10月27日 4人の少年とクリーンキャンペーン その1
本編終了からの、番外編シリーズ。
番外編の癖に新キャラ追加。話題にだけは出ていたシンヤのお姉ちゃん登場です。
桜月りまさんの『うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話』
より、賀川さんお借りしました。
10月27日、『追跡中です』とリンクしております。
10月27日 早朝
うろなの小学校に通う小学6年生である相田慎也は、家の玄関の前で中学三年生である彼の姉と話をしていた。
「今日もどっか行くの?アンタ」
「うん、今日はゴミ拾いだって」
シンヤが、町に出没する天狗仮面という男と共に行動していることを姉はよく知っているし、そこに弟の友人達も同行していることも知っている。夏以来、どこかたくましい感じを見せるようになった弟に、姉は少しばかり驚きを感じていた。
「あんまり遅くならないように帰りなさいよ」
「姉ちゃんは今日も塾?」
「そう。偏差値がなかなか上がらないのよもう。
って、アンタに話しても仕方ないか。気を付けてね」
「うん。姉ちゃんも頑張ってね」
「ん、ありがとね」
そう言って、彼の姉である相田穂香は眼鏡を押し上げて、家を出る弟を見送った。姉弟揃って眼鏡をかけたこの二人は普段あまり家でしゃべる事はない。
しかし、夏が終わってからのここ数ヶ月、弟であるシンヤが巷で噂の天狗仮面と行動を共にして、その上最近は天狗の面までつけていると言うので、姉としては少々不安を覚えるところもあるのだ。
そんな姉の心配とは裏腹に、シンヤや彼が付き従っているダイサク達は仮面をつけて町でボランティア活動などに精を出しているらしい。活き活きとしている弟を見て「ま、杞憂だったかな」と彼女もまた塾に出かける支度をするために部屋へと戻るのだった。
○ ○ ○
シンヤが中央公園に行くと、そこには友人である皆上竜希が待っていた。他にも、真島祐希と金井大作の二人が来るはずだが、まだ姿は見えない。
「タツキ、お前だけ?」
その問いに、タツキがこくんと頷く。まだ約束の時間まではしばらくある。そのうち来るだろうと二人は話を始めた。
「今日も天狗のお面つけるのかな」
「僕が思うに、つけないはずはないと思うよ。
でも、不思議なお面だよねアレ」
そう言って、天狗面の事について話題を持ちかける。最近は、天狗仮面と行動を共にする時には彼が持参する天狗の面を付けて活動するようにと言われているのだ。ずしりと重い金属製の面はひんやりと冷たいはずなのに、触れるとどこか暖かい感じがするのだ。
「あ、タツキもそう思う?
実はさ、アレつけてると視界は狭いけど…
眼鏡なくてもちゃんと見えるんだ」
シンヤはそう言ってみせた。面をつければ視界が狭くなるのは当然であり、また、ピンホール現象によって遠くのものが見やすくなる事をタツキは本で読んで知っていたが、あえてそれを口に出すことは無かった。
夏の山で行動を共にして以来、二人の距離がなんとなく近くなった気がしており、それに水をさすようなものではないかと無意識に感じていたのかもしれない。
しばらくするとユウキとダイサクもやってきて、天狗仮面の登場を待つのみとなった。
「今日はどこから来ると思う?」
「前はどこだったっけ?」
「木の上だったか?」
「それはずっと前じゃん。
こないだはスケボーであそこの丘から滑ってきたよ」
「あー。んで転んでたな、確か」
「鼻が地面にささってたね」
あれこれ話をしていると、いつものように天狗笑いが聞こえてきた。くぐもった声を頼りに辺りを見回してみるが、どこにも姿が見えない。
やがて、声のする方向の地面がもり上がり、「とう!」という掛け声と共に地面から赤い番傘を持った天狗仮面が飛び出してきた。
「潜ってたのかよ!天狗の兄ちゃん!」
「うむ!昨日の晩から徹夜で穴を掘っていたのである!」
「やっべえ。馬鹿だ。馬鹿がいるぞ」
「なんと!7時間の超大作であるぞ!?」
「天狗兄ちゃん、それはねーよ」
「むう…滑ってしまったか……。恥入るのである。
穴があったら入りたいとはこのことであるな……」
「だからって掘った穴に入ろうとしないでよ!」
「よくぞ言ってくれた!そこまでが“穴から登場”のシナリオである!」
「もう訳がわからないよ!色々と!」
こういったしょうもない事に全力を注ぐ天狗面のこの男を、小学生たちは盛大に笑いながらもどこかで慕っている。彼の、やるならばとことんまでに全力を尽くす、という姿勢は彼ら小学生達の根底にも積もりつつあった。
