十七章 狐顔も狸顔も好きなんだが? ネズミ顔とカッパ顔も捨てがたいぞ? 三
まだ第三区間の五分の一あたりだろうか。
ボクは停止していた。
厚着に毛布、触れ合っている人肌まであるのに、自分の骨からしみだすような寒さに耐えるだけで精一杯だった。
ザンナとリフィヌに抱えられるまま、ふたりにしがみついていた。
うつろにおびえた顔で。
「戦争神経症……でしょうか? 前線に出た新兵さんは、訓練を受けてもかなりの確率でかかります」
リフィヌが心配顔で見つめてくるので、ボクは小さくうなずく。
「なのかな? でもだいじょうぶ。心配ない」
でもこのセリフ、清之助くんのスランプ予兆だ。
「落ち着いて考えられるし、強迫観念とかはないから……あと、性欲は変わらずにあるし」
「は、はあ」
密着したリフィヌが眉をひそめて少し目をそらす。
「気力とか感情が湧かなくて……でもなぜか性欲だけはあるんだ」
「二度も言わないでください。一度はこらえて流したのですから!」
リフィヌが声を出すと、胸の振動が伝わる。
リフィヌの顔が赤らむと、やや遅れて伝わる体温も少し上がった。
「しょうもない欲でも無いよりはいいさ。『死にたい』と騒いでいる時より、『生きなくていい』と納得しちまった時のほうがやばい」
少し前にふざけて抱きついたら赤面硬直していた姉御が、ボクの頭をしっかりと抱き寄せていた……今は『風邪をひいた弟』みたいなあつかいなのかな?
「食欲もあるし、寒いのもやだよ。だから、ただの疲れだ……たぶん……」
たぶんボクは布団に巻かれた清之助くんみたいなどんより顔。
「最弱シロウトにしちゃがんばったさ。だが棄権するにしても、もう少しだけ動く必要がある。食いもんやベッドや女のことでも考えてろ」
なんて素敵なアドバイス……と思ったけど、そんな気は起きないや。
「まだ、なんとかしなくちゃとは思っているんだ。ボクが同盟の目的を見つけないと……」
でも殺し合いのことからは少し離れていたい。
「決めなくたっていいんじゃねえの? 出発前にも言ったけど、今回で完走する必要なんかないし……ここで棄権だと、街を一緒に買うのは無理かもしれないけど、豪邸で暮らすくらいは余裕だぞ?」
「え。そこまで縁談が進んで?!」
リフィヌが耳を赤くして、ザンナもあわてる。
「ば……っ、そういう意味じゃ……ねえよ。……とにかく、そんなに急ぐこたねえっての。今回の儲けはもう十分以上だろ。かなりの財産と、とんでもないコネを作れた。ヒーローごっこをやりたけりゃ、四年だけ待って準備万端でリベンジすりゃいい」
リフィヌは黙ってうつむいたけど、なにか納得できないようだ。
「魔女があんなことを言って勇者を誘惑するのですが、神官様としてはいかがでしょう?」
リフィヌは何秒かじっと黙ったあと、目をかっと開いておでこをぶつけてくる。
「喝! しっかりしてください! 拙者もどうかしていました! 迷った時は初心にかえるべし! ユキタン様の行動の原点はなんでしょうか?!」
しまパン? ……いや、なんで最初にそれが浮かぶ。
だいぶ疲れているな……太もも……巨乳……。
「あああの、一体なにを考えておられられ……」
リフィヌがおびえて体を離し、隙間に冷気が入りこむ。
「すみません。そこまで顔に邪念が出ていましたか……でも考えてみるに、アレッサに会う前から結局、ボクは女の人が全部です」
それと、前にも『急がなくていい』と言われていた。
「それはまあ、青少年男子でしたら健康な……え? あちらの世界の日常から奇行ばかり?」
リフィヌは体を近づけ直そうとして止まる。
「もっと普通……かと思ったけど、なにもかも一緒のような気もしてきた」
中学のころ、年齢をごまかしてバイトしていた時期がある。
父さんが死んだらどういうわけか、半年前の借金が出てきた。
