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十四章 魔術士のくせに常人以下が多すぎね? 常人ぶった超能力者が多すぎね? 一

「では教団孤児院については、第三区間での成果も見た上で慎重に検討したほうが良いということでしょうかなあ?」

 副神官長ネルビコ氏は愛想笑いを駆使して強引に処分を保留へ持っていく。

 不肖の弟子リフィヌはネルビコ師匠にだけわかるように小さく頭を下げていた。


 ボーズの群れがようやく散り去り、魔王もいつの間にか姿を消し、ボクたちもロビーに入って特務神官のグループとは距離をとって集まる。

「ダイカ選手の次はメセムス選手からセイノスケ選手、リフィヌ選手、キラティカ選手、ユキタン選手と時間差も少なく連続で出発になりますからご注意を。……セイノスケ選手は出場していただかないと、女性ウケをとれないのですが……」

 緑髪ネズミさんは心配そうにキョロキョロ見回す。


 そしてようやく、清之助くんが巨体女中メセムスに抱えられて姿を見せる。

「リフィヌ、特務神官の魔法道具について手短に教えてもらおうか」

 メガネをかけて学ランも着たまま布団にくるまってなにを偉そうに言っている。

 できれば珍妙神官たちがいる内に怪人対決をしてほしい気もしたけど、とりあえずは顔を見たのでほっとする。


 みんなはリフィヌの講義を聞きながら身支度を整え、それぞれの道具を確かめる。

 その間、鳥娘セリハムに渡された温泉まんじゅうは食事をゆっくりとれなかったみんなに好評で、早いペースで空になる。



 ボクは昨日から清之助くんに魔法道具の整理を丸投げしていて、配置を知らない。

 自分はシャツの下に『夢見の腹掛け』を着込み、ワイシャツ、インナータイツ、鎖編み綿入れの学ランとズボン、毛糸帽、手袋、雪中用の長靴、フードつき冬用外套と着こむ。

 鉄棒、ナイフ、盾、『おこぼれの茶わん』『おちこぼれのはし』を装着。

 リュックの中には『鬼火のちょうちん』と、役立たず道具である『怪力の首飾り』がまだある。

 かさばらないから、通過用にはほかの魔法道具が優先されたらしい。

 あとは長袖上下と靴下の替え、マッチ、袋状の防水シート。


 ボクの魔法道具はほとんど増減がなかったけど『道連れのちゃぶ台』だけはメセムスの背に移っていた。

 たしかにあれは魔法があつかいづらいし、盾として持ち歩くには少し重い。

 メセムスの足にあった『大地の脚絆』は返却済みらしく、あとは『大地の小手』と、今も持っている役立たず道具である『合体の布団』……

「なんでこんなかさばるものが残っているの?」

「これでも重さ大きさ実用性でマシなほうだ」


 清之助くんは『へつらいの鉢巻』『孤立の襟巻き』『片思いのおかま』という変人を超人に変える魔法の三点セットに、ボクと同じ通常装備。

 それに『生贄の手錠』と『ぬかよろこびのしゃもじ』を持っている。


 猫獣人のキラティカもこの区間ではさすがにビキニアーマーだけでなく、毛皮の肩掛けと腰巻を身に着けていた。

 背側の大きなポシェットに薄い毛布やマッチがあり、魔法道具は『影絵の革帯』と……

「今回はワタシが本物の『虚空の外套』持ちでいいの?」

 キラティカは肩掛けの下にある金色のマントを清之助くんに見せる。


「ダイカと別行動になったからな。だが、この区間からは行き先の確認をモニターで確実にしてくれ。それと、あまり外套にはこだわるな」

「どういうこと?」

「四つ分の価値はあるが、それ以上でもないということだ。空間転移は使いようで競技そのものを壊せる。しかし距離や障害物に応じた疲労もあるため、異世界渡航の決め手にはならない。国を変えることはできるが、世界を変えるほどではなかった」

