表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/130

十二章 竜は羽があって火を吐くトカゲでオッケー? チャイナドレスは外せんな! 四 


 ドルドナの背で『憤怒の巾着』がまた少し膨らんだ。

「君と虫ケラのなにが違う」

 ボクはダイカに降ろしてもらい、みんなには逃げるように後ろ手で追い払う。


 清之助くんはボクをかばって前に立った。

 でもこれはもう、さすがに君の計算外だろ?

 リフィヌも続いた。

 ボクのなにを信じるつもりだよ。

 自分にすらよくわからない行動をしている最中なのに。


「誰が虫ケラであるか?!」

 変態メガネはなにをどう感謝しているのか『へつらいの鉢巻』を絶好調で発動し、魔竜将軍の弾丸のような飛びかかりを正面で受け止める。

 リフィヌが『陽光の足輪』で光の半球を蹴りだし、ドルドナをわずかばかり押し返す。

 そのまま、押し合いの力比べになる……まずいことになった。


 清之助くんの分析では、ドルドナは魔竜砲を使わないほうが厄介だ。

 魔竜砲は威力が高すぎてエネルギーの無駄が多く、こちらは直撃を避けて撃たせ続ければ、最も効率のよい相手の体力消耗になっていた。

 逆に地味な力押しだと、同じ量の体力消耗に何倍も時間がかかる。


 恐竜を殴り飛ばす怪力を防ぐこちらの消耗は、魔竜砲しのぎとたいして変わらない。

 清之助くんは『防御と回避だけで勝てる相手じゃない』と言っていた。

 魔竜将軍がその気なら、いつでもこの地味できつい攻め方に変えられた……そしてボクの挑発は、そのタイミングを早めてしまったのか?