その何年か前にも、父さんは貯金のほとんどを会ったばかりの他人に『あげた』ということがあったので、理由はわかりそうもなかった。
借金の額は大きく、家を手放すかどうかのぎりぎりになる。
ボクの両親代わりだった義理の叔母の真日流さんと、その義理の叔父である総八さんは朝早く出て、夜遅く帰るようになった。
ボクも朝夕に家事を済ませて、家族にも隠して深夜に働き、学校ではほとんど眠りっぱなしになる。
しまいには仮病を使って昼も仕事を入れるようになった。
しかししょせんはボクだ。それも中学時代の。
家族を感動させるほどの給料は稼げず、それどころか過労・寝不足・栄養失調で倒れて救急搬送され、すべてがばれてしまった。
しかも借金は現れた時と同様、唐突かつ理不尽に消える。
差出人不明で『その節は大変お世話になりました』という一文しかないお中元が父さん宛てに届き、缶詰と一緒に札束が入っていた。
残ったのはボクの体調不良と成績不良。
そしてどうしようもない悔しさ。
「気がつかなくてごめんね」
真日流さんに喜んで欲しかったのに、泣かせてしまった。
「ユキぼうのくせに生意気なんだよ。ボクらに保護者のふりくらいさせろや」
総八さんがぶっきらぼうに言い捨てると、真日流さんがようやく笑う。
またおいしいところをとられた。
ふりだけでも大人になりたいのはボクなのに。
すべてが普通やや下のボクでは、家族を養ったり守ったりするには、大人になるまで待つしかないのか?
「ユキくんは、そんなに急いで大人にならなくてもいいんだよ」
ところが大人になるどころか、普通未満になってしまった状況からの脱出だけでもかなりの試練だった。
勉強はどうにか追いついたけど、友だちづきあいをやりなおす気は起きなくて、独りのままだった。
ガリガリだった体だけは、愛情あふれる家庭の味をこれでもかと真日流さんに詰めこまれ、間抜けなくらい肥えた。
睡眠不足の生活を続けた影響か、昼でも頭のぼやける時間が長くなっていた。
休憩のつもりのネット検索時間が長くなった。
目立つこともなく、問題を起こすこともなく。
総八さんのことを想い続ける真日流さんの横顔から目をそむける、地獄の毎日。
正直なところ、生きたいなんて少しも思えなかった。
自分さえいなければ、真日流さんと総八さんの関係は進むかもしれないとも思う。
総八さんは年齢的に急ぐ必要がある。
真日流さんはもう十年たっても美人だろうけど、それでも二十代で『母親代わりだけど妻ではない』なんて。
その原因のひとつが、出席日数のひどさで寮のある高校に入りそこねた自分だなんて、あんまりだ。
でもボクが死んでも、真日流さんは悲しむ。
ボクは真日流さんを喜ばせるためならいつでも死ねたし、毎日が苦痛でも生き続けることができた。
そしてなにも変わらない毎日。
高校に入ってからも、ちょっとかわいい女子と、ちょっと色っぽい先生、コソコソ買いためるエロ本、コソコソあさるエロ画像、それで一日やり過ごすだけの楽しい気分にはなれる。
なにも変わらない毎日。
総八さんは自分の年齢を気にして、真日流さんの気持ちに気づかないふりをする。
真日流さんは自分の気持ちが総八さんに気づかれてないふりをする。
ボクはふたりの気持ちに気づかないふりをして、別の女性を好きになったふりをする。
なにも変わらない。
異世界に来てまで最弱最弱と念を押されなくたってわかっている。
ボクにはなにもできない。
ものすごく下らないとわかっていることにすら手も足もだせず、ただつぶされて流されるだけ。
惰弱で臆病で短絡思考のガキが、ちょっとした運のよさに乗せられて調子づいたあとで、虚しさしか残ってないことに気がつくだけのくり返し。
以上のことをどんな言葉で説明してしまったのか、ザンナとリフィヌは驚きとまどっていた。
