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十八章 巨人の女で喜ぶ奴とかどうなの? 小人よりは害がなくね? 三

 ザンナはきつくにらんだまま、脅すように笑いだす。

「逃げられると思うなよヘッポコ勇者! ドルドナさん気に入りのオマエだ! シュタルガ様も目をつけたオマエだ! 利用価値がないわけがない! ヘッポコだろうが面倒みてやるさ! 大事な手駒だ!」

 言葉と裏腹に一瞬、おびえてすがるような表情が混じる。

 ザンナは今、なにか大きなウソをついた。


「返事はどうしたあああ!?」

 鼻に喰いついてきやがった!?

「いだだだだだ! わ、わかった! わかりましたからあ!」

 ザンナはようやく歯と手を離すと、不機嫌顔でカーペットにツバを吐く。

 ひどい……さわってわかるほど歯型が残って、血もにじんでいる。


「あの……」

 呆気にとられていたリフィヌがようやく声を出す。

「ん? なんだよ? テメエもかみ跡つけられてえか?」

 とげとげしいザンナに、リフィヌは徐々に不適な笑みを見せる。

「拙者はもう少し、素直で清純な愛情表現を望みます」

「な……」

「そうだよ公衆の面前でこんな猥褻プレイ、お子様を刺激しすぎちゃうよ」

「な……?!」


 ボクに続いてリフィヌが歩き出し、試合場へ向かう。

 ザンナは怒りきれないおもしろい赤面で追って来る。

「たしかにアレッサと清之助くんのことをなんとかしたいって、無意識に感じていたから、こんなやばい戦場までホイホイ来ちゃったみたいだけど、それならなんで普通にそう言わないかなあ?」

「ユキタン様、それは意地悪な質問ですよう。ザンナさんにはまだ自覚がないのです。すでに勇者様の忠実なる従者であることの。うっふふふ」

「て、め、え、ら……まあいい、緊張がほぐれたならキッチリ働け……」



 カーペットの終わりにある門は開いている。

 内部の正面には大きな柱があり、試合場は見えない。


 周囲に飛び交うコウモリモニターの様子では、海上の選手村がそのまま闘技場の裏手まで乗り上げ、接続する作業をしていた。

 シュタルガたち放送席の一行も飛竜で試合場に到着し、大きな拍手で迎えられている。

 砂場の中央に座るゴルダシスは頭をたれたまま、石像のようにじっとしていた。


 柱の部屋は円形の大広間で、高い天井に古風なガス灯の青白い光がならんでいる。

 でも大衆施設みたいな案内表示が多いロッカールームだ。

 普段はスポーツ興行でもしているのだろうか?


 その先にもうひとつ、似たような部屋が続いている。

 聞こえる歓声からすると、さらにその先がアリーナらしい。

 ロッカーはすべて板でふさがれていたけど、いくつかの荷物用エレベーターには『返さなくても文句は言うな』と書かれた案内があり、選手の荷物預けに使えるらしい。

 不用になった外套や毛布などを放りこむ。

 ひさしぶりの、あまり着ぶくれてないみんなの姿。



 荷物整理をしていたザンナが眉をしかめた。

「今になってなんのつもりだコノヤロ……」

 ようやく水晶に連絡が入ったらしい。


 映った画像はまだ暗く狭くぬめぬめした場所だけど、コウモリモニターが入って照明がわりになっていた。

 やつれ顔のメガネ少年は巨大な鉄鎧の上にちゃぶだいを置いて正座している。

「アレッサは無事だ。すでにコカリモたちと巨人都市に入っているが、合流する気はないらしい。ほかになにか聞きたいことは……」

「オマエが無事かよ?! というかなにやってんだ?!」

 最重要情報はありがたいけど……もしかして大魔獣の胃の中か?

