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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
548/550

勇者の地獄の夏休み 中

先週は投稿できずすみません。目の奥の痛みと頭痛と目蓋の痙攣が治まらず少しPC断ちしてました。





 ハジメが簡易的に設置したフェアリーリングがある廃都市に、光輝達は戻ってきていた。


 到着直後の大闘争状態が嘘のように静かだ。


 元天魔にしてメイド候補のカーラが、その権能により下級悪魔の暴走的闘争を〝魔神様にお仕置きされる幻を見るくらいなら、みんな仲良く自害!〟に誘導して瞬く間に終結させてくれたおかげである。


 なお、かつて深淵卿が初めて地獄界に突入し、正体不明(アンノウン)と呼称された大悪魔から聖女を奪還した廃都市でもある。


 今いる場所は、廃都市の外縁部の一角――アンノウンとの決戦を終えて帰路につこうとした深淵卿達と悪魔の大軍が相対し、壮絶なる撤退戦が始まる……という寸前で〝シアが大地をぶち抜いて地下から飛び出してくる〟という衝撃的光景が繰り広げられた現場だ。


「こっちに転移してきた時は下級悪魔達のせいでそれどころじゃなかったけど……これが南雲の言ってた〝ウサギの大穴〟かぁ……」


 大穴の外縁に立って、改めて恐る恐る下を覗き込む光輝の表情は見事に引き攣っていた。


 不思議の国のアリスにかけて名付けたのだろうが、繋がっているのはファンシーな世界ではなく地上より酷さを増した地獄というのが、魔神とそのウサギ嫁らしいというかなんというか。


「地獄の第二層に通じているのよね……? ……何も見えないわね」

「それだけ深いということでしょう。……あら? そう言えばどうやって? 掘削ならまだしも、下から……?」


 同じく半ば観光名所に訪れたような気分で覗き込んでいたモアナとアウラロッドは、奈落の如く真っ暗な大穴を前に、ついっと顔を見合わせた。


 シアがぶち抜いたとは聞いていたが、よくよく考えるといろいろおかしい。


 いくらパワーイズジャスティス。パワーこそパワー。拳を握れば大抵のことはなんとかなる! を体現したようなバグったウサギさんだが、底が見えないほど深く、否、分厚い岩盤をぶち抜いたとはいったい……


 もちろん、実際のところはヴィレドリュッケンの神装モードのおかげであり、膂力だけでぶち破ったわけではない。


 ないのだが……


 詳細を知らないモアナ達からすれば、まさに〝意味が分かると怖い話〟みたいに感じて戦慄せずにはいられない。


「ほんと意味が分からない強さッスね。魔神の奥様方も……やっぱり、私なんて羽虫、いえ、羽があるなんてただの虫より上等。地を這うだけのウジムシ……」


 流れる水の如き自然さな卑屈さ。相手にすると逆に沼にはまりそうなので光輝達は揃って聞こえないフリをした。


 狙い通り、〝案内役(ガイド)〟としての役目を思い出し、何事もなかったように解説し始めるカーラさん。


 まだ短期間だが、だいぶ接し方が分かってきた。と光輝達はチラッと視線を合わせて頷き合った。


「地上と第二階層の間は特に深いッスね。数キロメートルあると思うッス。元々、地上の戦争や荒れ果てた環境から逃れるために作られたシェルターでもあったらしいッスから、各階層の隔たりも相応にあるッスよ」


 地獄の階層はトータスの大迷宮のような〝ダンジョン〟ではなく、映画などでよくある広大な〝地底世界〟という位置づけらしい。


 なので空間の広さ、間の岩盤の分厚さもダンジョンとは文字通り桁違いのようだ。


「ああ、南雲から聞いてる。元々、地獄は地球と変わらない緑豊かな世界で、かつ現代の地球くらい発展した世界だったんだってね。その時代は、地球と地獄の間にも交流があったって」

「んス。地獄の住人も地球人とさほど変わらない姿でしたッス。有翼種や獣人種のような種族、それに地球と違い言葉を話せる動物種もいたッスけどね」


 ハジメが、〝世界樹の枝葉復活計画〟において地獄界の事前調査をするために、七大罪の魔王達や知識・記録を司る爵位級悪魔などから、改めて聞き取り調査した地獄界の歴史。


 光輝も又聞きかつ簡潔にではあるが、この旅の出発前に聞いている。同じく隣で聞いていたモアナが、話の内容を思い出すように視線を虚空に彷徨わせた。


「確か、クラウディア達のような〝地球の魔力持ち〟や〝神器〟も、地球人と地獄の住人が交わった結果なのよね?」

「ですッス」

「驚きですね。当時は〝大樹の化身〟――女神も存在したのですよね? なのに、世界間の交流を許可していたなんて……」

「地球と地獄が次元的に隣接していると表現できるくらい近いのは、当時の女神がそうしたからじゃないかって南雲は推測してたな。本来は他の異世界と同じくらい隔たりがあったのかもって」


 そしてそれは、地球の女神の方から交流を求めた結果ではないか。ともハジメは考えていた。


 あくまで推測だ。その時代のことを知っている者が、今の世に存在しないからだ。


 最古の悪魔たる七大罪の魔王達や知識を司る爵位級悪魔達ですら知らなかった事実。すなわち、〝龍〟の存在。


 アウラロッドに昇華魔法をかけて、頭がパッパラパーになる危険を冒してまで世界樹の記録へのアクセスを敢行した結果、判明したこと。


 〝龍〟は妖精界に突如として生まれ、当時の妖精界の女神を半殺しにし、そのまま地球にやってきた。そして、地球の女神によって封印された。妖精界の女神の世界を超えた助力を得て辛うじて。という事実。