「……とか言われてもよくわからないけど、それで採算とれるのね?」

「少なくとも、失えば俺が補償する。命や手足には代えるな」


 神官リフィヌが持つ魔法道具は『陽光の足輪』だけで、あとは棒部分の長いヌンチャクを背にさし、防寒用に厚手のローブと外套を重ね着し、手袋、毛皮のブーツ、小さな背負い袋に替えの衣類。


「オマエ、荷物が少なくねえか? 雪中行軍をなめて……いや、まさか現地でほかのやつからぶんどる方針とか?」

 銀髪チビ魔女ザンナは大きな背負い袋からゴチャゴチャとたくさん広げていた。


「いえ、用意する時間がほとんどありませんでした」

 そこ、明るく笑って言うセリフじゃありません。

「じゃ、アタシの荷物を分けてやるよ。というか持ってくれ。オマエ、体力が獣人なみだから荷物もちは得意だろ? これとこれと……」

 薄い毛布や長袖の替え、水筒などを大きな袋にもどし、リフィヌの小さな袋の中身も一緒に入れて袋を交換させる。


 ザンナの厚い黒毛皮のコートの下にはいつも着けているブラやスカート代わりの革ベルトが見えたけど、さらにその下へ厚手の全身タイツを着こんでいる。

 その貧相なプロポーションから露出をとったらなにが残ると言うのか。

 あとはつば広の三角帽子、耳あて、手袋、毛皮の靴。

 魔法道具は『闇つなぎの首輪』『ひとっとびのほうき』と猿の手がついた水晶。

「それ、正式名称とかあるの?」

「さあ? アタシらは水晶とかサル水晶としか」


 ザンナが水晶をリフィヌに見せる。

「『孫の手』ですよ。八百屋の孫、ゴソラという偉人の手首と言われています。聖なる教典を求めて旅立ち、志なかばにして現地で身をかためた際に、この水晶を介して実家の八百屋と連絡をとり、青果問屋として成功したと伝えられ、縁起がよくて実用性もあり、商人の家に代々受け継がれて重宝される……でもなぜか右手だけで十個以上は存在しているので、価値は半分あつかいの品です」

