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十四章 魔術士のくせに常人以下が多すぎね? 常人ぶった超能力者が多すぎね? 二

「また一緒にお風呂はいろうね~!」

 ボクが手をふりながら大声を出すと、ちび魔女は脱兎のごとく玄関へと逃げる。


「ユキタン選手、相変わらずで興行的に助かります。ではこちらへ!」 

 黄髪ネズミ娘さんにドアのひとつへ案内される。

「選べるはずじゃ……ま、いいか」



 時間もないので目の前のドアを開けて入ると、頭にガツッとなにかが当る。

 床に転がった物体は黒板消しで、チョーク粉をたっぷりとばらまいている……ふり返って見上げると、ドア上に弩弓が固定されていた。

 引き戸にはさんで仕掛けるべきものを、射出なんて邪道だろ。


 黄髪ネズミさんがドアを閉めながら、片手拝みに苦笑して頭を下げていた。

 嫌な予感がして走り出した頭にガコォッと大きな金タライがたたきつけられる……これも高速射出して側面を当てるものじゃなくて、音だけ派手に鳴るように中心を落とすのが正しい作法だよ!


 全力疾走をはじめながら頭のチョーク粉を急いではらい、フードをかぶる。

 廊下はすぐ曲がり角になり、曲がるなり背後は謎の物体で埋まりだす……魚の骨、卵の殻、野菜の皮……屋台村の生ゴミ?!

 あみだくじ通路の縦にもどったとたん、また選択肢もなく次の曲がりが見えた。


 そして背後は巨大イモムシの死骸で埋まりだす。

 さらに前方からまばらに高速射出される木綿豆腐。

 腕の小さな盾で受けても飛び散って服を濡らしてしまう……寒冷地では大きな消耗になりかねないので、かわすしかない。

 ふたたび曲がり角の先に、すぐ次の曲がり角……


「強制的に最長ルートってこと?! おい主催者! これ不公平じゃないのか?! 進行を遅らせてないのに攻撃を当てるなよ!」

 天井近くの暗がりにモニターが開く。

 案の定、ボクと併走飛行して撮影するカメラコウモリがいた。 


「すまんなあ。ちょっと・勇者どのに・かまって・ほしくて、手がこみすぎた」

 モニターに映されている紅髪の少女は頬杖をつき、わざとらしい口調でほほえむ。

 第二区間のゴールでボクの言ったことはしっかりと聞かれ、全力で悪意にとられたらしい。



 曲がった先の通路で大量につるされたコンニャクを見ると、もはや下らなすぎて戦慄をおぼえる……たしかに感触は気持ち悪いよ。

 さらに曲がると、オッサン同士や老婆やブタ鬼が全裸でプロレスごっこらしき遊びをしている巨大ポスターが大量に……そうきたか。


「お前バカだろ! 魔王のくせに最弱選手にムキになるなよ! それもこんなみみっちい手で!」

「ところが歴代最弱の覇者というのが、この妖鬼魔王シュタルガの定評であり、売りでもある。遠慮せず、直々のさもしい責めを堪能するがいい。わしの配下筆頭を降した貴様への『みみっちい』褒美だ」

 シュタルガはしれっと乾いた嘲笑で返してきやがった。


「しかし我ながらひどい絵づらになったな。もういい、別の選手へ……」 

「をいい! この納豆とかナマコとか、下らなすぎる仕掛けを見届けるくらいの責任はとれ三流悪人! こんなやるせない迷惑をボクひとりにつキアワセルナアア?!」

 ボクの声は途中からアヒルのような高さに……ヘリウムガス?! わざわざ充満させたの?!