「でも清之助くんにつきまとわれてからは、わりと忘れていられたんだ。ラノベという異世界最強の避難場所もあったし」
ボクはごまかしながらも、平坦によどんだ表情のまま。
「いや……オマエにしちゃ意外と、まじめそうな恋愛してたんだな?」
ザンナくんはボクをなんだと思っているのか。
「話したらなんだか、無気力の原因がわかったよ。戦場のストレスもあるけど、それに加えた無力感だ。自分から動けるようになってみたら、なにをやってもなにも変わらない、元の世界と同じ希望の無さを感じはじめていたんだ」
この第三区間もまた、ひたすらに氷雪の闇夜と殺し合いばかり続いている。
「腐りきった騎士団、話の通じない神官団、みみっちく陰険な魔王とその配下……しかもこっちの世界にもやっぱり、物語にでてくるような悪役はいない。ぶち殺せばすべて円満解決になるようなキャラがいれば便利なのに、実際はどんなやつでも傷つければ後味が悪くて、問題は改善どころか悪化する。なんとかしたいのに、どうにかなる気がしない……それなのに大事な人たちを危険にさらし続けている……」
「どうにもならねえなら、ほっといていいんじゃねえの? それでも楽しく暮らす方法はあるんだし、それで人様に迷惑をかけないで年をとれたら立派なもんだ」
ザンナが抱きついて体温を共有させたまま、真顔でつぶやく。
「なにもかも、あとまわしにしちまえよ。オマエひとりが急ぐこたねえ。勇者ユキタンが世界を見捨てるんじゃなくて、トモユキが仲間や家族を見捨てられなかったんだ。そう言や誰に恥じることもねえ」
この魔女が真の最終ボスじゃなかろうか。
「それでもまだ、進んでみたい……やっぱり、行こう。ボクは『急ぐな』と言われてそのとおりにできるほど、素直な性格でもなかったや。初心にかえってみたら、それだけのことだ」
ボクがようやく頭を起こすと、ザンナはさびしそうな笑顔で長いため息をつく。
「まあ、それならそれでかまわねえさ。アタシはでかい儲けを狙うだけだ……行くか。…………おい、もう放せって」
「今日はザンナがやけにきれいに見える」
とがり耳がみるみる真っ赤になり、姉御は絶句したままパタパタと力無く抵抗する。
「喝ー!」
リフィヌが密着からの頭突き、そしてコンパクトな背負い投げにつなげ、見事な痴漢撃退コンボを決める。
「まったく、本当に性欲だけはあるのですね!」
毛布をすばやくたたまれてしまった。
「すみません。まだ無気力感は治らないのですが……」
「棄権しないなら、憧れの巨乳ねえちゃんのことでも思い出して帰りたい気持ちを支えてろ。……そんなにいい女なのか?」
少し離れた所から地響きが伝わり、それは段々と大きくなり、また段々と小さくなる。
「グラマーで優しくて、能天気で明るくて……ちょっとボケもかます感じの……」
コウモリモニターを見上げると、青巨人の王女は洞窟だらけの山地をぬけて広い氷原に駆け出していた。
薄水色の凍てつくような厳しい顔。
「はじめて見た時から、いろいろ近い気はしていたけど……」
居眠りする総八さんを見つめていた真日流さんの横顔を思い出す。
おびえてすがるようでもあり、貪欲に喰いつくそうとしているようでもあり、夕陽の中で微動だにせず、殺気のような女の執念を充満させていた。
ボクの青くさい、劣情中心の淡い恋心は吹き飛び、自分が男として相手にされることはないと思い知り……それでもただ、真日流さんだけは幸せにしようと決めた。
決めたはずだった。
ずいぶんたるんで腐ったものだ。
ボクたちは巨人将軍の駆け去った氷原へ踏み出した。
山地をひとつ越えただけで、ふかふかの積雪はガチガチの氷になっている。
それでやや歩きやすくはなった。気温も低いながら風はない。
星明りもない闇夜、青白い原野が果てしなく広がり、たいまつ台だけがまばらに灯る。
