終焉へと至る事情 下
「ごちそうさま。素晴らしかったわ。活力が漲ってくる。なんだか無性にクスリッと笑いたくなるほどよ。薬物だけに――てね」
「薬物って言うのやめろ。ただのエナドリ――」
「これさえ飲んでいれば稼働時間もセーブしなくて良さそう。成分が気になるわ――なんてね!」
「……」
ダメだ。ハイになってやがる……。と、ハジメはお裾分けしたことを少し後悔した。
肩に乗っているホロウが片脚を目元に添えている。毛繕いじゃない。完全に「見ていられない……」の表現だった。
同時に、いったい何を飲ませた? とジト目っぽい眼差しをハジメに送ってくる。
特製エナドリをちょっとだけ掌に零して差し出してみるハジメさん。あくまで嗜好品としてだが、エンティ達はスライムモドキの時から食べ物や飲み物を味わえていたので、なんとなくやってみたのだ。
なんかずっとジョークを口にしているマーキュリース主任は放置して、ホロウは若干疑わしそうな様子を見せつつも鼻先を近づけた。すんすんっと臭いを嗅ぎ、ん? と小首を傾げ、舌先でぺろっ。
途端に、まん丸お目々が大きく見開かれ、毛が尻尾の先までゾワワッとさざ波のように逆立った。背も大きくアーチを描いている。いわゆる猫様の〝やんのかポーズ〟みたいに。
そして、
「おう」
ペシッとな。なんてもの飲ませるんだ! と言わんばかりにネコパンチが飛んだ。爪は出していないので本気で怒っているわけではないようだが、それがむしろ別の意味で凶悪だった。
ハジメの頬に、そんなところまで再現されているのかと思わず感心してしまうほど絶妙な肉球の感触が伝わってくる。
別にハジメは特別猫好きというわけでもないのだが、これは堪らない。猫好きになりそうだ。と、思わずニヤけそうになってしまう。
「なんてこと……」
この世の終わりのような顔をしたマーキュリース主任がいた。カランッと空き缶が音を立てて床に転がる。
「私がされたくて、でも一度もされなかったことを次々と……これが神の力……」
「どこで神を感じてんだよ」
流体金属がハジメの袖からにゅるっと出て空き缶を回収していく。
さて、一息吐いたかとハジメは気合いを入れ直した。表情を改める。
「一つ聞いておきたい」
マーキュリース主任も表情を改めた。聞きたいことは分かっていると頷く。
「なぜ、私がこうもジョークを口にするのか、ね?」
ハジメの手が太もものドンナーに伸びた。
「ジョークよ。あ、待って。待ちなさい。悪かったわ。なぜ、〝無〟に詳しいのかを聞きたいのでしょう? 分かっているから、その魔法具を下ろしてちょうだい」
無表情かつ抑揚のない口調なのに、手だけはワタワタさせて慌てた様子を見せるマーキュリース主任。明らかにユーモアとは無縁そうなだけに、その〝なぜ〟も少しばかり気になるが、ひとまず脇に置いておいて。
「ああ。〝無〟と宇宙に明確な境界線がないなら、そして宇宙の果てまで進出していたあんた達なら、理壊現象が起きる前から〝無〟を認知し、調べていてもおかしくはない」
だが、それで知れるのは、どんなに手を尽くしても〝無〟の特性くらいだろう。すなわち、踏み込めば消えるということだけ。
「場合によっては……貴重な人材を消費して〝無神〟になるところを確認するくらいのことはできたかもしれない。だが、〝無の侵食〟が世界樹の機能であるなんて、ましてや〝無神〟が平行世界の存在だなんて、どうやって調べた?」
起源流に弾かれるだとか、逆に入り込むこともあるとか……
そんなもの体験でもせねば分かるはずがない。というか、まるで体験談のようだ。
「話している間、あんた〝らしい〟とか〝のようだ〟とか、ずっと伝聞調だったよな? まさか、アカシックレコード――世界樹にアクセスしたわけでもないだろう?」
本物の女神ですら禁忌とする所業だ。少しのアクセスでも危険。接続を切るタイミングを誤れば一巻の終わりだという情報の大海である。
まして、あれほどの詳細な情報だけを狙って得るなど、女神にだって至難中の至難。否、無理だろう。
アウラロッドが〝龍〟の正体を探った時もあらゆる援護を受けて、どうにか大雑把に歴史の断片だけが得られた程度。それでも普通にパンクしかけたのだから。
如何に厄災界の人間であろうと、化身に及ばなかった事実を踏まえれば結果など容易に想像できる。
「俺は異世界の女神達から話を聞いている。情報の擦り合わせができた。それに、羅針盤が〝無神〟を探知できない理由も、平行世界の存在だからというより、おそらく〝無神〟が多かれ少なかれ〝無の侵食〟を受けた存在だからと考えれば辻褄も合う」
変質した肉体や魂が〝無の侵食〟により〝何もない〟という概念的特性を取り込んでいたら? 事実として存在している以上、目の前に居れば認識できないなんてことはないが、魔法的な探知だと〝何もない〟ことにされてしまうのかもしれない。
