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九章 僧侶とか深く考えたらやばくね? ノンフィクションほどじゃない! 二


「おあっつ?!」

 ヘッポコ勇者の全力烈風斬はクソ神官ポルドンスの太ももに当たる。

 そこにも鎧の板が隠れているのか、少し痛そうに抑えるだけで倒れもふらつきもしない。


「オッケーエ! いい一撃だ少年! いい勉強になったよ、ありがとう勇者ユキタン!」

 このクソボーズ、防御ネクタイ発動のために無理矢理に感謝しようとしている?

 いや、素でムダにポジティブで熱苦しいからこその選ばれし使用者か?


 リフィヌの困り顔が気になり、冷静になりはじめる。

 ここで休戦を求めれば味方でいてくれそう……というずるい計算も働く。

「ポルドンスさん、手を引いてもらえませんか?」

 アゴわれ軽薄男もじっとリフィヌだけ恨みがましくにらんでいる。



「おいユキタン、魔法道具は奪っておけよ。もうオマエが一方的にぶちのめせるんだからよ」

 ザンナくんは状況がわからないのか、あるいはわかっているからリフィヌを試したいのか……でも神官団の恨みを買いすぎちゃまずいだろ。


「さっさと鉢巻と玉すだれを置けよ負け犬! ……こう言えば、アタシへの感謝の気持ちも薄れるだろ? 次の闇針はどこまで刺さるかな……」

 小さな魔女が腕をかまえると、ポルドンスは玉すだれを城壁に置く。

「オッケーエ……これは勉強代にあげようじゃないか。でも鉢巻は勘弁してくれたまえよ」

 ニヤニヤとくどい顔をこわばらせながら、じりとさがる。


「ふざけんな。鉢巻もローブも隠し持っているほかの物もだ。パンツだけは見逃してやらあ」

 ここぞと居丈高なザンナ嬢が憎たらしく笑う。

「待って、そこまでは……鉢巻だけください。それでほかにはなにもとらないので……ザンナもそれでいいだろ?」


 アレッサも悩んでいる様子だけど、指示はない。

 ザンナは不満顔でにらみ、リフィヌは泣きそうな笑顔で困り続け、ポルドンスはニヤニヤが限りなくブチギレ顔に近づいている。

 そりゃそうだ。鉢巻を預けたら、圧倒的な不利になる……のか?

 ザンナの言うとおり、ほかに隠している魔法道具があるかも?



「鉢巻のほうが肝心なのはわかりますけど、ほかにも魔法道具を持っているかもしれないので、ボクたちは鉢巻くらいはとっておかないと安心できません。『勇者ユキタン』の名前を信じてもらえるなら、ほかのものは一切さぐりませんから」