 出口の夜空が見えた時には女性用下着をつけたオスの小鬼、犬鬼、ブタ鬼が競っておぞましい媚態を見せながら背後に迫り、床に撒かれた笑い袋やブーブークッションが虚しい騒音を上げる。

 あまりの下らなさに悲しくなってきた……恐るべし妖鬼魔王。

 すごく残念な意味で怖いよシュタルガ様。


 外につきでた桟橋に古風な黒板が並んでいたけど、深く考えずに先へ一匹だけとまっている翼竜へ急ぐ。

 よくしつけられた翼竜は近づいたボクの顔面をわしづかみにして飛び上がった。

 下では追いつけなかった女装鬼たちが黒板を爪でひっかいて壮行の演奏をはじめる。

 もう勝手にやってろ……と思って耳をふさいだけど、翼竜がもだえるように蛇行をはじめ、それは黒板が遠ざかるまで続いた。



 飛行が安定するとようやく胴もつかまれ、一息つける。

 疲れた……ケガはしてないけど、奇怪な消耗をした。

 巨人将軍ゴルダシスが『選手みんなをまとめたよりこわい』という魔王シュタルガの本領の一端があれだろうか。

 あさっての方向に絶望的だぞこの世界。


「あれはきっと、重度のヤンツン。ヤンデレとツンデレをこじらせすぎて角が生えてきた魔物が妖鬼王シュタルガ……」

「あの~、勇者ユキタン様。選手も減ってカメラの割り当ても多くなっていますので、発言は意識なさったほうが……」

 カメラコウモリも翼竜の体にはりついて便乗し、モニターには兎耳リポーターのピパイパさんが苦笑いで映っていた。

 露天風呂のふちに押しつけられた乳がまぶしい……そうか! 広場へ強引に温泉を作ったのは、露出の減る寒冷地コースへの備えも兼ねて……やはりシュタルガ様は抜け目ない。


「聞かせていたんですよ」

 ウソぶくボク。

「ほら、小さい子って、好きな相手にイジワルとかしちゃうじゃないですか。ボクにはちゃんとわかってますって。きっと魔王も不器用で素直になれないだけなんですよ」

 ボクは顔を翼竜にわしづかみにされたまま大人の笑いを見せる。


「うわ~。セイノスケ選手と仲良しな理由がだんだんわかってきました。たしかにシュタルガ様が目をかけるタイプのアレですね~」

 グロ画像を見るような苦笑でほめられ、屈折した快感をおぼえるボクは有望な魔軍幹部候補?



 風が冷たい。

 はるか下に枯れ草だらけの雪原が広がり、ちらほらとたいまつ台の群れも見えはじめ、翼竜は徐々に降下をはじめる。

「少しは誘導できますからね~。着地前の射殺や、着地直後の袋だたきを少しはかわせますよ~」

 少しかよ!

 あわてて人影を探す。

 仲間なり敵なり、見晴らしのいい内に見つけておかないと……とか思っている間にも翼竜は降下を続け、あっさりと草むらへ放り投げられる。



 周囲の起伏は飛びながら見ていた印象よりも大きい。

 枯れ草は頭の上までのびる目隠しとなって、あちこち大小まだら状に生えている。

 たいまつ台は草むらの上に出る高さにあり、思ったより広い間隔で設置されている。

 周囲はまだかすかに明るく、荒野と一緒にどこまでも広がる厚い雲の輪郭が見えた。


 仲間のみんなはどこにいるのか、敵はどこから襲ってくるのか、どちらもわからない不安にかられたボクはなぜか、鉄棒をふり回して戦いたい気分になっていた。

 慈悲ぶかきリフィヌ様の期待に応えて平和志向の軟弱勇者に邁進するつもりだったのに、この落差はなんだろう。

 清之助くんの物騒な講義の影響かもしれない。

 アレッサと離れてあせっているような気もする。



 周囲に気配はない。

 低く小さい丘が複雑に重なり、良くも悪くも人影は隠れやすい。

 漠然と来た方角の逆へ歩きながら『生贄の手錠』を使う清之助くんのことを思い浮かべると、一分も待たずに急に行き先の闇の一点に気配を感じた。

 少しだけ左にずれて……二、三キロくらい先か?


 気配は数秒で闇に溶けてしまい、ボクはあわてて見ていた方角の風景を目に焼きつける。

 まばらに生えている低い樹木が目印になりそうだった。

 踏みしめる雪はサラサラしていて、日当たりの悪そうなところではスネあたりまで埋まりそうになる。

 蒸し暑い地下密林から溶岩口へと歩いた昨日からの落差が激しい。

 悪徳商人ロックルフさんの用意してくれた雪中装備はさすがというか、暖かい上に動きやすく、下手な魔法道具より感動的だ。



 カメラコウモリが姿を消していた。

 開始直後の袋だたきがなくて期待はずれだったか?