 七王達は、この歴史を知らなかった。最古の悪魔たる七王達ですら、そのずっと後に生まれた存在だからだ。


 ハジメはシンプルに、地球の伝承で語られる神々の時代を〝神話時代〟、二つの世界が交わった時代を〝前神話時代〟、そして地球の女神と〝龍〟が激突した時代を〝古代〟と呼称している。


「最古の悪魔たる七大罪の魔王達ですら、前神話時代の末期に生まれた存在。記録もないから、本当のところは分からないらしいけど……」


 その七王達曰く、彼等が知る地球の女神はほぼ休眠状態だったという。〝龍〟との死闘により、当時の地球の女神は著しく弱体化していたのだろう。


 という推測を前提にするなら、こんな仮定も可能だ。


「あと一柱、女神の協力があれば確実に〝龍〟を封じられた……いえ、仕留められたかもしれません。なら万が一に備えて他の世界の女神と交流を持っておきたいと思う気持ちは分かるのです」


 アウラロッドが神妙な表情で頷く。滅亡寸前まで追い詰められた経験のある元女神だ。他の世界の女神が力を貸してくれるなら、それほど心強いことはない。


 だが、本来それはあり得ないことだ。


――世界は、その世界の中で完結するべき


 それが女神の共通認識だからだ。大樹の化身となった時、大樹から権能や知識と共に与えられるものの一つでもある。


 それを超えて助けが必要な時はどうするか? もちろん決まっている。そのために〝勇者〟という例外がいるのだ。


 それを理解していて、それでもなお当時の地球の女神が地獄との繋がりを求めたのは、それだけ〝龍〟が異世界も含めて対処すべき脅威だったからに違いなく。


「加えて言うなら、著しい弱体化状態で世界の管理がままならなかったから手助けを求めたとか……あるいは、〝龍〟の復活という最悪の場合を想定して、地球人の避難先にしたかったからとか……そんな推測もしてたな。南雲は」


 それを地獄側の女神も理解し了解した。のかもしれない。地球と地獄の近さの理由は。


「でも……結局、戦争になったのよね? 地球側と地獄側で。それで地獄側が負けて……今の地獄に、悪魔と呼ばれる姿に……なったのよね?」


 モアナがなんとも言えない表情で呟く。


 世界を守るためになされた本来あり得ない交流。その結果が一つの世界の崩壊に繋がったなんて、まさに悲劇だ。女神が他の世界との繋がりに否定的な理由の一つとして挙げるのにも納得してしまう。


「そうッスね。けど、明確に地球人と地獄の住人で分かれていたわけではないッスよ? 地球側に味方した地獄サイドの者達も、地獄側に味方した地球人も多数いたッス。それに当然ッスけど、戦争とは関わりのない一般人もいたッスからね」


 なので、悪魔となった存在の中には地獄の住人に限らず元地球人も大勢いる。


 敗戦側――すなわち地獄側とは、地獄の住人側という単純な意味ではなく、双方が入り乱れた戦争における一陣営側という意味に過ぎないのだ。


 もちろん、比率的には言えば、地球側には地球人が、地獄側には地獄の住人の方が圧倒的に多かっただろうが。


「そもそもどうして戦争になったのか……南雲は明確なことは分からないって言ってたけど、やっぱりカーラも知らないんだよな?」

「私達が生まれた頃には既に、戦争初期の中心人物達は多くが死んでいたッスしね」

「気にならなかったのか?」


 光輝の問いに、「気にすべきことを気にすることができない無能メイド。はい、私のことッス……」とナチュラルに卑屈になり、どんよりした口調で続けるカーラ。


「長く続いた世界間の戦争ッス。国家間戦争とは規模が違うッス。そして、戦争を続ける理由なんて戦争の中でいくらでも生まれるッスよ。関わった者の数も、両陣営の中の派閥も、個々人の思惑も星の数ほど生まれて、もうめちゃくちゃって感じだったッス」


 誰も〝きっかけ〟なんて気にもしていなかった。ただ、生き残り、あるいは武功を挙げ権力を得る、君臨する……それが当たり前の、まさに地球でいうところの戦国時代のような状態だったらしい。


 だが、例外はいた。七王や知識を司る最古の悪魔達だ。彼等は気にした。そして、上の世代からの伝聞ではあるし、意図的に隠されたこともあったらしいが、それでも多くのことを聞いたのだという。


 ちなみに、今のカーラには知識がある。ハジメに問われて答えられず、なのに罵倒されることもなく「そうか。ならいい」と背を向けられたからだ。


 ハジメとしては七王から聞けるから本当に気にしていないだけだったのだろうが、カーラ的には心にヒビが入る出来事だった。


 この役立たずめっと罵ってくれる方が良かったッス! 取るに足りない存在みたいに、さっさと背を向けてっ……路傍の石! その辺の雑草! カーラに存在意義なし! うわぁああああんっ。


 と、知識を司る悪魔に泣き喚きながら教えを乞うたのだ。


 普通なら弱みにつけ込んで莫大な対価を要求するのが、むしろ地獄の礼儀である。


 だが長い歴史の中でも見たことがない、想像もしていなかった衝撃の光景――天魔の恥も外聞もないジャンピング土下座に脳をやられて、呆然としている間に問われるままに答えてしまったらしい。


 閑話(そんなことは)休題(どうでもよくて)


「まだ緑豊かで、かつ高度に発展した都市文明を築き上げていた地獄界には、〝超越者〟と呼ばれる集団がいたッス。七王すら超える、そう、まさに今の御屋形様達のような破格の存在ッスね」


 彼等は決して権力を得ようとはしなかった。争い事を好まず、災害の類いから人々を守り、文明の発展に尽力し、争い事の調停者で、何より地獄の女神に従順だった。


 地獄に爵位制度を設け、統治のシステムを作ったのも彼等らしい。


「女神の使徒と呼ばれて尊重されていたそうッスね。とはいえ、所詮は人間」


 時折「呼んだ?」と顔を覗かせる悪魔らしい傲慢さ。ほんと、なんなんだよ……とは思う光輝だが、たぶん地雷だと察する。指摘したらまた「カーラは悪い子!」と己を罰する負のスパイラルに入るに決まっているのだ。


