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十五章 傭兵や暗殺者じゃだめなのか? 殺せば勝ちだと思っているのか? 三

 キラティカとリフィヌが身構え、尾根の上流側へ目を向ける。

『虹橋の神官』ポルドンスに率いられたマッチョ神官の一団が近づいていた。

 第一区間でメイライにぶちのめされた五人とは違う顔ぶれの五人。


「あいや待たれよ! 今しばし伝えておきたいおきたいことが……!」

 タミアキが両方を制するように手を広げると、ポルドンスたちは足を止める。

 モニターつけっぱなしの紫コウモリがボクたち、そしてポルドンスの頭上にも舞っていた。


「わしの実家である道場は跡とりの男子に恵まれず、ひとり娘であったわしは男子として育てられ申した……よく考えれば婿をとればいいだけの話と気がついた時にはすでに遅く、見てのとおり、いささか女子の流行に乗り遅れ候」

 田舎で育って流行に遅れても静岡女子はヒゲマッチョにならねえええ!!


「俗世に馴染もうと人里へ降り、遊興に手馴れたいでたちの女子に親交を求めるも、いつも最後は留置場へいたる始末。そんな折、地下バーリトゥードなる社交場にて知り合ったマリちゃんなる好敵手に伝授していただいた逆ナンの極意はすなわち『己が長所をのばすべし』!」

 異世界で話される異世界の話だけど元の世界じゃない。

 裏の裏が表じゃなくて異次元だ……ボクほどじゃないにしろ、キラティカたちもとまどっている。

 こんなのでも女子は女子だし、話の途中で全力一斉攻撃は勇者的にまずいかな……こんな時こそ助言をください変態メガネ様。


「昨今の男子は表向きとの差異に興奮をもよおすとも聞きおよび、書店刊行物にて逆ナンの習熟に努めつつ、格闘術の深奥を求め、秘境の修行場を求めていた折、このシュタルガ帝国なる聞きなれぬ異国へ流れ着いた次第……この地にて性豪の勇者と讃えられし男子と巡り合えしは僥倖! わしの修行の成果や如何に?!」

 五獣拳のような演舞を決めながら聞かれても、まず質問文をサッパリ理解できない。


「さあ如何に?! わしは敬虔なるカミゴッド教の信者であると共に、肉食系女子を志す身ゆえ!」

 にらんでいるよ怖いよ。比喩でなく肉を食いちぎりそうだよ。

 外見は極上だった魔竜将軍に性的に襲われた昨夜がいかに幸せだったかを痛感する。

 どうしよう返答は如何様に……



 背後から魔女のホウキがボクとキラティカをはたいて目覚めさせる。

「ただの時間稼ぎだ! アレッサがやり合いはじめている!」

 モニターを見上げると、体がぶ厚く目の虚ろな男神官が神官衣を烈風斬に刻まれながら、なおも平然と直進する姿が映っていた。

 岩山を背景に鎌がブーメランのように飛び、犬獣人が蒼髪の剣士を抱えて逃げかわしている……どういうことだ?


「狙いはアレッサ様のほうでしたか!」

 リフィヌが短く叫び、ヌンチャクを抜いて駆けはじめる。

 熱弁をふるっていたマッチョ女子タミアキは短距離走フォームで逃げていた。

 キラティカはザンナの言葉でモニターを見上げたりせず、すでにその背を追っていた。


「雷撃!」

 タミアキはポルドンスへ向かって走りながら右手の下敷きを光らせ、足元の雪面にパチパチとまばらな火花を散らせる。

 その背にある大きな皮袋から、なにか液体がこぼれている……通電させるための塩水か!


 キラティカはとっさに跳ねて距離をとっていたけど、ふり返ったタミアキは着地を狙って左手の下敷きを光らせていた。

「雷撃連衝!」

 時間差で使っただけのスタンガンもどきに、それらしき技名が?!