 コウモリを探してふと、遠い横合いの丘を駆け下りる人影らしきものに気がつく……キラティカよりも大きそうな獣人が二体。


 ボクはとっさに身をかがめる……ってこれ、行動として正解なのか?

 清之助くんのほうへ全力疾走すべき?

 でも清之助くんの正確な位置や距離はわからないし……いや、敵が獣人なら、隠れていたって嗅覚であっさり見つけられてしまうか?!

 コウモリのやつ、むしろ襲撃があるから陰からの撮影に移ったのか?


 急に心臓がバクバク鳴り出した……そう、このヘタレっぷりが本来のボクらしいボク……というかひとりで戦うのって、これがはじめてじゃないか?

 ほとんどいつもアレッサがいたし、少し離れた時にもダイカや清之助くんや……頼りになる誰かが近くにいた。

 そうだよ思い出せオレ! ユキタンはガチ戦闘では常に強豪様に寄生して、その援護や補助や観賞でささやかに活躍した気分を味わっていただけじゃないか!


 いや落ち着けボク……そうだ、頼りにならない弱小幹部ザンナと一緒に藪の聖騎士を倒した実績だってあるし……それくらいか。

 しかもザンナは調子さえ良ければけっこう強くて、魔王配下十一なんちゃらをジュエビーとふたりで倒している。


 ……とか思考が煮詰まるだけで時間を無駄にしているあたりが最高にシロウトくさいよ!

 もういいよシロウトくさいかわいげとかは!

 そろそろ『多くの修羅場が彼をわずかな期間で一流の戦士に育てていたのであった』的な展開をくれよ!

 一昨日から来たばかりで磨かれていくのは自暴自棄と厚顔無恥と屈折嗜好だけだよ!

 さ、準備をするか。


『おちこぼれのはし』で防御、『鬼火のちょうちん』で威嚇、『怪力の首飾り』も、のどを裂かれるよりは首がもげる覚悟で使う状況を考えポケットに……うん、この切りかえの鮮やかさは精神的な成長かもしれない。

 あとはキラティカがにおいをひろって駆けつけてくれることを期待して……でも清之助くんよりボクのほうが風下だな。



 ……来ないぞ?

 二つの影は丘を下って、別の低い丘に隠れてから、なかなか姿を見せない。

 今からでも清之助くんのほうへ急ぐべきか……と迷っていたら。


「い、いるんだよな?」

 近くの丘からかすかに、太い声が聞こえた。

「っだろうがよ。いいだろうよ」

 もうひとつ、強弱をつけすぎた声。


 そうか……相手だって、こっちを警戒しているんだ。

 ユキタン孤立というカモネギ状況に出くわしても、超人セイノスケ采配と素晴らしき寄生人脈を考えれば様子を見るよな……本当に独りと確認できるまでは。


 げ。そして今、相手から姿を見せた。

 もしや、かなりまずい展開かな。

 数十メートルも離れていない丘の上に立ち上がる二体の熊獣人。

 三メートル近い大きさのシロクマはベージュ毛皮の胴衣と帽子を身につけ、腕よりも足が長く、顔つきもかなり人間に近い。

 もう一匹は背だけはボクより低そうで、黒毛の全身にスカーフのような白毛のある……ツキノワグマそのものの姿だけど、革鎧を着こんでいる。


 どうする? 熊獣人なら階級をあげたから友好的に思えるし、グリズワルドの知り合いなら仲間になってくれるかもしれないけど……キラティカにさされた釘を大事にして疑いだすときりがない。

 魔王配下の熊獣人だっているだろうし、グリズワルドの敵対者やヤンデレ元カノかもしれない。

 区間報奨が上がっているから、裏切るメリットも大きい……でも姿を見せたまま襲ってこないぞ?