 なので、黙って続きを促す。


「具体的に何がきっかけだったのかは存じませんッスけど、地球と地獄の交流が数百年と続いた中で、彼等の中で意見が分かれたッス。超越者の一部が両世界の女神に何かを願ったらしいッスね」

「ああ、それは南雲に聞いたな……で、女神達はそれを許さなかった」

「ッス。後は……その頃には超越者の力を受け継いだ子孫も多く生まれていたッスから、まぁ、そういう連中の野心とかの影響もあったんじゃないッスかね?」


 煩悩♪ 煩悩♪ と愉しげに瞳を輝かせるカーラさん。人の堕落が心底嬉しいようだ。


 何にせよ、様々な思惑が絡み合った末の世界間戦争だったらしい。


 実際、現存する強力な悪魔の多くは私利私欲で戦っていた者がほとんど。悪魔となる前から闘争の中で生まれ、闘争と共に育ってきた、そういう生き方が当たり前の世代だということだ。


 ある意味、悪魔になるべくしてなったというべきか。


「その戦争で地獄の女神と大樹――この世界では魔樹でしたか。それも失われたのですよね?」

「ですッス」


 アウラロッドが険しい表情で首を振った。ハジメから話を聞いた時も思わず椅子をガタッとして息巻いてしまったぐらいに、元女神としては憤りを覚えずにはいられない話だったのだ。


 長い戦争の間、ほとんど休眠状態だった地球の女神はともかく、地獄の女神は何をしていたのか。


 戦争により世界が荒れ果てていくのを黙って見ていた? そんなことはあり得ない。


 何もしなかったのではない。できなかったのだ。


 地獄陣営の超越者達が女神を封じていたから。そして、最後には、


「まさか、女神を殺害して権能を奪うなんて……」


 なぜ、己の世界の中では絶対的なアドバンテージを誇るはずの女神が超越者集団とはいえ己の世界の人の子に敗北したのか。


 答えは簡単だ。


「超越者達は地獄界の生まれじゃない。そのルーツは……エヒトと同じ。厄災界だったかもしれない、か」


 同世界の存在にとって至難であっても、別の世界の存在なら? 


 女神のアドバンテージはどうしたって薄れる。


 超越者達は決して自分達のルーツを語ることはなかったそうだが、直系の子孫には示唆するようなことを漏らしていたことがあるらしい。


 もちろん、それが真実なら地獄の女神は知っていただろう。彼等が別の世界からの来訪者だと。


「よく考えれば、どうして地獄とトータスだけ同じ〝魔力(エネルギー)〟なのか不思議だもんな。でも、超越者達がエヒトと同じで厄災界から逃げ延びた者達なら説明がつかなくはない」


 力の強大さは言わずもがな。しかして、その力は魔力――すなわち己の体内魔力しかない。世界が異なる以上、地獄界の固有エネルギーからは補給し得なかったはずだからだ。


 強大だが、使えば回復に時間がかかる制限の多い力。


 地球との交流後も同じ。地球の固有エネルギーは〝氣力〟だから、超越者の子孫が受け継いだ魔法の力も、きっと制限があったに違いない。


「でも、本当にそうなら……」


 エヒトと同じような存在というのは、あくまでハジメの推測だ。確証はない。


 だが、もしそうなら、光輝はハジメのネーミングセンスを称えたい気分だった。紛れもなく、彼等の世界は〝厄災界〟と呼ぶに相応しいと。


「戦争は地球側優位で進んでいたッス。超越者達の中でも一際大きな力を持った存在の大半が地球側に付いていたからッスね」

「カーラは……地獄側の勢力だったのよね?」

「もちろんッス。地球側についた超越者達の最終目的は、超越者とその子孫の殲滅だったッスからね。自分達は存在するべきではないとかなんとか……冗談じゃないッスね?」


 卑下がデフォルトのくせに、この時ばかりは心底見下したような、それでいて憤りが滲み出るような、そんな表情を見せるカーラ。


 地獄側の勢力。それは、何かを女神に要求し、おそらくそれを叶えるために戦争を始めた者達。


 地球側の勢力。それは、盛大な集団自殺を図ろうとした者達。


 どちらに正義があったのか。


 今となっては誰にも分からない。


 ともあれ、追い詰められた地獄側の勢力は、ついに禁忌を犯した。移住を認めてくれた女神への恩義を捨てて殺害し、その権能を奪い、地獄界の固有エネルギーを〝魔力〟に変えたのだ。


 地獄界を魔力で満たすような使い方ではない。


 ハジメによる無限魔力の仲間への供給、あるいは、〝神域(エヒト)〟から魔力を供給されていた〝神の使徒(ノイント)〟達のような、占拠した魔樹から自軍の戦力にだけ魔力を供給するような使い方だったらしい。


 故に、戦場を地獄界にしたとて地球側の超越者達が恩恵に与ることはなく。


 どれだけ強大でも有限の力と、一歩及ばずとも圧倒的回復力のある無限に近い力……趨勢を決するには十分だった。


 だが、そんな世界のルールを改変するようなことをして問題が起きないはずもない。


「権能を奪うと言っても、無条件で大樹の化身に成れるわけじゃないッス。というか成れないのが当たり前ッスから、そのまま女神と同等の力を振るえるわけじゃないッス」


 だが、強引に干渉し、無理やり権能の一部を振るうことくらいはできた。


「とても危険な行為です。下手をすれば世界の理に干渉してしまう。そうなれば何が起きるか……いえ、起きたのですね。実際に」

「ッス。この地獄界の有様が答えッス」


 言うなれば、複雑怪奇な数千数万に及ぶ回路を無理やり切ったり繋げたりして、強引に望む事象を発現させるようなものだ。


 そんなことをすれば、あちこちでエラーやバグが発生するのは当然。


 そのエラーやバグは世界規模の災害の多発という形で現われてしまった。


「最初は天候が安定しない程度だったのが、あれよあれよという間にッス。形勢逆転して息巻いていた地獄側も、これには流石に足を止めざるを得なかったッス。離反者も多く出たッスね」


