラティカも片腕に二ヶ所の包帯が残っているけど、指先はもう動いている。
「ザンナさんはだいじょうぶでしょうか? 今朝はノックしても返事がなくて」
「だ、だいじょうぶ。もう自分で歩いていたけど、もう少し眠るって」
リフィヌは安心した顔になるけど、獣人のふたりは鼻をヒクつかせて顔を見合わせた。
まずい。全身と口内に残る魔女の体臭は誤解じゃない。
「ま、それならいいが……あちこち不穏な気配がある。一体なにがはじまるんだ?」
「ダイカは十四覇道、ワタシは十五猛貴で勧誘が来ているの。ラウネラトラみたいに内部で自由に動けるなら、魔王軍にもぐってみようかと思ったんだけど……危なそう?」
「魔王軍の古参幹部が相次いで失踪しているともお聞きしました」
それまで騎馬のように無言で聞き流していたブヨウザが不意にロックルフのむなぐらをつかみ上げた。
「貴様っ、魔王軍の機密をもらしたのか!?」
「そう長く隠せることでもなかろう。……というか君、よく見たらブヨウザ君ではないか。見違えたのう」
ジジイ、美形男なら一メートル近い身長差も気にしないか。
「姉上が気まぐれを起こすなど、以前からあったこと。いたずらに騒ぎを大きくするな!」
「しかし、この重要な時にことづてもなしとは……おっと、ブヨウザ君はシャンガジャンガどのの弟君なんじゃ」
ロックルフは親切ぶって補足しながら、目ではこっちの表情を細かく観察している。
「腹心の大幹部を誘拐や暗殺? そんな露骨に魔王軍に刃向かうなんて、神官団以外だと……ユキタン同盟くらいか」
特にアレッサは豪傑鬼と過去の因縁がある。
「それと今朝からは、侍従長のダダルバどのも消えておる様子」
まさか枕の件は関係ない…………はず。
「ふむ。どうもユキタン君は関わっておらんようじゃのう? アレッサ君も読みがたい化けかたをしておるが……」
「風の聖騎士ならば、仕掛けたとして、その跡は隠すまい」
ブヨウザが奇妙な信頼を示し、オレもそのとおりな気がする。
ロックルフも何気ない顔で口ひげをいじったあと、小さく二度うなずく。
「というか機密提供のふりして探ってるだけじゃねえか。とことん食えないジジイだな」
ジジイはウインクしながら舌をペロと出しやがった。
「ユキタンよ、いい加減に降りてくれ。そろそろ自分も持ち場へもどる。これ以上の深入りは競技祭スタッフとしての公平性を損なう」
「ありがとう……今にしてみると、十傑衆って大物だったんだね。実際、ブヨウザくらいまともな戦士にはほとんどぶつかってないかも」
本気モードの口調と格好はともかく。
「それ以上は褒めるな。再戦しにくくなる……放さんかっ」
あわててそらしたハンサム顔をニヤニヤとながめる。
「君とは本当のいい友達になれそうだ。……ロックルフ、ブヨウザを連れ歩けるようにしてくれたら、昨日のことは忘れたふりをしてもいいよ」
「ふむ。配置換えはともかく、同行は君らの監視という名目になるが、やってみよう。早ければ昼には」
「貴様らっ、なにを勝手に!」
ふたたびこっちを向いた顔にしがみついて頬ずりしてみる。
「タテマエじゃなく監視でいいんだ。豪傑鬼と侍従長の失踪なんて、魔王軍の一大事だろ? 意図の読みにくい第三勢力に潜入して腹をさぐる器量を持った人材なんて、十傑衆だった君くらいさ~」
頭をなでて褒めてあげたのに、ブヨウザは変質者に出くわした乙女のように打ちひしがれた仕草で帰る。
「アナタ、胸囲さえあればなんでもいいの?」
キラティカが真顔で言うものだから、リフィヌまで疑いの目に。
「それより、客がいろいろ来ている。どうする?」
ダイカの指した店の奥にはデューコとルクミラとセリハムだけでなく、シロクマとアシカと半馬人とその嫁も加わって視線を向けていた。
「セイノスケはまだ不調みたいだけど、みんなアナタに興味を持っている」
「オレとキラティカにもまだなにか手伝えることがあれば言ってくれ」
「ありがとう。でもこのブタヤロウめの低性能はおふたりも知ってのとおり。まだ清之助くんの考えを追うために自力で情報収集をはじめたばかりの社会的弱者だよ」
「う、うん?」
キラティカは苦笑しながら、なぜか少し毛が逆立っている。