掘った穴はどうするのかと聞かれ、天狗仮面は「誰かが落ちてしまわぬように今から埋めるのである、手伝ってくれ」と中央公園のグラウンド、フェンスの裏にまとめておいた土で穴を埋め、せっせと5人で踏み均した。
「さて、軽く準備運動もした所で今日は町の清掃を行う!」
「掃除に準備運動なんか必要あったか?」
笑いながら言うユウキに、タツキが人差し指を口許にあててささやく。
「ユウキ君、しっ!天狗さんは必死に穴を掘ったんだから!」
「墓穴をか?」
「3割くらい間違ってないけど」
「ええい、五月蝿いぞ!南小コンビめ!」
○ ○ ○
天狗仮面が荷物の中から4つの天狗面とビニール袋、そして軍手を取り出して小学生達に配る。その時、ちらりと天狗仮面の荷物の中にもう一つ天狗面があるのを見て、タツキが質問する。
「天狗のお面、もう一つあるけど、他にも誰か来るの?」
「いや、これは予備である。天狗面が汚れたら言うのだぞ」
「ふうん」
「なんだよタッキー。モモにでも来て欲しかったのか?」
「そ、そんなんじゃないよもう!」
茶化すユウキにそう反論し、赤くなった顔を隠すようにそそくさとタツキは面をつけた。
他の小学生達も天狗の面をつけて公園周りから掃除を始めた。天狗仮面が小学生達に面をつけるように言い出したのは、先日の夏の山での不思議な体験の後のことだった。
「困っている者に手を差し伸べるのが天狗仮面である。ならば、誰しもが天狗仮面になれるのである。うろなの平和を守る為に、力を貸して欲しい」そう、天狗仮面は言った。
少年達は素直にその言葉を聞きいれ、町の清掃活動やボランティアなどを中心にこうして面をつけて活動しているのだ。最近では、小天狗と町の人たちに言われることもある。
「おーし、じゃどっちが多くゴミ拾いできるか勝負な!」
「おーよ、南小なんかにゃ負けねーぞ」
しかし、彼らの意気込みとは裏腹に、公園周りにはさほど目立ったゴミは無く、彼らは不満そうな顔を見せていた。
「いっつも、近所のおじさんとかが拾ってるもんなー」
「いいことじゃん。ちょっと悔しいけどさ」
「じゃあ、別の場所に行こうぜ!」
そうユウキが声をあげ、どこがいいかと4人でわいわいと話し合う。天狗仮面はそれを見て一つ「うむ」と頷きながら、「では、川原に参ろう。茂みで見えぬ所も綺麗にせねばな」と言った。
ユウキとダイサクは我先にと自転車を止めてある所へと走り、タツキとシンヤがそれを後から追いかける。
「今日も俺のぶれいぶ号は絶好調だぜ!」
ユウキの乗っている自転車の後輪の泥除けには、「ぶれいぶ号」と書かれたシールが貼られている。これは天狗仮面が名付けたものであり、ユウキは自分の名前にちなんでつけられたその名前をとても気に入っている。
対して、ダイサクの自転車にもまた名前がある。こちらは、彼が自分で名付けたものであり、ユウキのように名を示すものが貼ってある訳ではないが、その名を「大金剛」と言う。自らの名前から取ったもので、無骨な響が彼の好む所であるが、一度ユウキ達にそれを話した時に「大根号?野菜はあんまりかっこよくねーんじゃねーの?」などと言われ、以来ダイサクはその名を誰に知らせるでもなく、ひっそりと呼び続けていた。
その二人の様子を見て、タツキとシンヤはもう、しょうがないなあという風に暖かく見守っているのである。
○ ○ ○
彼らが自転車で走る横を、天狗仮面はマントを翻し、手には赤い番傘を持って走っていった。小学生達はそれなりの速度で自転車を走らせていたが、天狗仮面は息一つ切らせることなく走り抜けた。
町を流れる川の川辺へとたどり着き、歩行者の邪魔にならぬよう端に寄せて自転車を止め、軍手を装着してゴミを集める準備をはじめた。
ふと天狗仮面を見ると、右手に番傘を、左手に火挟みをもって構えている。何をしているのかと問うと、「なに、ちょっとしたまじないである」と彼は答えた。
草を掻き分けながら揚々と誰が一番かと騒ぎながらゴミを集める小学生達。しかし一番多く集めたのは天狗仮面であり、4人は口を尖らせて抗議の姿勢を見せた。
「オトナゲねーぞ!天狗兄ちゃん!」
「ふははは!天狗たるもの、町の美化に一切手は抜かんのだ!」
「天狗カンケーねーじゃん!」
そうしてしばらく川原で清掃活動を行っていると、ユウキが突然大きな声をあげた。
小学生達が集まってあれこれ騒いでいる雰囲気を見て、何事かと茂みの中から様子を窺った天狗仮面はユウキ達と、彼の自転車「ぶれいぶ号」を挟んで対峙している男の姿を確認した。
「何であるか、今日、午前中のうちにコレを済ませ、
渉殿の為に私なりの応援をしに行かねばならんのに。どういう事であるか小天狗達よ。
折角のクリーンキャンペーンであるのに遊んでいる暇は……」
