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十六章 聖女と魔女の違いは? 起こした奇跡が誰の得か? 一

 コウモリモニターに映る放送席では小鬼がいそがしそうに動いていた。

 そろそろ最後の選手が出発になるようで、足きり台も出発の準備をしているらしい。

 コタツから動こうとしない魔王シュタルガを床板もろとも大魔獣ティマコラの背へ移す無茶な工事作業をしている。


 治療を終えたボクたちは橋からの後退に動きはじめる。

 残る神官団の一斉攻撃が迫っている恐れがあり、騎士団の奇襲もどこから飛び出すかわからない。

 情報交換の続きは歩きながらになった。


「背の高い『鬼火の神官』ウィウィリアさんは近接攻撃が主体です。『惨劇ののこぎり』は刃が高速振動するので受けるのは危険です。槍の効果は不明ですが、やはり直接に刺して使うようです。鎌を投げているのは、はじめて見ました」

 リフィヌが出発前にボクたちにした解説で、ダイカは聞いてなかった。

「鎌は音に向かって飛ぶらしいが、小石で音を立てても誘導できなかった」

「すると『口裂けの鎌』のようですね。生物の内部から出る音……つまり『声』に向かう効果です」


 こういった動体視力と分析力を併せ持つ仲間が多いほど有利なのだけど。

 魔法の効果はおおむね『個人で可能な作業』という規模や威力に収まりやすいものの、種類が多すぎる上に受け渡しが簡単で、誰がなにを使ってくるかは出たとこ勝負の感が強い。

 仲間の数と多様性、あとは柔軟な対応力が勝負を大きく分けている。


「男の神官は烈風斬を平気そうに受けていた。あと、腕力が人間ばなれしているのか? ふり回している鎖分銅はオレでも持ち上げるのがしんどい重さに思える」

「腕力もありますが、投げる時にも『罪悪のいかり』の魔法を使っているのだと思います。体を金属のように重く硬くする『いかりの鉄拳』は通常、動きを著しく制限しますが、『綿雪の神官』シジコフさんは発動条件である『罪悪感』の操作で重心やタイミングを運動にも利用できるようです」

 操作できる罪悪感って一体……しかも殺害数トップの神官で無表情……近づきたくない相手だ。



 貨物室から甲板に上がり、船尾から元きた船の甲板へよじ登る。

 最初はザンナが登って周囲を警戒し、次にキラティカに背負われた重傷のダイカ、続いて重傷の獣人より弱いボク。

 半馬人のいた船室へ降りるはしごは十メートルほど先に見えている。


「狙撃のほうは厚化粧神官のにおいがしたと思ったら、近くでなにかがはじけて、いきなり目と耳がきかなくなった。耳が少しあとだったかな? あとはもう、アレッサの手とにおいを頼りに逃げ、手に書いてもらった文字や記号をオレが推測して応えるやりとりだ」

「狙撃手は髪の短い『遊星の神官』ミラコさんです。急に治ったということは、撃った弾に目つぶしなどを仕込んでいるわけではないようですね。そう思わせるための偽装か、『朔月の神官』ミラーノさんの魔法の補助か……あんなにも距離を離して視覚と聴覚を奪う効果……う~ん、ちょっとわかりませんねえ?」

 最後尾のリフィヌが登り終えようとしていた。


「魔法がなくても厄介そうだったな。見た目と性格が無茶苦茶なわりに、猟師としてはそうでもない……ん?」

 ダイカとキラティカが急に空を見上げる。

「無茶苦茶はテメーのデカチチだろうがあ!」

 ザンナよりもけたたましい女の子の怒鳴り声が大型船一隻を隔てた後方からツッコミをいれる……狙撃コンビの短髪ミニスカのほうだ!


 船橋の上で弩弓の狙いをつけて足を広げて踏ん張り、堂々と見せている下着に性的な価値は見出せない。

 それでも薄水色を確認しているボクの悲しい注意力。

 長髪ロングスカートの相棒はなぜか射手の背に隠れて妙なポーズをとっている。



 ダイカたちの見上げていたマストの上で炸裂音がした。

「早く船室へ! 陽光脚!」

 リフィヌが後方へ蹴り上げた光る盾にも別の弾丸が当ってはじける。


「……え?」

 あっけない破裂と、派手に飛び散る粉塵。

 ボクは茶わんで陽光脚をコピーし、次の狙撃に備えようとしていた。


「目つぶしです! 魔法でなく!」

 リフィヌがボクの腕を引き、強引に回れ右させて引っぱる。



「目と耳やられた。目と耳やられた……聞こえてる?!」

 数歩先のキラティカは発音のはりが不自然に弱い。

 タイミングからして魔法の効果……ややこしい真似を!