 でもキラティカをひるませ、全身の体毛を逆立せる効果はあった。


「だいじょうぶ! 追って! 仕留めて!」

 リフィヌがうなずき、追い越して駆ける……右足が地面に触れる直前で『陽光の足輪』から光の半球を出し、獣人のような速さで跳ぶ。

 接地タイミングを調整でき、直接に触れないで攻撃できる『陽光脚』の使い手に雷撃で勝つことは難しい。

 逃げ切ることも、格闘技能の差で勝つことも難しい。


 大型の蜂人三匹を一方的に倒せる小柄な最強神官がタミアキの背にせまり、足を狙って低い飛び蹴りを放つ。

「殺すなあ!」

 クソ神官ポルドンスが叫んでいた。

 なにを意味不明なことを……いや、跳んだあとにリフィヌが足先へ出した『陽光脚』が薄くなっている?!


 タミアキがふり返って半身になり、リフィヌの飛び蹴りをかわす。

「足輪妖術の攻防は手がつけられぬが、速さだけなら見切れんわしではない!」 

 すれ違いに足先をかすらせるようにリフィヌの腕へ当てる。

 たいした威力もなさそうな蹴りだったのに、着地したリフィヌはそのまま転がって倒れる。


 タミアキの右手にある下敷きが電光を発していた。

「これぞ雷撃脚! リフィヌどのは妖術なきとて才質ある武術家! 愛されロリ系の女子! 油断も容赦もできぬ!」

 靴には通電のための金具が取り付けてあった。



 ポルドンスがニッカリと笑っていやがる。

『ラッキー! 最強神官が役立たずなら、あとはヘボ魔女と足手まとい……ネコ獣人さえなんとかすりゃ、時間稼ぎどころか魔法道具まとめて引っぺがせる!』なんて思惑をありありと顔に出して、マッチョ軍団と走り寄っている!


 リフィヌは起き上がったけど、動きがぎこちない。

 顔もあせりが濃い。

 足輪の発動条件『守る気持ち』が戦場で薄れるなんて予想外なのだろう。

 タミアキは両腕のそでから鉄の鞭をのばす。

「これぞ決着をつける好機!」

 あの身のこなしに雷撃を流せる武器の組み合わせなら、獣人にも対抗できそうだ。

 キラティカはすでに助けに走っている。ザンナとボクだって追っている。


「雷撃双鞭!」

 飛びあがった猫獣人を鉄鞭が裂く。

「ぬうっ、ここでも影分身とは抜け目ない! ぬかりなくネコミミ小悪魔系!」

 無傷のキラティカ本体が残っていたけど、足を止めていた。

「アナタこそ、雷撃と言いつつ光ってないじゃない……食えないやつ!」

 しかも鉄鞭の一本は振らずに残していた。

 思ったより『雷電の神官』は厄介だ……というか、ボクはどれだけ最強神官様に頼って安心していたのか。



 ボクとザンナより、ポルドンスが少しだけ早く着きそうだった。

 やつの持つ『難儀の玉すだれ』も条件が合えば獣人すら仕留めそうな攻撃性能がある。

 それほど余裕のない今は十分に『困って』いるだろうから、威力は高くなりそうだ。

「ひさしぶりだなアゴわれ! 会いたかっただろ!」

 ザンナがホウキを投げつけるようにふり、小さな体を跳ね上げて飛びこむ。

 金属すだれの恐怖は刺されて知っているだろうに……その顔は緊張に混じり、笑いが見えていた。

 なにがあった姉御。


 ともかくもボクは、その危うげな勇敢さに敬意を寄せて『おこぼれの茶わん』を握る。

 魔女の大胆な割りこみにポルドンスは驚いて足を止め、背からザルのようなものを出す。

「踊れ『闇千本』!」

 闇針の剣山がザンナの外套から半球状に、大雑把にキラティカとリフィヌを避け、タミアキとポルドンスを巻きこめる方向へ、長さも狙いもバラバラに飛び出る。

 無謀な突撃は『闇つなぎの首輪』の発動条件には良さそうだけど……


「いやあんっ」

 ポルドンスが妙な声をだして黒槍の隙間に大柄な体をすべりこませる。

 運ではなく、手にかまえているザルが光っているのでなんらかの魔法効果だ。

 おそらくなにかろくでもない発動条件の。


 タミアキはバク転で距離をとり、神官衣が少し裂けるにとどめる。

 しかも鉄鞭をふるっていたらしく、ザンナのぶかぶか帽子が跳ね飛ぶ。

 チビ魔女の体がぐらついたけど、ボクが飛びこんで着地した時にはすでに『ひとっとびのほうき』をふたたびふるい、タミアキへまっすぐに飛びこんでいた。

 だいじょうぶなのかよ?!