 でも清之助くんは黙って力比べを続け、なぜか後ろ手にゴーサインを送ってくる。



 リフィヌと清之助くんが交互に繰り出す防御魔法はただの直進に圧せられ、ジワジワと押しこまれている。

 恐竜のしっぽをオヤツ感覚で食べる体の出力……

「そのケタ外れの強さ、ケタ外れに大量の食料をとり続けないと倒れる体だろ。ひたすらエサを運ぶ虫ケラよりどれだけ偉いんだよ?」

 もうこれ、くどきじゃなくて口ゲンカだけど……清之助くんは親指をたててグッドサイン。


「君らの食べる大型生物の肉は、より小さな生物を食べていく食物連鎖で支えられているものだろ。君らを支えている虫ケラのほうが偉いじゃないか」

 ドルドナは意外にも、ボクの話を理解しているらしい。

 鋭くにらみながら、憤怒の巾着は膨らまない。

 でも魔竜の体は赤熱したままで、近いだけでヒリヒリする熱を発している。

「魔竜の意志を……愚弄するか!」


 リフィヌは腰のカボチャをはずしてかまえ、緑の炎で全身を包んで熱を打ち消す。

 足輪の光は鉢巻ほど万能ではないため、ドルドナ対策の補助に貸していた。


 メセムスが竹馬をかついできて支え、ダイカが乗って力押しに加わった。

 獣人に『昇竜の竹馬』の怪力が加わり、ようやくリフィヌと清之助くんが息をつく時間をもたらす。

 人間としてはバケモノじみたスタミナを持つ二人だけど、息が乱れはじめている。



「バカにはしてない。かっこいいと思った。神に挑むとかは壮大すぎてよくわからないけど、肉体だけでなく、その意志も強く美しいと思った」

 よし、なんとかくどきにもどった。

「でも君の従う魔王が必死こいて盛り上げているこの代理戦争だって、経済負担の再配分……エサの取り合いを世界規模でやっているだけじゃないか」

 ドルドナは足を止め、竹馬の足に頭を押さえつけられながら、直立不動で腕を組む。

 魔竜と竹馬の足元にヒビが広がる。


「君の一族だって、たったあれだけの距離を移動するだけで『エサ』にがっついているのを見たよ。時代の覇者たる魔王様もわざわざ『エサ』を用意して竜を使っていた」

 魔竜の身にまとう炎が激しさを増す。

「エサで釣って支えを作らないと、魔王も神には挑めないってことだろ。君と魔王だけで済むなら、神様はとっくに選手村広場へ吊るされているはずだもんな」

 でもここまで言われても『憤怒の巾着』は膨らまない。

 むしろ、しぼみはじめる……それが恐ろしい。


「一理ある!」

 魔竜将軍は真顔で断言する。

 ここでボクを嘲笑うようなやつなら、知略や機転でなんとかなったかもしれない。

 ここで怒り狂って暴れるようなやつなら、元から清之助くんの敵じゃなかった。

 ドルドナは単純だけど、その意志は真っすぐに貫かれている。

 ウソやごまかしの効かない強さがある。

 魔王配下筆頭は甘くない。



 清之助くんの合図でダイカが退き、キラティカが交代して押し合いを引き継ぐ。

 ドルドナは憮然たる表情で再び竹馬を顔面で受けて踏みこたえる。


 あとが無い。

 ゴールまでの脱出を考えると、メセムス、ダイカ、キラティカの余力が必要だった。

 なんでまだグッドサインを続けるかな自称親友。


 リフィヌ様まで真似して親指を立てていた。

 これでこの珍作戦になんの意味もなかったら、死ぬ前に抱きつきますよ?


「ボクは節操無くまわりのみんなに支えてもらって、どうにか生きのびている……神様に対する敬意も敵意もサッパリないよ。頭の中は常に女の子のことでいっぱいだ! 今だって君のバストサイズを目測している!」

 ドルドナは身構えて胸を張る……これだから手ごわい!


「死ぬ前に初キスや初ディープキスをできたのもみんなのおかげだ! 死ぬ前に初エッチという生涯目標もみんなの支えが不可欠だ……だからボクは支えてくれたみんなに敬意を払う!」

 ボクはなにを言っているのだろう。

 感謝の言葉は死ぬ前に伝えておきたいけど、自分で死期を確定させてどうする?


「美少女聖騎士を犬娘を猫娘を触手娘を魔女をエルフ耳を巨大メイドをゾンビ娘を……ついでに変態メガネを尊敬する! それが勇者もどきユキタンの誇りだ!!」

 無意識に飛び出した『誇り』という言葉に、一瞬だけ無駄な理性が働く。


 清之助くんはドルドナの魔法体質『灼熱の骨』にも発動条件があると言っていた。

 そしてシュタルガは『誇りを失った竜は代謝が遅れ、免疫も落ち、骨粗しょう症にもなりやすい』とか……竜の超常的な体格や体質を維持する魔法は、ドルドナのこだわる『誇り』によって物理的にも支えられている?

 じゃあこの舌戦、本当に意味があったのか?

 いや……だからこそ、なにもかも忘れてくどけ!



「ボクの笑える誇りにかけて断言する! ボクは空気を読めない魔竜娘にも感謝する!」

 今までなにを言われても憮然とした表情を崩さなかった魔竜将軍が、はじめて目をむいて驚きを見せた。


「それだけの実力と精神力と美貌でボケをかまし続ける人格に敬意を表する!」

 清之助くんが合図してキラティカを下げ、再び自ら魔竜の前に立つ。

 もう竹馬の支援は期待できないらしい。


「君の怒りはわかりやすいし、見ていて楽しい!」

 ドルドナはいつもへの字に結んでいる口を小さく開き、まじまじとボクを見ている。

 噴き出す炎の威力は衰えない……でも『憤怒の巾着』はゆっくりしぼみ続けている。


「性悪童顔シュタルガの読めない腹をのぞかせてくれたことにも感謝している! ボクが挑む魔王は、性根がねじくれきっているだけのクズじゃないとわかったから! 歴代最弱でもなんでも、ぶちのめして負かす価値はあるとわかったから!」