「アタシの父さんがいつも持っていたのはそれでか。でも偉いやつの干物で背中をかいたりしていたから、ずいぶんバチあたりだな」

 どこからつっこんでいいかわからない時は、つっこまないほうがいい時だ。



 先行している犬獣人ダイカが持つ魔法道具は銀色の『虚空の外套』だけで、肩掛けなどの基本装備はキラティカと同じ。


 さらに先の聖騎士アレッサも魔法道具は『風鳴りの腕輪』だけらしい。

 あとは片手剣と、全身に仕込んである何本かのナイフ。

 寒冷地仕様で肘や膝の烈風斬を断念したのか、玄関で見かけた時には厚手の長袖を着て、腿や腕の露出が埋められていた。


 ……その姿がここになくて、出発しても会えないと思うと、厚着ながらにパンツをはき忘れたような不安と寒さと違和感が強まる。



「あと先ほど、これをおさげの給仕さんからお預かりしたのですが……アレッサ様のお知り合いの方ですよね?『勇者様に』お貸ししたいと」

 リフィヌはやかんを持っていた。

「『瞬間沸騰の薬缶やかん』という魔法道具です。感情の激しさで発熱しますから、あつかいやすい暖房として重宝しそうです」

「リフィヌが持っていてくれる? 魔法道具が足輪だけだし……ナルテアはたぶん、君の言葉で期待してくれたんだと思う」


 清之助くんはおもむろにウロコ鎧のブラジャーをボクに手渡す。

「これも貴様へ贈られたものだったな」

 魔竜将軍がひきちぎってボクに投げつけたものだ……結ばれていた『福招きの鈴』は強制提出で無くなっている。


「それならこれもユキタンに渡しておく……かあ?」

 ザンナがリフィヌの背に押しつけた大きな背負い袋をあさり、ウロコ鎧のひもパンツをボクに手渡す。

 これもドルドナ様がひきちぎって銭湯の壁にたたきつけた一品……どちらも自動修復の機能があるらしく、きれいにつながっている……けど、これをボクにどうしろと。


「魔法道具なみに売れそうだけど、あつかいを間違えると殺されるから気をつけろよ。あと、濡れたついでに洗っちまったけど、セッケンは使ってないからな」

 そんなことを言われても。



 以上がボクたちの所持品で、魔竜戦の前とほとんど同じだった。

 魔竜すりぬけツアーで借りた魔法道具の多くは返却したけど、返却不要の物や、ドルドナ戦のあとで襲撃に転じて受け取りに来なかった物も含めると十数個は余ったはず。

 でも通過に使ったほかは、協力報酬にばらまいたらしい。


「あの鞭も通過で渡したんだ?」

「登録名称は『非情の鞭』だって。あと『昇竜の竹馬』もね。あれはかさばるにしても強力だから、騎士団との交渉に使えたんじゃない? ちゃぶ台も、たわしよりは先に渡してよさそうだったし……」

 キラティカは首をひねり、ようやく布団を降りた清之助くんのにおいをかぎまわる。


「セイノスケに任せちゃったけど、判断が鈍っていた?」

「そうかもしれんな。もっと相談しておくべきだった」

 なんだこの見知らぬイケメンメガネは。

 ボクの親友を自称する変態野郎は、そんな普通の人間みたいな反省をしない。


「だいじょうぶかよセイノスケ?」

 ザンナにまで心配されている。

「大きなミスではない。区間攻略への支障は少ないだろう」


「そうじゃなくて、清之助くんの調子だよ。ホームシックとか……倦怠期とかよくわからないけど、表情が暗くなっているから」

「たしかに不調ではある。だが心配はいらん。たいしたことではない」

 昨日もそんな風に真顔で言っていたけど、そのセリフは不敵な笑みを浮かべて言うべきだろ。



 メセムスの出発時間が来てしまう。

 モニターには先ほどから翼竜に乗って飛び立つ選手たちが見えていた。


「選んだ扉によって開始地点が大きくずれる。俺が『生贄の手錠』を使い続けるが、ほかの選手をだしぬくには獣人の俊足と嗅覚が頼りだ。キラティカ自身もなるべく早く俺かリフィヌをひろって防御に足してくれ。もちろんユキタンは最優先の捜索対象だ」