 キラティカもポルドンスへ向かって飛びこんでいた。

 影分身を使っていたので、ボクもそれを拝借するべく茶わんに念じる。

 リフィヌはヌンチャクをかまえるだけで、とまどって足を止めていた。

 足輪を使えないなら玉すだれや雷撃の相手は危険すぎる……たまには見てなよ。

 ボクの勇姿を。



 ポルドンスはザルをあわてて玉すだれに持ちかえようとしていた。

 猫獣人が爪で、続いてニクダマ勇者が鉄棒で襲いかかる。

「影分身だ、あせるな!」

 ポルドンスをかばって槍をかまえていたマッチョ戦隊のひとりが叫び、頭上の獣人を軽く払うように槍を突き上げ、元の位置に留まるもう一体へ注意を向ける。


 その槍がひったくられ、顔には蹴りがめりこむ。

「ぐご……こっちが本物?!」

 元の位置にいたキラティカの姿がゆらぎはじめた時には、爪による斬撃がさらにふたりの腕をえぐっていた。


「あらユキタンも同じ狙い?」

 ボクも全力で鉄棒をふっていた。

「ポルドンスさんの顔を見たらつい」

 直接にアゴを砕く手ごたえを知りたくなりました。

 悪くありません。

 ケンカ狂いの気持ちがわかって怖いやら気持ちいいやら。


 でも続いて打ち下ろす腕への一撃はあまり気分が良くない……この感覚を大事にしないと。

 やりすぎってことはないけど。

 ポルドンスはプロだ。口から血をたらしながら、片手で玉すだれをふるっていた。

 ボクが少し工夫するくらいじゃ『かなわない』という謙虚な気持ちで『おちこぼれのはし』を意識する……鉄棒と一緒に握りこんでみたけど、どうか発動してくださいませええ!

 漆塗りのはしが光り、ボクに斬りかかった玉すだれへ吸いつくように防ぐ。

 ただし鉄棒も異様に速く振られたので手首を傷めそうになった。


 首根っこをつかまれる感触と共に体が浮く。

 目の前を槍の穂先が通り過ぎ、キラティカ様に助けてもらったことを理解する。

 マッチョ戦隊は五人とも深いひっかき傷を負っていたけど、倒れているのはひとりだけ。

 虎の速さと腕力を相手に、槍と鎧だけで……やっぱりすごい人たちらしい。

 キラティカはそのまま飛び下がり、ザンナを追う。



 忙しく乱射される闇針がタミアキを牽制していたけど、厳しそうだ。

 リーチと手数では勝っているけど、タミアキの身のこなしと動体視力が尋常じゃない。

 下敷きが光るたびにザンナはほうきや針で地面を避け、そのすきに鉄鞭が襲いかかる。

 黒毛皮のコートは横腹と腕で裂けていた。


 リフィヌはその近くでまごついている。

 陽光脚を使えないまま飛びこめば、かえって足手まといになりかねない。

「ほら『守れ』よ! 仲間思いだから足輪に選ばれたんだろ!」

 魔女のしかり声で『陽光の神官』が我に返る。

「陽光脚!」

 木の幹へ光の半球をぶつけ、ヌンチャクを手に発射される最強神官。


 空中で体をひねり、今度は制圧のための光の半球を……

「人殺しぃ!」

 タミアキが両手を上げて身をくねらせる。

 誰にだってわかる大根芝居。

 