 清之助くんは粘っていたけど、ヒザを折りかけてフラフラと後退する。

 リフィヌが飛び出て、陽光脚と緑の炎で魔竜のつっかい棒となる。

 あとはメセムスとボクだけだ。 


「ボクにとっては、君も必要な存在だった」

 清之助くんがボクの頭に『へつらいの鉢巻』を結ぶ。

 たしかに今なら使える気がするよ。


「でも……」

 首に『孤立のえりまき』が移され、手には『片思いのお釜』を持たされた。

 今だけは清之助くんよりも使える気がする。

 なにを察したのか、自称親友はボクの背中を拳でたたいて激励する。


「『あの子』はボクにエサしか求めてなかったし、ボクはあの子の顔だけで好感をもった。食欲と性欲だけのつき合いだったけど……なにが悪い?」

 リフィヌの体がぐらつき、ボクは魔竜への『感謝の念』をこめながら前に出る。



 ドルドナにキスできそうな距離まで近づくと、熱さや圧力もかなり強まる。 

 低め男子のボクの目の高さに長身モデル体型のアゴがあり、突き出た豊かな胸はボクのアゴ間近に迫って大変にけしからんというか感謝の極みだ。


「この鉢巻が輝く限り、君への感謝は本物だ」

 鉢巻を使うのははじめてだけど、消耗は烈風斬の素振り数回や陽光脚の蹴り上げ十数回と違い、発動している間中ずっと腹筋かスクワットを繰り返している感覚。

 中和するダメージが大きいほどペースが速い。

 これを平然と使いまくっていた変態メガネの体力がいよいよ不気味になる。


「でもこのマフラーの光が示す孤独も本物なんだ」

 ボクの出した『孤立の障壁』は狭く、でも厚かった。

『あの子』のことを思い出した今、自然とこの形状になってボクを包み、ドルドナの魅惑のボディまで押しやってはじく。


 不思議なことに、魔竜は圧されるままに引きずられていた。

 腕組みをやめて押し返そうとしているのに……全身の輝きが弱まっている?

 みんなで体力を削ったから?

 このまま押しまくれば、メセムスがみんなを抱えてゴールへ逃げこめる距離は作れそうだ。

 ひたすら守られ続けたボクに、恩返しできる番が来たらしい。



「ちなみにこれは片思いで強くなる打撃武器」

 鉄釜は持っているだけで光ってもいないのに、うなるような震動を発していた。

 ドルドナの背が壁につく。


 ボクは自分の体力の限界を感じ、後ろ手にみんなを追い払う。

 最後の時間稼ぎだ。

 魔竜の美しい顔体を間近に拝んで感謝しながら、虫娘を偲ぶ気持ちをぶつける……珍妙系勇者の真価を発揮する時だ。


「たしかに『あの子』は虫だったけど、たしかに女の子だった。ハチミツと肉団子を交換しただけの原始的で不様なつき合いだったけど、たしかにわかり合えた、大事な最初の一歩だった……」

 鉄釜が勝手に熱くなりはじめていたので、仕方なく振り上げる。

 いかれた虫娘を偲ぶ気持ちと、いかれた竜娘ともわかり合いたい気持ちが重なって輝く。

「あの食事は……いいデートだった!」

 片思いの塊をたたきこむ。


 もちろんボクは、こんな状況でも女性は傷つけられないので、少しだけずらす。

 朱色髪の横で岩壁が砕け散り、浅いクレーターがつく。

 この威力だと、美人相手には使えそうもない。


 それ以前にもう、体力的に立っていられるか怪しい。

「君は強く美しいけど、エサをくれただけの虫ケラは、もっとかわいかった」



 壁にめりこんだ鉄釜を抜き取り、マフラーをはずし……投げ渡す体力があるかどうか。

 なかった。腕がもう上がらない。

 自分で作っていた魔法障壁の邪魔もなく、ボクは念願の美乳に顔をうずめる……心地よく熱い。


「良し」

 ドルドナがボクの襟首をつかんで持ち上げる。

「降参である!」

 魔竜将軍は真顔で断言する。


「……誰が?」

「魔竜ドルドナは! 勇者ユキタンに降参した! そしてときめいた!!」 

 魔王配下筆頭は真顔で断言する。

 しかもボクに長い長い口づけをする。


 からませてきた舌はお湯のように熱く、優しく貪欲に暴れた。

 くっつけた時と同様、唐突かつ強引に口を引き離される。


 ボクは呆然としながら、呆然と見ているみんなと目が合った……アレッサやラウネラトラまで駆けつけちゃっていた。

 紫コウモリはもちろん何匹もうろついている。 



「今日の祭はこれで良しとする!」

 叫びながら鎧ブラジャーを引きちぎり、たたきつけるようにボクに渡す。

 なにこのラブレターか決闘状か区別をつけがたい作法……と思ったけど、革紐の端には鈴……区間ボーナスアイテム『福招きの鈴』がついていた。


「む! これでは放送倫理上の問題がある!」

 そう思うなら鈴だけ外そうよ。

 というか手で隠そうよ。


「さらば!」

 濃厚なキスをしたばかりの相手を衝撃波で何メートルも転がしながら、火の玉が真一文字に打ち上がる。

「……なにあの余力」

 ボクは起き上がることもできない。


「潔く敗北を認めたことで『誇り』がもどったのだろうな。体力的にはまだ少し……いや、かなりやれたようだ。だがユキタの鉄釜をくらった場合の結果も認めたのだろう。それもまたドルドナの誇りらしい」

 清之助くんに解説をもらっても、まるで勝利を実感できない……これ本当に、計算どおりなのかよ?

