十七章 狐顔も狸顔も好きなんだが? ネズミ顔とカッパ顔も捨てがたいぞ? 一
氷山の洞窟は途中から自然洞につながったのか、幅が変わらないまま天井がだんだん高くなり、片側に岩棚ができていた。
風雨をしのげて、ほかの選手に見つかりにくく、見つかっても逃げやすい。
ようやくリフィヌの納得できる休憩場所が見つかり、這い登るなりボクたちは敷物と毛布を広げて倒れこむ。
「よしまずは眠ろー。三人で体をすりつけあって眠ろー」
ボクがゲンコツを期待してザンナに抱きつくと、なぜか反応がない。
「もう少し……遠慮しろ」
え、少しでいいの? と思ったけど、怒り顔を赤くして硬直している……この魔女っ娘は妙なところでウブだったことを思い出し、あわてて離れる。
遅かった。
リフィヌはボクの腹を足蹴にして、ザンナを体ごとひったくっていた。
「痴漢は最低の犯罪です! 同意の上でも……えーと……競技中は遠慮なさってください!」
「あ~……じゃあ、この配置で」
ザンナが疲れた声を出し、ボクの足に足を重ねると毛布をかぶせる。
「え。私の足、このままですか?」
リフィヌの足はボクの腹にのったままだ。
「卑しき私めにはこれで十分でございます。おふたりの足先を暖める栄誉と、おふたりの足先の温もりをいただきたく存じます」
とかいやらしい口調で言っても、みんな着膨れして靴も履いたままだけど。
「ではヤカンはみなさんで使いやすいように……」
リフィヌはザンナとの足の間に『瞬間沸騰のヤカン』を置く。
「ごめんなさい。反省してます。ボクにそのプレイはまだ高度すぎます」
「たわっ、失礼しましたっ、決してそのような意図ではなく……!」
厳格な神官様も邪念の根源を焼く気はなかったらしい。
「いや、そこでいい。アタシらを怒らせないようにおとなしくしてりゃいいだけだ」
いやいや、リフィヌが動揺してつかんでいるものだから、かなり怖い暖かさに……その部分は熱に弱いって知ってます?
背中に冷えが伝わってきて、みんなはリュックの中身などをゴソゴソと敷きなおしながら、しばらく放心していた。
最初にザンナが無言で寝入ってしまい、ボクとリフィヌはその無防備な寝顔をのぞいてコッソリ笑い合う。
「ユキタン様も眠れるようでしたらどうぞ。拙者はおふたりが起きたら交代します」
「ひとりでだいじょうぶ?」
小声でのささやき合い。
「鍛錬を積んでおりますから。……お弁当のふりかけ程度のとりえでございますが」
「最強神官様の頼もしさあってこその休息でございます」
ボクは恐縮して両手を合わせつつ、悔悟の念をあまさずヤカンにこめて股間を熱くする……変な意味ではなく物理的に。
パタパタと音がして、紫のコウモリがヤカンの上にとまる。
「音を出してもよろしいかな?」
めずらしくコウモリ自身から、それもダンディな声がささやいた。
「これくらいの小さな音でお願いします」
リフィヌが律儀に魔王の手先へ会釈すると、コウモリも片手を添えた礼をしてからモニターを映し出す。
最初に見えたのは河岸で、奥には炎上を続ける船の橋が見える。
「我こそは魔王配下二十四守護が一角、『深紅の祝福』リクズケイなり!」
せき止められた流氷から赤い巨体の半魚人が姿を表し、両手に長細い出刃包丁のような刃物をかまえ、あたりをキョロキョロと見回す。
「あれえ?」
周囲は急に霧が立ちこめていた。
カッツリと真上から額に鎌が突き刺さっていた。
「あれえ?!」