 ボクの装備を見なおすと、茶わんコピーくらいしかとりえがない弱小ぶりは相変わらず。


 清之助くんがメセムスの手に口づけをして送り出そうとすると、キラティカがあわてたように引き止める。

「それだけ? 開始すぐの袋だたき対策は? これまでとは展開が違うでしょ?」

 キラティカは秒読みをはじめたネズミ娘を気にして、とりあえずメセムスを送り出す。


「そうだった。もう少し詳しく頼みたいが、俺からは急いで『殺し合いの対応』をユキタに伝える必要があるな」

 またえらく物騒なことを。


「相手を傷つけて強いストレスを感じた経験をあげてくれ」

「虫人の巣でアレッサを切った時」

 これは即答できる。

「痛みを感じさせる最低限度に浅くだけど、自分の内臓を切った気分だった。あと……虫人の子供を鉄棒で殴り倒した時かな。あの嫌な感触は、時間がたつほどきつくなる」

 弱いものへの暴力は、自分の醜さ汚さを育ててしまったような不快感として心にしみこんでくる。


「それに人間ぽい形をしていれば、クズみたいな男でも一方的にたたくとか、入院するような傷をつけるのは抵抗があるよ。女の人なら威嚇だって嫌だ」

 キラティカが顔をしかめてボクを見る。

『この軟弱者はなにを今さら激甘なことを言ってんの?』という表情だ。


「そういった『傷つける側の恐怖』を思い出すことが第一歩だ。シロウトは傷つける側の恐怖を軽視し、急に思い出してあわてがちだ。相手の警戒心を軽視しない戒めにもなる」

 清之助くんの解説でキラティカの表情の厳しさが少しだけ薄らぐ。


「そんなの、弱っちいのをぶつけて刺させたほうが早いんじゃ……いや、続きをどうぞ」

 チビ魔女が言いかけた軽口は、メガネと猫目と神官の静かな一瞥に圧殺される。


「第一歩をよくふまえた上で第二歩だ。仮に、気絶したアレッサの胸を槍で刺そうとしたブタ鬼がいたら、ためらいなくつけられる傷の深さはどの程度だ?」

「即座に全身ミンチ……いや、腕や足の一本か、全身複雑骨折とか……やっぱり、完全に抵抗がないのは、死ぬことはなさそうな骨折数本までか」


 最も後悔しにくい行動が『即座に全身ミンチ』ということくらいはわかる。

 アレッサが刺し殺される可能性をわずかでも残すくらいなら、加減なんかしないほうがいい。

 でも正解ではなく、自分の行動の正確な予測となると、ボクは無意識に加減してしまいそうだ。

 ボクはザンナを殺しかけたクソ神官ポルドンスの首を斬れなかった。

 ブタ鬼を鉄棒でめった打ちにはできそうだけど、散弾銃でめった撃ちにできるかは怪しい。


「無抵抗なアレッサの手を切りつけようとしたレイミッサなら?」

 狙いが手なら死ぬことは少なそうだけど……アレッサの指が妹に切り落とされるなんて光景を考えると、やはり『傷つけてでも』止めるしかない。

「アザを作る……いや、骨折させるくらいまでは……なるほど。『傷つける側の恐怖』を考えると『自分が本当に可能な攻撃』をより正確に把握できる」

 ボクはアレッサの指のためなら、美少女レイミッサすら鉄棒で殴れるらしい。


「そういうことだ。斧を持って首に当てれば最高の威力でも、躊躇して殴り返されては意味がない。『最大の威力を正確に命中させる』と言えば簡単そうだが、シロウトは自分が冷静に扱える威力の範囲を自覚してない……眠っているアレッサのケツをさわる神官ジジイなら?」

 ぶっ殺す……が最初の感想だけど。

「指か前歯を二、三本折る。許すかどうかは別に、それくらいで止めるよ」


「今のユキタならできるだろうな。だが元の世界で痴漢を相手にいきなりそこまでやれるやつはほとんどいない。『ぶっ殺す』を連呼するとか、ナイフを見せびらかす程度のドシロウトだと、まず無理だ」

 言われて見れば、例えかわいい子を助けるためで、相手が痴漢ジジイだったとしても、いきなり指をへし折ったら、ほとんどの人は危ないやつだと思うだろう。


 ボクだって以前ならそう思ったはずだ。

 でも今のボクだと、かわいい女の子が痴漢に泣かされていたら、とりあえずは遠慮なく殴れる。死なない程度に。

「つまり……ボクは臆病さを自覚すると、『殺す』というはじめからできないことは避ける反面、『死なない程度に殴る』ということは遠慮しなくなる……なんか物騒な洗脳に思えてきた」


「格闘術を習った者やケンカなれした者であれば、傷つき傷つけられる経験を通じて自然におぼえている程度のセンスだ。しかし三日漬けならぬ三分漬けでシロウトがプロの殺人業種に対抗する場合、拳の握り方や急所の位置をおぼえるよりは効率のいい知識になる」

 キラティカはまだ少し疑問がありそうな顔で、ザンナはまだかなり不満がありそう。



「殺傷能力を高めるだけなら、ザンナが言ったように感覚を壊すのが早い。事実、軍隊では体力以前に人間性の歪曲が必須の訓練となる。統率名目の暴力に徹底して従わせることで、統率という名目さえあれば徹底して暴力をふるえるように感覚を変形させる。前線なら新兵に捕虜のリンチを強要し、さらった少年兵なら友人や家族を殺させることでてっとり早く『使える兵士』つまりは人殺しをできる人間に加工する」

 それに比べたら人道的なのか? ……いや、はじめから清之助くんは善悪をまったく別にした話をしている。


「だがユキタの目的は殺害人数の記録を達成してくたばることではない。あくまでユキタの目的に必要となる範囲での『殺し合いの対応』だ」

 ボクの目的……ってなんだ?