「競技外でのユキタン同盟の中心は、顔の広いダイカが代表代行になってくれると助かる。危険になったら名前だけ利用していたことにして、解散させるまでを頼みたいけど……」
「オレは哺乳獣人の教育普及と外交安定しか考えてなかったが、いいのか?」
「すばらしい。その方針はほかの勢力との協調も含んでいるよ。まさに同盟のポリシー、友愛の精神。くどいて乳もむことしか考えてない自分が恥ずかしくなる」
「……あと、オマエとセイノスケが死ぬ状況は想定したくないな」
「客観的にはその可能性も大きそうだけど、想定はしてなかったな。危険ていうのは、この先でオレが誰にどうケンカを売るか、自分でもわからないってことさ!」
親指を立てて歯を見せると、ダイカもこわばった笑顔で毛を逆立てる。
「お、おう……」
「あと、男の胸筋もかっこいいとは思うけど、カップも胸筋もあってエロかっこいいダイカの胸は別次元の至高芸術だ!」
キラティカが力強くうなずいたあと、店の外を気にして見渡す。
「いろんな気配がのぞき見しているけど、ユキタンが着いてからは倍増しているみたい」
「じゃあいっそ、外の席に移ろうか」
ようやく朝食。
外の日差しは気持ちいいけど、ダイカたちは視線の多さに落ち着かないようだ。
「もう少し身辺に気をつけたほうがよくないか? 最終区間前なのに、シュタルガの指示で『平和のあぶく』が提供されてないって聞いたぞ?」
そういえば昨日も今日も敵意全開でジジイを攻撃できた。
「場外でも殺し合えってことかな?」
「いや、警告と監視はやたら増えている。むしろ衛兵の緊張が気になる……それを見る目の冷たさも」
ダイカに言われて見まわすと、魔王配下の余裕と、そうでない滞在者の緊張という関係が崩れはじめたようにも見える。
「いやー死ぬかと思ったぜ」「うむ」「いやまったく」
鎖鎧を着たマッチョ戦士のオッサンが傷だらけで歩いていた。三人。
「グルンペルクさん?!」
リフィヌが思わず声をかける。
「おお! あの時の神官様! 見ろナノック、スパイク、あちらがわしらを救った天使様であられる!」
「いえ、そんな……って、隣のおふたりは、拙者が脈も呼吸も確認して……??」
「俺は祖先にナマコの獣人がいるから、再生力を刺激する健康体操を何日か続ければ、内臓のひとつくらいは再生できることがあるのだ」
「僕は祖父がプラナリアの獣人で……」
「まあ、無事ならなにより。ザンナの対応は勘弁してね」
席を増やせないかと店員の顔を探したけど、三人はあわてて遠慮する仕草。
「いやいや、わしのほうこそ、まだ先のある競争相手に助けを乞うなど、とんだ醜態であった! ……正直、あの時は恨まないでもなかったが、巨人将軍に勝利したと聞いては恥じ入るばかり! わしらも健闘を祈っていると、賢明なる魔女どのに伝えていただきたい!」
去り際に三人は少し暗い顔で情報をつけ足す。
「ドニスの野郎とは初日の前夜に知り合ったんだ……酒場で景気づけに飲んでいたら、あっちから『腕力はないが、斥候なら経験が長い』と売りこんできた」
「第一区間からいろいろ助けてもらっていたから、すっかり信じてしまったね。なにかと気がきくし、言ってる以上に腕が立った。まさか聖騎士だったとは」
「冗談めかして『殺人鬼と同じ名前だけど、実は本人だよ』などと、つくづく人をくったやつだった。では、わしらはまだ絶対安静でもあるし、これで失礼」
第三区間でダイカの棄権ツアーに加わったメンバーもみんな、まだ動いちゃまずい状態だったり、仲間が動けない状態らしいので、連絡方法として今いるユキタン同盟メンバーだけ紹介して、早めに帰ってもらうことにする。
「あの、リフィヌ様……」
来ている中でも最も容態が重そうな、護衛神官の女性が足を止めた。
「副神官長様の件、どうかよろしくお願いします」
「種族違い結婚の件? 本決まり?」
勇者の無神経をリフィヌ様がヌンチャクでいさめる。
「それ以前に、ユキタン同盟に同行して棄権したことや、今もロックルフさんにかくまわれていることを許してもらえるか、拙者から聞いてみようかと」
「じゃあ、ちょうどいい。食事の注文はここで止めて、まずは教団から行ってみよう」