蒼い短髪の少女が背後にまわっていた。
片方の手に大型の両刃斧を赤く光らせ、もう片方の手に大型の片刃ノコギリを赤く光らせていた。
「あれええええ?!」
ボクとリフィヌは息をのんで直視を避け、画面の下に表示された『残酷シーンは体質の適量を守ってお楽しみください』のテロップが消えるまで待つ。
就寝前になんてものを見せやがる……だいぶ眠気がとんでしまった。
続いて映ったのは青緑色の髪をした美少女の入浴姿……ボクはいろいろと感動する。
魚人ミュウリームは種族からして体感温度が違うのかも知れないけど、この積雪地においてまで肌をさらし、湯を探し当て、三区間連続サービス提供を成し遂げた。
その偉業に特別報奨を贈りたい。
「リクズケイのやつ遅いな~。身を捧げるとか言っておいて、どうなってんのかな~?」
開始前にさっさと仲間を抜けた薄情者であることを思い出したり、背景が先のコースらしく、怪しい模様が入った石積みの遺跡であることが気になった。
でも画面が切りかわってしまうと、ひたすら美乳のゆれを注視していればよかったと悔やむ。
次の画面は巨大なカラータイルのようなものが透けて見える氷原で、ダブルモヒカンの肥大した豚鬼が頭上で燃えさかる縄をふりまわしている。
「我こそは魔王配下二百五十六聖帝が一角『緊縛の炎獄』ウシュアチャなり! くらえクソガキ!『紅い荒縄』!」
そしてつぶれるように地面へ這い、自分の背を燃やす……どういう魔法だ?
向かい合う男の子が印籠をかざしてふんぞり返っていた。
「貴様……それはもしや、灯油をつけただけの縄か?! とんだ無駄足だ!」
「アジャジャジャジャジャ! 十二獄候『邪鬼王子』様とは露知らず、お許しをぅ!」
そんなやつもいたっけ。
名前がいまいち思い出せないけど、おかげで急に眠くなってきた……
夢の中のぼやけた情景。
石畳の街の雑踏の中、人間の神官や衛兵が行き交う中で、視界は急に背後へ向く。
数軒先の樽の影から、小さな革靴のつま先が見えていた。
白い頭巾をした紅髪の幼い女の子がそっと顔をだし、目が合うとあわてて逃げていく。
またあの夢だ……シュタルガの姿は今まで見た中で、最も幼い。
シュタルガの知り合いらしき視点の主は近くの路地に入り、複雑な狭い道を何度か曲がって座る。
すると見ていた小道から紅髪の女の子が飛び出し、息をきらせながら背後を気にしていたけど、真横に視点の主がいることに気がつくと飛びあがるように驚く。
「遠くから、見るだけのつもりで……」
幼稚園くらいの子が、必死で気持ちを抑えている話しかた。
頬を真っ赤にして半泣きになっていたけど、その顔からだんだんとおびえが消え、視点の主が近づくと、不思議そうに見上げる。
頭をなでられると照れてほほえみ、でも白い頭巾を両手で抑えて逃げ出す。
少し先で走りながらふり返り、うれしそうに手をふる。
そして路地から出てきたふたりの大人にぶつかってしまう。
衛兵姿の中年男たちは女の子を助け起こそうと手をのばし、とれてしまった白い頭巾もひろってやる。
ふたりの顔色が変わった。
女の子はあわてて前髪のあたりを両手で隠したけど、つきとばされ、槍をつきつけられる。
視点の主は逃げた。
狭い裏路地に入ると、扉の近くの植木鉢のずらし跡を見て、底に隠してあった鍵で勝手口から入り、台所のまな板をつかみ、住人を背後から殴り倒し、財布を奪って走り出す……なにやってんだコイツ?!