「いいっんだよそれで」

 ツキノワグマが大声を出す。苛立って非難しているようにも聞こえる。

「グリッズワルドが心配してったがらよ。まっだ安心すんなよ。こう言って味方みたいに思わっぜる手だってあるっしよぉ」

 発音はただのクセだった……九割九分、いい人だと思う。


 悔しいなあ。ダイカみたいに人柄を読む鼻がきけば、あるいは清之助くんみたいに心理分析の技能と選手の知識があれば、交渉できたのに。

 裏をかいて探られている一パーセントの可能性を考えると、ボクの戦闘力ではうかつに出られない。

 逃げそこなった以上、時間稼ぎしかない。

 せめてザンナくらいに戦えたら、警戒しながらも挨拶と御礼くらい言えたのに。


 熊獣人のふたりはすでに引き返していた。



 この対応が第三区間における単独ユキタンの現状か……まったくもって最弱選手らしい情けなさだ。

 今さらだけど、清之助くんから『孤立の襟巻き』くらい借りておけばよかった。

 やつなら無敵ネクタイと鉄釜ハンマーだけでなんとかなるだろうに。


 熊獣人のふたりが最初に見かけた丘の向うへ消えるのを確認してから、ふたたびとぼとぼ歩きはじめる。

 数分歩いてもかわりばえのない景色。

 風が急に強くなってきた。


 ボクにはなにもない荒野に見えるけど、鼻がきく獣人や、地図を頭に入れて全選手の動向を探っているプロ軍人にとっては騒がしいくらいの混み方なのか?

 横合いの丘から、今度は白いローブをのせた金毛が小さく見え、ボクは思わず涙ぐむ。

 あと少し早く来てくれていたら。



「ユキタン様、ご無事でしたか!」

 夜なおまぶしいリフィヌ様の明るい笑顔。

「ご無事でしたあ!」

 獣人式に頬ずりとキスの雨で感謝を示そうとしたボクの顔に、猫獣人の爪が食いこむ。

「熊さんに教えてもらったのだけど、なんでアナタの居場所が知られているの?」

 笑うように細めたキラティカ様の目が怖い。


「いえ、最弱選手であることをしっかりふまえ、最後まで隠れていました。熊さんたちには嗅ぎつかれてしまったようですが、こちらの警戒を察して立ち去ってくれたようです」

 不機嫌顔の金毛獣人美少女はボクの説明の途中でプイと顔をそむけ、鼻から短いため息をもらす。


「セイノスケ様もご無事でした。メセムスさんがまだ合流できていないので、こちらへ歩きながら発信を続けています」

 リフィヌの説明の途中でネコ耳がせわしなく動き出し、鼻もクンクン鳴らしだす。

「鉄鎧のにおい。たぶん聖騎士たち」

 キラティカは行き先の風上をにらみながら、体を大きくふくらませる。

「ふたりとも背に乗って。抱えて走ると遅くなるの」

 ボクがフサフサの首にしがみつくと、リフィヌもその上にかぶさって密着するうれしい体勢。



「ほかでも騎士のにおいが多かった。集合だけの動きには思えない。狙いがワタシたちでなければいいけど。本気を出されると、走りの差だけじゃきつい」

 キラティカは直進を避けて斜め方向に走り出す。


「総隊長がアレッサを目の敵にしていたような……」

「え? あの、アレッサ様が騎士団と完全決裂した件は……」

「フウウウウウ!」

 キラティカが突然に威嚇の声を出し、大きく速度を上げる。

「なんでそんな大事なことを言わなかったの?! どういうこと?!」

 完全決裂はボクも初耳だ。


「も、申し訳ありません! てっきり知っているものかと! 私は神官会議の話題で知ったのですが、アレッサ様は昨夜、騎士団上層との話し合いに向かわれ、実質的な完全決裂になったそうです」

「じゃ、リフィヌと同じだね」

 ボクの笑顔にリフィヌも照れ笑いする。


「そろうと全っ然ちがうの! 騎士団は同じ反魔王連合である神官団との仲違いを避け、魔王軍にも媚びているから、両者との争いはあとまわしにしたがっている! ユキタン同盟がどの勢力にも入る可能性があった内はともかく、全部にケンカを売ったなら、もう最優先の排除対象でしかない!」

