二章 犬耳と猫耳ならどっち派? 龍耳か巨人耳だな! 四
ティマコラが数十メートル先まで迫っていた。
「ダイカ! ボクはいいからアレッサを!」
アレッサはまだヒザ上まで地面にとらえられている。
ダイカはプリゴンドの木靴とバッグを奪うと、アレッサの元へ駆ける。
「間に合わん! ユキタンを連れて逃げろ!」
ダイカはとりあわず、アレッサの脚を掘りはじめる。
「ダイカ、魔法は使わんのか? 使えんのか?」
もう直に届くシュタルガの声にも、ダイカは振り向かない。
「貴様の外套は面白そうだ。『二つ分』で計上してやる。どうだ? そこで不様に焼かれる前に……」
ダイカがちらと、ティマコラの背負う座席を見上げる。
魔王の鉄扇が爆撃魔ドルドナを制止していた。
ボクの枕元で岩壁がゴトゴト鳴り出す。
「ふざけるなシュタルガ! 干渉しまくった挙句に買い叩きか!? ダイカ! 俺なら最低でも『三つ分』だすぞ! 片方だけでだ!!」
岩壁の隙間から聞き覚えのある絶叫。
「清之助……くん……??」
「ガガガガ! 再充填完了! これより『土石装甲』を。再構築シマス!」
崖面に向かって覆いかぶさるような岩壁がゴリゴリとゆがみ、人型に変わりはじめる。
「シカシ! その部分をさする合理性は認められマセン! セイノスケ!」
なにをやっていたんですか清之助くん。
死を覚悟していたボクの枕元で。
岩を全身にまとった巨体メイドが振り向き、大きく広がったスカートの下からメガネ怪人が這い出てくる。
「メセムス、その部分とはどこだ? 具体的に言ってみろ。公衆の面前でなあ」
「……かかと。デス」
それなら頬から蒸気をだす必要ないよメセムスさん。
「というわけでユキタ! メセムスは俺という足手まといつきで戦いすぎて疲れていたので、岩に擬態して休んでいたのだ!」
わかりやすいけど納得しにくい説明をありがとう。
でもとりあえず目の前のティマコラちゃんには気がついているのかな? いるよね?
「しかし『ぬかるみの木靴』の効果はメセムスとも相性が最悪! 出る機会を探っていたのだ! さあダイカ! ユキタの『影絵の革帯』、アレッサの『風鳴りの腕輪』、そしてメセムスの『大地の小手』はくれてやる! ここは俺に任せて先に行っていいぞ!」
所持者を無視して勝手なことを言いながら、身動きできずに転がっているボクのベルトを嬉々と外しにかかる自称親友。
それって、はた目にどう見えるかわかっている?
「必要ない! いかがわしいにおいがする魔王とは、はじめから取引する気などなかった! セイノスケ、オマエも不気味なにおいがする!」
清之助くんはボクをお姫様だっこにきりかえ、嬉々とダイカに走りよる。
「よし! ダイカも嫁候補とみなす! メセムス! 出力を四百パーセントに上げて守れ!」
巨体メイドは周囲の土砂を壁から人型に変え、二階建てに近い高さになっていた。
岩巨人が両腕を地面に打ちつけ、さらに大量の土砂が盛り上がり巻き上がり、三階建ての高さにまでせりあげてゆく。
「ガガガガガガオンッ! 出力。四百パーセント!『土石装甲』起動! 起動! 嫁候補『ダイカ』『アレッサ』を防衛シマス!」
「なぜ私もすでに嫁候補……いやそれより、ドルドナの『魔竜砲』は岩をも破砕する! 早く逃げろ!」
アレッサの体はひざ近くまで掘られ、あとは鉄の長靴部分だけ。
「棄権する気がないなら仕方あるまい」
シュタルガは魔竜将軍を制していた鉄扇を降ろす。
「メセムス、どれくらいもつ?」
清之助くんは缶ケリで作戦を練る子供のように楽しげだ。
「土石装甲の残りおよそ百五十秒。ドルドナの熱光線は。およそ数十秒の消耗になりマス」
ボクらの前に立ちふさがるメセムスがズシリと揺れる。
「ティマコラ到達! 土石装甲の消耗が速まりマス!」
「アレッサ、脚に力を入れろ! あとは引き抜く!」
ダイカがアレッサの太ももの間に腕をさしこむ。
「待てどこに……馬鹿者ぉおお!!」
工事現場のような衝突音がメセムスの体から繰り返し響いている。
「残り装甲。およそ七十秒デス!」