狭い道を曲がり、財布とその中身を別々に投げ捨て、屋根に登り、飛び降りながらまな板をふるう。
槍をかまえた中年男が倒れ、その隣にいたもうひとりも、背後をふり返る前に殴り倒された。
一撃ずつ正確に首筋をとらえていたけど、視点の高さは大人の腹のあたりで、手の大きさからしても……子供だ。
視点の主はまな板を捨てると、白い頭巾の汚れをはらって女の子に渡し、その紅い髪から生えている小さな白い角を大事そうに撫でる。
幼いシュタルガは呆然と見上げていた。
夢の中なのに、ボクは夢の中にいることを自覚できている。
そしてこれが他人の意識であることも。
視点の主が突然に逃げて強盗を働いた意図は、たぶん偽装工作だ。
衛兵ふたりは逃走中の強盗犯に襲われ、鬼の少女を見失ったことになるのだろう。
でもなにからなにまで、手際が異様によすぎた。
夢の中の情景が変わって深い森の中。
一部屋ほどの陽だまりで倒木に腰かけ、幼いシュタルガが隣で笑っていた。
さまざまな木の実をいれたかごと、さまざまなお菓子をいれたかごが置かれている。
山のおやつと、街のおやつを持ち寄ってピクニック?
視点の主はシュタルガの表情ばかり見ている……そういえば、さっきの場面では珍しく、それほどシュタルガを目で追ってなかった。
あれが初対面か?
少しだけ視線がそれて、数キロ先に転がる死体の群れを一瞬だけ確認する。
この視点の主の五覚は異常に鋭い。
そして焦点の合わせかたからすると、分析も異様に速くて細かい。
手の大きさからして、まだ初対面から時間はそれほどたってない子供だ。
でも視点の動きからして、死体の山を作ったのはたぶん、コイツだ。
シュタルガは心配そうに見上げていた。
「なんでもできるのに、すべてが苦痛でしかないのか……なぜ耐えられるのだ?」
返答の代わりに紅い髪を撫でられるとうれしそうにほほえむけど、またすぐ、さびしそうな心配顔にもどってしまう。
小さな体に似合わない、とても大人びた表情。
「わしはなにもできん。妖鬼王の娘でありながら、一族でも一番の落ちこぼれだ。それでも今のままでいたい……これこそがわしのとりえか。弱さと、臆病さと……」
ふと目がさめる。
股間……いや、やかんがすっかり冷えていた。
リフィヌだけが上半身を起こし、モニターをじっと見ている。
ボクの視線に気がつくとほほえみ、次に心配顔になった。
「まだ数分ほどですが……どうかされましたか?」
紫コウモリに距離をとってもらい、寝息をたてるザンナごしにヒソヒソと耳打ちする。
「『夢見の腹掛け』が発動して……シュタルガに家族っているの?」
「妖鬼魔王の過去はタブーになっていますが、大戦中に知られていた噂ですと『邪魔な肉親は葬った』と本人が自慢し、ひとりも残っていないそうです」
またずいぶんと魔王らしい……けど、あの幼い紅髪の女の子からは想像しにくい。
「父親である先代の妖鬼王は変わり者だったようですね。先代覇者、邪鬼魔王の配下でも有能な実力者として知られていましたが、権力には興味が薄く、芸人、芸術家、それに今の侍従長ダダルバさんのような研究者を優遇し、ふたりの奥さんも異世界人の一世と二世で……」
家族かと思ったけど、殺されたなら夢の視点の主にはならないか。
ザンナが目を開けてしまう。
「物騒な話をしてんな……そういや『臓腑使い』ナディジャの言っていた『最後の覇者』って誰のことか、心当たりあんのか?」
重要そうなのに、なぜか今まで話題にしなかった。みんな疲れているせいかな。
「そこまで強いかはわからないけど、四天王くらいは名乗れそうなやつがシュタルガの古い知り合いにまだいるみたいなんだ」
「そんな噂もあったな。教団は『影の四天王』とかまじめに探っているのか?」
「『筆頭』魔竜将軍『双璧』巨人将軍に『七妖公』武闘仙『八武強』豪傑鬼を加えた実質の四強のことですか?」
「なぜ『三魔将』吸血将軍は除外に」
ボクの疑問は論外のごとくザンナに手をふられた。
「パミラさんは常に仮想敵だから……いや、そっちじゃなくてシュタルガ様のピンチに現れるっていう『隠し大幹部』のほう」
「神官会議では話題になりませんね。ナディジャさんのような、表に出ない実力ある協力者たちがそのように思われているのでは? 策謀を得意とする魔王なので、影でどれだけ買収を駆使しているやら」
アレッサの母親『山の聖騎士』リューリッサも一時的には協力者だったくらいだ。
交代にリフィヌが横になって目を閉じると、ザンナは紫コウモリを呼び寄せる。
モニターに映る大魔獣の背中にはピラミッド型の風雨よけガラスが設置され、数人が入れるミニ露天風呂まで増設されつつあった。
放送はコタツに固定でグダグダになっていた。
ファイグ神官長が副神官長のネルビコ氏に代わっている。
教団きっての日和見主義者、おっとりオジサン聖王、名ばかり老剣聖、ニクダルマ大王が優雅すぎる親睦会談を続け、魔竜将軍どころか解説魔王とアナウンス将軍まで薬を盛られたように眠りこけている。
……というか聖王のヤロー、アンタ今その隣でもたれるように眠る魔王を仕留めちまうのが反魔王連合の頂点としての役割じゃないのか?