 最初は偶然だと思っていた。元々、神代魔法クラスの力の衝突により荒れていた世界である。


 だが、災害の規模や頻度が徐々に増え、自然の自浄作用も薄れていき、食物が育ちにくくなり、あるいは枯れ、汚染された水が増え……


 何か、世界に致命的な狂いが生じている。


 そう気が付いた時には既に地獄が始まっていた。


 大地震、火山噴火、地割れと有毒ガスの蔓延……


 嵐は止まず、それどころか宇宙線がスコールのように降り注ぎ……


「大勢が死んだッス。特に身を守る術に乏しい一般人が。正確には分からないッスけど、地獄の全人口の半分、いえ、七割くらいは災害に呑まれたッスね」

「……よく平然と言えるな」


 まさに、人類滅亡と表現しても過言ではないレベルの悲劇だ。


 そういうジャンルの映画を見たことがあったせいか、自然と当時の地獄の様相が脳裏に浮かんで胸の奥が締め付けられる。


 なのに、カーラはまるで歴史の教科書を読んでいるだけといった雰囲気で淡々と語るものだから、光輝は思わず低く唸るような声を漏らしてしまった。


 途端に、ずんっと重たい空気を漂わせるカーラさん。


「そ、そうッスね……くそムシの分際で申し訳ないッス……調子に乗ってごめんなさいッス……」

「あっ、もうっ、光輝ったら!」

「カーラさんにそんな言い方したらどうなるか分かるでしょうに……」

「あ~~~っ、ごめん! 今のは確かに俺が悪い! 今更言ってもしょうがないしね! だから顔を上げて! 大穴をジッと見つめながらにじり寄るのはやめてくれぇ!」


 別に飛び降りたからといって死にはしないし、なんなら普通に空中浮遊くらいできるはずだが、雰囲気が雰囲気だったので思わず羽交い締めにしちゃうモアナとアウラロッド。


 そのままズリズリと引き摺るようにして大穴の縁から引き離し、耳元に「続き! 続きを聞きたいわ!」「カーラさんのお話、とっても上手ですね! もっと聞きたいです!」とヨイショしまくる。


 え? そ、そうッスか? フヒッ、そんな欲しがりさんされたら応えたくなっちゃうッスねぇ~っみたいな顔になるカーラ。


 光輝達は思った。チョロイ……本当に天魔と畏れられた大悪魔なのか、と。


「ごほんっ。ともかく、そんな有様だったッスから大半の地獄側の勢力も戦争を中断、あるいは投降したッス。どうにか災害を止めようとしたり、次代の女神を探したり、生き残りの地獄の住人を地球に避難させたり……」


 だが、地獄界の〝狂い〟は収まらず。


 だから、地球の女神は目覚めた。いや、叩き起こされたというべきか。


 だが、女神だろうと他の世界の大樹に干渉する権能はない。まして、地球の女神は極度の衰弱状態。


 地獄界の〝狂い〟を正す力は、地球の女神にはなかった。その〝狂い〟を抑制し続ける力も、重なるほど近しい地球に及ばぬよう防ぎ続けることも、覚醒状態を維持し続けることさえも難しかった彼女には無理だった。


 故に、女神は決断した。


 せめて救える者は救い、罰せられるべき者達を罰することを。


 そして、


「地球の女神は、戦争に荷担した者達を地獄に送り、生き残った一般人を地球に受け入れ、そして、魔樹の喪失を以て再び世界を分断したッス。己の存在の全てを費やして」


 抵抗を示した者は道連れにして滅ぼした。だが、大半の者達は納得して封じられたという。それどころか、地球側の超越者達や、戦争の中核を担っていた子孫達の多くも自ら地獄に赴いたらしい。


「もっとも、衰弱した女神の力では完全なる分断はできなかったッスけどね」

「ああ、それが今も地球と地獄が近い理由か」


 水を媒介にした〝囁き〟、オムニブスが所有する〝鏡門〟、召喚の魔術といった〝道を作る技術〟など、いずれも地球側が招く形でなければ決して地球に現出することはできないが、悪魔が地球人に関わる術は断たれていない。


「そう言えば、だからこそ七王――デモンレンジャーズもトータスに一種の分け御霊を飛ばせたらしいね」


 悪魔の囁き、あるいは誘惑は、あくまでも〝言葉〟だ。魔法的な精神干渉ではない。地球人側が受け入れない限り、魔法的効果は基本的に及ぼせない。


 だが、七王はもちろん、最上級クラスの大悪魔は別だ。


 個体ごとに種々の条件はあるが、一種の霊体というか、分身というか、本体から分けた精神体を飛ばし、それを媒介にある程度の魔法も使うことができるらしい。


 あの日の七王もそうだった。


 そう、ハジメ達がエヒトによってトータスへ召喚された日だ。実はあの日、七王の精神体もまた一緒に召喚されていたのである。


 元々、勇者を狙いながらも周囲一帯丸ごと範囲に含めてしまうような雑な転移魔法だったのと、それが故、世界の境界が揺らいでいたこと、そして起源を同じくする力であったことから、事態を感知することができた七王は精神体を飛ばし、そしてエヒトにバレずに潜り込むことができたのだとか。


「弱っていたとはいえ、女神の御業というには少しばかり中途半端ッスよね。いろいろ抜け道があって。あるいは……慈悲だったのかもしれないッスね」

「……慈悲、か」

「そもそも、本来、私達地獄陣営の者達は地獄で朽ちる運命だったッス。命を捨てて延命措置を施したのは超越者達ッスけど、それができることを女神が見逃したとは思えないッス。なら、あえて見逃したッスよ。それはまさに慈悲では? それか、まぁ、罪悪感ッスかね?」