「したがって第三歩は最初にもどる。『戦場でシロウトが武器をふるうのは自殺行為』だ。ユキタの言ったとおり、殺し合いを避けることが本当の勝利となる」

「ボク、そんなこと言った?」

「おぼえてないのか? 『殺し合い大会からうやむやに水着大会へなだれこめたら最高の完勝』と言って、ユキタン同盟の密かな裏目標に…………すまん、口がすべった」

「いや、いいよ。なんかもう、ボクの品性については今さらだし」

 あと、君が普通の人みたいに謝るたび、ボクは不安になる。


「大切なことだ。あとはキラティカに任せるが……これからは交渉が格段に危険になる。目的のぶれは犠牲者の数に直結する」

 清之助くんは秒読みをはじめたネズミ娘さんに挨拶し、開始ドアのひとつに入る。

 なんでまた、重要そうなことをさらっと言い残して去るかな。



「清之助くん、だいじょうぶかなあ?」

「かなあ、じゃなくて、だいじょうぶなの? 聞きたいのはワタシのほう」

 キラティカが笑顔で殺気を放つ。

「アナタ、どれだけセイノスケに守られてきたか、ほとんどわかってない。それなら交渉は一切考えないほうがいい。危険どころか自殺行為になる」


 金色の尾がいらだちもあらわにパッシンパッシンふり回されている。

「選手はもう百数十名だけ。これまでみたいな通過を優先した魔法道具かせぎじゃなくて、消耗も覚悟で競争相手をつぶす戦闘が中心になっていく」

「それならなおさら、共倒れになるより停戦を選べる状況もあるんじゃないの?」

「言ってみれば?『こんにちはユキタンです仲よくしましょう』って……」


 キラティカが顔を近づけてボクの耳へ息を吹きかけたあと、首元へ鉤爪を走らせる。

「ワタシならおびえたふりして武器を捨てさせてから、笑顔で近づきのどを裂く」

 ボクには選手を保護する魔法『平和のあぶく』が発生していた。

 キラティカの手には、いつの間にか奪っていたボクのナイフと鉄棒があった。


「今までは交渉し、約束を守るほうが得になったというだけ。だまして得なら当然にだましてくる」

 ナイフと鉄棒を投げ返され、ボクは受け取りながらうなずく。

「わ、わかったよ。相手が誰でも疑うことにする」



「それと、露天風呂での言い合いを聞いたワタシの感想はね、ユキタン同盟には殺しをためらうお人よしさんがふたりもいるってこと」

 キラティカが今度はリフィヌに厳しい目を向ける。


「セイノスケの講義をずいぶん熱心に聴いていたけど……リフィヌ、アナタも殺しには慣れてないようね?」

 リフィヌが気まずそうな笑顔で縮こまり、キラティカは露骨にため息をつく。

「選手は殺しをためらうほうが少数派。最強神官様は、致命的な短所を言いふらした自覚をしてね?」


 リフィヌが曖昧な笑顔でうなずき、キラティカはなおもその目を険悪にのぞきこむ。

「ダイカと離れて気が立っているの。ダイカと合流できれば機嫌が直ると思う」

 やはりそうでしたか。



「ワタシがアナタたちを手伝うのは、ダイカがアナタたちを気に入って肩入れしているから。世界の行き先なんかどうでもいい。でもダイカが仲間とみなしたアナタたちのことは、ダイカに代わってワタシが守る」