せめて顔に落書きでもしておけよ!
「いいんかのう? 三大勢力のバランス変化は競技の肝じゃろうに……」
昨夜から幹部になったばかりのラウネラトラに貝殻マイクが預けられていた。
「後方の動きにも注目したいですね。ユキタン同盟を支えて送り出したダイカ様が、今度は途中棄権の希望者を集めていらっしゃいます」
番組アシスタントのズナプラ王女だけが臨時コメンテーターとしてはきはき間をつなぐ。
「どの派閥も抗争に本腰を入れる中、負傷の身をおして救いの手を差し伸べるお姿はまさに勇者たるまばゆさ。ダイカ様の凛々しいお姿をもっと重点的に映すべきで……」
発言内容は少々かたよっている。否定する気はありませんが。
「ただの集合撤退じゃと画面的には厳しいのう。凛々しい乳や尻のアップを撮りすぎると叩き落とされるし……ん? なんかあった?」
ダイカたちを映す子画面が拡大される。
傾斜の大きい林だけど、高い山々は遠く、スタート地点に近い、小さな丘が重なるあたり。
ダイカとキラティカは片腕を首から吊り、クマ二匹、半馬人おじさん、護衛神官の女性、みんなケガだらけで、即席の木槍を杖がわりにしていた。
アシカ獣人とアザラシ獣人も合流できたらしいけど、その三倍近くも背のある小山のような海獣の獣人が二体、太い鎖を引きずりながら迫っていた。
長い牙の生えたセイウチ獣人は木の棚を盾のように腕へ鎖でくくりつけ、巨大な燕尾服の上に不恰好な鉄の胴鎧を着込んでいる。
「みんなには同情するよ。いや本当に気の毒に思う。だから話を聞いてほしい。ダイカくん、キラティカくん、君たちが本調子なら、とてもいい勝負になると思っていたんだボクは。期待していたんだ!」
くちびるが丸々隠れる長い口ヒゲをもごもごと動かし、悲しげな目でバフバフ息を荒げている。
もう一匹のトド獣人は少しだけ体格が小さく、牙もヒゲも無いアシカ獣人と似た顔。
太い鎖の先に金庫というか、骨董品の小型ワンドア冷蔵庫のような金属箱をくくりつけている。
真っ直ぐな目で一同を見回して何度かうなずく。
「もうたいした魔法道具もなくて苦しいことはわかっている。決して悪いようにはしない。信じていい。嘘はつかない。同じ獣人、海獣の獣人としての誇りに誓おう。死ね」
「苦しまないようにするよ! 暴れないでね!」
二匹は突然に鎖をふり回して突撃し、ダイカたちは足を止めて見上げていた。
二匹の体が急に沈み、雪面にスッポリとはまる……落とし穴?