 ポルドンスは驚いたような顔をしたあと、玉すだれをひろい、鉢巻を外す。

「ありがたい話だねえ。いや別に、鉢巻の発動とは関係なく。勇者様の名前なら信じますとも」

 ウソつけ。『セイノスケの相棒』だからだろ。

 それに今の反応を見ると、やっぱりほかにも隠している気がしてきた。


「ただ僕は、そちらの銀髪ちゃんに攻撃されて、仕方なくの反撃だってことを忘れないでほしいなあ?」

 ピンク色の鉢巻がボクに投げられる。


「神官様が小人のガキからカツアゲしていたことならおぼえといてやるよ」

 得意顔で毒づくザンナ君、君はその小人の子供を得意顔で刺そうとしていた気がする……でも今、その子たちを背にかばっている姿は少しかっこいいから、忘れておいてやるよ。



 小人の子供たちにお願いして、まずはアレッサの合流をはばむ城門を開けてもらう。

 鉄扉がゆっくり開きはじめ、城門前への通路に降りていた鉄柵も上がりはじめる。


 アレッサが不意に、驚いた顔で通路に振り返る。

「雷撃!」

 通路の奥から聞こえた声と同時に、アレッサの体が小さく跳ねてひざをつく。

「しまっ……た?!」


「アレッサ!」

 のぞきこんだボクの体が後ろに引っ張られる。

「じゃあなリフィヌ! ゴール後の会議でまた会おうぜ!」

 いつの間にか走りよっていたポルドンスがボクをザンナに突き飛ばし、城壁から飛び降りる。


「アレッサを守って!」

 叫ぶボクを見て、リフィヌはとまどうように固まっている。

 クソボーズの最後の脅しが聞いたらしい。


 ザンナはボクを押しのけ、城壁の上にとびのってから少しためらう。

「水……感電させるためか?!」

 ボクものぞきこむと、一見なにも変わらない丸石の散らばった床に、染みが広がっていることに気がつく。


 ポルドンスは玉すだれをフックロープ代わりに壁へ刺し、アレッサのそばに降り立つ。

「ウッヒョオオ! 困りすぎて玉すだれの長さ速さコントロール最高潮ぉ!」

 その手には、なぜか金色のマントが……ボクのリュックにひっかけていた偽物を盗ったのか。

「ポルドンスさん、やめてください!」

 リフィヌが飛び出し、ザンナも飛び降り、ボクは……茶わんをかまえる。


「なにもしねえって! でもこれだけは……勉強代にもらっていくぜ!」

 ポルドンスはアレッサの銀色のマントを強引に引きはがし、鉄柵に走る。

「陽光脚!」

 リフィヌが足先に光の半球をまとい、衝撃を吸収しながら着地する。

 あの魔法は便利そうだけど、発動方法を知らないや。


 ザンナが落ちながらホウキを大きく振り上げ、減速して着地する。

 あの魔法をコピー……だいじょうぶ。今のザンナなら尊敬している気がする。

『おこぼれの茶わん』の中へホウキに似た黄色い光が溜まるのを見て、ボクもそろそろと飛び降り、思い切り茶わんを振り上げる。

 飛べ!


 ぐい、と減速するのを感じたけど、そのあとで再開した自由落下にバランスを崩し、着地はできたけどものの、少しつんのめる。

「ユキタン、岩にのれ!」

 ザンナは濡れた床を避けて丸岩を足場にしていた。



「助かったぜタミアキ! だが撤退だ!」

 ポルドンスは上がりきる前の鉄柵にすべりこむ。

「御意! 確かにあの者ども、わしの『雷獣の下敷き』の性質も心得ている様子! いささか不利でござろう!」


 通路の奥に見える野太い声の主はポルドンス以上に筋肉質な大柄で、ガッシリした顔のりんかくに、細く鋭いつり目、たれ伸びた長いどじょうひげのいかつい顔……ただなぜか胸には二つの半球が見え、腰も大きい女性のようなシルエット……。

 高位神官の選手に変わり者が多いって、こういうことか?!