 でも足先の光は半球を作り出す前に弱々しく消え、小柄な少女は距離を間違えたようなただの飛び蹴りで大柄マッチョ武術達人の前へ飛び出てしまう。

「闇針! ぎっ」

 かばって入ったザンナが感電し、リフィヌはヌンチャクをふるって鉄鞭をしのぐ。


 タミアキはふたたび鮮やかな全力逃走に転じる。

 キラティカは追えなかった。

 ひとりでは危険な相手で、最弱と役立たずと負傷者しかいない。

 ポルドンスとマッチョ隊がケガをおして動けば返り討ちになりかねない。



「ま、あっちもリフィヌを追い詰めすぎたら足輪にやられると思ったから逃げてくれたんだろ」

 ザンナはボクの考えを読んだように独りつぶやきながら手足をもみ、しびれをやわらげる。

 キラティカは険しい表情でタミアキとポルドンスの背をにらんでいる。


「足輪が……あの……」

 リフィヌは無残にうろたえ、キラティカを見つめて指示を待つ。

 キラティカは気がついているだろうに、リフィヌには一瞥もくれずにコウモリモニターへ視線を移す。


 二メートル近い細身の女神官がノコギリと鎌を手に岩山を駆けているけど、状況はわかりにくい。

「ボクまだ把握できてないんだけど、アレッサが狙いってどういうこと?」

「あ……私たちが騎士団に一斉攻撃された時、アレッサ様は騎士隊半数の足止めにまわりました。神官団はその動きを逆手にとり、私たちに攻撃を仕掛けると見せかけ、主力の特務神官四名はアレッサ様に対する準備をして待ちかまえていたのです」


 映るのは殺害数トップの不気味コンビだけで、リフィヌに次ぐ最強という狙撃コンビの姿は見えない。

 でも切り換わった画面で、確実にひそんでいることがわかった。

 ダイカが手足を撃たれて倒れている。

 狭い洞窟でアレッサもそばにつきそい、なにか言い合っているけど、コウモリはなぜか音声を流さない。

 ダイカの様子がおかしい……上半身を動かし、手はアレッサに触れて気づかうようになだめているけど、目の焦点が合ってないし、耳も呼びかけとは無関係に動いているように見える。


「と、とにかく近いんだろ? それなら河を渡って合流しようぜ。船の橋を使うならボーズマッチョ軍団を追う形にはなるけど、仕掛けてきたってかまわねえだろ?」

 ザンナが果敢に呼びかける。

 毛を逆立てて空気を圧迫しているキラティカは押し黙ったまま早足に歩きだす。


「あ、あの、私は武術と棒ヌンチャクがありますから、足輪は使えるかたが持ったほうが……」

 キラティカの激情はある限界を超えたのか、シッポは苛立ちに振られることもなく、ピタリと止まっていた。

 顔も無表情に近く、怒りにゆがんだ眉間やむきだしの牙は見せない。

「ワタシが持てば『雷電の神官』や『虹橋の神官』は仕留めやすくなる。一対一ならね。ワタシひとりがそのくらいの強化をしたって、うまく連携をとられたら厳しい。ダイカとアレッサを追い詰めている四人が相手ならなおさら」

 冷え切って落ち着いた声。


「ではユキタン様が……」

「カモに背負わせるネギ増やしてどうすんだよ」

 ザンナのつっこみに思わずボクもうなずいていた。


「でもユキタン様は半日でかなりの使いこなしを……」

「そいつのとりえは茶わんだろ。弱すぎて誰でも節操なく尊敬できるモノマネ屋に、本物の貴重品を重ねて持たせるなんて『ブタに蛇足』じゃねーか」

 魔女がなにくわぬ顔でポコポコと神官様の頭をほうきでたたく。


「というかオマエなー。英才教育のありがたさをわかってねえだろ? オマエの武術や知識や判断力な、言いたかねえけどチンピラ相手のケンカばかりだったアタシより二枚も三枚も上なんだよ。その能力で足輪に合わせた身のこなし、戦術、意識操作を訓練してきたんだろ? とにかくテメエで持ってろ。腐っても鯛って言うのか? 雑魚やボウフラよりはベテラン猫様が背中を預けられる器量なんだよ」