そう言う天狗仮面に、タツキは目の前の男が自転車を盗もうとしているのだと告げ、男はそれを否定した。
盗人とは聞き捨てならぬ。天狗仮面の正義の心はたちまち燃え上がった。話を聞けばどうやら人攫いでもあるらしい。言語道断、問答無用。町の平和を乱すものに情け容赦をかけるつもりは一切なかった。
小学生達が見守る中、天狗仮面は男と対峙した。小学生達の声援に、
「任せておくのである。引っ捕らえて警察に突き出してくれる!」
と力強く息巻く。
そんな天狗仮面に「警察? 無理だね」と言い放つ男。
小学生達は天狗仮面からゴミを集めるための袋を受け取り、彼が持っていた火挟みを構えるのをみて、邪魔にならぬようにと少しその場を退いた。
天狗仮面に任せておけば、安心だ。そんな彼らの心境が見える。ただ、タツキだけは盗人である男が言い合いの最中に落とした水玉模様の帽子を見ながら、何事か考え込んでいた。
「ねえ、あの人って……」
自分たちが見たことのある人物なのではないか。そう仲間に伝えようとしたが、ユウキに首根っこを掴まれて天狗仮面と男から距離を開けられてしまう。その際、ユウキもその水玉模様の帽子を見て「なんか見覚えあるなコレ」と考えた。
「ゆくぞ!悪党!」
ユウキの思考を遮るように放たれた天狗仮面の裂帛の声に意識が向き、小学生達は天狗仮面と男との対決にしばし見とれた。傍目からは、天狗仮面と男の動きは激しく、小学生達には何がなにやら分からないものだったが、どうやら二人が対等に渡り合っているようだという事は理解できた。
つまづきでもしたのか、男がぐらりと体勢を崩したところに、天狗仮面の上段の一撃が迫る。「やった!」とダイサクが声をあげる中、ユウキはその時になってはたと、先ほどの水玉帽子を頼りに記憶から手繰り寄せた男の正体に行き当たった。
あの男は、悪人ではない。町でいつも見かけている賀川急便の配達員だ。名前までは覚えていないが、間違いなく知っている人物であることに気がつき、思わず叫ぶ。
その声が届き、天狗仮面は持っていた得物を寸前のところで手放すことができ、賀川急便の男に痛打を与えずに済んだ。
しかし、勢いあまった天狗仮面の体はそのまま男を押し倒すように動き、天狗の仮面と男の顔が密着したのを、小学生達は確かに見た。
カラカラと互いの得物が転がる。思わず駆け寄る小学生達。
落ち着いて話を聞いてみれば、まったくの誤解だった。天狗仮面が盛大に土下座をしようといしているのを賀川と名乗った男が止め、攫われた知り合いを助ける為に足が欲しかったのだと言った。
攫われたのは、小学生達が8月の頭に森で出会った不思議な女性だった。一時は幽霊かと思ってもいたが、夏の終わりに参加した肝試しで再び出会い、謝罪と共に彼らの誤解は解けたのだった。
話を聞いて、ユウキが急いで自分の自転車『ぶれいぶ号』を運んでくる。困っている者に手を差し伸べる。それが天狗仮面であり、天狗の面をつけている今、自分もまた天狗仮面なのである。
「困ってる人を助けろっていつも天狗の兄ちゃんに言われてるからな!
俺の『ぶれいぶ号』を貸してやるぜ」
「ありがとう! 助かるよ、君」
「うろな小天狗であるからなっ!」
天狗の面を被っていることと、天狗仮面たる行動をとれたという矜持が、ユウキにそう言わせた。
ぶれいぶ号に乗って勢いよく走り出していった賀川を見て、小学生達は「大丈夫かな」「ユキねーちゃん、無事だといいな」などと話をした。
いつの間にか離れた場所に置いてあった番傘を持っていた天狗仮面がダイサクに言う。
「すまぬが、『大金剛』を借りるのである。
私はあの者を助けてくる。人手は多い方がよかろう」
「えー!じゃあ俺たちも行くぜ!」
「ならん。お前たちには、まだ荷が重すぎる気配である。
ここで大人しく掃除をつづけるのだ。よいな」
「……分かった」
厳しい口調でそうさとされ、小学生達は口をつぐんだ。そして、天狗仮面もまた、自転車に乗ってその場を去った。
小学生達は、じっとその唐草模様のマントが翻る背中を見送るのだった。
『夏休み』、久しぶりに更新です!いや、夏休みでも何でもないんですけど。
あと二話ほど、「あの日」の裏側を書いていきたいとおもいます。
コラボ作品URL
うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話
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該当リンク話
『追跡中です』
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