 駆けつけたザンナが手をとり、キラティカの自信なさそうな足どりを導く。

「船室には近づくな! ……ザンナ?!」

 キラティカの背から降りたダイカが叫んだけど、今度はザンナの動きがぐらつき、キラティカがぶつかる。

「アタシの目がやられた! このまま船室だな?!」

「近づくなって、どこに?!」

 ザンナと入れかわりにキラティカの目と耳がもどったらしい。

 ダイカが『船室に』と言った直後という最悪のタイミングは狙ったものか?


 船室から数歩先の床へ鉄球が当たり、ザンナの頭をめがけて跳ねていた。

「あうぐ!」

 とっさにかばったキラティカの腕へ鉄球がめりこむ。


「角度だけでなく、時間差や跳弾まで……こんなに手のこんだ狙撃をしていたのか! アレッサでも対処が難しいわけだ!」

 ダイカが『遊星』の狙撃に襲われるのは二度目だけど、一度目は視覚聴覚を奪われていた。



「行ける人から船室へ! 陽光脚!」

 リフィヌは後方へ向かって広く屋根のような光の半球を蹴り上げる。

 弾をはじいた重い摩擦音が聞こえ、漂う目つぶしの粉塵も押しとどめられた。


 その防壁すらまわりこむように風切る音が横から聞こえ、ボクはとっさに陽光脚をコピーしなおす。

 ザンナを抱えるように船室へ押しこんでいるネコ耳美少女を守るため……はじけろボクの父性本能!

「おこぼれ陽光脚!」


 ところが、まわりこむ音は思ったよりも長く続き、ほとんど後方から吸いこまれるように向かってきた。

 そしてボクの盾はリフィヌよりあとに出したのに、リフィヌより先に消えそうになる。

 出たとこ勝負の瞬間的なテンションで守っているせいか?!


 目の前で激しい摩擦音がして、黒い金属球の形が見えた……少しは減速したから、鼻が折れるくらいで済む?