 キラティカがリフィヌをぎゅうと抱きしめる。

「世界をどうこう言うのはかまわない。でも目の前の仲間は守り合う。そこはだいじょうぶ?」

 声も表情も静かだけど、鋭い。


「は、はい」

 リフィヌの返事と表情は自信がなさそうで、キラティカは抱きしめた体の心拍を探りながら、一瞬だけ眉をしかめる。

「じゃあ、自分や仲間を守る時だけは思い切ってお願いね?」

 キラティカが笑顔になり、出発時間のせまったリフィヌの背を押す。


「あと、経験者には従って。アレッサもダイカも離れている今、指揮に向くのは誰?」

「キラティカさん……ですね。西では高名な賞金稼ぎダイカさんと長年のパートナーで、機転や策謀ではダイカさんを助ける側と聞きます」

 キラティカは主導権を認めさせて満足そうにうなずく……かわいいだけにエグい。


「でもダイカほどは鼻や勘がきかないの。それにリフィヌは魔獣狩りをたくさんこなしているから、集団戦についてはアレッサの次に詳しいはずよ? 頼りにしている……魔女さんとユキタンもちゃんと言うことを聞いてね?」

 てきぱきと序列を組み立てるキラティカ様から逃げるようにリフィヌが出発する。



「人間相手なら、アタシのほうがボーズよりは……」

 ザンナが自分の位置づけを上げようとして、キラティカは露骨に冷たい目を向ける。

「魔女さんは街のチンピラばかり相手にしてきたような戦い方ね。お芝居みたいに無駄が多くて、のどを裂くまでに時間がかかる」

 冷酷な指摘にザンナは縮こまる。


「でも頼ることになるかも。リフィヌの甘さは、やっぱり危ない。セイノスケも……判断だけなら正確だと思っていたけど、今はそれもわからない。メセムスも敵味方以前に、腕力以外の能力がよくわからない……ワタシはアナタが好きじゃないけど、ダイカの勘は信じる」

 やはり嫌いでしたか……それでもキラティカはなに食わぬ顔でザンナの頬に軽く口づけをする。



「ちなみにボクは論外の最下位ですね?」 

 にこやかに聞くと、にこやかにうなずかれる。

「その優しさはステキなものだけど、戦場に出たら……いえ、どんな仕事の現場でも、能力不足と意志の弱さは、それだけで仲間への裏切りなの。アナタに戦闘力は求めない。でも役割は果たして。ワタシにはなんのことかわからないけど、ダイカとセイノスケが信じたなにかの役割があるんでしょ?」

 あるのかなあ?


「それができないなら、やろうとしないなら、理由はどうあれ、アナタは裏切り者のにおいしかださなくなる。ワタシには耐えられないにおい……」

 キラティカの静かな声に、ボクと一緒にザンナまで縮みあがる。


「でもアナタのことは好きよ? 命を助けてもらったことはステキな思い出」

 キラティカはボクの頬に三度も優しいキスをまぶす。

「ただ、ダイカのほうが何倍も大事なだけ」

 金髪ネコミミ美少女は悪びれもせずに笑顔で言い切り、出発ドアへ向かう。

「ダイカがアナタを選ぶならそれでもいい。その時はワタシも一緒にお願いね?」



 残されたのはボクとチビ魔女。

「なんというアメとムチさばき……手の平で転がされているとわかっていても、ボクはダイカとの合流に全力をつくすしかないじゃないか……あれが色じかけというものだよ魔女くん」

 ザンナの突き出したホウキもまた『平和のあぶく』で防がれる。


「実際よお、オマエなんのために競技祭を続けてんだよ?」

 ザンナは泡ごしにも攻撃を続けたけど、顔の怒りはもう消えていた。

「一応は帰るために。あとは自分探しというか……いや、もう『ユキタン同盟のため』だな。支えてくれたみんなのためになにかしたい。今はみんなが無事に合流して次の区間を生きのびるだけでも大変になっちゃったみたいだけど」