「追わなくていい……」

 アレッサはしびれた脚をもみほぐしながら立ち上がる。

「あのマントは二個分や三個分でシュタルガ様ともめた貴重品だろ?!」

 あせるザンナに、ボクも手振りと怪しい笑顔で落ち着かせる。

 リフィヌはおろおろと丸岩の上で踊っている。


「あれ、両方とも偽物」

 ポルドンスたちが走り去るのを確認してから小声を出す。



「一方的に鉢巻とるだけより、かえってバランスとれたかも」

「あうあの、でも、ごめんなさいその……」

 リフィヌは縮こまる。


「そんな。ボクもザンナも命を助けてもらったんだから、リフィヌには感謝してもしきれないよ!」

 ボクが戦闘時より素早い身のこなしでリフィヌ様の手を握ると、少し安心した笑顔を見せてくれる。


「そうそう、あのクソボーズを負かす決定打になっていたからな! もう後戻りできねーぞお!」

 ザンナが明るい笑顔でリフィヌの肩をもむと、リフィヌは笑顔のまま半泣きになる。


「そういう追いつめ方はしなくていいから。『リフィヌ様がいたからユキタンは神官団を見直し、できる限りの協力を誓う』という路線で……ね? ね?!」

 ボクはいたいけな高位神官様をなだめつつ、なぜか生暖かい視線のアレッサとザンナにも同意を求める。



 城門の中にもどり、念のため鉄柵も扉も再び閉めると、ザンナは水晶をとりだして交信をはじめる。

「族長の子なら連合の王女は知ってるか?」

 水晶に穏やかな丸顔と丸体型が映る。

「ズナプラ様!」

 小人の子供たちの顔が明るくなる。

「まあドメリちゃん。カノアン様も。その傷はどうしたのです? それにそこは……まだ煉瓦砦にいるのですか?」

「オマエら、話しながらでいいから、どこか休めるとこ案内しろよ。もう少し奥で……治療できるとこないか?」


 無人の『煉瓦砦』は中に入ると名前のとおりに壁と床のすべてに赤茶の煉瓦が敷きつめられ、天井や出入り口がやや低いほかは常人用に近いサイズになっている。

 小人娘のドメリは、ズナプラが見えた途端におしゃべりになる。

「小人以外の援軍を呼ぶこともあるの。ダイカさんとキラティカさんも、ここで一緒に戦ってくれたの」

 大きいアンティークドールのような体型だけど、顔は小動物に似た親しみやすさで、作業服に似た風変わりなドレスが似合っていた。



 二人に案内された小さな食堂には、調理場も併設されていた。

「昨日から父さ……族長たちが急に殺気だって襲撃準備をはじめたから、残った女子供だけだと避難計画が大幅に遅れて……オレたちのほかはもう抜け穴につくころだけど……」

 兄のカノアン君は真面目そうで言葉が少なく、奥にある休憩室から包帯や消毒液を持ってくると、ザンナの肩の傷を丁寧に手当てする。

 岩を落としてきたのも、ザンナの手を金づちでつぶしかけたのもこの子なんだけど。


 食堂の掲示板には避難計画の巨大な図面が貼られたままだった。

 南北にのびる『竜の巣』の広い空洞を挟んで二本の『巨人回廊』が直進し、その周囲に毛細血管のようにいくつもの細かい脇道が広がっている。

 小さい道が集まる小さな広間は小人の居住地らしく、『煉瓦族第六・済』のように集落名と避難状況が書きこまれていた。


 竜の巣の南端は特に大きな空間があり、その中央に『竜の巣』と書かれている。

「ここが現在も竜の群れが住んでいる、本来の意味の『竜の巣』だ。まだ思ったより近いな……シュタルガの交渉が早ければ、走っても間に合わなくなる。この中盤までは急がなければ」

 アレッサの指す地図の北端は不規則な斜線がかかっていた。

「ユキタン様。魔王が竜の巣に着いたようです」

 発動させたままの水晶から小人王女ズナプラが注意を求める。



 宮殿モニターに映っていたのは、象のように大きな紅い竜に乗ったシュタルガと、その何倍も大きい、五階だての建物みたいにそびえる巨体の……竜?

 羽と角がある巨大な爬虫類のような形はしているけど、全身の皮はたるみきってボロボロで、腐ってカビた倒木の山にも見える。


 シュタルガは紅竜から降りると親しげに笑い、どこかで見たおぼえのある爪きりをかざす。

「久しいな。長老セハンヤ。これは手土産だ。最近では竜の子供でも爪を整えると聞いた。魔法道具の強度でなければ長持ちすまい?」

 老龍はゆっくりと口を開け、意外に小さい声で話し出す。

「ほ~う。もうニッパーを、グロス注文しなくても、済むようになるのう……しかし、まさか、その爪きり一本で……」

「出動を要請する。なに、御老体もたまには動いたほうが体によい。供の選出は任せる。まず日没までには、玄関へ着いてもらおうか。遅れた場合には……元気のよい孫娘どのを迎えに出そう」