「チッ」

 キラティカが一瞬、肩ごしでにらんでいた。


「わ、わりい。別に茶化す気はねえから……」

 ザンナが両手を上げて苦笑いするけど、キラティカの視線はリフィヌに向いていたように見えた。

「今のは聞かなかったことにして」


「あ、ああ。じゃあ打ち合わせをしておこうぜ。相手の手の内もいくらか見えていることだし、リフィヌが不調でも工夫できることがあればなにか……」

「少し黙って!」

 ザンナは両手を上げたままになった。


「ウウウウ! 自分でもわかっているけど、抑えられないの!」

 キラティカの怒鳴り声は泣き声にも近くなっていた。

「アタシには遠慮しないでいいよ。嫌われついでだ」

 ザンナが笑い、キラティカは足を止めてふり返る。


 にらんでいた目からゆっくり気迫が抜けると、また顔をそらしてとぼとぼ歩き出す。

「ワタシが嫌いなのは、ウソつきや裏切り者……お人よしのダイカをだましそうなやつ。魔女ザンナはユキタンとアレッサを裏切って、ドルドナ戦の前でも逃げたと聞いていたから……」

 ザンナがニヤっと口をゆがめて帽子を深くかぶりなおす。


「でもアナタは仲間のにおいしか出さない。今だって……」

 キラティカが急に引きかえし、ぶかぶかの黒帽子を取り上げる。

 銀髪に巻かれたタオルが真っ赤に染まっていた。

 最初に飛びこんで鉄鞭に打たれた場所……そんなに深い傷だったのかよ?!



「なぜこんな……もっとちゃんと手当てしなければ! 拙者のせいで……あ! お腹と腕は?! 折れていませんか?!」

 リフィヌも今まで気がつかなかったらしくて、ボク以上にうろたえている。

「いや、そこまでやせガマンする根性ねえって」

 ザンナは苦笑いでなだめながら、リフィヌの背負い袋をさぐって救急用具をとりだす。


「頭は思ったより大きく裂けていただけだ。まともにくらっていたら倒れている」

 というか死んでもおかしくない。

 マッチョの武術達人がふるう鉄のかたまりだ。


「アナタは謀略の魔王シュタルガを崇拝しているのに、ダイカの鼻にもかからなかった。どういうこと? なんのために戦っているの? 魔王配下の幹部として地位を上げるためじゃないの?」

 リフィヌの手当てにキラティカも手を貸す。

「いや、そのとおりなんだけど……地位だけ上げてもなあ? 謀略の魔王様なだけに、考えなしにへーこら従うだけのやつなんて興味を持ってくれないんだよ。アタシもその……若気のいたりでつっかかったのが気に入ってもらえたみたいだし」

 ザンナとキラティカがふたりして困ったように首をひねる。


「うん。前向きに解釈しようぜ。アタシがお人よし集団に染まっているんじゃなくて、オマエらが魔王軍幹部として育ってきたんだ!」

 ザンナが明るい笑顔で親指をたてる。

 それって勇者と神官様にも前向きな解釈かなあ?

 リフィヌは手当てを終えるなり自分の頭を抱えた。



 ザンナがさっさと歩き出し、キラティカが急いで先頭に出る。

 まだリフィヌはとまどいまくっているみたいだ。

「もっと簡単に考えろよ。リフィヌはさっきクソボーズを追い払って、アホ勇者もクソボーズも守って生かしたんだろ? なにが悪いんだよ。ダイカとアレッサは仲間だけど、クソボーズどもだって元はオマエの仕事仲間だ。元は商売敵のアタシより大事にしたっておかしくねえよ。なんでも好きなようにやって、あとはいつもどおりヘラヘラしてりゃいいんだ。アタシを見捨てたら、アタシがあとでどつくってだけで……」