 ガギリとひっかくような音がして、弾丸はボトリと胸に当って落ちる。

 ダイカがボクの一歩先へ爪をふり下ろし、烈風斬で叩き落してくれていた。



 ダイカはさらに片手でボクを船室へたたきこみ、先に下りていたキラティカはそれを知っていたかのように片手で受け止め、床へ投げ転がす。

 すぐに続いてダイカ、そしてリフィヌが転がり落ちてきた。

 ふたりとも真上からの追撃弾を警戒し、すぐに横へ飛びかわす。


 ザンナはすでに船内廊下への扉を開け、その影で周囲を警戒していた。

「オレは見えている。リフィヌのほうだ!」

 ダイカの声でキラティカは焦点の合わないリフィヌを片腕で抱え、ボクとダイカも続いて廊下へなだれこむ。


 背後をふり返った瞬間、ハシゴ口から飛びこんでくる弾が見えた。

 鉄球は床に当ると当然のようにこちらをめがけて跳ねる。

「勘弁してくださああい!」

 ボクは絶叫して『おちこぼれのはし』をふるう。

 はしに重い手ごたえがした直後、数メートル先の廊下の天井が削れる音がして、鉄球のめりこんだ跡が煙を吹いていた。



 廊下の扉はぼろい木製だけど、閉めるとようやくまともに息を吸えた。

 もちろんすぐに距離をとる。

「『鬼火』と『綿雪』のおふたりも橋へ登って来ていました! ……あれ? 拙者の目、もどりました」

 リフィヌの声で互いの顔を確認するけど、みんな無事みたいだ。

 解除の理由はわからないけど、ともかくも先を急ぐ。


 はしご部屋のマッチョ半馬人は消えていた……騒ぎを聞けば当然か。

 奥の部屋では重傷だった護衛神官の女性も消え、壁際の血痕だけが残っている。

 キラティカはダイカに肩を貸し、ボクたちの来た道を鼻でたどって早足に先導する。

「追ってこない……? あと、コレどうする?」

 コレというのは、キラティカが船室の扉を開けるとわかった。

 モミアゲ半馬人の背に、護衛神官の女性が腰かけてしがみついている。

 なにやってんだアンタら。


「理解はあるつもりです。ボクも人のことは言えませんから」

「こ、これは、違うのです! 自決を諌められ……」

 護衛さんが真っ赤になってバタバタうろたえなければごまかしようもあったのに。

 キラティカは殺気がないことだけ感じとったのか、無視してダイカと先を急ぐ。

「ボクの仲間が棄権しに後退しますので、よければ一緒にどうぞ」

 ボクもそれだけ言ってザンナとリフィヌを先へうながす。


「っておい、馬はともかく、クソボーズの仲間まで一緒でいいのかよ?」

 ザンナが小声で聞いてくる。

「それはリフィヌもだろ? あのケガじゃ戦えないよ。この橋は選手が密集するから、とりあえず岸には降りたほうがいい」

 次の部屋ではキラティカがダイカを背負い、はしごを昇っていた。

「あの……お言葉に甘え、ご一緒させていただけますか? 死を覚悟していたとはいえ、どこでコウモリに映されているかも気にとめず振舞ってしまったので……」

「え。そんなすごい一線を越えちゃったの? こんなところで?」

 たいしたものだ……と感心したけど、リフィヌの悲しそうな笑顔からすると誤解らしい。

「ユキタン様。小生が助言をいただいた件かと思われますが」

 護衛さんも真っ赤になってうなずく。

 大柄でいかついと思っていたけど、やはり恥じらう女性の姿はかわいい。


「それと、そのはしごは彼の脚では登れないそうなので、恐縮ですが……」

「彼、ねえ? どうするキラティカ?」

 関わりを避けるように先にはしごを登っていたザンナが面倒そうにつぶやく。

 キラティカは興味なさそうにのぞきこんでいたけど、リフィヌの懇願するような目を見ると小さくため息をつき、ザンナと交代にすべり降りてくる。

「片腕ヒビいってるから荒っぽくなるよ?」

 キラティカはボクも先へ登らせ、重傷の護衛さんはリフィヌに背負わせる。

 そして息を整え、馬の下にもぐりこんで肩にかつぎあげ、ケガしているほうの腕で馬の脚を交差するように抑えると、金属はしごをミッシミッシきしませながら勢いよく登りだす。

 出入り口に馬が近づくとダイカとボクとザンナも手をのばし、あちこちこすってぶつけながら強引に引っぱり上げた。

 続いてリフィヌも、自身の倍は重そうな護衛さんを背負ったまま登りきる。

「驚きました。さすがに獣人さんの筋肉は違いますね~」

 いや、君の筋肉もおかしい。


 リフィヌはわずかに迷ったあと、なにげない笑顔で半馬人の背へ護衛さんをのせる。

 同時に護衛さんの目から涙がこぼれる。

「あああの、拙者、誰にも言いませんから! 副神官長様の中には異種族婚に寛容なかたもおりますですし!」

「い、いえ、誤解です。リフィヌ様が……あんまり優しい笑顔をされますので。なぜこの戦場で、孤児院の子供たちの面倒を見る慈悲ぶかきお姿のままなのか……一体どのように服従させられてしまったのか……」