「だが、そういう事前情報がなければ、あんたの話はあまりにも荒唐無稽だろう?」
「違いないわね」
素直に頷くマーキュリース主任。
「話の続きをしましょう。厄災界の歴史の、ね」
どうやら、ハジメの知りたいことも含まれているらしい。ホロウの首筋を撫でてなだめてやりながら頷くハジメ。ホロウは甘えるようにスリスリしている。マーキュリース主任の視線が泳ぐ泳ぐ。
ごほんっと気を取り直して。
「自分達だけ守ればいい。神王や中央府が下した浅はかな考えは〝剪定現象〟により否定された。では、どう対処すべきか」
「ん? 宇宙規模の集団概念魔法って流れじゃないのか?」
「〝無の侵食〟が〝剪定現象〟であるとは、当時、誰も理解していなかったのよ。ただ〝理壊現象〟により引き起こされた〝理壊現象を超える現象〟としかね。貴方の推測通り、知る術なんて私達にはなかったのだから」
「……つまり、どういうことだ?」
「順に説明するわ」
まず、当然ながら神の国では対応策が議論された。集団概念魔法による対抗策が最有力だったのも事実だ。だが直ぐに実行されたわけではない。
当然だ。一度きりのチャンスなのである。どういう概念魔法を幾つ放つのが事態を打開するうえで最善であるか、この部分は決して誤ってはいけないのだから。
タイムリミットが迫る中、議論が重ねられた。
同時に、集団概念魔法の生贄となる者達も隔離された。それがこの元衛星だ。地球における月のような場所を、母星の監視が行き届き易く、何かあっても対応しやすく、けれど著しく母星には手を出しにくい場所として、衛星そのものを超大規模な収容所としたのである。
もちろん、集団概念魔法のための特級魔法具――今いる〝虚構創理の結界塔〟の建造も始まった。
それはつまり、死刑宣告された者達には準備が整うまで猶予が与えられたということでもあった。
死にたくない……
あるいは、選ばれてしまった大切な人を死なせたくない……
そう考える者がいるのは当然で、その猶予時間は彼等が足掻く時間としても十分だったのだ。
まず、誰かが言った。会議に出席できる立場の者が、その会議の場で。きっと、親しい者が犠牲者に選ばれてしまった者だったのだろう。
――いっそ、こんな壊れた世界は捨てて異世界を支配すればいいのでは?
〝無の侵食〟が〝剪定現象〟とは知らなかったが故の意見だった。
苦労して手に入れた神樹と化身の力は惜しかった。異世界の技術や力は新たな技術革新を生むだろう。それは神王のリスクにも繋がる。
だが、元々異世界への版図を広げるためというのもあって化身を殺したのだ。〝理壊現象〟による人口減少と、今後の神王による〝人口管理〟により、その必要性はなくなったが……逆に言えば、以前からあった計画を再検討するだけの話でもある。
犠牲者なく、新天地で一からやり直せる。神王も〝理壊現象〟は今後の研究によってどうにかなると期待できていたが、〝無〟に呑まれた宇宙まで取り戻せるのかは疑っていたため、最終的に厄災界の方針は傾いた。
世界救済ではなく、異世界進出へ。
「もちろん、危険性を訴える者達はいたわ。〝無〟が異世界にも波及する危険性をね。でも〝理壊現象〟が発生したから〝無の侵食〟も始まった事実と、〝神樹と化身〟がいれば〝理壊現象〟を止められるという事実は――」
「成り代わる必要もないな。異世界の化身は、どうせ己の世界を守るために〝理壊現象〟に対応する。そして、〝理壊現象〟が解決できるなら〝無〟も広がらない……と考えたわけか」
もし〝理壊現象〟が異世界に波及しても、異世界の化身に丸投げで解決までいける。その後で支配すればいい。異世界の化身は、自分達に対して〝絶対的アドバンテージ〟を持っていないのだから、ということだ。
「クソみたいな話だな」
「ええ、本当に。厄災界と呼ばれてもまったく反論できないわね」
「……けど、実際はそうはならなかったんだな?」
「そう。それこそが貴方の疑問に対する答え」
そこで一度言葉を切り、マーキュリース主任は虚空を見上げ、視線を彷徨わせた。まるで、朧気な夢の内容を必死に思い出そうとしているみたいに。
「……ある日、男が現われた」
「男?」
「ええ。なんの特徴もない、特徴がないことが特徴みたいな男だった。気が付いたら直ぐ後ろにいたのよ。そうであることが当然みたいに」
マーキュリース主任は当時から重要な立場にいた。彼女こそが、この集団概念魔法の特級魔法具たる〝結界塔〟の設計者であり、概念魔法研究の第一人者だったからだ。
当然、その警備は厳重だった。彼女自身も常に自前の魔法で警戒は怠っていなかった。犠牲者の中には自暴自棄になって、結界塔の建造責任者である彼女を害そうとする者も出るかもしれないと予想していたからだ。