 ザンナはしゃべり続けながら、キラティカは先頭で周囲を警戒しながら、コウモリモニターをちらちらと気にしていた。

 時おり映るアレッサたちに動きはない。

 ダイカも回復もしてない。


「あとはほら、セイノスケの言ってたぶちのめし具合の調整だ。できる限りで骨をぶち折ってくれりゃいいんだ。それも気が引けるなら、足だけ引っかけて野鳥観察でもしていろ。その間に爪や針が話を通してやるから」

「それってその……」

 あいまいにうなずくばかりだったリフィヌがようやく苦笑いで声を出す。


「魔女と手を組む不良ボーズなんだ。それくらいはずるくなってくれよ。アタシだってお人よしにとどめまで刺せとは言わねえから」

 ザンナがニヤニヤとほうきの柄をリフィヌの頬にめりこませる。

 あれを少し、ボクにもやってほしい気がした。



 船の橋に近づいていた。

 対岸の少し奥には岩山も見えてきた。

 モニターは崖の樹上でなびく金色のマントを映し、三人組も遠く小さく見える。

 その内のひとりが持つ大きな盾からすると、騎士団の五番隊らしい。


 画面がまた急にダイカたちのいる洞窟に変わり、画面端の壁でなにかがはじけた。

 アレッサが背負い袋を盾にかまえる。

 続く飛来物も大きくそれるけど、大雑把には狙いが近くなっている。


 画面が放送席に変わり、洞窟の様子を見て興奮する神官長を映す。

「よし! 居場所をとらえたか! もはや時間の問題……いや、将を射んとすればなんとやらだ。逃げられんよう、さっさと犬獣人をつぶせ! 茶だ! ぬるいぞ!」

 やせヒゲの神官長はたたきつけるように湯のみを置き、番組アシスタントの山小人は黙って茶を注ぎ入れ、七輪から赤熱した木炭を加えて差し出す。


 アレッサが『斬る意志』を示す腕輪の蒼い光を出しながら、追い払うような仕草をカメラに見せる。

 カメラは洞窟の急なカーブを抜けてふり返り、その入口を映す。

 長身細身のノコギリ女と鎖分銅の無表情男が待ちかまえていた。

 ダイカが飛び出して駆け下り、続いてアレッサが駆け登りはじめる。


「二手に分かれたか……ばかめ! これで『風の聖騎士』は確実に仕留められる! ニセ勇者を生かしておくな!」

 興奮してわめくファイグ神官長のくちびるが赤く腫れていた。

 放送席で大映しになるモニターが増え、ダイカとアレッサを別々に追う。



 ダイカはノコギリと鎖に追われ、たびたび転んだり木にぶつかったりをくり返す。

 その先には河川敷と木造船が見えてきた。

「耳も聞こえてない……においと風の感触だけを頼った走りかた!」

 キラティカが震えた声を出し、足を早める。


 リフィヌはアレッサの映るモニターを注視する。

 蒼髪の細身へ次々と飛来物が不自然な軌道で襲いかかっていた。

「アレッサ様が急に曲がると大きく的を外す着弾があります。先読みがうまいので追尾に見えますが、撃ったあとでは軌道を変えられないようです」

 岩陰に身を寄せたり、背負い袋で受けたり、自分へ向かってくることを承知で動いているようだった。

 尾根までもう少しのところで、アレッサの目の前で弾が派手にはじける。


「目つぶし?! あ……いえ、砕けやすい石を使っただけのようです……いえ……おかしいですね?」

 アレッサは動きを止めなかったけど、一歩ずつ確かめるように遅くなり、両手が前に出てくる。

「ダイカの目が……?」

 キラティカの驚いた声で別モニターを見ると、ダイカが神官たちを引き離して木造船に飛び乗った所だった。

 撃たれた左腕と左足がほとんど動かないようだけど、目の動きはもどっている。



「狙撃の補助は、目や耳をきかなくする魔法ね? 範囲はひとりだけど遠くまで届く……今度はアレッサが危険!」

 アレッサは強引に這って尾根の向うへ飛びこんだ。 