 それも誤解です。


 無事に岸が見えてくると、意外な出迎えが待っていた。

 あちこち血のにじんだ包帯を巻いたシロクマに背負われ、腹を包帯でグルグル巻きにしたツキノワグマが手をふってくる。

「よっお。お互い、さんっざんみてっだなあ?」

 生きているだけでもうれしい。ボクも手をふり返す。

 外見が熊すぎて顔色はよくわからないけど。

「棄権? か?」

 シロクマが首をかしげて聞いてくる。

「ダイカはそう。とりあえず場所をずらそうか。橋のまわりは危ないから」

 ボクはまるで友人みたいに話していた。


 まずは岸ぞいの尾根までみんなで登る。

「アレッサはすげえな。あれ、どうやった? ……なんだ見でねっか?」

 ツキノワグマがぼくたちを追っていた紫コウモリを指し、ボクたちの驚いた表情で言葉をつけ足す。

 クレーンで吊り上げられたままの放送席コタツ、その中央で大きくされたモニターに木造の船橋が映っていた。


「切り裂きのクソがああ!」

 短髪神官が血まみれの腕を抑えてわめき、長髪の神官は柔道の寝技のように押さえつけて無理矢理に包帯を巻いている。

「いい狙いだクソッタレがああ! 早く追わせろよミラミラ!」

「ちゃんと縛らないと追う最中に倒れちゃうミラミラ?」

 長髪で厚化粧の神官はあやしておどけるように首をかしげるけど、自身も胸と腕にバックリと深く開いた傷がある。

「ミラコは見えた? どこから撃たれちゃった?」

「オレが知るかよ! オレが槍の距離を見逃すわけねーだろ! 魔法か手品だ!」



 モニターでわめく『遊星の神官』の言葉に、歩く魔法辞典リフィヌがなにか思い当たったようで目を丸くする。

「理論上は『乱舞の銛』で可能かもしれません。方向は決められない効果ですが、望まない方向になるたび即座に方向転換を重ね、実質的な長距離誘導に……しかし動体視力が追いついたとしても、発動の意識を遠くまで届けることはもっと大変なはずです。魔法による射撃に熟練したアレッサ様ならではの使用法ですね」


 異様な高さから包帯の換えをさしだす異様に長くて細い腕が映った。

「ミラーノちゃんのほうが天国の入口が開いているかもしれません。そう天国」

 顔が映らないけど、かすれたうれしそうな声からして『鬼火の神官』で間違いない。

「勝手に死んでんじゃねーよミラーノ! おいミラーノ! とっとと縛りプレイ終わらせて生き返れミラーノ! 追うぞミラーノ!」

 ミラコが吠えながらゆさぶり、ミラーノが自分の傷口を縛る作業を邪魔する。

 ミラーノはゆっくり首をふって抗議しながら、困ったようにほほえむ。


「やつらが追ってこなかった理由はあれか……しかしアレッサはどうやって橋までもどったんだ? 獣人でもあるまいし、金の外套まではかなりの距離があったぞ?」

 ダイカの疑問にちょうど放送席モニターのひとつが答えた。

 岩山を映す画面では狸獣人の少女が騎士団の本隊に追われ、落ちている銀色の外套を走りながらひろい上げる。

 援護して騎士団へ石つぶてを投げるアレッサは、狐獣人の少女に背負われていた。

「ピパイパの弟子か……狙撃神官は兄弟子カワウソ獣人の仇だったな?」

 あのアレッサが自分でくどいて協力させたのか?


 雪の高波に乗って襲いかかろうとしたシャルラ総隊長は、突然にピンク髪をかすった真横からの『乱舞の銛』に悲鳴を上げて転落する。

 狐獣人の行く手の谷で待ち伏せる二番隊の三人には雪崩が襲いかかっていた。

 重力コマの使い手が雪崩へ向かって駆け上がり、坂の上の雪を押しつぶして下流に安全地帯を作った。はずだった。

 雪の激流はなぜか坂の下からも飛び上がって二番隊の三人を挟み撃ちに埋める。

 雪崩の下流へ自ら突っこんだアレッサの大盾……『随所の扉』がピンク色に光っていた。


「方向転換の魔法で逆流させたようですね。雪崩は『地割れの根付』で発生させ、『乱舞の銛』は小石を布石として気づかれにくく……銛に綱が見えません。糸などに変えたようですね?」

 リフィヌの解説が追いつかない。


 埋まっていたスコナ隊長が雪を跳ね上げ大の字に跳ね上がる……いや、根性系スレンダー美少女ジュリエルが雪の中から顔半分と片腕だけ出し、『大物の釣り竿』で強引に上司を釣り上げていた。

 追いついたヒギンズとニューノ、そしてスコナが同時に襲いかかる。

 アレッサは両手に短剣を抜いて笑う。

 ニューノの投剣は二本とも短剣一本のわずかな動きにはじかれ、スコナ隊長の肩当ての隙間にはいつの間にか小刀が刺さり、意志があるかのように『乱舞の銛』も加勢し、蒼髪の剣士につきまとう。