なのに、その全てが無意味だった。
「何者だったんだ?」
「異質だった。どうしようもなく本能が忌避感を抱いた。なのに、彼が声をかけてくるまで気が付けなかった……といえば、その異常性は分かるかしら?」
「……おい、まさかそいつは」
ハジメの顔色が変わる。異質な存在。その特徴は今までの話で散々出てきたし、実際に己も相対して感じてきたことだから。
「そう、〝無神〟よ。人間の姿をしたコミュニケーションが取れる、ね」
〝無神〟は異形だ。そして、コミュニケーションが取れない。意志を伝えてくることはあるが、それは一方的なものだ。そして、その意志も本能的なもので、思考の結果ではない。
〝無〟に侵され肉体も魂も変質するとは、そういうことだから。如何に強大な存在でも存在するだけで精一杯だから。
なのに、その男は、どこか人を小馬鹿にしたような雰囲気を纏いながら、確かにコミュニケーションを取ってきたのだという。
「……〝無〟の影響を完全に耐えた存在?」
「いいえ、私も同じ質問をしたけれど違うようよ。もう人間だった頃の記憶もないらしいわ。どこの誰だったのかも覚えていないって」
「思考力だけは守れた存在ってことか……運良く〝無〟にいる期間が短かったか?」
「さて、どうかしら。その辺りの詳細は教えてくれなかった。そんなことより、私には知るべきことがあるってね」
男はまず、〝無〟の中で起きる事象と平行世界間移動に関する情報を伝えてきたという。体験談のようであった話は、実際に体験談だったわけだ。
そして、
「彼は言ったわ」
ここで逃げられては世界が早々に終わってしまう。私もまだ安穏としたいのでね。責任を果たしたまえ、と。
〝無の侵食〟の正体、すなわち〝剪定現象〟。異世界に逃亡したとて滅びは追いかけてくるという事実。
男は既に幾つかの平行世界を渡っており、その度に滅びを見てきたらしい。
そして、ここがターニングポイントの一つなのだと教えてくれたのだ。厄災界の者達が厄災界を捨てた時点で、その枝界は全滅が確定するのだと。
「最後に、〝真の滅びが訪れる時、この世界の君達はどう足掻くのか……楽しみにしているよ〟と不愉快極まりない高笑いを残して消えたわ。瞬きの間にね。誰も探知できなかった」
「……よく信じたな。そんな奴の言葉を。いや、あんたがというより、神王が。それとも、マーキュリース主任はそれほど神王の信頼が厚かったのか?」
自分達の未来がかかった状況で、逃亡という方針を変える……少し考え難い。聞く限り、神王達は〝責任〟という概念をどこかに忘れてきたような存在だから尚更。
「同時刻に、神王達の前にも現われていたのよ」
「……なるほど」
言うまでもなく、中央府の者達の警備態勢はマーキュリース主任より上だ。そもそも、神王は少なくとも母星においては全知に等しい。
なのに、神王もまた背後に立たれるまでまったく気が付かなかったという。
「ちなみに、姿も変幻自在よ。身内や信頼する者、あるいは親しかった故人の姿だったという報告もあれば、好きな動物の姿だったという報告もある。故に、私達は〝千貌の無神〟と呼称しているけれど……ともあれ、最後には男の姿になって、取り乱す彼等・彼女等を嘲笑してから消えたのよ」
「なんだ、その嫌がらせは」
「実際、嫌がらせなんじゃないかしら? 神王の場合、前の化身の姿と口調で能力が足りないことを散々コケにされたらしいわ」
他者を嘲笑うことこそ人生の醍醐味! と言わんばかりの存在だったらしい。
だが、その力は本物だった。何せ神樹のお膝元でありながら、激怒した神王ですら捕らえることができなかったのだから。
そして、これ見よがしに神樹を利用して起源流の中へ消えていったという。
「ふざけた存在ではあったわ。けれど、その力は本物で、そして否応なく理解できる〝彼は無神である〟という事実。これらを踏まえれば〝剪定現象〟の話を無視できなかった」
元々〝もしかしたら……〟という一抹の不安を抱えている者はそれなりにいたのだろう。神王さえも、そうだったのかもしれない。
ある意味、〝無神の男〟がしたことは、〝その危惧から目を逸らすな〟という後押し的な助言と言えるだろう。
ハジメが再び体を丸めるようにして俯き、片手で口元を覆って考え込み始める。
「助言はするが助力はしなかった……その時点ではどうにもできないと知っていた? 平行世界の歴史から? 確かに厄災界が対応に乗り出せば、他の異世界では時間差により数千年から数万年は安泰になるが……」
というか、複数回の平行世界間移動を成功させている? 無神になった後なら再び起源流や〝無〟に入っても記憶を保持し続けられる? いや、だが思考力があるんだろう? なのに、起源流を逆行するリスクを……? それとも何か方法がある?