 巨大な歯が見えないし、鎧の下は液面らしい。


「だいじょうぶだよユキタくん。僕はこれでけっこうじょうぶなんだ」

 誰だオマエ。

 力なくほほえむメガネ少年は持っている湯のみを置く。

 向かいにはなぜか甲羅の溶けかけたカニ怪人がきゅうすを持っていた。

「少し休憩している。ここは温かくて快適なんだ。ティマコラのやつもストレスのせいか胃液が少ないのが心配だが……苦労しているみたいだな」

 負担をかけている異物がなにを言う。


「でも湯木田くんさえいれば、僕はだいじょうぶなんだ……」

 もうだめだコイツ。斬新な作戦とか聞ける状態じゃない。

「わかった、わかった。ゴルダシスはなんとかするから、ちゃんと見ていろ!」

 人のことは言えない状態だけど。

「……そっちが聞きたいことは?」



 メガネ君はポケットに手をいれたり、ゴソゴソ手元をいじったり、妙な仕草をする。

「ゴルダシスは真日流に似ていないか?」

「やっぱりそう思う? ていうか人の叔母を呼び捨てにするな」

「なんだ、気がついていたか。やはり出る幕はなかった……今、真日流さんになにか言いたいことは?」

 巨人将軍の対策には、似ていることを意識したほうがいいのか?

 今、真日流さんになにか伝えるとしたら……


「『ようやく真日流さんと同じくらい大事な女の子ができた』『でも帰ったら総八さんの前で告白しなおす』かな?」

 すでに二度ほど、かっこわるい告白をしてふられている。


「……だそうです。ええ、無事です。もう少しお借りします」

 メガネ君は携帯を耳につけていた。

「待てオマエ! 誰と話している?!」


「誰って……む、きれたか。やはりもう少し近づかないと安定しないか?」

「やっぱ言わなくていい……あとでしめあげる」

「きつめで頼む」


「合流を待たないでこのまま行くけど、本当にだいじょうぶ?」

「すまない。頼む。こっちは問題ない」

「あと……異世界に連れて来てくれて、ありがとう」

 メガネ君はおびえるようにこわばった笑顔でなにかを言いかけ、涙をこぼしたところで通信を突然に断ち切った。



「『愛している』と投げキッスも……したほうがよかったかなリフィヌくん?」

 すばやくふり向くと神官様があわててにやけ顔をそらす。

「い、いえ、拙者小生、決してそのような期待は……少ししか……」

「というかセイノスケのヤロー、なにか一言くらいメセムスさんに……」

 ザンナは巨体メイドさんが背を向けて正座している様子を気づかうように寄りそっていた。

 ボクとリフィヌもしがみついておく。

 なんだか決戦前に緊張がほぐれすぎている。


 甘い紅茶の入ったザンナの水筒をまわし飲みして、最後の水分補給と最後の作戦会議。

「ゴルダシスさんと仲良くなりに行くってことは、やはり殺してはまずいのですよね?」

「君たちも死んだらダメ。絶対」

「それは余計に難しく、欲ばりな注文ですねえ? というかなにをどうすれば勝ちなのやら」

「だよねえ?」

「押さえこめたとしても、痴漢行為の共犯になりそうですし」

「そ、それは状況によってはしかたないよ」

 リフィヌとザンナだけでなく、メセムスの目まで厳しくなったような……。

「ともかく、君たちの命に代えられるものはないからっ」

 決め顔から目をそらされる勇者。


「ボクの巻きぞえで死ぬくらいなら、一斉に逃げて棄権なりゴールなりしちゃおう。さんざん期待させておいてトンズラという、シュタルガもずっこけるオチで精神ダメージを……」