「最優先て……有力選手が多いから、けっこう厄介なはずじゃ?」

「だからだってば! 厄介すぎるの!」

 キラティカが急に大きく曲がって、目の前の低い丘を避ける。


「魔王配下は数十の選手が残っているけど、連携がとれる騎士団、神官団の十数名ずつも同じくらい有望……わかる? そのほか数十名の選手の内から八名も連携し、メセムス、アレッサ、リフィヌといった強豪が残るユキタン同盟はもう、トップ三強に次ぐ勢力として目をつけられている!」

「その代表であるボクが、野犬一匹で死ねそうな実力ってどういうことでしょう」

「不思議ですよねえ」

 リフィヌ様が楽しげにうなずく。


「笑いごとじゃなくて、今はその厄介な勢力がばらけている上、最大の弱点をふたりだけで守っているという……ここも待ち伏せのにおい!」

 キラティカがふたたび急カーブをきり、ほとんど引き返す方向に丘を駆け下りる。

 踏み入ったくぼ地には雪が厚く残っている。


「本隊のアイツさえまだなら……ダメだ!」

 キラティカが言葉の途中でボクとリフィヌをつかみ上げ、元来た丘の上へ投げ飛ばす。

 直後、くぼ地の雪が高波のごとく持ち上がり、キラティカを押しつぶす。



「陽光脚!」

 リフィヌがボクの胴を抱え、足先から出した光の半球で衝撃を和らげながら着地する。

「あの地面の形は『大地の脚絆』……ヒギンズが、本隊がいる!」

 ボクは急いで茶わんとはしをかまえ、周囲を警戒する。


 キラティカが雪を跳ね上げ、ボクたちとは逆方向に飛び出した。

 その胴をサーベルが切り払い、ピンク髪の美女が得意げに笑う。

「んっふふ! まずはひとり!」

 サーフィンのように雪の波に乗って飛び出した『渦の聖騎士』シャルラ総隊長。

 しかし斬りつけた体がしぼんで消えると、その顔をしかめる。


 猫獣人がもう一体、ボクたちを追って飛びだしていた。

「それも影分身ですね」

 二体目のキラティカと同時に雪の高波が跳ね上がり、その上でオカッパ頭の小さな鎧姿が冷静につぶやく。

「おっと、そいつは危なかった」

 その高波を蹴って真下に飛ぶ、やせた中年男の乾いた笑い。


 高波の下から飛び上がった三体目のキラティカが爪をむき、『砂の聖騎士』の抜いた剣と交差させ、ガギリと音を響かせる。


「ヒギンズさんなら言わなくても気がついたと思いますが」

『泉の聖騎士』ニューノは高波から放り出されて空中で逆さまになりながら、両手からナイフを投げつける。

 一本は二体目の影分身を消し、もう一本はボクの首を狙う。


 リフィヌはボクをかばってヌンチャクでナイフをはじき、反撃のタイミングを逃がす。

「言ってくれた一瞬の差があの傷だ」

 ヒギンズがふたたび高波を作って跳び上がり、ニューノを抱え去る。 

 ボクたちの前に駆け上がった三体目のキラティカは本物だ……腕から血を流している。



「おこぼれ陽光脚ぅ!」

 ボクは地面を蹴り飛ばし、ヒギンズたちへ雪しぶきを浴びせる。

「な? あのボウヤはもう油断できねえだろ?」

「戦場にいる時間を演習で換算すれば、教官たちの有能さもあって効果は高そうです」

 ヒギンズは雪面を持ち上げて防ぎ、あわてる様子もないのが悔しい。

 でも時間は稼げた……しかも、シャルラたちは近づいてこない?


「乗って!」

 キラティカが片手でボクを背負いながらリフィヌに叫ぶ。

「ケガしているのに! それに、追ってこないよ?」


 キラティカは無言で走り出し、リフィヌもケガをしているキラティカに飛び乗り、降りようとしたボクをガッシリと抑える。

「ユキタン様、異論がありましても、まず動きだけはキラティカさんの指示に従ってください!」

「じゃなくて、シロウトは一切、口を出さないで! 追ってこないのは囲んでいるからに決まっているでしょ!」



 キラティカは血を止めようともしないで、ふりまきながら走る。

 行く手に槍のようなものが飛んで横切り、それが地面にあたる直前で不自然に跳ね上がるのを見た瞬間、キラティカは急ブレーキをかけて曲がろうとする。


 どこかで見た形の槍には太さ一センチほどの綱が……あれは『乱舞のもり』だ!