草木はまったく見えなくなり、極地というより、大気のない異星に立ったような錯覚をおぼえる。
頭の中は相変わらず真っ白で、途方にくれた脳内にふさわしい景色を楽しんでみる……状況を棚上げして眺めると、これはこれで美しかった。
寂しく恐ろしい氷雪の闇夜は、なぜか優しく懐かしいものにも感じられた。
ボクたちはしばらく、無言で歩き続ける。
リフィヌがうつむきがちになり、ダイカ不足のキラティカのように落ち着きなく考えこんでいるようで、ザンナはボクの呆けた顔と見比べるように心配していた。
「ん……ん? んん?! ……ぷはっ!」
リフィヌが急にあわてだしたと思ったら、竹筒を投げ捨てる。
「息詰まりの魔法か……アタシが持っておくよ。ボーズまでなにか煮詰まってきたか?」
ザンナが迷惑アイテム『息詰まりの竹筒』をつまみ上げてホウキの先に吊るす。
「まあその……第三区間の出発前に神官長様へ大見得きったものの、『現実を見ろ』という言葉に堂々と対する自信が無くなってきたというか……」
「ボクを論拠とした時点で飛躍しすぎたのでは」
「いえ、持論は撤回しません。しかしそれに基づいた行動を続ける気力が……拙者もやはり、戦場の疲れでしょうか? しかしユキタン様と違って戦闘訓練を重ね、対人格闘、魔獣討伐も経験してきた小生に足りないものとは……覚悟なのか、勇気なのか……」
「まじめに考えすぎるなっての。清く正しく美しくなんて、余裕のあるやつだけのたしなみじゃねえか……ほら見ろ、あれで十分だろ?」
ザンナが指すモニターではダイカたちが棄権を認められ、それも意外と丁寧に扱われていた。
「仲間と、たいして親しくもない他人、それに襲ってきた敵までまとめて助ける手伝いをしたんだ。もうとっくに、えげつないほどの善人様だ。あとはもう、せこくずるくど汚く切り抜けていいんだって。な!」
魔女が肩を組んで笑いかけ、神官様は泣きそうな苦笑で身をよじり、かろうじて抵抗の意志を示す。
なぜかダイカとキラティカだけは放送席へ連れていかれ、ミニ露天風呂でラウネラトラとズナプラ王女の歓待を受けていた。
カメラは競技そっちのけでケモ耳娘たちの触手責めショーを流しはじめる。
リフィヌの目が厳しい。
ボクはダイカたちの身を案じて見守っていたつもりだったけど、顔には別の感情も浮かんでいたらしい。
「ザンナくん、清之助くんの姿が見えないけど、まだ連絡とれないのかな?」
「洞窟での休憩中も呼んでみたけど……あのまま動いてないとしたら、そろそろ棄権か? せめて相談くらいのってくんねえかな……」
ザンナは猿の手首つき水晶を取り出し、もう何十回目になるのか、黙々と送信をはじめる。
「おふたりとも気をつけて!」
リフィヌが急にふり返り、ボクらも背後を見る。
何キロも平坦な氷原で突如、ふたりの獣人少女が数十メートル先まで迫っていた。
「戦う気……ですね?! 油断しないでください! 特にユキタン様!」
戦いたくないなあ。
露骨に顔に出ていると思うけど、巨乳ケモ耳のかわいい子たちを斬りつけるとかボクには無理だあ。
「ダイカは助けたのに、こっちは契約外なのか?」
ザンナもホウキをかまえてボクの前に立つ。
キツネ獣人のコカッツォは大盾……『随所の扉』を背負い、丈の短い毛皮外套から小石を二つ取り出し、カチカチと打ち鳴らす。
「アレッサから最後の注文だ。オマエらから魔法道具を奪えってよ」
細い目をさらに細め、意地悪そうに笑う。
「アレッサ様が?!」
リフィヌはうろたえながらも、足音のない突撃にそなえてヌンチャクをかまえる。
コカッツォの突撃にダイカのような迫力はないけど、のびる影のようにスルスル迫る威圧感がある。
タヌキ獣人のコカリモは何食わぬ顔で飛行機のように両手を広げたマヌケな走りかたなのに、コカッツォより高速で横へまわる。
その背には束ねたロープ……『渡りの綱』が見えた。