 言わずもがな、〝不滅の魂〟と〝嘆きの風〟――すなわち、肉体がなくとも霧散しない魂魄と、仮初めの肉体を作る地獄の血風だ。


 これを施したのは超越者達だが、生命を否定する狂った世界を牢獄として、死ぬことを許さないというのは果たして慈悲と言えるのか。


「少なくとも超越者達は、そう言い残したそうッスよ」


 その〝慈悲〟が、どういう意味だったのかは分からない。


 贖罪できることを慈悲と表現したのか。


 それとも、地獄の果てに、いつの日か再生という希望があるという意味で言ったのか。


 彼等の直系にして末代の子でもある七王は語った。


 最期の時、彼等はとても超越者とは呼べない、くたびれきった老人のような有様だったと。最後の最後まで後悔と懺悔を口にしていたと。


 そして、地球の女神もまた、彼等に共感を示していたように見えたと。


「いずれにしろ、悪魔に成り果てようとも私達が生存できたことに変わりはないッス。感謝すべきなんだろうとは思うッスよ」


 ぜんっぜん感謝しているようには見えなかった。今にも鼻をほじりそうな雰囲気だ。まったくもってクソ野郎というべきか、如何にも悪魔というべきか。


 天魔と称されるほどの力を持っていながら、ハジメが直ぐにメイドとして受け入れなかった理由に察しがつく。


 忙殺期間を乗り越えたハジメである。たぶんだが……このメイド候補、これからが大変に違いない。


 有用な人材であることに変わりはないので、きっと対悪魔用の、否、それを超えた対悪魔メイド用の、それはそれは〝ドぎつい教育〟が待っているだろうから。


「でもまぁ結局、地球の王樹も〝神話時代〟の神々の戦争で失われたらしいじゃない? で、神々って超越者の血を引く者達なんでしょう? ……悪魔か否かにかかわらず、人ってつくづく愚かな生き物なのかもしれないわね……」

「モアナ……」


 光輝に反論の言葉はなかった。否定など、到底できないといった様子で俯く。


「ええ、本当に。生きとし生けるものは、みな愚かなのです。妖魔達も、そして、私達女神も」


 光輝とモアナは、言葉とは裏腹にどこか優しさを感じさせる声音にハッとなってアウラロッドを見やった。


 モアナの頭をポンポンとして、次いで小走りに光輝のもとへ寄り、やはり頭をポンポン。


「愚かだから間違える。でも、必ず正そうとする者達も現われる。今まさに、そのための旅をしているのでしょう?」


 ふんわりと笑みを浮べながらそういうアウラロッドは、なるほど。こんな時ばかりは確かに女神に見えた。


 なんだか無性に気恥ずかしい思いに駆られる光輝とモアナ。


「チッ」

「おい。なんで今、舌打ちした?」

「してないッス。聞き間違いッスよ」


 この悪魔めっ。と思わず男女平等パンチしたくなる光輝だったがグッと堪える。代わりに小言が出たが。


「そんな歴史の、最後の方だけとはいえ当事者なのに、少しは反省の気持ちとかないのか?」

「知ってるッスか? 健全な精神は健全な肉体に宿るそうッスよ」


 最初の数百年程度ならまだしも、だ。


 肉体もなく、文明も社会なく、地獄のような場所で人だった時とはかけ離れた生き方を何千、何万年としてきた。


 それで清く正しく? 人間らしく?


「そんな無茶を言われましてもッス」

「ぐっ、それは……確かにそうかもだけど……」


 最初は反省もあったかもしれない。しかし、剥き出しの魂のまま終わりなき闘争にまで身を浸すようになれば、それはまぁ〝人の常識〟〝良心〟なんてものは失っても当然……かもしれない。


 今の地獄に、当時のままの精神性を保っている存在など一人もいない。正しく、悪魔と成り果てたのだ。


 やっぱり、慈悲じゃなかったんじゃ……というか、慈悲だったとしてもいらなかったんじゃ……という勇者にあるまじき思いが一瞬胸中を過ぎったが、直ぐに頭を振って追い出す。


「地獄の影響か? なんかここに来てから暴力的になったような気がする……」

「え? そうかしら? 私は特にそういう感じはしないけれど……?」

「光輝様、貴方、疲れてるんですよ。早く用事を済ませて、少し休むのです」


 再びアウラロッドに頭をポンポンされる光輝。


「それもそう……というか、こんな場所で長々と立ち話するもんじゃなかったな。さっさと建物に入ろう」


 苦笑を零し、光輝は言葉通りさっさと踵を返した。


 影響はないとはいえ、やはり地獄の屋外は精神を病んでも仕方がない有様だ。少しホッとしつつ、モアナとアウラロッドも後に続いた。


 その背に、


「さて……世界の復活とは言うけれど……身も心も悪魔に成り果てた我等を、あの方は最終的にどうする気なのでしょうね?」


 嘲笑うような、わくわくと好奇心に駆られているような、あるいは老獪な賢者が若者を試しているような、道化が大義を果たさんとする旅人を揶揄っているような、なんとも表現し難い、それこそまさに人外の精神が滲み出ているような、そんな眼差しが注がれる。


