1-25 明日をその手に
西暦2200年の未来では異常気象の影響で海面が十メートル上昇し、海底も隆起して様変わりしてしまいました。そんな世界では『シースラット・スポール』という実際の海戦をスポーツにした物をうら若き少女達が過激な姿で行うのが世界規模の人気でした。ところがある祝賀会でシースラット・スポール最強の六人の少女が裏方の潜水艦艦長『黒瀬龍太郎』を挑発したのをきっかけに急遽バトルが始まって…
この作品は四千文字では足りなかったので加筆修正は後程します。大変申し訳ありません。
海風も凪いだ南太平洋の洋上に全長二百五十メートル、臨戦態勢の鉄鯨が浮上していた。大空にカメラを構えたヘリコプターやドローンが囲む様に飛び交い波立てる騒音の中でも、無音で佇む特殊合金の鯨の名前は『たかま』。世界初の低温核融合エンジン搭載の原子力潜水艦。そして世界でも類を見ない、戦略・攻撃原潜の両方の性能を兼ね揃えた最強の潜水艦だった。
そのたかま艦橋に少年が姿を現した。黒髪黒目、中性的な容姿の美少年で海上自衛隊の制服。目深に被った制帽には金色の『深層海流と潜水艦たかま』のバッジがとても似合っていた。少年の名前は『黒瀬龍太郎海佐』。この原潜たかまの艦長を勤め八十名の士官、下士官を従えている異例の十六歳指揮官だ。彼の目前には戦艦、空母、イージス艦、ミサイル駆逐艦、潜水艦から編隊された四十隻の艦隊が集結し。臨戦態勢だが演習かスポーツの様にまだ敵意が漂ってはいない。
そして夏の眩しい輝きの中で。羽衣の様に透き通り肌を魅せるシースルーのジャケットとニプレス、ショーツだけの扇情的な姿をした六人の少女達が姿を現した。長い黒髪に黒目のまさに大和撫子然とした美少女、黒い肌にドレッドヘアーの美少女、オリーブ色の肌の美少女、黒髪をボブカットに揃えた美少女、淡い色合いの長めの金髪と碧眼の美少女、銀色の髪に凍てついた美貌の美少女達で、どれも扇情的だ。まるで自分達の容姿に絶対の自身が有るとでも言わんばかりに決め細やかな肌を魅せて世界中を熱狂させる。事実カメラが一斉にズームしまるで現世に降臨した女神の如き美貌を映像に収め配信しアナウンサーも全員『今! 六女神様達が降臨なさいました!!』と讃え上げる。彼女達の背後に、彼女らに率いられた四十隻の混成艦隊が守護神の様に鎮座していた。
「へぇ、臆せず来たのね。劣等種。無様に逃げたのかと思ったわ」
その中のリーダー格、戦艦に乗った肌が透ける桜色のユニホームに長い黒髪に黒目の、まさに大和撫子然とした美少女が桜と撫子柄の扇子を扇ぎつつ。四十隻の艦隊と煌びやかな摩天楼が並ぶ諸島を背景に『SSS』と刺繍が施された薄いユニホームをまとい、彼女達は龍太郎を見下ろし一瞥する。
「はいタカナシ・レイカ様。約束通りしっかりと試合にやって来ました」
そんな彼女に怯まず穏やかに微笑む龍太郎。その様子に「ちっ! 相変わらずスカしたガキねコイツ!」と毒づくレイカ。周囲の空母、イージス艦の甲板、潜水艦の艦橋に立つ美少女達も「劣等種の分際で!」とぶつぶつと悪口を言い合う。
『さて本日は救急特別試合の『シースラット・スポール』が開催されました!! 何と!! あの! 最強の『六女神様』達と護衛艦隊『ディープ・ガーディアン』最新鋭原子力潜水艦『たかま』という前代未聞のマッチングです!!』
『どちらが勝つと思いますか?!』『いやー六女神様達でしょう。ディープ・ガーディアン最新鋭艦でもさすがに無理かと』
実況者達が興奮気味に叫ぶが龍太郎は意にも介さず、ただ真っ直ぐに全艦隊を見据えていた。まるで――この戦いの先に有るものを見据える様に、だ。
『六女神様ー!! そんな恥知らず撃沈しちゃえーッッ!!』『そうだそうだ!! 劣等種なんか叩き潰せレイカ様ーッッ!!』『マリア様も女性の力を魅せつけてやってーッッ!!』『パトラ様も沈めちゃってーッッ!!』『アイシャ様ーッッ!! 優雅に仕止めちゃってーッッ!!』『ヨーコ様も女性の声を力にしてーッッ!!』『アーリャ様ーッッ!! 凍てつく美貌で魅了して下さーいッッ!!』
数多の歓声を受けてふんと鼻を鳴らし、ふんぞり返るレイカ。その態度は「退くなら今の内だぞ格下」と体現していた。
「全員戦闘準備が整いましたね」
しかし龍太郎は引かずに微笑み艦橋を降りると。まっすぐに無音で戦闘指揮室へと戻る。
「では、これより『シースラット・スポール』のルールに則って模擬試合を開始したいと思います。今回のジャッジはディープ・ガーディアンのたかまが勤めます」
そして。公開電波でジャッジとしての開始宣言をした。
「いつも審判しか出来ない無能な癖に!! 目に物を魅せてやるわ劣等種が!!」
それに対し不愉快そうにレイカが叫び返して、艦を始動し始めた。エンジン音が高らかに響きたかまを威圧する。
「判っているな、諸君」