 ホウキがグリグリとボクの背を押す。

「ふざけんな……てめえなんかのために死んでたまるか! 根性なしのヤンデレババアや頭からっぽ虫けら女と一緒にすんな!」

 ザンナはわざとボクの傷に触れるふたりを挙げて罵る。


「アタシは死なねえぞ!」首輪をつかんで針をのばす。

「今のは魔女流のプロポーズかな?」茶わんをかまえる。

「やはりそう聞こえますよね?」足輪を光らせる。


「メセムス、もしまだならふたりを嫁に登録しておいてね」

「了解デス」小手を打ち合わせ、いまだに胸にある銀の大リボンをちょっとだけ撫でる。



 ザンナは照れ隠しのためか、無言で先頭に立つ。

「不吉かもしれないけど、みんなに感謝しておくよ。特にザンナ。ボクがもし勇者だとしたら、君は間違いなく最高の従者……のひとりだ」

 ザンナはふり向かない。

「アタシは『闇の魔女』だ。勇者様を守りも引っぱりもできねえよ」

 気負いのない静かな声で言い、早足に歩き出す。

「迷いがちなお人よしを影からチクチク刺して、ヒマをつぶしているだけさ」

 どれだけ優しいヒマつぶしだよ。



「魔王配下十八夜叉が一角『闇の魔女』ザンナ、まかり通る!」

 ボクたちは攻撃を散らすために、一斉に広がって駆け出す。

 でもゴルダシスの姿が見当たらない。

「魔王配下双璧が片割れ『巨人将軍』ゴルダシス、うけてたちましょー」

 返答は意外なほど近く、ほぼ真上から聞こえた。


 背後から爆音。

 ボクはこれまでの経験から、立ち止まらずに走り続け、速度を落とさないように一瞬だけふり返る。

 入場口を出てすぐの地面に巨人将軍の拳がめりこみ、埋まったメセムスは足先だけが見えていた。

 入場口の上の壁には、貼りつきに使った氷が残っている。

 あの巨体で足音をたてずに近寄って……シンプルな奇襲で最重要の戦力を最初につぶした。

 まったくもって容赦がない。


「勇者くん。きみが魔王にはむかう神様の手先なら、巨人がほろびなきゃいけない理由をのべたまえ。ヒーローらしくカッコよく、愛と夢と希望にあふれた殺害動機をのべたまえ」

「神様の都合なんか知ったことか……勇気があるから勇者だ! だからあえて宣言しておく! 殺す気はない! わいせつ行為だけが目的で来た!」

「それはただの恥知らずじゃ……」

 敵味方の三人が声をそろえた?!



 メセムスは這い出ようと動いていたけど、まともに戦えるかは怪しい弱々しさ。

「陽動する間にメセムスを巨大化させ、そのあとは『土砂装甲』に隠れながら遊撃で服を脱がせる作戦失敗!」

 想定していた最悪に近い段階へ一気に進んだ。

「をいぃ! 打ち合わせじゃ遊撃で『消耗させる』と言っただろ!?」


 ザンナはほうきを駆使しても獣人の動きには及ばず、わざと見せていた『闇一貫』での牽制もどこまで頼りになるかわからない。

 闇千本より疲れるとかで、実は何回も撃てるわけじゃない。

 秘技『針地獄』は使うと一発で倒れるし、使える気分じゃないし、使いたい相手でもないということで、秘技のまま封印ということで決定している。


「こうやってあの体を見上げて、ようやくわかった。勇者を導く大賢者ザンナくんの予言どおり、気が変わったよ! ボクは巨人王女の乳をもみに来たんだ! 動機は『でかいから』!『形がいいから』!『そこにあるから』! それがボクらの勝利だ!」