ブツブツ、ブツブツと呟きながら思考の海を泳ぐハジメを、マーキュリース主任は黙って見つめた。口を出さないのは、呟かれる疑問の明確で正確な答えを持ち合わせていないからだろう。
少しして、最低でも疑問点を整理し終えたハジメは顔を上げた。
「……一つ、確認してもらいたい」
「? 何かしら?」
話を聞いていて、ハジメの脳裏に過ぎったものがあった。
――正体不明の原理で声が聞こえたのです。こちらを嘲笑うような、とても愉快そうな声で、〝いつでも終わりに抗う君達は哀れで可愛らしい。さようなら。また次の世界で〟と
G10の報告だ。ハジメと音信不通になった五年の間に襲撃してきた、かつての同胞と宇宙人達との宇宙戦争。
その戦争の終幕となった敵の宇宙戦艦大爆発。その最中、G10が聞いたという声。
普通の声ではない。原理不明の念話的な声で記録もない。だが、声自体の記録は取れていなくても、G10なら機械的に再現することが可能なはずだ。
なぜ、そうしようと思ったのかは自分でも分からない。直感といえば直感だ。だが、妙な確信が、ハジメの中にはあった。
「先に謝っておく。実は仲間に、この会話内容を流していた」
「この空間から外へ細い繋がりが感じられたから、そうだろうとは思っていたわ」
「やっぱバレてたか。最大限、微細な穴にしたんだが……隔離空間と設計者の前だ。流石に無理があったな」
「謝らなくていいわよ。警戒は当然だし、むしろ抜け目がなくて頼もしく感じるくらいね」
「そう言ってもらえるならありがたい。俺の仲間の一人に、以前、妙な声を聞いた奴がいる。再現したものになるだろうが、その音声を確認してもらいたい」
「! 〝千貌の無神〟かもしれないってことね?」
ハジメは頷き、ここでようやく自分の方からユエへコンタクトを取った。
そうすれば当然、否、ようやく気が付く。
「……あ?」
繋がらないことに。
「ユエ? 応答してくれ」
妙だった。魂魄魔法や通信機の反応的には断絶した様子はない。繋がっているように感じる。だが、言葉や意志だけが届かない。まるで、通信自体は繋がっているがノイズキャンセルでもされて声が掻き消されているような……
「何か問題が起きたみたいね? ……〝虹の橋〟自体に問題は起きていないわ。そちらの世界と繋がっているはずよ?」
いち早く察して、ハジメが確認する前に回答をくれるマーキュリース主任。
ハジメは目を細めた。
両世界は繋がっている。なのに意思疎通はできない。そして、ユエ達がこの事態に気が付いていないはずがない。
なのに、ハジメが気が付くまで音信不通のままだったということは。
「向こうで何か起きたようだ。ユエが即座に解決できない高度な妨害か、解決する余裕がない何かが起きたか、あるいは両方か」
考えられる最も可能性の高い事態は何か。
「十中八九、無神だろうな。それも、それなりに数がいる可能性が高い」
今のユエ達がかかりきりになるような事態は、それくらいだろう。
「大変だわ。直ぐに戻るのでしょう? 話の続きは後にしましょう」
マーキュリース主任が立ち上がった。ちょうど、もう十分だと言うようにホロウの魔力吸収も収まっていく。
だが、ハジメは直ぐに立ち上がらなかった。腕を組み、眉間に深い皺を刻み、瞑目している。そして、
「問題ない。話を続けるぞ」
目を開くや否や、そう言った。
「……各異世界に潜んでいる〝無神〟は、おそらく各異世界の大樹を目指すわ。その過程で何をするか分からない。貴方という戦力を情報交換に費やすというのは賛同し難いわ」
合理的な説得だったが、その瞳を見ればなんとなく感じられた。マーキュリース主任は心配してくれているようだ。ハジメの親しい者達の安否を。
だが、ハジメの表情に憂慮の影はなかった。不安も、焦燥感さえも。むしろ、不敵な笑みさえ浮かんだ。
「心配ありがとよ。けど、無用だ」
「……確かに〝無神〟の力や特性には個々によって大きな開きがある。元は強大でも変質によって〝無には耐えられるけれど、戦力自体は減衰した個体〟もいるのでしょう。今まで、ここを襲撃してきた〝無神〟からすれば、ね。けれど、決して甘く見ては――」
「落ち着いてくれ。甘く見ちゃいない。信頼しているだけだ」
「信頼?」
「ああ。俺の家族は強い。だから置いてきた」
厄災界が危険だから、だから置いてきたというだけじゃない。本当の目的は留守中の守護だ。と告げられてマーキュリース主任は少し考え込む。
「みな、貴方ほどに強いということかしら?」
「ああ、強いぞ。背中を任せられるくらいにな。ユエ――俺の妻なら何が起きても上手く仲間をまとめて対処してくれる。だから、俺はここを動かない」
絶大な信頼が宿った言葉だった。やせ我慢でも、そうであれという祈りでもない。本当に心から出た言葉だと伝わった。
「全ての要は厄災界だ。ここが陥落したら本当に終わる」
あちら側で〝無神〟が動き出したとしたら、厄災界だってより激しい襲撃に晒される可能性は十分にある。
あるいは、逆に厄災界の存在がなんらかの手段で異世界の〝無神〟の襲撃を誘発した可能性だってある。つまり、陽動だ。今は〝虹の橋〟で繋がっているのだから不可能と断言はできないだろう。
あらゆる可能性を考えるなら、ハジメがすべきことは一つだ。
「全ての事態に片が付くまで俺は厄災界を離れない。俺が守るべきはここだ」
ふっと浮かぶ苦笑気味の笑みから伝わった。途中までとはいえ会話を聞いていたはずのユエ達なら同じように考えるはずだと。むしろ、自分達を案じて厄災界から離れなんかしたら「早く戻りなさぁい!」と逆に叱られるだろうと。
「それぞれがそれぞれのすべきことをする。それで万事解決……だろ?」
「……あまり嫉妬させないでちょうだい」
一部の疑いも濁りもない純粋なる信頼。