「まったくの予想外だ。ここまでこちらの余力を残して勝てるとは……俺はまだユキタもドルドナも過小評価していたようだ」



 灼熱洞から大集団の足音が迫っている。

 みんなで脱出準備を急ぐ……ボクは這うのも苦しい。


「烈風斬! 烈風斬!」

 上の通路から数匹の飛竜が飛び出した時、アレッサを乗せたダイカはすでに斜面を駆け上がりはじめていた。

 キラティカもぐったりとしたリフィヌを背に併走している。

 アレッサに渡した背負い袋にはほとんどの魔法道具が入っていたけど、鉄釜などは大きいので外に縛りつけている。


 四倍に巨大化したメセムスは火口広間に通じる七本の南側通路を殴りつけ、あるいは岩を投げつけてモグラたたきのように追撃をくい止める。

 起き上がれないボクと清之助くんはラウネラトラにひきずられ、選手のいない北側通路を目指す。

 そして学ランの内側をひらひら見せてピンクネクタイ、マフラー、ボーナスアイテムの鈴などをわざと追撃選手に見せて引き寄せる。


「ユキタ、ダイカのケツをちゃんと拝んでおけ」

 清之助くんに言われ、ボクはひきずられながらダイカのビキニ下半身に両手を合わせる。

 その下半身に飛竜の群れだけはしつこく追いすがっているけど、烈風斬の弾幕がはばむ。

 アレッサたちが頂上付近の白い光に近づくと、飛竜たちはあきらめてボクたちのほうへ急降下してきた。

 メセムスは巨大化を解いて土砂崩れを起こしながらボクたちを追い、北側通路を埋めながら合流する。



「メセムス、一人で山頂まで行けそうか?」

「四百パーセント『土砂装甲』と九割『土砂走行』の併用は残りおよそ百秒。三十秒以内に到達しマス」

「よし、二十秒後に発進だ。くれぐれも妨害に気をつけてくれ」

 清之助くんがメセムスの胸に『ぬかよろこびのしゃもじ』を差しこむ。

 ラウネラトラがボクたちの学ランの内側で振り続け、エサになる魔法道具の幻を発生させていた。


 通路をふさいでいた土砂をまといながらメセムスが飛び出し、斜面を砕きながらホバー走行で登りはじめる。

 巨大化とその解除を繰り返し、周囲に岩をまき散らして群がる選手を蹴散らしていた。


「人形だけだ! へばっている残り三人を囲め!」

「魔法道具は何個か見えた! ボーナスもある!」

 そんな声が聞こえる。


 北側通路へたくさんの選手が飛びこむ……シッポのない恐竜戦士三人組もいた。

 一部の選手が上空の異常に気がつきはじめたけど、メセムスはもう追えない高さまで上がっていた。


「ご苦労だった。第二区間ともなると最後の乱戦も厳しいが、なんとかいなせたな」

 清之助くんは両手を広げて巨大メイドさんを迎える……ほぼ全裸で。

 ボクとラウネラトラも山頂上空の白い光に包まれてゆっくり浮上をはじめていたけど、申し訳程度にツル草が腰へ巻かれているだけ。

「わっちはもう、草をのばす余力もないのじゃ~」


「オマエら早く、なにか着ろって!」

 ダイカさんが顔を真っ赤にしながら、ボクたちが移動に使った銀色の『虚空の外套』を押しつけてくる。

「もう、手すら、動かないのです」

 這いずるしかできなかったボクが外套の移動魔法を使った結果だ。

 今ごろ下の北側通路では三人分の服装が踏まれている。


「こっちのニセ金色マントもどうぞ。……リフィヌ起きて。首によだれつけないで!」

 キラティカがゆさぶっても、背におぶさる神官様は笑顔で眠っていた。

 そして変態メガネはこういう時に限って銀マントを普通に首へつけて背になびかせる。


「なぜセイノスケのメガネだけは転送されて……いや、それよりマフラーやネクタイがあったはずだな……」

 アレッサは背中の背負い袋をあさるけど、それらを股間に巻くとあとで使いづらくなります。

「茶わんとお釜……いや、なんでもない」

 聖騎士様もかなりの疲れが見える。



 あとの記憶があまりない。

 疲れすぎて朦朧となっていた。

 道具整理やゴール通過手続きは清之助くんに丸投げした。