「そんな勝利に拙者を含めないでください!」

「アタシもだ! っていうかそれ、目先の肉欲で現実逃避してるだけだろ?!」

 ボクとザンナは左右に、リフィヌは中央でやや遅れて走る。

「山じゃないんだから。背の高さを気にしている女の子にでかいとか言ったらおしまいだよ?」

 ゴルダシスはメセムスを横目に冷たく見下ろし、ゆっくりまっすぐ歩き出す。


「その大きさがいいんじゃないか! 『巨人だけど』エロいんじゃない! 『巨人だから』エロいんだ!! その圧倒的な大きさに興奮するんだ!!」

 うん、真っ当な正論で答えている。なかなか冷静だぞオレ。



「見ろ! おもしろおかしい勇者ユキタンの心意気によって『氷葬』は封じられ……て……」

 ゴルダシスがさびしそうに笑い、握りこんだ墓石が光りだす。

「うん。きみはおもしろいねえ。子供のころのともだちを思い出す」

 ボクに向かって、七メートルの巨体がみるみる迫ってきた。

 心臓をゆするような振動が大きくなってくる。


「思い出して……絶望する」

 冷えた無表情。深く暗い目……真日流さんが総八さんを盗み見る時の顔。

「そんなに人間が好きだったんだね」

 かつて見せてくれていた人なつこい笑顔は、うわっつらの演技には思えなかった。


「ぴんぽん」

 棒読みの正解音と共に、爆音と霜が走る。

 助けに来ていたリフィヌの陽光脚の声と、ボクの烈風斬の声はかき消された。


「人間さんの子と遊んで育った変人だったから」

「人間さんのともだちを大事にする巨人のできそこないだったから」

「人間さんの男の子と結婚したくて勉強していたから」

「人間さんを守るために体を鍛えていたから」

「それでもこの手で人間さんをたたきつぶすしかない世界のままだから」

「憎む」

「嘆く」

「絶望する」

 墓石にこめられていたのは、深い愛情の裏返し。

「勇者ゆきたんくん、巨人王女をくどくならば、巨人族の呪いと向き合いたまえ」



「憎む」

 巨大な両拳、両足の土石流のような連打に追われ続けた。

 ボクの目と動きでは、なにが起きているかもろくに把握できない。

 一瞬でボクをぺしゃんこにできる巨大な轟音が一瞬で視界を埋め、一瞬で背後をすれ違う。

 リフィヌに何度も助けられながら、ザンナのホウキ効果を借りて逃げ、リフィヌの足輪効果を借りて着地を避けたり拳を受け流す。

 ボクはホウキあつかいがうまいわけでなく、陽光脚を高速移動に使えるわけでなく、なかなかの足手まといっぷりを発揮している。


「嘆く」

 それでもゴルダシスは移動をかなり優先しているらしい。

 ザンナがほうきで加速しながらゴルダシスの背へまわりこんでは牽制し、ついには一度だけ『闇一貫』を出していた。

 ゴルダシスは巨大円柱が突き出る前には大きく離れたので、やはり強く警戒している。

 少しも甘く見ていない。

 腰を落としたままのすばやい移動で、ひざ下の高さの相手にもスキを見せず、余裕を与えない。

 リフィヌは移動に防御に大小の陽光脚を連発することになった。

 着地すらろくにできない。

 足はすばやく地面から離さないと、どこからか切るような冷気に追いつかれる。


「絶望する」

 地を這う冷たい色の光を間近に見ると、入ったものが一瞬で凍っていた。

 モニターで見ていた印象より範囲がやばい。

 巨竜はすねあたりまでしか凍らなかったけど、それってボクの全身の高さだった。

 リフィヌ様のおかげで、ボクはまだ片ひじと片方のかかとに少し霜がはるだけで済んでいるけど、それでもビリビリと痛み出している。

 もう少し深く下ろしていたら一本やられていた。

 魔竜砲に比べたら地味だけど、ちゃんと致命的だこれ。


「勇者ゆきたんくん、巨人王女をくどくならば、巨人族の呪いと向き合いたまえ」

 ボクは笑顔で親指を立てて見せる。

「そんな巨人将軍の愛情深さに敬意をこめ! 氷葬の魔力を拝借!」

 握りこんだ茶わんが冷たく光る。


「絶望自慢なら若干の自信あり! なにせ勇者らしい目的もかっこいい手段もないままここにいるからあああ!!」

 地面へ茶わんを打ちつけると霜を伴った光が走り、巨大な毛皮靴を凍りつかせる! 接地面だけ!


「女性の足を傷つけたくない優しさがでたのかな?! 女の子とプロレスごっこしている楽しさが邪魔しているのかな?! どっちだと思う?!」

「知りません!」リフィヌに聞いたら怒られた。

 ゴルダシスが靴裏をベキベキと引きはがすわずかな間に、ボクをかついで駆け逃げている最中だから?



 入場口へ向かっていた。

 そこには見慣れぬ小山が……育っている?

「ガ……ガガ……! 出力。四百パーセント! 『土石装甲』起動! 起……動! 嫁候補『ゴルダシス』の攻撃から防衛シマ……ス!」

 ザンナも少し先で駆けて向かっていた。

 後ろからは振動が追ってきている。

「メセムスさんは動けないようですが、あの遮蔽物は助かりますね!」

 

 小山は試合場の壁に近く、間には狭く深い谷ができていた。

 みんなでその中へ飛びこむ。

 直後に巨大な拳が砂山を殴り飛ばす。

 土嚢にして数個分。女騎士をはじき倒した砂の高波が飛んできたけど、それは谷に勢いを殺され、ボクのガクランを汚すにとどまる。

「ここの壁は魔法道具なみに頑丈で『土石装甲』には使えませんが、巨人でも素手では破壊できま、せん……」

 気がつくとリフィヌの息が相当に苦しそうだった。

「ガガ……ガ……!」

 砂の中から声が響いていて、小山は一部をえぐられながら、全体には成長を続けている。

 でも全開出力は三分くらいだっけ。



 リフィヌはボクの手を引き、小山をまわってゴルダシスのほうへ。

 近づいたら危ないと思ったけど、だいじょうぶじゃないのはメセムスのほうだった。

 ゴルダシスは光る墓石をふり上げ、砂山の中心へ落とす……メセムスを凍らせにかかったか!