それを見せつけられたマーキュリース主任は盛大に溜息を吐いた。無表情であるが、その言葉通り、どこか羨んでいる雰囲気が感じられる。
ハジメは念のため鴉型偵察機オルニス(悪魔入り)を出して〝虹の橋〟内部を探るよう指示し、同時にカーラにも〝念話〟を送って地球側と交信できないか試すよう指示しつつ思わず問うた。
「あんたに家族は?」
「娘がいたわ。自慢の娘だった」
マーキュリース主任の視線が遠い過去に向けられる。目尻が目に見えて下がった。娘を想う母の顔だった。
ほとんど無意識だろう。続けて、おそらく娘の話をしようとしているのであろうマーキュリース主任を、しかし、ハジメは止めなかった。
魔神などと称されているが基本的に他称である。自らそう名乗ったことはないし、むしろ、自認は〝パパ〟だ。
本来はそんな話をしている場合ではないのだろうが、それでも〝娘の話〟となれば聞いてあげたくなる。それに、マーキュリースの容貌を見て気になっていたことがあった。
「天真爛漫とはあの子のためにあるような言葉ね。優しくて、才能に溢れていて……どうして、私のようなつまらない人間から、あんな素敵な子が生まれてきたのか、今でも分からないわ。私史上、最大の謎よ」
「その鉄仮面ぶりは元々か?」
「ええ。うちは代々研究職でね、私の親もこんな感じだったわ。幼い頃から勉学にだけ励んで……気が付けば、私も両親そっくりの研究者になっていたわ」
それなりに有名な一族で、だから神の国が興された時もマーキュリースは〝選ばれし民〟に選ばれていたし、元々神王直属の研究機関で一分野とはいえ研究チームの主任にも抜擢されていた。
厄災界の中では間違いなく雲上人の一人だったということだ。
「優秀な血を残すために夫も優秀な人を選んだ」
「決められたんじゃなくてか」
「ええ、自分で探し、自分で選んだ。それが合理的で最善だと……合理性の追求こそが正義だと信じていたから」
そして、娘が生まれた。己の親と同じように育てた。それしか知らなかったし、合理的な養育だと信じていたから。
「本当に不思議だわ。両親と同じようにしたのに……結果はまるで違った。子育ては、データと合理性だけで成せるものじゃなかったのね。当然と言えば当然だわ。だって、それが人間だもの」
「まぁ、子供は勝手に育つ……なんて言葉もあるしな。親の影響だけを受けて育つわけじゃない。子供にも親の知らないところで歩んだ人生がある」
「ええ、そういった日常の些細なことが、些細ではない影響を与えて、その子だけの人生を作っていく……思い返せば、私にもそういう機会は何度もあった。でも、切り捨てた」
「それだけ研究が好きだったってことか」
マーキュリース主任は目をぱちくりとした。かと思えば、少しだけ目尻が下がる。
「貴方、あんな凶悪な気配を漂わせておいて、娘と同じことを言うのね」
同じことを言ったらしい。彼女の娘もマーキュリースに。更には「きっとお祖父ちゃんやお祖母ちゃんが研究している姿も好きだったのね!」とも。
ああ、そういうことなのかもしれない。感情など不要なものと思っていたけれど、自分がこうなったのは、自分でも気が付いていない感情故だったのかもと。
「子供に教えるより、子供に教わることの方が多い」
「そうね。そう思うわ」
研究一色だった人生が変わった。気が付けば、何をするでもなく娘の遊ぶ姿を見つめ続けている自分がいた。何もしていないのに、合理的な説明ができないくらい満たされる時間だった。
「自慢の母と思われたくなった。だから、必死にジョークを覚えたわ」
「今、話が虹の橋を渡るレベルで飛んだな」
「娘の友達が言ってたのよ。ミネルスリースのお母さんってなんか怖いね。人形みたいだねって。ショック死するかと思ったわ」
「お、おう……」
「それを娘が必死にフォローしていて、死ぬほど恥ずかしかったわ。恥ずか死――ってね」
「……」
だから必死にユーモアを学んだらしい。だが、死んだ表情筋は死んだまま。雰囲気も変えられず。何事にも得手不得手というものがあるのだ。
「結果、このシュールなオヤジギャグの使い手が出来上がってしまったってことか」
「おかしいわね? 娘には好評だったのに。いつもニコニコしてくれるのよ」
気を遣われていたのでは? と口にしない程度のデリカシーは持ち合わせているハジメさん。趣味について熱く語っている時、たまに見せるミュウの笑顔が思い起こされる。胸が痛い。
「その娘が言ったのよ。続けてって。あの日、永遠のお別れをした日、娘を無理やり異世界への〝虹の橋〟へ押し込んだ時に、あの子、泣きながら言ったの。お母さんのジョーク、大好きだからって」
どうやら亡くなったわけではないらしい。
ハジメの目がスッと細められる。推測の一つに確信を持ちつつ、話の軌道を戻す。
「俺の知る限り、厄災界の人間は二つの世界に逃げ延びている。地獄界とトータス……と俺達が呼んでいる世界だ」
懐かしく温かい思い出からマーキュリースがハッとした様子で戻ってきた。そんな場合ではないのに何を語っているのかと己の頬をペチッと叩いて意識を切り替える。
「結局、厄災界の人間は逃げた。〝剪定現象〟を半ば真実だと信じてもなお」
「そう、そうよ。そして、その決断こそが厄災界崩壊の引き金になったの」
異世界に逃げても無駄かもしれない。
確かに、〝無神〟とて世界が安寧である方がいいだろう。無闇に平行世界に渡るリスクは負いたくないに違いない。
信憑性はある。だが、〝無神〟だ。結局、肉体から魂までめちゃくちゃに変質してしまった人間とは別種の生命体だ。
奴の言ったことは本当だろうか? やはりさっさと異世界へ逃げてしまった方がいいのではないか? しかし、もし真実なら? もはや〝剪定現象〟を止める手立てはなくなってしまう……
そもそも本当に〝無神〟だったのか。
何者かの陰謀ではないのか?