 ホウキが止まった。


「アレッサはなにか言ってなかったのか?」

「『みんなを信じていれば道は開ける』だってさ」

 ザンナが考えるように頬をかき、間が流れる。



「おっと、いろいろ伝えそこなっていたな。もしアタシの合流が遅れたら、小人たちは無事だとオマエから伝えてくれ。襲撃したズガパッグたちは減刑されて、懲役は『第二区間の清掃と管理に協力』……つまり故郷の復興整備をしている。王女ズナプラは人質だが、実質では外交大使として扱われている。女子供はカノアンやドメリも含め、避難地域での無事が確認された」

「それは……どうも」

 うれしい話題ではあるけど、もっと個人的でアホな話をしたい気もする。


「あと、ガイムなんだが……いや、無事というか、弟の手紙によればもうまき割りとか無茶しているらしいんだが、なんかティディリーズとゴタゴタしていて、迷いの森から出してもらえないとか……」

 ザンナは気まずい顔で手首つきの水晶をいじる。


「アレッサへの人質のつもりかな? ザンナを守らせようと……」

「ありえる。母上は優しいけど、ぶきっちょだ。市場に流れていた『孫の手』を買いもどしたのだって、アタシのためとは一度も言わなかったけど、買う前にウチの店にあった手の特徴を聞かれていたんだ。ほらこれ、生命線は短いけど運命線は濃いだろ?」

 サルの手を人と同じ手相で鑑定するのか……

「アタシも説得する返信は送ったからな。弟たちも困っているようだし……」



 ふたたび間ができる。

「……そういや、ハーレムとか本気で考えているなら、持っているもん半分くらい売り払って田舎貴族になる気はないのか? 次のゴールで階級を望めば……」

「それだと帰れないだろ? ボクには家族がいるんだから……清之助くんは年に何回かしか両親と会わないようだけど」


「くたばるよりは四年か八年くらい待ったほうがいいだろ? この競技祭の報奨を元手に金を稼いで、次の競技祭で代理を立てりゃいいんだ。セイノスケの才能で四年もかければ、かなりの強豪選手団を作れそうだし、少なくともオマエよりマシな選手はいくらでもひろえる」

 その発想は無かった。


「アタシは『ティディリーズとその家族』で階級を望んで、迷いの森と、その周辺にあるしょぼい集落いくつかをウチらの統治にしたんだ。まともな商店のある街とかは高いけど、第三区間はさらに報酬が上がるから……一緒に買うとかどうだ? いい街があるんだ。半分を牛耳れば、愛人なんかホイホイよってくるぜ?」

「女の子がそんなはしたないことを言っちゃいけません。あと、ハーレムは清之助くんの目的であって、ボクは誰かひとりにふり返ってもらうだけで必死だよ」


「セイノスケはもうハーレム状態だし、なにもしなくたって女はウジャウジャ増えていく体質だろ?」

「そうなんだよ。それなのに、ほかに目標があるようなことを言っていて、なにを考えてんだか」


「オマエもだよ。誰かひとりでいいなら、なんで……」

 ザンナは言葉をとぎってくちびるをかみ、妙な顔のしかめ方をする。

「ま、いいや。アタシも第二区間でやめるつもりが、なんだか第三区間もとりたくなっちまったからな。欲かいた結果がどうなるやら……次の報酬なんて、無事にゴールできてから考えりゃいいことだ」

 ザンナが皮肉屋ぶって笑い、帽子のつばを下げて立ち上がる。


「そろそろ出発だろ? アタシはまだ少しあるから、ちょっと買い食いしてくる」

 歩き出しかけて、そっとふり返った。

「『みんなを信じれば道は開ける』って言葉だけどよ。それってアレッサが『道を切り開くから信じろ』ってことじゃないのか?」

 闇の魔女は感情を読みにくい静かな表情でボクの目を見ていた。


「それと……『信じるから道を開いてくれ』みたいにも聞こえるんだが、気のせいかな」

 ふたたび背を向けたザンナの表情は見えない。

 黄色髪のネズミ娘がボクを呼び、残りの秒数を指折り示す。




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