「人間まで好きな巨人王女を尊敬しつつ!」

 ふたたび茶わんを光らせるボク。

「どうやって押し倒せばいいのかわからない絶望発動!!」

 足の裏一個半を凍らせる。やや範囲が広がった。

 なぜボクの発動は性的なニュアンスを加えると威力が増すのか。

 そして視界がグラと揺れる。なかなかまずい消耗だ。

「でもこの絶望もすべては! 愛と夢と希望への道筋! この絶望の中であえて! 巨人将軍のポロリを望む! 応えろ脱衣の腕輪あああ烈風斬! くそう! そんな速く動くなよ! ブラ紐を狙えないだろ!」

「最低だなオマエ!」「最低ですね」「さいてーだねきみ」

 なぜだ?!


 開始早々からの近接乱打戦で、ボクも何度か烈風斬は撃っていた。

 でもブラ紐にはあたらない。前後左右の四箇所あるのに。一度は分厚いカップ部分をかすったけど、肌すら見えない。素肌には絶対に当たらないあたりは自分の気高い紳士精神を褒めたい。紳士が戦場でこんなことをするかはともかく。

 ……なにやってんだオレ? と、三度くらい迷いが生じた。

 でもみんなもそういう目で見ているから、不思議な快感が湧きあがって、勇者としての使命に立ちかえれた。


「あほー。ポロリくらいで『いやーん』とか言ってこーさんすると思うなー」

 ゴルダシスの厳しい無表情は変わらないけど、声の温度がわずかにぬるくなった……と思いたい。

「ひとりはそれでいけたんだよ!」

 小山を中心に追いかけっこになり、少しだけ逃げやすくなったけど、みんな体力がそろそろまずい。

「ひとりだけだろ!」

 ザンナも息をきらしているのに味方へツッコミを入れてくる。

「なぜ靴紐ではだめなのですか?! 動きを止めるなら……」

 汗だくのリフィヌくんまで。

「だめに決まっているだろ! オレの烈風斬だぞ?! オレの!!」

「す、すみません。もういいです……」

 さすが最強神官、すぐに通じてくれた。



「まいったな……」

 ボソリとゴルダシスのつぶやきがもれた。

 それに、さっき墓石を打ちつけたはずの小山に霜はなく、まだ少しづつ成長している。

「もしかして今、少し笑っていた? 『氷葬の墓石』はもう使えない? 今度こそ、勇者の真心が巨人王女の絶望を癒した?!」

「呆れさせて、気を散らした可能性はあるな」

「それでも勝利にはつながらない気もしますが」

 さすがは我が従者たち。息がきれぎれでも皮肉る心の余裕がある。

「きみたち、もーすこしまじめにたたかおーよ」

「戦う気は微塵もない! 全力で大まじめに! 君をしあわせにすると決めた!!」

 どうやって? 


 ボクは優すぃくほほえんでみる。

「……ほらあ、魔物と人間て、共に支えあう仲じゃないかな? 敵に見えてしまうのは、子供が間違いをくり返すように、まだ成長の途中だからであって……」

「突然なんだよ気持ちわりーな?! 頭でも打ったか?!」

「極度の疲労で酸欠状態に?!」

「いいこと言ってんだから聞けよ!」

 借用魔法の連発でひざがガクガクで、本当は話すのも苦しいのに。


「ていうかそれリフィヌのノーガキのパクりだろ……」

「見知らぬ他人は一緒に居続けることで家族と同じくらいに大切な存在になる。こっちの世界じゃ、人間と魔族はもう二千年くらい一緒なんだろ? 種族としてはケンカ続きでも、もう夫婦みたいなものじゃないか」

「平然と続けますか……」

 似たようなことは誰でも思いつくし、たくさん言われてきたことだよな?

 でもボクは、露天風呂で神官長と対峙したリフィヌが神々しく見えた。


「ボクだってこの世界に来て、命がけでぶつかりあった数日分、魔物を愛し、憎み、仲良くなりたいと思っている!」

「で、やることは痴漢行為ですか?」

「同意にするから問題ないよ! ただの公開いちゃつき、公然わいせつ!」

「それはそれで違法行為ですよ!」

「というかもう犯罪者以下のような……」

 ……まずい! ゴルダシスも息が切れて苦しそうだ! 会話に入ってこない!