 本来の口調と共に呟かれた天魔の言葉は、しかし、吹き荒ぶ血風にさらわれ光輝達には届かなかった。












 ハジメがフェアリーリングの仮の設置場所に選んだ建物は、〝ウサギの大穴〟の傍にあり窓がないことが特徴の、しかし、それ以外はなんの変哲もない建物だった。


 五階建てくらいの高さで、周囲に比べれば比較的に低層の建物だ。例に漏れず損壊しているが、それでも周囲の建物に比べれば劣化具合も含め随分とマシに見える。


 他より頑丈な作りなのは明らか。元は避難所のような場所だったのかもしれない。だからこそハジメも選んだのだが。


 光輝達が戻ってきた理由はもちろん、異世界間の時間差を防止するアーティファクトを設置・起動するためだ。


 屋内の一番奥に講堂のような場所がある。


 天井の一部が崩落していたり壁が崩れていたりして瓦礫が散乱しているが、まだ壇上がしっかりと残っていて、その上に光輝の姿はあった。


 床に直径二メートルくらいの金属製の土台が置かれている。その上の面には魔法陣が刻み込まれていて、更に十二個のガーネットのような宝石がリング状に規則正しい間隔ではめ込まれていた。


 フェアリーリングだ。なお、本体は土台の方で宝石に意味はない。フェアリーリングと名付けちゃったので、それらしいデザインにしただけだ。例の如く、ただのロマンである。


「ええっと、取説だと……これをこうして?」


 そのフェアリーリング(土台)の傍にしゃがみ込みながら、光輝はタブレットを片手に何やら自動車のバッテリーのような見た目のアーティファクトのボタンやらダイヤルを弄っていた。


 モアナ達は壇上の下で、そんな光輝の様子を見るとなしに見守っている。ちょっと手持ち無沙汰な様子だ。


 実際、退屈だったのだろう。肩に乗っているインコ(?)の頭を指先で撫でていたカーラが口を開いた。


「くそゆ……ごほんっ。勇者殿」


 思わず手を止めて振り返る光輝。もちろん、凄いジト目だ。


「今、クソ勇者って呼ぼうとしただろ」

「まさか、滅相もないッス」


 咄嗟に視線を逸らして誤魔化したカーラだったが、モアナとアウラロッドにまでジト目を向けられて一瞬のうちの心が折れた。


「申し訳ないッス……御屋形様がそう呼んでいらしたので……つい……」

「だろうね!」

「普段からきちんと心の裡だけで呼んでいたッス! 今のは……ちょっと油断してしまったッス……」

「死ぬまで心の裡に止めておいてほしかったっ」

「お、お許しをッス……いえ、私如き、許しを請うのもおこがましい……お望みの自害方法は? それとも直接? お好きな方法で罰してくださいッス……」


 よくよく考えると質が悪い。だって、彼女は候補とはいえ魔神のメイドなのだ。実際に地獄の屋敷の管理者なのだ。


 そんな存在を勝手に罰する? 普通に無理。


 もし、それが分かっていて言ってるなら……カーラの表情からは悲壮と卑下の感情しか読み取れないが、夢幻の権能を持つ最上位の悪魔である。あるいは……と思ってしまう。


「……もういいよ。というか、普通に復活するのに、それって罰の意味があるのか……?」


 相手にする方が疲れると、溜息混じりに手をヒラヒラする光輝。


「……つまり、体で償え、と? 申し訳ないッス。羽虫の分際で拒否権はないと理解しているッスが、しかし、この身は既に御屋形様のものっ。どうかご勘弁いただきたいッスッ」

「誤解が甚だしいんだけど!?」


 泣きそうな顔でイヤイヤと首を振るカーラさん。自分で自分を抱き締める仕草が、やたらと扇情的。こう、凶悪な胸元がむにゅりと形を変えるところとか、腰のラインとか。


 流石は煩悩の権化。そんなつもり微塵もないのに視線が吸い寄せられそうになって、光輝は慌てて視線を逸らした。


 その先に、周囲の警戒をしてくれていたモアナとアウラロッドのニッコリ笑顔が。


 光輝は流れるように視線をスライドさせて、そのまま明後日の方向を見やった。


 本当に面倒だな! この駄メイド! と心の中で罵りながら。


「っていうか邪魔しないでくれ! 難しい作業じゃないけど、だからこそミスってたら南雲に何を言われるか分かったもんじゃないんだから」


 誤魔化し半分本音半分で声を張り上げる。


 肩を竦めつつ、モアナが光輝に代わって口を開いた。


「で、カーラ。なんで話しかけたのよ」

「この後の予定をお聞きしたかったッス」


 だったら作業中の光輝じゃなくて私達に聞きなさいよ……と思ったが、それを口にしたらまた「カーラは悪い子!」と自罰スパイラルが以下略。


「やはり、お屋敷の方へ? 地獄での活動は数ヶ月、場合によっては半年以上に及ぶと聞いているッス。なら拠点は必要ッスよね? 名のある悪魔達が手ぐすね引いて――ごほんっ。ぜひ歓迎の宴をしたいって言ってたッスけど」

「誤魔化せてないぞ! いったい何を企んでるっ、この悪魔共め!」


 流石は地獄。今の悪魔達は味方のはずなのに、まったく油断ができない。地獄の晩餐なんて最後の晩餐になりそうで絶対に参加したくない。


 と、光輝は再び手を止めて警戒の眼差しを送ってしまう。


「先程言った通りッスけど。御屋形様に良い感じに報告してほしいんッスよ。まぁ、邪魔なら私がなんとかするッス。……評価されるのは私だけで十分ッスからね、ふひっ」


 ボソッと呟かれた最後の言葉もばっちり聞こえていたが、いろいろ面倒なのでツッコミは入れない。


 モアナが手を振って光輝へ作業の再開を促しつつ話を先へ進める。


「ごめんなさい、少し情報に行き違いがあるわ。急ぎで来たから、きちんと知らせられていなかったわね」

「と言いますッスと?」

「……無理にスをつけなくていいと思うのだけど」


 なんとも言えない表情になりつつモアナは伝えた。


 今回の地獄界への来訪はあくまで臨時。本来は、竜樹が復活したばかりの天竜界で後数ヶ月は経過観察する予定だったのだ。


 だが、そこに世界間の時間差問題が発生した。


 今のところ地獄界に時間差問題は生じていないが、原因が分からない以上、楽観はできない。


 なので、今回の臨時来訪の目的は二つ。


 一つ、この場に時間差防止アーティファクトを仮設し起動しておくこと。


 二つ、場所だけは羅針盤で特定しているがハジメも行ったことがない魔樹の跡地に赴き、万が一、魔樹の力が必要になった時に備えて、誰でも直ぐに転移し活動できるよう拠点の確保を行うこと。