「疑心暗鬼の末、至った決断は実に合理的で恥知らずな折衷案だったわ」
「……選ばれし者だけが逃げ延び、そうでない者は残って対応しろってことか。当然、神王や権力の中枢にいた連中は悠々自適な異世界ライフ組ってわけだな?」
「ついでに言えば、神王は化身の権能を使って後発の異世界転移を防ぐ措置までしていく決定をしたわ。対応する人間が後から逃げ出さないようにね」
なるほど。合理的だ。そして、どうしようもなく無責任で醜悪な決断だった。
「納得できないでしょう? 責任を放棄して権力者達だけが逃げるなんて。多くの人がそう思ったわ」
だから、当然の流れの如く反乱が起きた。使命も計画も何もない。ただ、道連れの心境に近い怒りと必死さに突き動かされた衝動的な反乱だった。暴動と言い換えてもいいだろう。
「もちろん、私は残るつもりだったわ。中央府も私を選ぶことはなかったでしょう。残って世界を立て直す研究の最前線にいる人間だもの」
「だが……あんたの娘は?」
マーキュリース主任の言葉が一瞬止まる。一拍おいて、僅かに目を伏せた。
「……今までの私の功績と娘自身の優秀さから選んでもらえたわ。けれど……娘自身が拒否したの。どんな説得にも応じなかった。私や夫と離れないと、世界を立て直すために全てを捧げると、そう言ってきかなかった……」
結果、あっさり選定対象から除外された。マーキュリースがどんなに懇願しても、その決定は覆らなかった。最初にして最後のチャンスだったのだ。
「だから私は、反乱に密かに荷担までした。夫も命を賭けて戦ったわ。娘の〝枠〟を確保するために。軽蔑するでしょう? 逃げ出す神王達を否定しながら、娘が助かるかもと思った途端、これだもの」
「いや……」
子供の命がかかっているのだ。ハジメ自身、なんでもするだろうなと思ってしまった。とてもマーキュリース達を否定することはできなかった。
「無駄な足掻きになるはずだった」
「相手は神王だからな」
「ええ。でも、そうはならなかった」
それは、神王達がいよいよ異世界へ転移するという時刻の、少し前のことだったらしい。
あちこちで起きる暴動により神の国が炎に包まれ、理が歪み、魔力も環境も荒れ狂う中、しかし、神樹の根本にそびえる神王の王宮だけは波風一つなく。
その絶大な力で守られた王宮と、地下に設けられた異世界への架け橋たる巨大魔法陣には何人も近づけない中。
しかし、刻限に至り、選ばれし権力者達は既に集まっているにもかかわらず、神王と側近達だけが現われず。
訝しみ、一部の者が様子を見に行けば……
「誰が、いつ、どうやったのか……未だに分からない。でも、誰かがやったのよ。神王の殺害に成功した者がいたの」
「……」
あり得ないことが起きた。
そして、最悪の事態も起きた。
神樹が崩壊を始めたのだ。
「おそらく、今際に神王がやったのではないかと私は思っているわ。どうせ死ぬなら道連れだってね。あれは、そういう存在だったから」
「そうか……」
当然、神樹の結界も消えた。絶対の守りがなくなった。
そうすれば、後の流れは言わずもがな。
人々が殺到した。神樹が完全に崩壊する前ならまだ異世界転移が間に合うと誰もが考えたし、実際、そうだった。
選ばれた権力者達も当然ながら応戦する。時間的に転移が可能なのは一回のみ。魔法陣の中に入れる人数にも限りがある。自分達の移住権を死守しようと必死だった。
「もう、何もかもがめちゃくちゃな状況だったわ。人の本質を見た気分だった……でも、折れるわけにはいかなかった」
「大事な娘がいるもんな」
「そう、その通りよ」
マーキュリースの夫は、彼女と同じように合理性の権化のような男だった。だが彼もまた娘の存在で変わったのだろう。命を捨てて娘が生き残るための活路を開いた。
「元々、〝異世界行きに選ばれた者〟の中に娘と親しい子がいてね。彼にも協力してもらって、どうにかギリギリで転移術式の中に放り込めたわ」
彼……と微かに呟きつつ、ハジメは地獄界とトータスの歴史を思い浮かべた。
「選ばれた権力者を排除して潜り込めた者は、あんたの娘だけじゃなく多数いたんじゃないか?」
「ええ、いたと思うわ。酷い混乱の最中だったから、どれくらいかは見当もつかないけれど」
「元から二つの異世界に分かれる予定だった?」
「いいえ、それはたぶん事故ね。神樹の崩壊に伴い起源流の流れにも狂いが生じたのかも? あるいは迫っていた〝理壊現象〟のせいか……その様子だと、異世界でも〝彼等〟は変わらなかったようね」
マーキュリース主任もハジメの質問の意図を察したらしい。元々、勇者やハジメの力が〝魔力〟である時点で察してはいたのだろう。転移した後、異世界で彼等が何をしたのか。
申し訳なさを感じてか、僅かに目を伏せるマーキュリース主任。ハジメは肩を竦めた。
地獄界で超越者達の陣営が二つに分かれたのは、きっと根底に権力者サイドと、選ばれなかった者達という構図があったのだろう。
地獄界の歴史の話を聞く限り、権力者陣営も元の世界の惨状を目の当たりにしてまったく変わらなかったというわけではなかったに違いない。もちろん、結局、過ちを繰り返しているので擁護する気など更々ないが。
「それで、神樹と化身の守りが消えたってことは星もただじゃ済まなくなったはずだよな? 〝理壊現象〟を抑える要がなくなったんだから」