 互いに動きがにぶっている。

 小山の成長は止まり、メセムスの声は聞こえなくなった。

 ボクの全身の筋肉も、いつどこがいかれてもおかしくない。

「いっしょに二千年いるのに、同じきれーごとは千四百年前の巨人魔王さまも言っているのに、まだケンカが続いているから絶望するんだよ」

 ゴルダシスが轟音をあげて迫り、爆風のような回し蹴り……それをザンナの何度目かの『闇一貫』が会心の狙いで撃ち抜き、毛皮靴の端を突き刺して転ばせた。

 そのあとでザンナはパタリと顔から倒れる。


 ボクとリフィヌが同時に駆け寄る。

 ザンナは這って逃げながら笑い、リフィヌは先に着いてかつぎあげる。

 あまり惚れさせるな姉御。

 うっかり悪人になりそうだから。


 ボクは茶わんをかまえながらほうきをぶんどり、魔王配下次席をにらむ。

「そんなだから筆頭になれないんだ二流幹部! 誰でも知ってる愚痴を山ほど重ねたって、なんのオカズにもならない! 誰でも知ってるキレーゴトを衆人凝視の羞恥プレイで叫ぶから勇者なオレなんだよ!」

 さすが最強神官、すぐに通じてくれた。

 ほうきをふり上げるなり、陽光脚でボクをはじいて加速してくれた。

 そのあとでリフィヌはカクリとひざをつく。



「勇者ユキタンは、おもしろおかしいみんなのヒーロー!」

 ボクの狙いはゴルダシスの足元。

 低かった腰が上がりがちになっていた。

 もう『氷葬の墓石』は光らないと信じる。

 あとはほうきを無茶苦茶にふり回して飛びまわる。

 なまじ考えるより読まれにくそうだから、ど下手で乱暴なほうきさばきで自分の肩やひざをぶつけながら、一瞬の好機を探す。


「あらゆる魔物を殺しつくす、不愉快な勇者じゃない! あらゆる魔物を愛しつくす、気色悪い勇者だ!!」

 余計な体力を消耗して絶叫しながら飛び交い、急にほうきを握る力がなくなって放り出され、倒れて仰向けになった瞬間、見上げたゴルダシスは姿勢がわずかに崩れていた。

 数メートル上に数百センチのバスト、それを窮屈に押しこめる数本のロープみたいなブラ紐が見えた。

「ゴルダシスの胸を解放しろ!『脱衣闇一貫』!!」


 全身の神経がぎゅっと萎縮したような妙な感触。

 体力の限界から大技をだしちゃったけど、とにかく黒い円柱は出た。

 正確無比な狙いでブラ紐を裂いていたけど、残念ながら角度的に一本だけ残った。

「だからどーした」

 と言われても返事のしようもなく、ボクは最後の気力で腕輪を光らせる。


 墓石を握った拳骨がボクの目の前でふり上げられる。

「今の黒くてぶっといのを首に刺さなかったから、きみはもうあの子たちをたすけられない」

「それでも君は助けられる……ラノベ教リフィヌ派『愛と正義の異世界勇者』ユキタン……参る!」

 仰向けで起き上がれないまま、決め顔で腕だけふる。

「邪念烈風斬!!」


 ゴルダシスはとっさに目を隠したけど、ボクがその顔を傷つけられるわけないだろ。

 勇者の刃は正確無比な狙いで最後の一本だけに当たる。

 断ち切るほどの威力はなかったけど。


「戦いに逃げたなゴルダシス……君が人間を慕う気持ちより、オレが君に欲情する気持ちのほうが上だ!!」

「オマエ……とことんアホだな」

「勝手に怪しい宗教に巻きこまないでください」

 ザンナとリフィヌは一緒にへたりこんで明るく笑っていた。

 きれいだなあ。かわいいなあ。



「まいったなあ」

 ゴルダシスは拳をふり上げたまま、ボソリとつぶやく。

「たのしそうだなあ、きみたちは」

 まばたきした青白いまぶたから、シャワーのような涙が広がる。

 拳を上げたまま、ゆっくりとへたりこむ。

 その衝撃で最後の一本がはじけとんだ。

「いやーん」

 棒読みでつぶやいたあと、ようやく雪解けのような笑顔を見せてくれた。

「まいりました。こーさんします」

 巨人将軍ばんざい。




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