ケガ人集団は一斉に木槍で突きかかる。
「加減すんな! 木槍じゃどうやっても死なない!」
ダイカが叫びながらセイウチ獣人の喉へ槍先を腕ほども突き入れ、ほかの槍もそれに続く。
そしてダイカの言葉どおり、二匹の大海獣はまるで平然と、槍をへし折り、体からむしり抜き、血まみれで穴から這い上がろうとする。
「ウォー! わかってるじゃないかダイカくううん! こんなツマヨウジじゃ死ぬ前に眠くなっちまうよ! ……ごぶふっ?!」
その頭へ電柱ほどの木の幹が倒れて当たり、周囲の木々が次々と重なるように襲いかかる。
画面手前のズナプラ王女が身を乗り出して腕をふり回す。
「ダイカ様は幹にも切れ目をいれて待ち受けていたようです! さすがダイカ様です! 魔王配下十五猛貴のセイウチ獣人ウィーポユ選手、同じく二十戦騎のトド獣人スプリンビッグ選手、ダイカ様の聡明さを前に、なすすべもありません!」
その手にある資料らしき紙束をちらちら見るだけでよどみない実況をこなしている。
スピーチ慣れはさすが王女様?
「なんもない平地なら負ける要素はなかったじゃろうに。負傷をあてこんでうかつすぎたのう。武器にしとる『汚れ水の製氷機』は汚れた水ほど早く凍るだけ……暑い区間用じゃろう。棚は……ちとわからんが、見たまま防御用途らしいのう?」
ラウネラトラは敵内部からネタばらしで加勢する……さすが老練。
「よし。じゃあ次の仕込み場所に行くぞ」
容赦なく袋だたきで追撃した一行は、ダイカの一声ですばやく撤退をはじめる。
そして穴の中の二匹もまたしぶとく、少しずつ木々の山をずらしながらぼやいていた。
「そんな生き方でいいのか? 君たちの信義が問われているぞ。必ず後悔する」
トド獣人の落ち着いた呼びかけにキラティカが気まずそうな表情でふり返り、引き止めようとしたダイカの手もふり切って駆けもどる。
ポシェットから小さな瓶を出して握っていた。
「アナタの言うとおり、このまま置いていったんじゃ、後悔しそうね?」
二匹の獣人に瓶を差し出し、中身を頭へぶちまけると、マッチを擦った。
「キラティカくん? これもしかして灯油かね?」
金毛のネコミミ美少女はほほえんでうなずく。
「う~わ~」
ザンナとラウネラトラが同じ声で苦笑いして、ボクとズナプラは同じしらじらしいほほえみで目をそらす。
絶叫をあげるキャンプファイヤーを遠目に見ながら、キラティカが駆けもどる。
「ごめんなさい。半分以上あげちゃった。あれくらいじゃ死なないと思うけど……」
「まあ、脅しや足止めにはなるだろ。今の内に急ごう」
「ダイカ様たちを早くお迎えに上がらねば……出発はまだでしょうか?」
王女様の心配に応えてカメラは下へ移り、放送席の床面を見上げる角度に。
ラウネラトラの隣から消えていた侍従長ダダルバ老は大鬼の兵士にかかえられ、工事監督をしていた。
大魔獣ティマコラの背に置かれた放送席の接続もようやく最終確認できたようで、小鬼たちが出発準備にわめいて走り回る。
選手村の外では騎乗用に鞍をつけた魔獣や竜の群れがすでに整列待機していた。
兵士はみんな馬や竜に乗り、ウジャウジャいる小鬼の雑兵すら大型犬のような魔獣に乗っていた。
部隊の端は海岸まで届き、海にはサメとワニを合わせたような巨大魚と、それに騎乗する大柄な魚人戦士の一団がさらに列を延ばしていた。
海上部隊の中央には武道着姿のウサギ獣人……武闘仙ピパイパさんが白毛皮のコートを羽織るだけで元気に長い手と豊かな乳をふる。
豪傑鬼シャンガジャンガはいつものビキニなみに露出した革鎧に、ヒグマ一頭分をまるまる使った毛皮を羽織り、マンモスとシロクマを合わせたような魔獣に乗って陸上部隊の中央にいる。
