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2-23 君はアノニム

【この作品にあらすじはありません】

空は青く晴れて、さわやかな風が肌を撫で、世の中的には、とてもいい天気なのだろう。

けれども、こんな俺が太陽の下にいてもいいのかと、生きていいのかと息苦しくなる。

別に健康上なにか問題があるわけではない。自分の心が弱いせいだ。


新卒で勤めていた会社が倒産し、無職である状態が怖くて、急いで就職した今の会社。

別にご飯が食べれないほど忙しいわけでもないし、怒鳴り散らす声が飛び交うわけでもない。

ただ、何をしていいのかわからない時間が多くて、自分の存在意義が分からなくなるだけなんだ。


雑務をしても余計なことをするなとやり直され、とりあえず席にいればいいからと言われる。

企画の提案書を出しても、うちではそういうのはやらないと却下される。

おそらく今の会社は自分に合っていないと分かっているけど、自分に合っている仕事が分からない。


色々考えるうちに、人としての生き方って何なのだろうと迷子になってきた。

それから、息を吸って吐くという当たり前のことが上手にできない。起き上がらなくてはいけないのに、動かないといけないのに、立ち上がるのが難しくなった。歩く足が重く、一歩踏み出すことがなかなかできない。

でも、お腹は減って食事はできているし、夜は気付けば眠れているのだから、そう、ただ現実逃避したいだけなんだ。大丈夫、まだ、大丈夫だ。

ただ、自分の心が弱いだけだ。根性がないだけだ。それだけだ。もっと周りはすごいのだから、もっと俺も頑張らなくてはならないんだ……。


そして、ある日、視界が少しづつ失われて……








「根岸君、今日カラオケいかない? 」


俺はそう言われて引き留められた。眉をひそめてどう言ったらいいか悩んでいたが、正直に彼女に伝えることに決めた。


「あの、人違いじゃないですか? 」

「なーにふざけてんの?もしかして、この後バイト入ってる感じだった? 」


たしかにこの後、俺は仕事をする気でいたのだが、なんだろう、意味もなく湧くこの違和感は、焦燥感は。


「ねぎしくんの意外な一面!! 彼女に対して、めっちゃ当たりがキツい!! 」

「それ言うなら、『当たりが強い』じゃね? 」

「いっしょだよぉ。ってか、通じてるならよくない? 」


この団体は一体何を言っているんだ。すんごい距離が近いし。ってか、そんなに根岸ってやつに俺は似ているのだろうか。


「あの、本当に人違いなので。 」


俺はその場に離れようとすると、がっつり腕を掴まれた。後ろを振り返れば、その団体の中で一番恰幅のいい青年だった。


「おい、ふざけるのもいい加減にしろよ。他人のフリとか、笑えないぞ。俺らなんかお前にしたか?言ってもらわないと分かんねぇよ。 」


その男が掴まれた腕が痛い。なんでこんな目に遭っているんだ?


「なぁ、吉野、なんか根岸の様子おかしくね?なんていうか、体調不良とか記憶喪失とか、とにかく変だよ!! 」


記憶喪失?何を言っているんだ?


そもそもここは何処だ?

―どっかの食堂のようだが、見覚えがない。


どうしてここにいるんだ?何か用があってきたのではないか?

―分からない。気づけば、ここにいた。


「ねぇ、よく見たら汗やばくない? ねぎしくん。 」

「それならそうと早く言えよ、根岸!! えっと、医務室に行こう!! 」


違う!違う!違う!!!

俺は根岸ではない!!!


では、俺は誰だ?

―俺は……。




ハッと気付けば、足元がぐらついた。そして、先ほどまで話してた者たちの顔がぐしゃぐしゃに溶けているように見えた。


「ウ、ウワッ……。 」


思わず後退れば、下でポキリと嫌な音がした。

おそるおそる足元を見れば、灰色がかった白い塊がそこら中の地面に敷き詰められているかように広がっていた。

俺は、それが何かすぐには分からなかったが、気色が悪いとその場から立ち去りたかった。


『グァ……ア……、ォガ……、ガ……… 』


顔の皮膚がが溶け落ち、片目の眼球を失った者たちが言葉すら失い、俺におどろおどろしく近づいてくる。

すぐにでもここから去りたいのに、足がすくむ。


今見えているのが現実なのか、幻なのか。いや、夢であってほしい。


腐った肉の臭いが鼻を突き、その場から逃げろと警告音が頭の中で鳴り響いたことで足が動くようになった。もう、すぐそこまで来ていたゾンビから少しでも距離をとらなくてはと走り出す。

足元の白い塊がザクリ、ガリッと音をたてて壊れる度、ギュッと心臓をつかまれるような痛みをかんじる。


走っているうちに目に入った白い大きな塊に俺は既視感があった。あれは、人の腰の部分の骨、腰椎だったか……。

よく見れば、ここにある白いものすべてが骨だと理解してしまった。よく創作物でみるような頭蓋骨が全く見当たらなかったから、分からなかった。


つまり、今俺は骨の上を走っているのか?よく前を見れば、先ほどいた食堂だった空間がボロッと崩れ、その瓦礫が骨へと変わっていた。天井だった骨の小さな欠片がコツンコツンと頭に降ってくる。


「君、こっちだ!! 」


ガッと腕を強く引っ張られ、どこかに連れていかれる。

引っ張った手の正体を確認すれば、女性であった。しかし、下半身を確認すれば四足で走る動物の、おそらく牛のものだった。

そう思っていれば、彼女の強い力で俺の身体はひょいっと上に投げられ、気付けばバンッと背に乗せられていた。


「うまく乗れたか? 走るぞ!! 」


こちらが返事をする前にものすごい速さで走り始める。

強いGを感じる。これは、あとで胃の中のものが全て出てしまいそうだった。






景色が流れていく。灰色のはらはらと壊れていく世界から、パステル調のカラフルな空が広がる何もない空間へと移動していた。


「さて、そろそろいいか。 」

「……ここは? そもそも貴女は? というか、その、あの……。 」

「ここは『ヨミ』。 我はここでは『スコタディ』と名乗っている管理者だ。 」


ヨミって、黄泉の国ってことだよね? これ、俺、死んだってこと?


「え、これ、この後どうしたらいいんでしょうか。 あの、なんかこう、死んでも意識があるとは思わなくて。 」

「死んでも? 君はまだ死んでいないだろう。死んでいたら、さっきのとこで住人になってる。 生きていたから我は君を助けたんだ。 」

「死んで……いない? でも、ここは黄泉の国なんだろう? 」

「いんや、ここは、国どころか世界として成り立てていない『世未』だ。 概念としてただ存在している空間。 けど、稀に君みたいに迷い込む生物が来るから、我が管理人として巡回をしている。 他に聞きたいことはあるか? 」

「え、その、俺の知ってる黄泉の国とは違うってこと? じゃあ、俺はなんでこんなところに? 」

「知らん。 でも、君もどうせ自分に関する記憶がないのだろう。 今まで来た奴らもそうだった。記憶が戻れば元の世界に戻れるはず……、多分だが……。 」


多分……って、なんではっきりとしない回答なんだよ……。


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