「よし、脱出しろメセムス! 自身の防衛を第一に切りかえだ!」
清之助くんがメセムスに両手で投げキッスを送って駆け出す。
「悪かったな。力を入れやすそうだったからつい……」
ダイカもボクとアレッサをかつぎあげて駆け出す。
「いやその…………取り乱してすまなかった」
向かいの肩に垂れ下がるアレッサの赤面を眼に焼きつけるボク。
岩巨人が首部分から順に土砂崩れを起こす。
広がる砂煙から、ガゴンガゴンと重い足音が近づいてくる。
二メートル強にもどった人形メイドさんはダイカと併走する清之助くんに追いつくと、片手で拾い上げる。
「無事でなによりだメセムス」
清之助くんは抱えられながら優しく微笑み、舌先をメセムスのアゴにのばす。
「ドルドナが攻撃に加わらなかったのは幸運だったが、どういうつもりだ?」
「ドルドナは。回復を。優先し……」
メセムスはめいっぱいアゴを上げながら律儀に答える。
蒸気を噴き出す無骨な無表情が泣きそうに見えるのはなぜだろう。
清之助くんの頬にアレッサの拳がめりこむ。
「すまん……つい。それよりドルドナだが」
アレッサはコウモリモニターを指す。
放送席が土砂まみれになり、不機嫌顔の魔王が巨大鉄扇でティマコラをどつきまわしていた。
巨人将軍ゴルダシスが苦笑いでかばいながらショベルカーのごとく素手で土砂を押し流す。
その後を実況パミラ嬢が黙々とモップがけ。
そして腕を組んで直立不動のドルドナ。
目をつぶり、寝息を立てている魔竜将軍ドルドナ様。
「回復って……居眠りしていたのか?!」
ダイカがあきれ声を出す。
「さすがは魔王軍筆頭だな」
清之助くんはなぜかニヤリとうなる。
「あらあ!? 魔竜将軍様の頭にも土がのっていますわねええ!?」
パミラが裏返った声を出してモップを全力で投げつけ、直撃したドルドナが目を開ける。
「我こそは魔王軍筆頭、魔竜将軍ドルドナなり!!」
爆音と閃光がモニター、そしてボクたちの背後の砂煙からあふれる。
「アンタあ?! せっかく掃き終りかけたのにい!?」
「うん? 少し寝言が大きかったか?」
モニター画面が揺れ、土砂で覆われていく。
なぜかまた鉄扇の音が響き、ティマコラの悲しげな吠え声。
それを最後に画面が切りかわり、『しばらくお待ちください』のテロップと露天風呂の少女が映された。
峡谷が下りになると勾配はごく緩やかで、上りよりずっと距離をかけて道幅が広がってゆく。
ボクの体はメセムスに渡され、清之助くんとは反対の腕に抱えられていた。
「我こそは魔王配下三十二隊長が一角、遊撃職人ヌオロガス! ここが貴様の……」
「烈風斬!」
下半身が六足の昆虫戦士はセリフ途中で袈裟がけに斬り撃たれて崖上から転がり落ちる。
「魔王配下六十四頭目の穴掘り古豪、ピグンチ様の秘技をくらブギャラッ」
モグラ男は地面から起き上がるなりダイカに蹴り上げられる。
狼獣人が烈風斬使いをおぶって走り、二人の呼吸はよく合っていた。
「これもハズレだ……この辺の羽なしはすでに魔法道具を奪われたか、はじめから持ってないザコばかりだな」
ダイカが槍と鉄兜を捨てる。すれ違いながら奪い取っていた昆虫戦士とモグラ男の持ち物だ。
「あの二人なら、速攻に関してはメセムスよりも上だな」
「清之助くん、それよりいろいろいろいろ聞きたいのだけど、なんでここが地球なの? 数千年前の分岐って?」
「星座でも動植物でも、地球じゃないと言うほうが難しい。文明の年代は『異世界人』が時おり来ることで無茶苦茶になっているが、魔法発祥の歴史を軸にすれば矛盾がなくなる……しかし今は、そんな悠長なことを考えている場合じゃないだろう?」
「元の世界との関係は最重要じゃないか!」
「ユキタ。今は教科書を順番どおりにめくっていたら読み終わる前に百回くたばる乱闘レースの最中さ。くだらんことは、くだらんことを考えるのが得意な俺の頭に任せろ」
なんなのその自信たっぷりな笑顔。
「それよりユキタには、もっと重要なことを考えてもらわねばならん。頼りにしているぞ」
ボクは『ふざけすぎだ変態野郎!!』とののしるつもりでいたのに、まるでなにもわかってないマヌケみたいじゃないか。