護衛神官さんにはベッドにもどってもらい、店での対応はキラティカに頼む。
ダイカにはフードをかぶってもらい、デューコには人間に化けてもらい、ルクミラとセリハムにも少し離れて警戒してもらう。
「神官がよく立ち寄る店がありますので、まずはそこへ。せめてウィウィリアさんたちの消息は事前に確認したいので」
リフィヌに案内されたテントは宮殿に近い裏路地にあり、生ジュースやサラダを中心とした健康志向の軽食喫茶。
姿の見えにくい席へ座り、出入りをチラチラ見ていると、店の奥のほうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「いや~死ぬかと思ったわ~」
「ほんまやね~。まさか腹に巻いた弁当で助かるとかね~」
リフィヌがすごい勢いで背後をふり向く。
ついたての向うには爆発したようなパーマのポニーテールが見えていた。
「けど、乙女の腹にえらい傷こさえてくれよったのう。あの薄まゆげ~」
おい殺人鬼、オマエことごとく殺害にいたってないぞ。
「いいわけにはちょうどええやろ。このくらいのハクつけとかんと、ウチらただのドジっ子みたいやないかい。けっこうなもんもろたわ」
感謝までされているし。
「少~し羽のばしとる間に、えらい帰りにくくなっとるしね~。あ~、帰りとうないわ~」
「師匠さんまでズタボロで棄権やもんな~。けどそろそろ帰らんとな~」
席に割りこんであいさつしておく。
「お色気サービスお願いします」
「おい店員、尼さん愛用の店にチカン常習者が入りこんどるで」
オカッパのポイント金メッシュちゃんは相変わらず返しがひどい。
というか尼さんなら、店の中で服まくって腹の傷を自慢げにさするな。
「これから聖王か神官長と話したいんだけど、どうしたらいいかな?」
「マイペースやね。勇ましさと厚かましさを勘違いして犯行におよぶタイプやね」
爆発パーマの細ノッポさんも驚きを抑えて紅茶をすする。
「それならそれを有効利用して正面突破でええんちゃう?」
「うんうん。手間なく昇天させてもらえるわ」
「なるほど。じゃあ『ジョナシー様とドリシリー様の導きで参上!』って叫びに行ってくる」
立ち上がるとふたりがしがみついてきた。
「こらこら。サービス注文しといて勝手に席立つなや」
「うんうん。軽いジョークであいさつも済んだことやし、用でも聞いとこか?」
「いや別に。用なら今ので終わったから。ありがとう。君らも無事でなにより。じゃあオレちょっと勇者ぶってくるから、サービスはそのあとで」
ふたりを引きずったまま外に出ようとすると、今度はアゴわれマッチョと三つ編みマッチョの来店に出くわす。
「花火に蛍火、お前ら生きていたのかよ?! なんでユキタンと……」
「おっと、うっかりモテぶりを見せつけてしまったね」
「なっ……おっと、いやいや、ここに隠れて羽でものばしていただけか。なあユキタン? お前、ハッタリだけは得意だもんなあ?」
こちらも笑顔でうなずき、包帯の巻かれたアゴを避けて頬を殴っておく。
「ジュテーム!」
「てめえ! なんのつもりだ?!」
「話し合いに来たんだ。冷静になろう」
決め顔でキッパリ言い返すと、ポルドンスの顔は怒りよりもとまどいが濃くなり、元同僚のリフィヌに助けを求める。
「こいつ、なにかまずい頭の打ちかたしてねえか?」
リフィヌはなぜか事務的な笑顔で深々と頭を下げた。
「君たちも最終区間に通ったようでなにより。お互いの信仰に恥じない、素晴らしい戦いを期待しているよ」
ポルドンスはボクが差し出した手を汚物みたいに見下ろしたけど、タミアキは無言でガッシリと握って頬を赤らめてくれた。
「お前、今いくつ嘘を言ったよ?」
「嘘は言ってないよ。競技をルールどおりにやるとも言ってないけど」
奇妙な間が流れ、互いに表情をじっくり探り合った。
「教団本部には俺から話を通しておくから、昼前に来い。多少の護衛は入れてもいいが、外見で魔物とわかる爆乳さんとかはダメだ。……今の『コース外での攻撃』をどう扱うかは、そこでの返答次第になる。よく考えろよ」
「君もね。お大事に」
ろくでなし神官たちが出ていくと、今度はダイカがしがみついてきた。
尼さん愛用の店で大胆な……やきもちさん?