 ヒギンズは急に方向を変え、ニューノとスコナをまとめて連れ去る。

 同時にふり返っていたアレッサは肩すかしをくらって首をすくめた。


 狐と狸の獣人はアレッサに大盾や綱の束を渡され、森の中へ消える。

「かさばる魔法道具を報酬にしていたのかな? ……とりあえず、元気そうでなにより」

 ボクはつぶやいたけど、元気すぎのアレッサが心配なのはみんなと同じ。

「そういや『騎士団の狂犬』なんて悪名もあったっけ……烈風斬をなくしたのに、むしろ首輪が外れたみたいに暴れてやがるな?」

 ザンナの感想も悪意や皮肉ではない。



 アレッサを追い、清之助くんを待っているけど、このままでふたりはもどるのだろうか?

 状況の悪化はゆるやかで、見えてきたこともいろいろある。

 でもそれ以上にわからないことが積み上がっていて、どうすればいいかという自信もかすんできている。


 停滞感がある。

 第三区間では意識して自分から動くことが多くなり、その結果も悪いほうには転がってない。

 戦況は厳しくなっているけど、大きな損害は食い止めている。

 でもなぜだか、みんなに頼りきりだった第二区間までよりも傍観している気分が強い。

 戦闘でも交渉でも動けるようになってきたけど、競技や派閥情勢も超えた閉塞感が遠く厚く見えている。

 進むより速く迷路が増殖している。


 アレッサがいれば迷わず加速し続けている気がした。

 清之助くんがいれば壁を壊して直進する気分を味わえた。

 ボクは……?

 ここまでわかっていて、迷路を『ただ順調に』進んでいるだけ?

 傍から見たら、足踏みしているだけじゃないのか?

 考えろ。ボクは自称アレッサの弟子で、清之助くんの親友だ。



 尾根まで登りきり、キラティカの腕を治療する。

 ダイカはみんなの様子を探りながら考えこんでいた。

「アザラシとアシカもいるんだよな? ついでだからまとめてみるか……とりあえずオレは『生きて投降できればいい』ってやつを集めて、より安全なルートを探ってみる。守り合うってほどじゃなくて、ケガ人が集まって攻撃をためらわせる、散らすってくらいの協力だ。それでどうだ?」

 熊二匹はすぐにうなずく。

「ぞれは気楽でいいがもな。おもしれえよ」


 半馬人に乗る護衛神官の女性はとまどっていた。

「ご一緒してよろしいのですか? ユキタン様に襲撃をかけた私が……」

「ダイカも最初はボクを襲う気だったし、ザンナはもっとひどいからだいじょうぶ」

 そう言われて苦笑いするだけのチビ魔女を見て、護衛さんはますます複雑な顔になる。


「それより馬のオッサンはどうなんだ? 一言も話してねえけど?」

「嫁不足」

 長モミアゲの渋い顔がボソリとつぶやき、背に乗る護衛さんが頬を染める。


「いや、そんな一言だけ言われたって……」

 ザンナの至極もっともな食い下がりに、彫りの深い顔がしわを寄せて考える。

「我が一族は嫁不足。見事な体格と毅然たる精神は一族の宝となろう」

 プロポーズの詳細は聞いてねえ!


「少し考えさせてください……」

 護衛さん真っ赤にうつむいて毅然どころかデレデレ満面オッケーの仕草だし!

「そ、そのあたりはふたりで話し合ってもらうとして、競技のほうは協力しての途中棄権でいいんだな?」

ダイカまで赤くなりながら、空気を読まないオッサンのうなずきをどうにか得る。



 そしてボクたちの目は自然と、腕に包帯を巻き終えたキラティカに集まる。

 キラティカは指を開閉し、肘を曲げのばし、調子を確かめながら顔は浮かない。

「調子が悪ければもちろんだけど、回復しそうならそれはそれで、ダイカたちについてくれるとボクは安心できるんだけど?」

 キラティカがおずおずとボクを見るけど、返事は出ない。

 もちろん、獣人の五覚と運動力、ベテラン賞金稼ぎの経験と判断があるとないとでは競技の難易度がまるで違う。

 この第三区間の残りをボクとリフィヌとザンナの三人で進むのはかなりの賭けだ。


 ザンナもリフィヌも緊張して考えているけど、非難や困惑は見えない。

 特にザンナが文句をつけないのは意外で、しかも先に口を開いた。

「なあキラティカ。この甘っちょろいブタとボーズは本当にダイカとアレッサの両方を気にして調子を狂わせかねない。抜けられると戦力的にはイタすぎるけど、だからなおさら、残せば集中してアレッサだけ追える。戦略としても意味のある配置じゃねえかな?」