 シュタルガは巨大な鉄扇を加減なしに振るい、巨竜の指に打ちつける。

 しかしそれは好意らしく、セハンヤに痛がる様子はなく、ボロボロとカビだらけの乾いた皮があたりにちらばると、まだしも生物らしく見える濁った茶色が見えてくる。


「わしはまだ、火葬されとうないい……王の座を譲っても、ドルドナは、ちいとも丸くならん。人生の正念場は、新年の挨拶だけに、してほしいもんじゃああ……」

 老竜はため息のように、細く長い炎を真上へゆっくり吐き出す。

 それを合図に、あちこちから象の倍はありそうな体格の竜が姿を見せはじめる。

「丸くならん孫娘を誇れ。考えなしのようだが……実際なにも考えておらんだろうが、このシュタルガの腹を嗅ぎとり、探りにきておる。あれぞ竜の持つべき傲慢」

 近づく竜の群れは一匹ずつ真上に炎を吐いては立ち止まり、シュタルガの前に頭を下げる。

「魔王の祭に、竜の矜持を示してみよ。誇りを失った竜は代謝が遅れ、免疫も落ち、骨粗しょう症にもなりやすいのだろう?」

 シュタルガは数十の巨竜を激励し、紅い竜の背にもどって去る。



 画面が『巨人回廊』に変わり、兵装した小鬼たちが延々とひしめいている様子が映る。

 先頭で指揮するウサ耳獣人ピパイパさんはいつものバニーガール衣装ではなく、武道着のような格好。

「はい、こちら現地リポーター兼、西の巨人回廊を中心とした足きり補助担当のピパイパでーす。東担当の豪傑鬼シャンガジャンガさーん?」


 さらに画面が変わり、大鬼の赤髪女性が映る。

「ん? もういいのか? じゃ、いくかあ!」

 言うなり長い鉄棍棒を振り回して歩きはじめる。

 その後に、兵装した二メートルを超える大鬼の群れが何百と吠えながら従う。


 画面がピパイパにもどると、小鬼の群れも気勢を上げはじめる。

「シュタルガ様も気ままにうろついていらっしゃいますのでお楽しみに! なお、途中棄権したい選手の方は、私かシャンガジャンガさんから直接に見える位置がオススメです。もちろん抵抗してもかまいませんが……」



「あの二人が追い立て役……」

 大量の兵動員は、狭い道に隠れても無駄ってことらしい。

「豪傑鬼シャンガジャンガは格づけこそ『八武強』を名乗っているが、常に最大兵力を任されてきた最古参の腹心だ。豪快な性格だが用兵の勘は鋭く、兵士からの信望も厚い……主力部隊と一緒なら、三魔将に匹敵する処刑台だな」

 アレッサは立ち上がって装備を確かめる。


「でも狙われてやばいのはピパイパさんのほうかな? 『武闘仙』と呼ばれた体術は狭い屋内じゃパミラさんとも互角だし、指揮官としてはシュタルガ様の侵攻を聖魔大戦終了まで防ぎきったくらいだ……ちなみに十倍以上の軍勢を撃退し続けた根城がこの黄金山脈な。手下も本当にやばいのは画面に映ってない獣人の弟子たちのほう」

 ザンナは缶きりでカニ缶を開けていた……まだ持っていたのか。


「シュタルガの部下って、シャンガジャンガ以外はみんな敵だったんだね?」

「厳密には豪傑鬼さんもですね。シュタルガさんは妖鬼王の継承を妖鬼連合のほかの族長たちに反対されていましたが、連合一の豪傑だったシャンガジャンガさんを負かして味方につけることで連合を制し、旗揚げをした経緯があります」

 リフィヌはザンナがカニ缶だけでなく、どこからかイモまで三つ取り出して皮をむきはじめたのを不思議そうに眺める。

「マヨネーズある? あればパセリとレモン汁も……」

 ザンナに言われて小人のカノアン君は律儀に調理場を探す。



「そのイモ、選手部屋にあったやつ? わざわざあの部屋のランプや金ダライでゆでたの?」

 ここまでせこいのも面白い。

「貧乏性で悪かったな。あるとつい、ゆでちまうんだよ……」

 ザンナはイモを半分に割り、大皿に『冷めたゆでイモのカニ肉とマヨネーズのせ』を六個ならべ、みんなの真ん中に出す。

 それを当然のようにふるまうザンナに、アレッサもリフィヌも意表をつかれたようだった。


「ん? 別に無理に食わなくてもいいぞ?」

「いや、ありがたくいただこう。カノアンどの、ドメリどのも……」

 アレッサは座りなおし、よくかみながら嬉しそうに食べる。

 リフィヌは慎重にみんなの様子を見ながら少しずつかじっていたけど、間もなく笑顔で頬張りだす。


 こんなことをしている場合じゃないのはわかっているけど、戦闘の緊張が続いたあとの今、妙にうまいよこれ。

 みんなで食卓を囲む時間そのものが、妙に嬉しい。

 ……でもこれ『はじめて女の子にもらった手づくり料理』にカウントされるのか?




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