 アレッサに聞いていた説明によれば『投げやりの傘』に似た投擲武器で、やはり方向は制御できないものの、曲がるタイミングだけは発信できるため、よりあつかいやすいという……


「あれは乱……」

 ボクが言いかけた途中、リフィヌが早口でキラティカにささやく。 

「乱舞に入るべきでは?」

「よね? 減速しちゃった!」

 ふたりの動体視力はとっくに武器を見抜き、その先を考えていた。


 撹乱用にめちゃくちゃに飛び回る厄介な飛び道具……だからこそ、避けたら相手の思惑どおりということか?

 キラティカは進路変更を中止し、魔法槍の飛び交う正面へ突撃を再開する。



 行く手の岩陰から百九十センチはある、聖騎士でも特に大きい男が立ち上がる。

「五番隊隊長『川の聖騎士』ブロング、参る!」

 片手には銛の綱、もう片方の手には幅広の短剣をかまえ、乱舞による自爆対策なのか、全身は流線模様の入った重そうな板鎧で覆われている。


 キラティカはケガして荷物もちとはいえ、獣人の身のこなしなら簡単にかわせるはず……ところがズドンという音と同時に、キラティカは突然にバランスを崩し、ボクの体は大きく横に振られる。

 足元の雪に数十センチの溝ができていた。

「アレッサ様の言っていた地形変化の魔法道具……おそらく『地割れの根付』ですね。平地では牽制にしかなりません」


 右手の丘の草むらからボクと同じくらいの背がある黒髪ツインテールの女性が立ち上がり、長剣と巨大な楕円盾をかまえて出てくる。

「同じく五番隊『峠の聖騎士』ワッケマッシュ、参る!」

 隊長ブロングと同じく、灼熱洞で見た騎士だ。

 キラティカは無人の左手の丘は避け、姿勢を崩したままなおも強引に正面の大男の前へ飛び出す。


「センスのいい判断……ヒギンズの言ったとおりだ」

 隊長ブロングがつぶやきながらすばやく跳び下がる。

 キラティカは追いながらふたたび、今度は地割れもないのにバランスを崩す。

「え?!」


 キラティカの足元に太さ三センチくらいの綱が見えたけど、ひっかかっていたようには見えない。

 ただ踏んでいるだけなのに、それは磁石のようにまとわりついていた。

「『渡りの綱』は持ち主が手を放せば……」

 キラティカのつぶやきで、この魔法道具もアレッサに教えてもらっていたことに気がつく。

 触れた体をくっつけて安全な綱渡りをさせる効果だけど、捕縛などに転用できるという。



「私が行きます……陽光脚!」

 リフィヌが飛び降り、地面にばらけた綱と触れる前に光の半球で地面を蹴り、黒髪ツインテールへ真っ直ぐに飛びかかる。


「陽光脚! ……しまっ!」

 リフィヌがあわてた声を出す。

 峠の聖騎士は大盾をかまえて身をかがめただけなのに……そんなのは当然に予測して、盾ごと蹴りとばすつもりじゃなかったのか?


「期待はしてなかったけど、せこい工夫もしておくものだな」

 大盾がピンク色の光を発し、リフィヌの体は不自然な軽快さで上空へ跳ね、夜空に光の半球を突き上げる。

「『随所の扉』です!」


 言われて思い出したのはアレッサに聞いていた『四角い大盾』に改造した魔法のドア。

 どこでも行ける転移装置……ではなく、受けたものを向けた角度へ跳ね返す効果。

 しかし盾の形は薄い飾り板をつけて楕円に見せていた。


「綱は三人目が!」

 リフィヌの声に呼応するかのように、太い綱を握った三人目の鎧姿が草むらから飛び出てくる。

「同じく五番隊『谷の聖騎士』クアメイン、参る!」

 平均的な身長の男だけど、ガッシリした体格。

 小さな丸盾と短めの片手剣をかまえ、こちらも重そうな板鎧で全身を固めている。


 同時に迫る三人の騎士。

 用途の広い『陽光の足輪』でも、蹴る対象のない空中では落下を待つしかなかった。

 リフィヌ自身は空中でも守備が固いけど、落ちるまでの二、三秒は騎士団精鋭の三人にとって手傷・足枷・荷物つきの猫獣人を仕留めるには十分な時間だ。

 がんばれ荷物!