 ダイカは驚き、キラティカは無言で第二次キス責め攻勢をチビ魔女に浴びせた。

 ザンナはリフィヌのそでを引っぱって助けを求める。


「アナタもそう思う?」

 キラティカは泣きそうな顔をリフィヌの鼻と触れるような距離に近づけて詰問する。

「言われてみましたら、納得できちゃいますね……」

 日和見ボーズが笑顔でうなずきかけたところでレスリングのごとき愛情表現がはじまる。

 ダイカは不思議そうにザンナを見つめ、ザンナは気がついて目をそらす。



「じゃ、そろそろ行くか。まずはアザラシだ。なるべくセイノスケも探ってみる」

 ダイカはリフィヌにしがみつくキラティカをひっぺがす。

「ん。ユキタンたちも気をつけてね」

「キラティカたちも……ボクにお別れのキスはないの?」

 ネコミミ美少女が目を細めてニッコリ笑う。

「船でも忘れていた」

 そして片腕負傷とは思えないタックルを仕掛け、窒息寸前まで追い詰める長く執拗なキスをくれる。


 顔を離すと、ボクの頭を抱えて撫でながら、またほほえむ。

「ダイカと仲良くしてくれたら、ワタシは言いなりだから」

 小悪魔がアゴでくすぐるように耳元でささやく。

「いや、オレはあの時に限っての『つい』だ。もうない」

 ダイカが相棒の公然わいせつに頭を抱える。

「じゃあワタシもこれきり」

 キラティカはボクに馬乗りになったまま、悪びれもせずほほえむ。

「えええ?!」

 ボクのあからさまな落胆をリフィヌがにらんでいた。



「ん……そうだ。ちょっと来い」

 背を向けたダイカに呼ばれ、ボクは神官様の非難の目を気にしつつ追う。

「変な期待するなよ」

 していたのに。


 ダイカがみんなに隠したのは『風鳴りの腕輪』をはずすところだった。

「黙って受け取れ。これで間違いない」

 アレッサの誇りである『風の聖騎士』の証……これで茶わんなしに烈風斬を撃てる……なんて浮かれた気分は微塵も起きなかった。

 ひたすらに重い信頼がこの腕輪には詰まっている。

「ケープごしにも発動できたが、露出させないと調子が悪そうだった。使う時にはそでをまくるといい」 

 黙ってうなずき、腕に仕込んでおく。


「あとなあ……男って勝負とか仕事とか女とか、いろんなものに命をかけるよな? どうもオレが男っぽく見られるのは、学問にのめりこみすぎているせいらしい」

「それもまたステキでエロいよ?」

 うれしいのかつっこみか、ダイカの太い尾がバシンとボクの足をはたく。

「言いたいのはそこじゃなくてだな。たいていの女が命をかける対象はかなり偏った傾向がある」

「キラティカの場合はダイカだね」

 ダイカが変な顔のしかめかたで言葉に詰まる。

「……あとはオマエの頭で考えろ」



 もどろうとしたところで、キラティカもコソコソ近づいてくる。

「こっちはどうしよう?」

 隠しながら指しているのは『影絵の革帯』だ。

「分身は便利だけど、発動条件の『自信』がどうかなあ? リフィヌはちょうど自信を失いがちになっているし、ザンナは自分の短所を意識しやすい性格だ。ボクもなんだか今は……行き当たりばったりのテンションが出にくい気がする」

 ダイカとキラティカは説明を聞きながら何度かうなずく。

「そのまま持っていてよ。ダイカと合流できた今は、これまで以上に調子いいはず」

 キラティカは照れながらも困ったようにほほえむ。


「むしろダイカやほかの人のために、魔法道具をもう少し分けて……」

「その手錠だけ借りていいか? あとは持っておけ。ベルトは言うとおり戦力として大きいから借りるが、魔法道具はなるべく多く持っていたほうがいい。あとはゴールしてから考えろ」