 当然ながら、慎重に慎重を重ねた調査結果の末に復活に踏み切る〝世界樹の枝葉の再生〟は、今回の来訪目的には入っていない。


 目的を果たし次第、また天竜界に戻って経過観察をする予定だ。


 最初の緊急連絡ではハジメも焦っていて、光輝もてっきり地獄界での活動を早めるものと思い込んでいたのだが、その後、ユエ達に諭されたらしいハジメからの再度の連絡で、結局、そういうことになったのだ。


 ローゼ達に「いつかまた」とお別れを告げた直後だったので、「やっぱり戻ってきます……」と前言撤回した時は少しばかり恥ずかしかった、というのは余談である。


「急げば南雲達が天竜界にいる間に戻れる。それなら俺もマ○オカートができるかもしれないっ」


 決然とした表情の光輝に、モアナは思わず「どんだけやりたいのよ……」と少しばかり呆れ顔。


 ちなみに、モアナもアウラロッドも日本で過ごしている時にゲームには触ったが、モアナにはいまいち刺さらなかったようだ。それより体を動かす方が楽しいじゃない? と、地球のスポーツの多種多様さには大変感動した様子だった。


 逆に、アウラロッドはかなり気にいったようだった。なんなら光輝は苦手なのでやらないタイプのゲーム――いわゆる高難度の死にゲーにどっぷりはまり、引き籠もり一直線になりかけたので天之河家総出で外に連れ出したくらいである。


 これにはハジメもニッコリだった。優しい気持ちになって、ついつい特製エナジードリンクを大量に、かつコッソリと贈ったくらいである。


 これにはアウラロッドもニッコリだった。


 なお、この事実を光輝達は知らない。


 閑話休題。


「というわけで、活動拠点はBD号があるし、今回はお屋敷に行く必要はないと思うわ。できれば直ぐに魔樹の方へ向かいたいわね」

「さようッスか。私なりにサプライズを用意していたんスけど」

「内容は聞かないでおくわね」


 絶対にろくでもない。と極めて自然にスルーするモアナ。ササッと話を進める。


「聞いたのだけど、魔樹の場所ってとんでもなく地下らしいわね? しかも、そこに行くだけで命がけだとか」

「仰る通りッス」


 七王から聞き取り調査した結果、クリスタルキーを所有するハジメでさえ現地の確認を後回しにした。悪魔に拠点作りを任せることもなく。


 それほどに面倒な場所だったのだ。


「地獄の地下構造に関してはご存じッスか?」

「この地上を第一層として全部で九階層という話は聞いていますね」


 アウラロッドがハジメから聞いた話を脳内で反芻するように視線を彷徨わせる。


「確か巨大なすり鉢状になっていて、深い階層ほど面積は狭くなる。代わりに強力な悪魔の支配域になっている……のですよね?」

「はいッス。四階層までは大差ないッスけど、五階層と六階層は爵位クラスの支配域、七王と御屋形様の屋敷は第七階層で、実質、最下層ッス」


 この九階層構造は超越者達が創ったそうだが、その最下層ですら日本で例えるなら北海道クラスの広さがあるらしいので、その力の凄まじさが分かるというものだ。


「八階層以下は悪魔でも生存が厳しいと聞いています」

「ッス。何せ八階層以下は魔力が霧散しちゃうッスし、血風もないッスからね」


 第八階層を端的に表現するなら〝墓場〟、第九階層は〝牢獄〟だ。


 特に第九階層は、踏み入った者を例外なく永遠に凍てつかせる地獄の牢獄――コキュートスとして有名だ。


 ただし、伝承とは違いコキュートスは牢獄ではなく一種の処理場らしい。


 単なる極寒の地なのではなく極限の魔法的非活性領域というべき場所のようだ。言わば、天竜界の黒い雨の氷雪版というべきか。


 送り込まれたが最期、爵位級の悪魔であっても瞬く間に衰弱し、魂まで凍てつき、そして死ぬ。二度と復活は叶わない。


「七王が限界深度である第七階層に居を構えたのは、力を示すためであると同時に番人でもあるからッス。第八階層の墓守であり、第九階層の管理者であり、そして……その先の〝禁域〟の門番でもあるわけッスね」

「地球の伝承でも語られない第九階層の更に下、か。そこが魔樹の跡地なんだな」

「いえッス」

「……今のどっちだ? イエス? それとも、いいえにッスが付いただけ?」

「否定ッス……。分かりにくいッスよね。なんて駄メイド……いっそ〝ソォ~~ナンッス〟と声色も変えて、もっと特徴的にした方が……」

「読み取れなくてごめん! カーラはそのままでいいと思うよ!」

「ええ、そうね! それより否定したのはどういう意味か教えてもらっていいかしら!」

「イエッス」


 分からない。本人的には微妙なニュアンスで使い分けているのだろうが。


 だが、だからといって某ポケットのモンスターであるソーナ○スみたいな返事をされても、余計におかしな存在になっていくというか、キャラ付けが盛り過ぎで話の内容が入ってこなくなるというか。


 なので、とにかくスルーして先を促す。


「第九階層の下に広がっているのは広大なマグマの湖ッス。そのどこに魔樹の跡地があるかは分からないッス。超越者達が周囲一帯の大地ごと移設したとか、魔樹の核だけがマグマの中を常に移動しているとか伝わっているッス」