「試練かな。棄権させたいのかな。道具ふたつで見逃してあげよっか?」
「え。マジで? それならカボチャとか……」
コカリモの提案にザンナがふり向く。
ほかにも窒息自殺の竹筒と、首折り自殺のネックレスがある……けどボクの脳裏に一瞬、キラティカ様のほほえみとギラつく鉤爪がよぎる。
「師匠の試練なら受けて立つ!」
ボクはとりあえず鉄棒をキツネ娘にぶん投げてみる。
ウソをついてない保証が全然ない。
アレッサがボクたちの魔法道具を奪うなんて……今は言い出しかねない妙なところもあるけど、違和感もやっぱり強い。
それにこのふたりは強い。
この体格で格づけ十二と十三なら、ダイカやピパイパさんのような身のこなしのはず。
こっちの陽光脚と闇千本だって強力だけど、『一瞬のすき』が勝敗を分ける強さ。
欲しいのはその『一瞬のすき』だけじゃないか?
ボクの行動にリフィヌとザンナが驚いたのは少しだけ。
意図をすぐに理解したらしい。
鉄棒はあっさりとかわされた。
続いてボクが懐から『怪力の首飾り』を取り出した時、ザンナが『息詰まりの竹筒』を持ち、リフィヌが『自分嫌いの足枷』を握っていたことで互いに驚く。
ボクは首にかけなきゃ効果が無い、発動させても今は意味の無い魔法道具を『使う意志』だけで強引に淡く光らせる。
リフィヌとザンナも一緒になって意味なく道具をただ光らせる。
コカッツォとコカリモは大きくとびすさった。
ハッタリ成功。
でも、いつ見破られるかわからない。
ボクたちはすぐにハッタリ魔法道具を隠す。
魔法道具の知識があればそれまでだし、ピパイパさんの弟子なら頭も良さそうだし、ダイカみたいな鼻がきくとしたら……
ふたりは三十メートルほどの距離をとって回るように走る。
「く……範囲外ですね! 思ったより慎重です!」
意外とウソもうまいリフィヌ様。
ろくでもない先輩に囲まれていた影響だろうか。
「いや銀髪チビのそれ、『息詰まりの竹筒』だろ?」
キツネ獣人が怪訝な顔で指す。
やべ。タワシみたいにわりとメジャーなダメ道具なのか?
「そうだけど?」
ザンナは平然と返す……なるほど。
残り二つの正体もわからない限り、補助かなにかの可能性が残る。
あと、今のコカッツォのさぐりからすると、やっぱり残りふたつの正体がわからず手を出しかねている?
「あせっているにおい。ハッタリじゃん。コカリモの鼻はワンちゃんなみだよ~?」
げ。
「それが本当なら、怖がるふりして襲ってきていますよね」
さすがリフィヌ様。
でもこういう駆け引きは疲れる。ボクの頭じゃ追いつかない。
顔に出やすいボクの表情が死にっぱなしなのは不幸中の幸いか。
「もはや交渉の余地はありません。立ち去らないのでしたら倒すのみ……陽光脚!」
リフィヌは足先を光らせ、地面を勢いよく削り飛ばす。
コカリモは側転で氷の弾丸を避けながら外套から金槌を取り出し、困り顔で相棒を見る。
「あのパッキンちゃん、コカッツォより頭いいよ~? どうする~?」
「うっせえな! 今、『考えて』んだよ!」
「『通し』だ! 来るぞ!」
ザンナが『サインを送った』と判断したとおり、二匹はムダそうな会話と裏腹に、ボクらを挟んで真っ直ぐに走りこんでいた。
「闇針!」「陽光脚!」
ザンナは数本の黒槍を数メートルほど射出し、キツネ娘は肩を裂かれて跳びさがりながら、持っていた小石のひとつを投げつける。
「お返しだコンチクショー」
リフィヌの大きな光の盾は、タヌキ娘の金槌によって砕かれていた。
「びっくりハンマーだ~」
「おこぼれ陽光脚!」
ボクは茶わんにコピーした陽光脚をとっさにリフィヌの前へ重ねる。
リフィヌも意外と冷静にヌンチャクをふるって補助攻撃を出していた。
コカリモは意外とあっさり跳びさがっていた……陽光脚を砕けるのに、はじめから様子見だったのか?