「まず、ダイカの魔法道具を使えば、一瞬で全裸になれるのだが……」
「ぅおい!? 『虚空の外套』は瞬間移動に使うんだ! 一族の宝を露出狂のオモチャみたいに言うなあ!!」
ダイカが全力でつっこんだ後、『しまった』という表情になる。
「うむ。魔法の発動には意志が重要なことから、生物以外は転移できないために起きる現象とは推測していた」
「わかっているなら、まぎらわしい言いかたすんな……」
ダイカが赤面し、走りながら腐れメガネの顔を握って締めつける。
「それにオマエ、岩壁に化けてなにを見ていた~?!」
清之助くんに爪がくいこみ血がにじんでも、抱えるメセムスは無骨な無表情で放置していた。
ただボソリと「セイノスケの。性能向上に必要な修正と認めマス」とつぶやく。
「やましいことはなにもない。そのマントは競技とは別に重要すぎたのだ! おそらくシュタルガの興味も同じだ。異世界との往来は安定していないだろう? こちら側から働きかけても年単位に一回だ。だがもしその一回で外套の片方を『向う』へ送れたら……」
「そうか! いつでも行き来できるようになる!」
ダイカさんにアイアンクローの刑を受けている変態メガネは、やはりただ者ではなかった。
「期待どおりにできるかはわからん。だがもし成功すれば大きい。俺は全裸の異世界人を送り放題、シュタルガは全裸の勇者を呼び放題だ!」
少しひっかかる言い回しだけど。
「ダイカが効果の情報もれを嫌うことはわかっていたからな! 隠れやすそうな位置で岩壁となって休み! 効果を確認し! その後で着替えを鑑賞していたのだ! 実に素晴らし……」
ダイカの手が変態メガネの首に移って十秒足らずで絞め落とす。
メセムスが変態メガネを上下に振り回して意識を回復させる。
「それで、ボクが考えないといけない、もっと重要なことっていうのは?」
「おいおい、それはもう伝えてあるだろう? 『くどきまくれ』と……」
「ふざけすぎだ変態野郎!!」
ボクのパンチはヘロヘロで、隣の変態にすら届かない。
そして最後の体力をうっかり使ったボクの意識は、急速に遠のいてゆく。
「セイノスケは。途中の説明を省略し過ぎていると。推測シマス」
メセムスが無表情にボクの顔を観察していた。
目がさめると周囲の崖がビルのように大きくなり、道とは言えない広さにまで空間が開けていた。
清之助くんがメセムスに突撃していた時のモニター風景だ。
「気がついたか。眠っていたのは数分だ。今は少し寄り道している」
ダイカは崖の亀裂に近づくと、アレッサを下ろして何階分も上まで駆け上がる。
滑り落ちてくる時には金色のマントに包まれた猫耳少女を抱えていた。
「また意識を失っている……急がせてもらうぞ」
清之助くんがメセムスの背に移り、ダイカは猫耳少女をメセムスの片腕に預ける。
「この際だから言っておくが、『虚空の外套』は身を包んで送り先を強く思い浮かべれば発動する。しかし使用者が移動しても外套はその場に残るため、回収にもどる必要がある……競争相手には知られたくない情報だが、キラティカの救助と引き換えだ」
苦々しそうな顔をして走るダイカに、おぶさっているアレッサが微笑みかける。
「私の『風鳴りの腕輪』は斬る意志で発動する。刃物を持てば初心者でもそれなりに使えるが、飛距離をのばすには慣れが必要だ……まあ、こちらは隠すほどの情報ではないが、もし使う事態になれば思い出してくれ」
……なんか、ダイカさんに対しては妙に優しくないですか。
「アレッサ……オマエ時々、オレの背中でにおいを嗅いでないか?」
「いや、決してそんなことは…………すまない。一緒に暮らしていた者と同じ良い匂いがするので……犬なんだが」
「そろそろ降りろ」
「すまない! 決して侮辱するつもりは……!」
「いや、もう次の地点が見えてきた」
行く手に茂みが一直線に広がっていた。
「そうか、てっきり嫌がられたのかとばかり……」
「嗅ぐなっ。早くおりろ!」
ダイカが顔を赤くして、突き出た耳を前後にせわしなく動かしていた。