 それだけではない。七王曰く、魔樹の跡地ないし核には、なんらかの保護がかけられていて悪魔には一切干渉できないらしい。


 超越者達は徹底して、悪魔の魔樹への干渉を防ぐ措置を取っていたようだ。第八階層と第九階層も、その一つなのだろう。


「まぁ、そもそも、世界樹の枝葉がそんな地下にあること事態がおかしいって、南雲も言ってたしな」


 かつては地上にあったはずだ。だが、羅針盤は地下を示した。


 つまり、かつて魔樹があった地上で再生魔法を使っても意味はない。〝跡地〟または〝核〟から再生しなければ、たとえ復活できたとしても、それは似て非なるただの巨大な樹でしかない。


 というのがハジメの見解だ。


「あと、分かってると思うッスけど……第九階層までと違い、その下は本当の意味での〝地下〟ッスよ?」


 如何にも、「本当に行くッスか?」と自殺志願者を見るような眼差しのカーラ。天魔と称された最上位の大悪魔ですら、やはりそう思わざるを得ない場所らしい。


「ああ、うん。なんでも地獄の地下階層は一応、人が生存できるよう環境的に保護されているんだってね。でなきゃ南雲とシアさんが地獄に転移した時、血風とか関係なく転移直後に相当ヤバい状態に追い込まれただろうからって」


 本来、地下は深ければ深いほど気圧や温度が上がっていく。空気の問題も当然あるが、生身の人間が活動できる深度はそれほど深くないのだ。


 地球における掘削の最高記録も十二キロくらい。断念の理由は、やはり地下の温度が百八十度にも達したからだとか。


 トータスの大迷宮も、その辺りの問題は魔法でクリアしていたはずだ。アーティファクトや、あるいは大迷宮自体のアーティファクト化によって。


 それでも、例えば最も深いオルクス大迷宮でも、その最大深度は十数キロ程度、あるいは十キロメートルにも届いていなかったかもしれない。


 では、地獄の階層はどうか?


 全九階層だが階層ごとの高さが大迷宮とは段違いだ。特に広い空間である五~七階層なんて、地下なのに峡谷やら火山が存在するくらいである。間の岩盤も含めれば、一階層分だけで優に五キロメートルを超えるのではないか。


 流石にマントルまで届いているわけではないだろうが、第九階層は地殻の中でも相当深い位置にあるに違いない。


 ならば、その更に下は言わずもがな。魔法的環境調整がされていない本当の地下となれば、それはまさに生命の存在を否定する死地である。


「でもまぁ、たぶん大丈夫。南雲がきっちりアーティファクトを用意してくれているからさ。こういう時、抜かりがないのが南雲だし――っと、これでOKなはずだ」


 ちょうど作業を終えたらしい。光輝が話を一度切って立ち上がる。


 自動車のバッテリーのような、ちょっとハジメらしくない無骨な造形の時間差防止用アーティファクトが真紅の輝きを帯びていく。


 かと思えば、カシュンッとな。


 一部がスライドし、次いで連続してカシュンカシュンとあちこちが動き始め、内側から盛り上がるようにして金属部品が複雑に組み合わさりながら大きくなっていく。


 光輝達が「え……?」と目を点にしている間にも、バッテリー型アーティファクトは複雑怪奇な立体パズルのように動き、変形し、組み合わさっていって……


 最終的に、アナログ時計のような物を胸元に装着し、キャノン砲を肩に担ぎ、両手にタワーシールドと大剣を備えた全長三メートルくらいの人型ロボットになった。


 取り敢えず、光輝達は声を揃えて叫んだ。


「「「「いや、そうはならんやろっ!!」」」」


 ツッコミが揃ったのは、きっとモアナとアウラロッドも日本の文化を積極的に学んだからに違いない。カーラまで揃ったのは謎だが。


 というか、天魔すら素でツッコミを入れてしまうとは……


 流石は魔神クオリティー。某トラン○フォーマー達もびっくりである。質量保存の法則とか、どこにいったの? と。


「まさか、時間差防止を物理でやるつもりか……?」


 と思ってしまうのも無理はない武装具合。


 ロボットは黙して語らず。直立不動のままだ。中身が悪魔ということもないらしい。


「あの方が考えることは常人には分からないのです。気にしないでおきましょう。その方が健全な心を保てます」


 常人ではない存在の代表と言っても過言ではない元女神が何か言ってるが、全面的に同意である。


「起動はした……んだよな?」


 ちょっと自信なさげに呟く光輝に、今度は反応があった。目がギンッと光ったのだ。そして、光輝を見た。ジッと見つめてくる。他に反応はなく、感情も意志も感じられず……


 普通に怖かった。


「よ、よし! 一つ目のお仕事完了! 魔樹のもとへ向かおう!」


 全面的に賛成だった。


 率先して踵を返した光輝に続き、モアナ達も、カーラでさえ背後をチラチラと気にしながら足早にその場を後にしたのだった。



いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


説明回でした。話が進まなくて申し訳ない。次回で光輝の夏休みは終わりの予定です。

なお、「深淵卿第二章 エピローグ 上」を修正しました。シアとハジメが第九階層から上がってきたというセリフです。六階層からにしました。


追加修正:地獄の大樹の名称を獄樹と表記していましたが魔樹に修正しました。感想欄にてご指摘くださった方、ありがとうございます!


※ネタ紹介

・ソォ~~ナンッス!

 『ポケットモンスター』のソーナンスより(ニャースから修正。失礼しました。感想欄でのご指摘に感謝!)

・アウラロッドのお気に入りの高難度死にゲー

 フロムゲーです。ダークな世界で追い込まれる感覚がゾクゾクするとか。



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― 新着の感想 ―
なってるやろがい!
とうとうトラン〇フォーマーまでやりだしたか・・・。 出来れば車でやってほしかった・・・。
In my opinion there is no right or wrong answer as to weather or not a world should be contained wit…
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