潜望鏡のディスプレイでその光景を見ながら艦内通信で命令を下す。CIC内では二十六歳女性士官の副長『内海綾』と双子の総舵手黒瀬虎次郎は無言で頷いた。
◇◇◇
この試合が何故起きたのか、それには歴史と時間を遡る必要が有る。
海面上昇と海底隆起が起き海底資源と排他的経済水域の紛争が過激化し。特に南緯48度52分 西経123度23分『到達不能極』と呼ばれた海底が激変しそこから南東千キロメートル離れた近海に新しく形成した『ルート・オルタ諸島』を巡る争いの末、何とかつかの間の平和が訪れた西暦二千二百年。全世界は『シースラット・スポール』――通称SSSに熱狂していた。ルールは通常の艦隊の演習をスポーツ化しただけのシンプルなものだが、うら若き女性や少女達が薄手のユニホームで華やかな試合をするという姿が世界を盛り上げていた。女性の力を世界に示すという名目で始まったこの競技は六十年の歴史を持ち、週一の開催は世界中の楽しみで。その諸島の排他的経済水域を全部競技用に開発した人工島『エデン』に本部を置く協会は娯楽の中心である。
――中でも各国代表の上位六人。日本代表の『タカナシ・レイカ』。戦艦「大和」と親衛艦隊「梅組」の司令官だ。黒髪黒目の見た目で冷静沈着で戦略に優れ、日本の誇りを背負う『大和撫子然とした』競技者である。アメリカ代表の『マリア・スミス』。ドレッドヘアーの黒人少女で、空母「ブラックホライズン」の艦長。攻撃的な戦術と大胆な指揮で知られる競技者である。中東代表の『パトラ・アル=ムスリム』。潜水艦「アラァ」の艦長。黒髪にオリーブ色の肌をした見た目と信仰心と冷徹な判断力を併せ持つエキゾチックな競技者である。フランス代表の『アイシャ・マルタン』。金髪碧眼で知的な佇まいの見た目をした対潜イージス艦「シャルリ・エルドラド」の艦長兼フリゲート艦部隊司令。洗練された戦術と優雅な立ち振る舞いが魅力的な競技者である。中国代表の『ヨーコ・オウ』。黒髪をボブカットに揃えた鋭い目付きの見た目とミサイル駆逐艦「テイェン」の艦長。精密なミサイル運用と果断な決断力が強さの競技者である。ロシア代表の『アーリャ・イワノフ』。イージス艦「ブリャーチ」の艦長。銀髪に凍てついた美貌と過酷な環境で鍛えられた不屈の精神が持ち味の競技者だ。
常に大会で不敗を誇る十代の上位六人は『六女神』として祭り上げられ。シースラット・スポールの看板たる競技者達として羨望を集め。世界中の憧れを一身に浴びていた。彼女達の関連グッズは飛ぶ様に売れて莫大な利益を産み公式動画再生数も天井知らず。スポンサー企業の商品も更に売れて行き、世界中の経済を回していた。
◇◇◇
世界が動いたのは、六女神達が全員好成績を挙げたエデン祝賀会。協会最顧問を筆頭に全メディアが六女神を『最強にして女性達の力だ』と讃え上げ。六女神達も豪華なドレスと祝賀会の雰囲気に気を許し、自分達の凄さを熱く語っていた時でした。
そんな中で。黒瀬龍太郎は影に立っていた。彼はシースラット・スポール開催海域のジャッジ兼防衛をしている原潜艦隊『ディープ・ガーディアン』の最新鋭原潜の艦長だった。今回彼は協会の気紛れで祝賀会に呼ばれ、無理やり祝福をさせられたのだ。
「あんたまだ居たの? 本当に目障りね劣等種。裏方の癖に偉そうだからさっさと消えなさいな」
パチンと扇子を畳み。露骨に嫌な顔をしたレイカが睨む。
「貴方達男性は昔から偉そうだから海で沈んでれば良いのデース」
レイカに乗っかる方で、マリアが白い歯を見せつけてにんまりと嗤う。
「信仰心も品性も無い楽園から追放された劣等種に人権なんかない」
更にパトラが追い討ちをかけて。会場は一時静まり返るも大爆笑に包まれた。ヨーコも「人権無いクズ」、アイシャも「品性下劣な劣等種」、アーリャも「視界に入れたくないゴミ」と各々罵り。会場は温かい嘲笑の渦に包まれた。
「――そこまで仰るなら本艦と試合でもやりませんか?是非とも貴女方の戦い振りを拝見したいです」
嘲笑の渦潮の中で。黒瀬龍太郎は穏やかに提案した。会場は一瞬呆然とするも――
『たかが一隻でぇ?!』
と更に大爆笑する六女神。そんな彼女達にも龍太郎は穏やかにしているばかりで。六女神の顔が不愉快に歪む。
「高く出たものね。たかが一隻瞬殺してやるわよ。明日特設のエデン海域で勝負よ!!」
高笑いしながら準備の為に退室する六女神と取り巻き達。報道陣も『スクープだ!!』と慌てて退室する。
龍太郎は踵を返して自艦へと静かに戻っていった。
◇◇◇
龍太郎は原潜『たかま』に帰艦し模擬試合の会議を開いた。
「兄さん、やるのか?」
虎次郎は気楽に尋ねた。そんな彼に、
「俺はたかま就任の時からそうするつもりだった。向こうから仕掛けてくるとは都合が良い。副長、明日の模擬試合は無弾頭の実弾使用を許可する。士官下士官、我々の意志を全世界に見せるぞ」
『了解です。艦長』
彩を筆頭に、全員が敬礼をした。