ティマコラが到着すると巨大な鉄棍棒をふり上げ、号令を張り上げた。
一斉に進軍がはじまって間もなく、兵士たちが急にどよめき、背後を見上げながらティマコラの周辺を大きく開ける。
大魔獣にも見劣りしない、巨大な人影が迫っていた。
藍色の胸当てと半ズボン、薄水色の肌、優しい美貌。
長い脚はゆうゆうと追いつき、放送席コタツの横で歩調を合わせる。
「いってきます」
おじぎをしても見下ろす低さに仕える君主がいた。
「うむ。行ってこい」
シュタルガは淡々とした笑顔で返す。
パミラとドルドナもいつの間にか起きて見上げていたけど、ゴルダシスと同様、笑顔はなかった。
巨人将軍はふたたび元のペースで歩きはじめ、みるみる距離を広げ、百メートルほど先からは駆け出す。
それだけで足きり部隊の全兵士が、そして宮殿前広場の入浴客たちが低く歓声をあげた。
どよめくような興奮、緊張、恐怖、期待の入り混じった複雑な合唱。
「やっぱ、やばいの?」
ボクは毛布を引き寄せてしがみついていた。
「たぶん、すごく……アタシもゴルダシスさんの本気は見たことないんだよ。笑わない出撃なんて、はじめて見るけど……とにかく全力で避けような?」
ザンナは手足をこすり合わせて寒気を散らそうとする。
リフィヌは寝顔まで明るく笑っていた。
「なるべく寝かせてやりたいけど、この寒さはなんか変だな?」
「そりゃ氷の中だし、ゴルダシスちゃんが笑ってくれないから」
「いや、もしかすると『死神の洞窟』かも。魔道都市の崩壊で温度管理がいかれたって言ったろ? 風をしのげるはずが外より冷えがひどくて、寒冷地に慣れた狩人すら知らずに入ると凍え死ぬっていう……」
かまくらでなく、冷凍庫の中か。
「とはいえ、ほかの選手のことを考えたら、ここしかねえんだよな……いいから、もっとくっつけ。これじゃかえって消耗する」
ザンナはリフィヌとボクを引っぱり寄せてしがみつく。
死神ばんざい。
ボクはボンヤリにやけてしまうけど、ザンナは心配そうに見ていた。
「緊張感なさすぎるかな?」
「いや、しかたねえよ。たぶんオマエは、オマエが思っている以上に疲れているんだ。意識したほうがいい」
ザンナが真顔でそんな優しいことを言うものだから、ボクのほうこそ心配になってしまう。
厚着ごしとはいえ、女の子ふたりと密着しているのだから、ボクの疲れは急速に霧散している……はず。
モニターがふたたびダイカたちを映していた。
険しい顔ですぐ近くの崖を見上げている。
別の獣人少女がふたり、笑って見下ろしていた。
アレッサと一時協力していたキツネ獣人とタヌキ獣人だ。
「うわちゃあ。ピパイパどのの弟子はまずいのう。え~と……」
ラウネラトラが資料をのぞきこむ。
「十三怪勇のキツネ獣人コカッツォ選手と、十二獄侯のタヌキ獣人コカリモ選手……いやいや、格づけ以上に危険な相手じゃ」
ズナプラ王女はふたりを知っているらしく、おびえ顔で声が出ないまま資料を握っていた。
面長のほうは白目がちな細長い目が酷薄そうで、顔だちは整っているけど好みは分かれそう。
「なんだよダイカ。ケガしてなけりゃ盗みおぼえた武術をどれだけ磨いてきたか、確かめてやったのに」
どエム男性なら目つきだけで歓迎かもしれない。
ボクとしてはダイカにせまる勢いの巨乳だけで画面的には歓迎だ。
下チチを放り出し、ヘソ下まで大きく露出したローライズのビキニじみたランニングスーツ。
それに丈の短い毛皮ジャケットを着るだけで雪景色に立てる獣人少女バンザイ。
もうひとりの丸顔はタラコくちびるで、大きなどんぐりまなこはクマが濃くて目間が広いけど、やはりかわいいほう。