「ええ、その通りよ。神樹の崩壊と同時に母星の崩壊も始まっていた。本当は異世界転移が成功したのも不思議なくらいよ。大陸の一部がごっそり消失して……大地も空も割れて、人が次々と死んで……地獄絵図だったわ」
本当にギリギリのタイミングで娘を送り出したマーキュリースは、しかし、安堵も束の間、地獄絵図の中を駆け回った。
世界を守り、そして娘が異世界で人生を全うできるようにするためには、厄災界が終わっては意味がないから。
「元々ね、〝千貌の無神〟の話を聞いた直後から最悪の事態は想定して密かに動いてはいたの。協力者達とね」
マーキュリース主任の部下や同僚はもちろん、反乱を起こした者の中には、あの最悪の権力者達を異世界に行かせるわけにはいかないと私欲ではなく異世界を想って行動した者達がいた。マーキュリースが支援した者達だ。
また、夫は元々軍属だったらしく、その部下や仲間の中にも協力者はいた。
「〝結界塔〟を単なる魔法具ではなく避難所に改築したり、時間干渉を含め生存のための魔法具を用意したり、アンチ概念や事象の内外遮断概念の術式理論を確立させたり、合わせて〝旅人〟を用意したり……流石に、神樹の崩壊は予想していなかったけれどね」
「〝剪定現象〟は真実として動いていたわけか。中央府では〝会議は踊る〟状態だから見切りをつけて……」
「会議は踊る……面白い言い回しね」
何はともあれ、マーキュリースと協力者達の密かな尽力と備えがあったからこそ厄災界が瀬戸際で辛うじて保ったのは確かだ。つまり、異世界も守られた。口にはしないが、少しばかりの感謝と感心の念を抱く。
「同時に、崩壊する神樹から〝核〟も保護したんだな?」
「ええ。もちろん神王の、いえ――化身の肉体もね。状況に合わせた理管補助システムを構築し直すために」
加えて、可能な限りの崩壊する母星から生存者を衛星へと避難させつつ、神樹の喪失という不測の事態に対応すべく、集団概念魔法の要を〝結界塔〟から〝神樹の核〟に変更し、更に〝結界塔〟を増幅装置とする改良を施した。
「崩壊が迫る土壇場で対応したのか。……凄まじいな」
「その程度は当然でしょう。……十数億人の命を犠牲にするのだから」
失敗などできるはずがないし、していいわけがない。
集団概念魔法を起動したのは、他ならぬマーキュリースなのだから。
心がないわけじゃない。なんなら娘の存在が、より彼女を人間らしくした。その中で、それだけの人々を犠牲にするトリガーを引いた彼女の心境は如何に。
普通なら正気でいられるとは思えない。
魔法で精神を保っているのか。それとも、世界を救うために心を殺しているのか。
いずれにしろ、傑物には違いない。雲上人の一人ではあるが、元軍属でも権力者でもない研究者をリーダーとして生存者達が従っているのは、きっとだからこそなのだろう。
「さて、厄災界の歴史に関しては大体こんなところよ。何か質問は? そろそろこちらからも、異世界のことを聞かせてほしいところだけれど」
事態解決のためには全世界の知識や技術を考慮に入れて、話し合わなければならない。そのうえで何が有効か仮説を立て、検証することが必要だろう。
「そうだな。もちろん、まだ問いたいことはある。だが、その前にこちらからもある程度の話をした方がいいだろう。どうせ、俺の質問の前提となる出来事だしな」
「いいわ。聞かせてちょうだ――」
マーキュリース主任が神妙な雰囲気で頷いた、その時だった。
魔力の吸収を終え、しかし、そのままハジメの肩でリラックスした様子でぺたんっと張り付いていたホロウが急に立ち上がった。
毛を逆立て、明後日の方向を睨み付ける。
ほぼ同時に、ハジメも立ち上がった。何かを明確に感じたわけではない。ただ、直感が警報を鳴らしたというべきか。反射的な行動だった。
マーキュリース主任が戸惑った様子で言葉を止める。
次の瞬間。
「「ッ!?」」
衝撃が走った。
物理的な……そう、空間振動だ。それだけでなく魂を直接ぶっ叩かれたような感覚まで。
非戦闘員なら今の魂への衝撃だけで気を失ったのではないか。この隔離された空間にまで届いた衝撃を思えば、物理的な損害も心配だ。
その懸念を裏付けるように、
『南雲! 手を貸してくれ! 何かヤバイ! 姿は見えないし、気配も感じないけど……何かいる!! 迫ってきてる!!』
光輝から緊急通信が来た。同時に、
『主任! 今ので塔に損害が出た! 修復が必要だ! こちらに来てくれ!!』
ハジメが聞いたことのない男の声も隔離空間全体に響いた。
「どうやら、厄災界の無神も本気を出してきたらしいな」
「っ、そのようね。同じ姿の無神が複数体……私は、あれらを〝無神が生み出した量産型の無神〟だと考えているわ。だとしたら………」
「ああ、親玉が痺れを切らしたのかもな」
そう言って、ハジメは右手にドンナーを握りつつ、左手でクリスタルキーを取り出した。正規の手段でこの空間から出ることもホロウとマーキュリースが許可すればできるだろうが、直接、戦場に出るつもりなのだ。
と、察してマーキュリースも頷き、立ち上がった。
「ホロウ、こちらへ」
呼びかける。だが、ホロウはハジメの肩から離れなかった。
「ホロウ?」
マーキュリース主任が訝しむ。ハジメも同じだ。だが、直ぐに気が付く。ホロウの視線がドンナーに向いていることを。
何か興味を引かれている? だが、今は気にしている場合じゃない……