「おこぼれ陽光脚!」

 ボクの一回きりのとりえであるコピー魔法は真横から迫る『乱舞の銛』をはじくのに使ってしまった。

 キラティカがとっさにブロングへ放っていた影分身は冷静に切り払われていた。

 独り百鬼ほどの質量は出せないらしく、効果も知られている上、出現を見られているのでは牽制の効果も薄い。


 そしてキラティカ本体がクアメインへ向かう動きも読まれていた。

 クアメインは綱を持ったまますばやく後退し、残りのふたりは気兼ねなく間合いを詰める。

 リフィヌが空中で投げつけたヌンチャクもまた、ブロングが腕を上げて顔を守っただけで、ほんのわずかな足止めにしかならない。


 ボクがふと思いついて背後のツインテールへ投げつけた鉄棒は、ピンク色に光る大盾にはじき返される。

「おこぼれ陽光脚!」

 大嘘を絶叫しながら、茶わんをかまえて角度を調整……最弱選手のボクは、エリート部隊の聖騎士というだけで誰でも尊敬できるはず!

 はたしてピンク色の光が、茶わんにたまるのを感じた。


 期待どおりにボクへ向かって返された鉄棒は、茶わんに当るとそのままの勢いでブロングの顔めがけてはじき返される。

「うお?!」

 不意をつかれたノッポがひるむけど、むきだしの顔へ当る前に腕でふせがれてしまった。

 さすが『乱舞の銛』を使いこなす動体視力!


 そして女騎士ワッケマッシュの追撃もすばやく、ボクは鉄棒を投げるなり『おちこぼれのはし』をかまえたのに、長剣の先を受け止めたのは腹に刺さる直前だった。


 背後ではザギザギと爪で鉄板をひっかく音。

 虎と化した獣人キラティカの速度と怪力をしのぐクアメインもまた、地味ながら驚異的な筋力と動体視力。


 不意にブロングとワッケマッシュが跳び下がる。

「陽光脚! ……陽光脚!」

 リフィヌが着地するなり跳んでいた。

 小さな光の半球はボクの後頭部に迫っていた『乱舞の銛』を蹴りはじき、さらにはクアメインの握る綱を蹴り落とす。


 ようやく綱から足の離れたキラティカはすぐさまリフィヌをつかみ上げ、雪まじりになってきた強い向かい風をきってブロングとワッケマッシュの間を走り抜ける。

 しかし行く手に雪の高波が横切り、やせた中年、小柄なオカッパ、巨乳ピンク頭が並ぶ……第二区間で慣れ親しんだつもりだった本隊三人の姿なのに、ボクは恐怖に息を飲む。

 また包囲の中か!


 知っている魔法道具ばかりだった五番隊三人の攻撃だけでも、ボクはろくに対応できなかった。

 そして魔法以前の体力、格闘術、連携、判断力、精神力の差を感じた。

 ベテラン獣人や最強神官と渡り合う精鋭に、ヒギンズとニューノの読みが加わる脅威。

 騎士団が本気をだした袋だたきの恐ろしさを、絞められるように痛感する。



 ヒギンズが新たな雪の波を出しかけ、不意に止める。

 他の五人の聖騎士も動きを止めていた。

 みんなの視線は、おもむろに包囲へ近づいてきた学ランの長身少年に向けられる。


『お待ちしておりました清之助さまあああ!!』と泣き叫んで頬ずりしたかったけど、少し様子がおかしい。

「お前ら楽しそうだな」

 ボソリとつぶやいたイケメンエリートの目は、どんよりと死んでいた。




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