「ワンちゃんニャンちゃん、ひっさしぶり~。今はパシらされてるだけだから、そんな面白い顔しなくたって帰ってあげる~」
そう言って、抱えていた金銀の外套を放り投げると相棒と同じ露出が見え、ダイカと好勝負の爆乳も放り出され、ボクの中で一気に合格圏を突き抜ける。
「あれ一体、なんのつもりだ?」
ザンナが驚くのも無理はない。
タヌキ娘の胸は、もはや出ている部分のほうが大きく見える。
「やっぱり持っている人は放り出すのが使命だとわかっているんだよ」
「いやまさか、あんな貴重品を……」
「見せて減るお宝じゃないし……あ、外套のほうか。え、『虚空の外套』を放り投げた?!」
ザンナも話の食いちがいに気がつき、哀れむような目でボクを責める。
ダイカもキラティカも外套には目もくれず、ふたりの獣人が去るまではほかのみんなのことも手ぶりで抑えていた。
「アレッサが取引したらしいな。あの配達でもう二個くらいもらえるとしたら見合う……のか? 大きな往復だけど、獣人の脚力で選手の薄くなった序盤なら……」
「ともかく、あの外套があれば投降は歓迎される。ドルドナの気まぐれで焼かれる心配は低くなったようでなにより」
ダイカが無事に棄権できそうだし、露出度の高い巨乳も観賞できた……けど、なぜか顔体に力が入らず、フワフワと実感が無い。
「やれやれ。ひやっとしたのう。やる気なら半分も逃げられんかったじゃろ……しかしアレッサちゃん、あんなのどうやって説得したんじゃろ?」
ラウネラトラはさりげなくズナプラの手を握り、励ましていた。
……でもなぜか、ボクの気持ちは平坦なまま動かない……なにかおかしい。
眠気や足の疲れはかなりとれたのに、思考というより気持ちが霞み、よどんでいる。
モニターが変わり、最後尾らしき鎧の戦士が八メートル近い緑色の男巨人にたたきとばされていた。
カブトムシでも解体するように戦士の鎧はむしりとられ、バラバラに投げ捨てられる。
「ぐぅお。結納品がねえ。ここにもねえ! 俺、嫁ほしい。一年でいい。一ヶ月でいい。青巨人の美女を、巨人王女ゴルダシスを奥さんにしてえ! がんばった……俺、必死でがんばったんだ!」
体中が細かい斬り傷だらけの緑巨人はよろよろと立ち上がり、コース後方から迫る地響きへ向かって両手を広げて叫ぶ。
夜の闇と薄い霧の向うから、同じ八メートル近い身長で、バランスは常人基準で完全なグラマーモデル体型が駆け寄っていた。
「女の子は赤ちゃんができると十月十日おなかにかかえて、生まれてからはその何十倍も大変なんだよ?」
優しい声が響き、藍色の短パンと胸当て、そして笑わない大きな両目が見えてくる。
速度を落とさない青巨人少女の疾走を前に、緑巨人オッサンの期待するような笑顔はだんだんと薄れる。
「きみが女の子だったとしたら、計画性のないヘタレ君と子づくりしたいと思うかな?」
緑巨人トマッキルムがおびえ顔で一歩あとずさると、ゴルダシスは手が地面を擦るほどに身を低くして加速し、肘を深く打ち出す。
常人の身長同士であれば、緑巨人は跳ね飛び、転がって倒れただろう。
常人の体なら、そうやって衝撃を逃す構造になっている。
全速力で飛びこんだ薄水色の巨体は肩近くまでめりこみ、緑色の超重量体格は水あめの壁で支えられているかのように緩慢によろけ、背がぼっこりと頭ほどもふくらむ。
続けて顔面に入った拳骨にも首や背骨に柔軟な反応はなく、緑巨人は奥歯までゴッソリと砕かれながら背筋をそらす。
拳のめりこんだ頭はそのまま、地面まで引きずり倒すようにたたきつけられ、押しつけられる。
「きみとのらぶらぶは、ちょっとないかな。ごめんね」
巨人将軍は無表情に見下ろしていた。