「友人グリズワルドのために、熊獣人の階級上昇」だけはちゃんと言った。


「……貴様、わしになにか言うことはないのか?」

 小柄な紅髪美少女に尋ねられても考えがまとまらない。

「……なにを?」

「ないならいい」

 そうだ……魔竜将軍に勝ったら、この性悪童顔に言う予定の挑戦文句が……思い出せない。


「かまってほしかった? ごめんね」

 気絶する前にそう言えたかどうか、よくわからない。

 シュタルガのなにくわぬ表情は変わらなかった。



 震動で目がさめると、選手村宮殿のバルコニーに着地した飛竜の背だった。

 ボクはメセムスの小脇にかつがれ、反対側にかつがれている清之助くんと目が合う。

「数分もたってない。今回は選手村が近い位置に停泊している」

 清之助くんの指した夜空には、白煙を吹く火山が大きく見えていた。

 リフィヌも起きていたけど、ダイカにお姫様だっこされて赤くなっている。


 ロビーに降りるなり悪徳商人ロックルフおじさんが丁重に出迎えてくる。

「まずは腹になにか入れるかね? 風呂も寝床も用意してある! 任せていただきたい!」

 みんなを神輿のような従者つき荷車の列に乗せ、店へ向けて出発する。

 実際、広場も中央通りもお祭り騒ぎでボクたちを歓待した。


 店へ着くまでに温かいおしぼりで全身をふかれ、まともな下着とローブも着せられる。

 ボクたちの腰に巻かれていたツル草が投げられると、見物客の間で激しい取り合いになった。

 そんな様子もまだ呆然と、現実感もなく眺めている間に店の奥へ通される。


 みんなはボクを角の隅におしこみ、メセムスを隣に座らせ、見物客を少し遠のけて大量の注文をはじめる。

「無理せず眠っていてもいいぞ?」

 向かいのアレッサはボクの席に大きなクッションをたくさん重ねてくれていた。



「すまん。一人だけどうしてもと……」

 見物客を整理していたロックルフおじさんが清之助くんに確認をとる。

「ユキタン! 恩に着る! これで堂々と帰れる!」

 三メートル近い熊が皮袋を手に突撃してきた。


「グリズワルド……肩はだいじょうぶなの?」

「痛むことは痛むが、これだけは直接に渡したくてな!」

 熊は上機嫌で皮袋からハチミツの大瓶を二本とりだした。

「入荷を待ち伏せておいたんだ……すぐに開けるか?」

 ビンの中で黄金に輝く甘露。

 あれを今、スコーンやバタートーストに塗ったくってむさぼれたら、どれだけうまいことか。


「ありがとう……あとでもらうよ」

 でも今は、あれだけは口にしちゃいけない気がした。

 それがなぜかも、考える前に意識が止まる。


「そうか……じゃあ置いていくから、食って元気出せよ。晩飯につきあえなくて悪いな」

 グリズワルドはビンを机に置きながら、一瞬だけ傷みに顔をしかめた。

「無理しないで。まだかなり悪いんだろ?」



 強がりながら立ち去る巨体を見送り、ようやく目の前の陶製ジョッキを持ち上げる。

 中身に気がつかないまま、ひとくち飲みこんでしまった。

 昨夜に最初に飲んだのと同じ、リンゴとレモンを足したようなジュースで、ハチミツがかなり多めに入っている。


 口に残った蜜の味で、ボクはこの店で一緒に朝食をとった細身の女の子を思い出してしまう。

 山吹色の髪をした女の子の、無邪気な微笑みで頭がいっぱいになる。

 みんなは体を乗り出してわざとらしいバカ騒ぎを続け、ボクの情けない顔と抑えきれないうめきを隠してくれていた。


 重ねられたクッションに顔をつっこんで何分かたつと、どうにか落ち着いてくる。

 顔を上げると、目の合ったアレッサがハチミツ瓶をボクの前に置いた。

 熊らしい野太く荒い字でメモが貼ってある。

 片方のフタには『友人ユキタンへ』もう片方には『天国のハチ娘へ』





 (第二部 灼熱の黄金編 おわり)





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