 ダイカはボクがなにか言い返す前におでこへくちびるをつけて黙らせる……この男前少女が本当に男だったら、ボクは別の道に目覚めていたかもしれない。

 ザンナとリフィヌにも同じ安全祈願のおまじないがかけられ、ボクたちは激戦地の橋へ。

 キス魔のふたりは途中棄権ツアーを率いて逆方向へ遠ざかってしまう。



 女性の心当たりなら橋にもいるけど……殺戮神官とか八つ裂き斧使いとか。

 尾根を降りる途中、ボクたちについてきた紫コウモリがちょうどそのふたりを映した。


 どこの船底か、浸水した部屋の木箱を足場に、赤く光る斧と赤く光るノコギリがひらめき、ぶつかりあって派手な閃光をまき散らす。

 騒音あげて震動するぶ厚い片刃の大型ノコギリは、勢い余って木箱や船体にぶつかるとおがくずを噴き出させ、ボロボロの傷あとを残す。

 マッチョの大男に似合いそうな両刃斧は無軌道に暴走し、はるかに多くの無意味な対象を巻きこみ、鉄鎖すらえぐり、木造品は紙のようにスパスパ切断していく。


「切れ味では斧が上で、レイミッサさんの身のこなしは狙いがつかないデメリットを補うために練りこまれたものです。『惨劇ののこぎり』は元々が武器でない分、性能では不利ですね」

 リフィヌから出発前に聞いたノコギリの性能は、使用者が楽しいほど軽く感じ、当てる対象が苦しむほど刃の震動が速まる効果だった。

 対象を存命中の生物に限定しているろくでもない発動条件からすると、まっとうな工具とも言い難い。


「ただ、ウィウィリアさんは対人戦の経験が豊富です。魔法道具の強度なら『酔いどれの斧』も受けられますので、魔獣や虫人が相手なら補いきれた方向の無駄が大きく響くかもしれません」

「あのまま相打ちになってくんねーかなー? どっちもリーチの外から闇千本で刺したり、陽光脚で丸ごと押しつぶせばいけそうだが、正直どっちも相手にしたくねえ目つきだ」


 蒼い短髪の『霧の聖騎士』は殺伐とした無表情で斧にふり回され、短剣を機械のごとく正確に補助の位置へふるう。

 青白いモシャモシャ髪の『鬼火の神官』はずっと薄笑いを浮かべたまま、ノコギリを指揮棒のごとく軽快にふり回し、そのスキも左手の鎌でつぶす。


「なにを怒っているのですか? 恐れているのですか? 思い詰めているのですか?」

 薄く青白いくちびるから、かすれた高い声がずっと誰にともなくささやいている。

「だいじょうぶですよ聖騎士ちゃん。許し合いましょう。救い合いましょう。幸せになりましょう……あなたのこと、少しずつわかってきたのですよ」

 ウィウィリアは鎌を槍に持ちかえる。

 モップの柄と同じくらいの長さしかない上、それよりもやや細い。

 あれなら片手でもふり回せるし、リーチで上回りそうだ。

 寡黙なレイミッサに肉声誘導の鎌は使えないだろうし。

「努力家ですね。そしてまじめ。一途。情熱家。貧乳。理想家。それでいいのですよ」

 ウィウィリアの動きが変わる。

 今度は槍を指揮棒のようにふり回し、ノコギリは防御の補助にとどめる。


「あれは……おかしいです? 実際は重量のあるノコギリならともかく、あの槍をあのようにふっては、当ったとしても……」

 リフィヌの言うとおり、槍は軽そうなだけでなく、三叉の穂先は釘のようなものがでているだけで、よほどうまく急所に刺さないと死にそうにない。


 レイミッサもその不自然さを警戒しているのか、槍を避けて後退しはじめていた。

「それでいいのです。怖がらないで。神様はいつも見ています。いつでもそばにいます」

 後退できる足場の箱はさほど多くない。

「殺戮の戦場でも、つきっきりで凝視しています」

 穂先のかすったレイミッサのスカートが、突然に炎を吹き出した。




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