そう思って、マーキュリースに早く引き取るよう視線で訴えた直後だった。
ホロウの視線がハジメを向いた。そして、どこか不可思議な色合いを瞳に浮かべたかと思えば、
「ホロウ!?」
「なんだ……?」
スッと宙に浮きながら強烈な光を放った。輪郭がぼやけていく。光の球のようになる。
そして、流星のように流れてドンナーに衝突した。否、それは……まるで吸収されたか、融合したとでも言うべき現象に見えた。
純白の光を帯びて輝くドンナーを目の前に掲げるハジメ。
輝きはやがて収まり、しかし、見る者が見れば分かった。明らかに何か、神威ともいうべき凄まじい気配が滲み出ていることが。
「嘘……神剣化、した?」
マーキュリース主任が呆然と呟く。ホロウが懐いたという光景を見た時とは比べものにならない、ジョークの気配皆無の本気の驚きだ。
ハジメが目を細め魔眼石越しにドンナーを見つめる。〝情報看破〟の能力がドンナーの変化を暴いていく。
「……呼べば戻る? ある程度の変形機能? まるで聖剣じゃねぇか。いや、それどころか……」
「粒子化による魂魄への格納。実質的な破壊不能性……かしら?」
ハジメの視線がマーキュリース主任へ向く。マーキュリース主任は未だに驚愕を抑えきれない様子で声を震わせながらも言葉を紡いだ。
「伝承に語られる神剣――神樹の化身が勇者に与えたと伝わっている剣の能力よ。貴方は勇者じゃない。その適性もない。そして、ホロウは神剣を創れない……はず。本物の化身ではないから。なのに、貴方の魔法具を神剣化させたなんて……」
「ふぅん? まぁ、細かいことは後でいい。ホロウが力を貸そうってんなら、ありがたく受け取っておくさ。今はそれどころじゃないしな」
よく見れば、紅いラインが入っていた部分が純白に変わっていて、僅かに輝きを帯びている。そして、聖剣が力を発揮した時のような気配も感じられる。
〝神銃ドンナー〟とでも呼称すべきか。
実際の能力は実戦の中で確かめる。そう言外に告げて、ハジメは今度こそクリスタルキーを発動した。
「ホロウは絶対に傷つけてはダメよ!」
「分かってる。……ああ、そうだ。念のため、あんたにも護衛をつけておくべきだな」
少し考える素振りを見せるハジメ。一瞬、マーキュリースの心情を想い躊躇う気持ちがあったのだ。だが、どうせ総力戦となるなら顔合わせをすることもあるし、そもそもこちらの情報を開示するなら否応なく話に出てくる。
ならば、と〝宝物庫〟を輝かせた。
「ノガリ、マーキュリース主任の護衛と、ある程度の情報開示を任せる。トータス召喚以降の出来事についてだ」
「イエス、マイロード。委細、お任せあれ」
出現したのはクラシカルなメイド衣装に身を包んだ銀髪の美人。美しいカーテシーを主へと向け、そして、護衛対象へ向き直る。
「マーキュリース様。私の名はノガリ。どうぞ、ノガリたんっと呼んでくださいませ。よろしくお願い致します」
同じようにカーテシーを決めるノガリ。
返事はなかった。
ハジメの予想通り、マーキュリース主任は愕然としていた。無表情が完全に崩れ、大きく目を見開き、わなわなと震えている。
それどころか、見る見るうちに目の端に涙を溜め、震える手で口元を覆い……
「あ、あっ、あぁっ……私の、私の愛しいっ――究極キューティーエンシェント級エンジェルちゃんっ!!」
なんか凄い呼称が飛び出した。
ハジメさん、思わず「なんて?」と聞き返しそうになる。が、
『南雲ぉ!! BD号が落ちた!? 大破ぁ!! 早くぅ!!』
勇者の切羽詰まった叫びがガンガン響いてきたので、
「ノガリ、後は頼んだ」
さっさと戦場へと戻ったのだった。
「主、ちょっと待ってください。あの人、目がこわ――」
「ある、じ? 今、彼のことを主と呼んだ、の?」
一瞬だけ肩越しに振り返る。
ちょうど、ハイライトが消えて、ぎゅるんっと自分の方を向いたマーキュリース主任と目があった。
もちろん、見なかったことにした。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
長々と説明回にお付き合いいただきありがとうございました! まだ細かい設定や答え合わせ的な内容はありますが、その点は状況に合わせて書いていこうと思います。
……考えた設定を披露するのって凄く楽しいんですけど、情報量多すぎると自分でもちゃんと書けているのか不安になるもなるという……見直して間違っている部分があったら修正するかもですが、よろしくお願いします。
それと一点、事前にお知らせをば。
お察しの通りマーキュリース主任の娘が神の使徒のモデルとなった人物です。この点、実はアニメ2期のBlu-ray特典小説にて彼女がどんな人生を歩んだか言及しています。
なので、特典小説を前提にするならハジメは〝娘の最期を知っている〟ことになりますが、流石に一部の方しか知らないであろう特典小説の内容を前提に書くのはいろんな意味で無理があるかと思い、今のところWeb版では〝前提とせず〟書いていこうかと思っています。(良い書き方が思いつけばいいですが、今のところ思いつかないので(汗)。力量不足! 申し訳ない!)
残念に思う方もいるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします!