「あつっ?!」
ザンナが肩をおさえていた。
「小石が変に曲がって……?!」
「受けたダメージをそのまま返す『報いの火打石』と、魔法による生成物を破壊する『眉唾のげんのう』と思われます!」
リフィヌ先生が即座に分析をはじめる。
火打ち石はなにをやっても相打ちに持ちこまれてしまうのか?
金槌は陽光脚も闇針も烈風斬も打ち壊せてしまうのか?
「火打石は投げ返せなくなるダメージを与えれば発動できません! げんのうは振るうより速く多く、闇千本など手数で勝る攻撃なら通ります!」
さすが反魔王最強。
「やっぱりハッタリ。もしくはたいして使えない。主力魔法は相変わらず」
コカリモもまた、一撃で分析を詰めていた。
そしてロープの両端をひきずって走り出す……ザンナのかかとに、ひっつき効果のある『渡りの綱』が触れていた!
「うわわ?!」
ザンナが倒れ、バイクのような勢いで引きずられていく。
「陽光脚!」
リフィヌがロープを蹴りつぶして止めるけど、それもわずかな時間稼ぎにしかならない。
コカッツォはコカリモに駆け寄り、ロープ持ちを代わる。
ザンナの黒タイツが破れ、白い太ももとすり傷の血が見えた。
そしてボクにも、このあとの展開が急に読める。
コカッツォはこのまま引きずり去るつもりだ。
陽光脚や闇針でブレーキをかけられようが、獣人の筋力で強引に。
リフィヌが陽光脚で加速してコカッツォを攻撃しに行っても、陽光脚の天敵である『眉唾のげんのう』を持ったコカリモが守る。
そしてその追いかけっこの速度に凡庸少年は追いつけなくなる。
何百メートルか引きずって、うざったいコピー使いを視界から消し、ウニ娘を動けなくなるほどボロボロにしたら、リフィヌのバリアーをハンマーで無力化しながらふたりがかりで襲えばいい。
チャンスは残り何秒だろう?
リフィヌも離される前が勝負と判断したらしく、魔法相性の悪いコカリモへ迷わず仕掛けていた。
ボクもそでをまくり、ナイフをふり上げていた。
モニターを見ていればボクが『風鳴りの腕輪』を持っている可能性も推測できたはず。
だけど二匹の警戒はほとんど、リフィヌとザンナへ向いている。
ボクに女の子は傷つけられないと思ってんのか?
そのとおりだよチクショー。
肩ひも腰ひもの細いビキニみたいな服で凶暴な乳と尻を見せつけてくださいやがりましてチクショー。
なんとかならないか? なんとかできるか?
愉快で楽しいみんなの勇者ユキタンは、女の子を傷つけることを死ぬほど嫌う……女の子が傷つけられることだって、死ぬほど嫌だ。
ザンナの太ももに傷が残ったらどうしてくれるチクショー……なんとかしろ、なんとかする……に決まってんだろ。
二匹の獣人の視線は、ほとんどボクとは反対方向に向いていた。
ザンナとリフィヌは、ボクを信じて反対方向へ視線を誘導していた。
オレは勇者ユキタンだ……
「吠えろ腕輪! あさっての方向へ!」
女の子は傷つけない!!