「頼む。少し考えていることを説明してくれ。代理をやる自信がなくなってきた」
「情報を集めているだけだよ」
「それでなんであんな真似を? デューコから昨日のことも聞いたが、その……正気か?」
真顔で聞かれた。
「無茶は相手を選んでいる……気がする。あれくらいしないと意図が読めないし伝わらないというか……ん? こっちの頭の悪さを素直に伝えてどうなるんだ?」
デューコさんとリフィヌさんはただ硬直して生ジュースをすすっていた。
「敵意がないことは伝わるな……友好交渉というか、競技外の戦いをやっているとも言えそうだが、なんでその自覚もなしに動ける?」
ダイカはまじめに解釈をつきあってくれた。
「競技や政治の戦略だったら清之助のやつが数段上の把握をしている。でもオレがその全部を追う必要はないし、そんな時間も器量もない。やつはそんなことは期待してない。やつは問題の多くを把握した上で、肝心の解決手段に足りないものを求めている」
「この悪趣味な殺し合い大会はなにかとうまく機能して、この世界に必要とされている。このまま優勝したって、シュタルガを殺したって、堂々巡りの迷宮みたいな閉塞感は消えない」
「でもオレが努力してできることは相変わらず『くどく』『すがる』『笑いをとる』くらいだから、それが役割だと思って、手がかりを探しているんだ……答えになっているかな?」
会計を済ませて店を出たけど、まだ昼前というには少し時間がある。
「先に帰って体を休めておく。教団本部でなにをやらかしたかは昼にでも教えてくれ」
ダイカがまだ不安そうにしていたので、あわてて両手をつかむ。
「自信や余裕があるわけじゃないんだ。あせりやイラつきを抑えて、あがけるだけあがいている。そんないかれた勇者を続けるには、器量の大きいダイカの支えが必要なんだ」
言っておいて急に、ダイカまで巻きこむ不安が湧いてきて、たぶん顔にも出ている。
「清之助のヤローの説明不足の癖は、こんな自信のなさもあったりするのかな? でも今のオレも、義理がたく情に厚い爆乳キス魔のダイカに頼るしかないんだ。頼むよ」
ダイカは握った手をじっと見下ろし、口をとがらせて赤くなる。
「オマエ……本当に、なんなんだよ。ザンナとかアレッサとか、いるくせに……」
「モテたことのないブタヤロウがひろえた幸運のすべてを捨てられないで欲ばっている最中ですから、ぜひ参戦してひっかきまわしてください」
男前の獣人娘は苦笑して『調子にのるな』とばかりにボクをはたいて背をむける。
通りを歩き出しながら、頭をかきむしる姿がまたかわいい。
「嫁ー! マイ嫁ー!」
両拳をふり上げて讃えてみたら駆け逃げてしまった。
物陰からマイクを向けていたリポーター七妖公さんと目が合ったけど、脱兎のごとく逃げられる。
しゃべらせろよケチ。
勇者様の従者と護衛まで『他人です』みたいな距離をとっているし。