「でもダイカはアレッサを助けにもどらない……どういうつもり? ウ……ウ! それにこのままじゃ、橋でポルドンスたちと挟み撃ちに……」

 キラティカがボクにふり返る。


「ザンナ、一緒にダイカを迎えに行って。もうしびれ治ったでしょ?」

「リフィヌひとりに守らせんのかよ? ……いや、ひとりのほうがいいのか?」

 リフィヌはオロオロとボクたちを見比べる。

「うん。襲われたらボクが全力で泣きついて守る意欲をわかせるからだいじょうぶ」

「ひでえ男らしさだな。……あれ?」

 ザンナが注目したのは、シュタルガの指図で大きくされた、さらに別のモニター。


「パミラ。カメラの追加を急げ」

 木にひっかかる金色のマントと、近づく騎士団五番隊……ほかに誰か狙っているのか?


「まさか……いや、まずはダイカのほうを急ごう。どっちにしろ、どうしようもねえ……」

 ザンナが気まずい顔でキラティカの肩をたたく。

「ボクたちも追うから」

 キラティカはボクのうなずきだけ確認すると、ザンナを背負って飛ぶように橋へ向かって駆け下りる。

 リフィヌが見送ったあとでつぶやく。

「あの……ダイカさんが銀色の外套をつけていないようですが……」

 ……まさか。



「やはり間違いないようだ」

 シュタルガの声と同時に、樹上の金色マントから素足と蒼髪が現れる。

 神官長は汚いものでも見たかのように顔をそむける。

「なんだくだらん! 結局は騎士団へ逃げこみおったか! むざむざ逃がした特務も情けないが、あんな恥をさらしてまで命を惜しむとは、なにが騎士団の勇者か!」

 色男『花の聖騎士』クラオンは神官長のあてつけを無視して、いつもの爽やかスマイルも消して、画面を凝視しながらつぶやいていた。

「なにやってんだ……離れないと! 団長、早く指示を……!」


 金色のマントと一緒に、細く小さな裸体が枝を次々と揺らし、雪をまき散らしながら落ちている。


「ふん! カメラが引かんでも、五番隊の騎士は家柄の良い者ばかり。下衆どもが期待するような場面など映らんだろうが!」

 神官長は騒ぐけど、シュタルガは無表情に黙っていた。

 背後の折れたベッドで寝ていた魔竜将軍がゆっくりと身を起こす。

 パミラもほほえみながら、モニターを見る目は鋭い。

「そうそう……五番隊は育ちのいいかたばかり。アレッサ選手はそこまで考えていたのかもしれませんねえ?」


 三人の騎士は大樹へ駆け寄っていた。


「裸で命ごいをする娘は映らんだろうな。だが、下衆の喜ぶ場面とやらは期待できそうだ」 

 紅髪の童顔がかすかに笑う。

 花の聖騎士の独り言は悲鳴に近くなる。

「『風鳴りの腕輪』を使うから最強というわけではない! 最強だから『風の聖騎士』に選ばれたんだ! 素手なら『切り裂きアレッサ』がなにもできないとでも思っているのか?!」



「おい……自分で降りられないのか?」

 幅広の短剣と銛を持った全身鎧の大男『川の聖騎士』ブロング隊長がニヤニヤと枝を見上げ、その顔に大量の雪が降ってくる。

 少し離れた位置で大盾をかまえていた黒髪ツインテール『峠の聖騎士』ワッケマッシュは自分の真上からも雪が落ちてくるのを見て顔をひきしめ、かわしながら長剣を抜く。

 丸盾と片手剣を持ったガッシリ体型の全身鎧男『谷の聖騎士』クアメインの兜の隙間へ、細い指が突き刺さった。


 雪から飛び出した蒼髪の少女は赤く染めた手刀を抜き取り、反対の手では『谷の聖騎士』の腰にあった予備の小刀を抜き取りながら身をひるがえし、背を合わせるように回りこむ。

「不様な姿と不意打ちの無礼は詫びよう。『風の聖騎士』アレッサ、参る!」




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