「脱衣烈風斬!!」
疾風の刃は正確無比な狙いでコカッツォの肩ひもだけを切り飛ばし、ボクは絶叫する。
「エロゲーの主人公かよ?!」
「にゃっ?!」
コカッツォがキツネ獣人のくせに妙な声を出し、こぼれた巨乳を抱えて身をよじる。
細つり目の意外な恥じらい顔に、ボクの『斬る』意志は最強聖騎士である師匠を超えた……気がする!
「さらに脱衣烈風斬! 続いて脱衣烈風斬! しかも脱衣烈風斬!」
ふたりの強豪を相手に、ボクの射撃は面白いほど、怖いくらいに当たる……なにせ自分の品性のひどさを示す高性能なので、戦慄を禁じえないよチクショオオ!!
「ポロリくらいでうろたえない!」
コカリモは生爆乳をさらしながらも堂々としていたので、極めて遺憾ながら肩ひも片方であきらめ、しかたなくコカッツォの残る腰ヒモの片方へ集中……
「報いをうけろお!」
キツネ娘の赤面絶叫と同時に、黒光りする小石が凄まじい音で空を切って撃ち抜く……ボクの下着のゴムひも部分だけを正確に。
「闇千本!」「陽光脚!」
ザンナがコカリモに飛びこんで牽制し、入れ代わりにリフィヌはコカッツォを容赦なく蹴り飛ばす。
「待って降参!」「陽光脚!」
コカリモは金槌を捨てたけど蹴り飛ばされた。
でも自分から後方に飛んでいたらしく、転がりながらも起き上がる。
ザンナは金槌をひろったあと、ロープの一端をコカリモに投げつける。
「自分で手足を縛ってくれる? 同じ魔王配下として、悪いようにはしないから」
コカッツォさんはあられもない姿で気絶している……ボクは警戒のためにしかたなく凝視していた。
獣人ふたりは手足を縛られ、肩ひも腰ひもはザンナが繕ってしまう。
「で、本当にアレッサの指示?」
傷に消毒液まで塗ってあげていた。
ザンナの名乗る『十八夜叉』はピパイパさんの認定らしいから、ピパイパさんの弟子で『十二獄候』『十三怪勇』のふたりは本来なら格上の先輩か。
キツネ娘とタヌキ娘は一応の愛想笑いをしていた。
「指示というか『ユキタンたちに会ったらどうする?』って聞いて……」
「そしたら『人を斬れないのに烈風斬を身につけているのは危険だ』って言ったから……」
「俺らは『使いこなせないようなら、ぶんどってあげたほうが親切だよね?』って……結論部分は確認してないけど……」
「指示なんか出てないじゃねえかクソダヌキども……で、なんでユキタンはまたそうなっちまう? 驚きの才能開花でノリノリの大活躍だったじゃねえか」
ボクは背を向けて体育座りで頭を抱えていた。
「『無血烈風斬』とか『平和烈風斬』とか、ほかにも名づけようがあっただろうに、なぜよりによって『脱衣』……しかもそれで過剰に引き出されちゃった性能……今なら足枷をパーフェクトに発動できそうだよ……ごめんなさいコカッツォさん。コカリモさん。リフィヌ様。全世界の女性様。もしボクが覇者になってしまったら『脱衣魔王』とか『色情魔王』とか呼ばれるんじゃないかな……」
「それはまさに絶望の時代ですねえ」
リフィヌ様は苦笑いで答えてくれたけど、ボクから十メートル以上も離れていた。
「ちっ、不調はウソでもなかったのか……妙な精神力だけ残しやがって……」
もっとなじっていいですよキツネさん。悔しそうな恥じらい顔で。
「異世界変態どもの不調はあてにならねーよな……さて、おふたりをどう扱ったものだか……」
ザンナがごそごそと自分のリュックをあさる。
「ん~、コカリモからちょっといいかな?」
タヌキ娘は手足を縛られたまま、太いシッポでコウモリモニターへ注目をうながす。
映っているのは口をモゴモゴと動かす大魔獣ティマコラと、ひとりで走って逃げるメイド人形メセムス。
「今さっき、セイノスケちゃんが喰われたように見えたけど?」
ザンナの開けたリュックの中で、水晶が光を発していた。




