深淵卿の夏休み編 雰囲気は某バイオなヴィレッジ
大変お待たせしてすみません! 体調を崩しておりましたが、どうにか執筆できる程度には復調したので再開します。今回は少し短いですが、よろしくお願い致します!
「……なんということだ」
それなりに広くはあるが、薄暗く、埃っぽいリビングルームの中に、そんな驚愕の声が微かに響いた。
質の良さそうな黒いスーツ一式に身を固めた高身長の黒人の男性だ。三十代前半くらいだろうか。
先程まで窓枠にもたれていたのだが、今は思わずといった様子で身を乗り出し、切れ長で理知的な瞳を大きく見開いている。その視線の先には、リビングの中央を陣取るこれまた随分と埃っぽい大型ソファー上の輝きに向けられていた。
「ふっ、見たか。これぞ我が国が誇る魔神の奇跡よ」
その呟きに言葉を返したのは、ソファーに横たわっている壮年の日本人男性だった。
人生で四度も片腕を失うという希有な経験を果たし、すっかり〝腕を持っていかれがちな陰陽師〟の異名が板につきそうな土御門家の現当主・土御門健比古だ。
グレーのスーツ姿だが、上着はぼろ雑巾のようになってソファーの背もたれに引っかけられている。白のシャツは左袖がなく、他にもあちこちが無残に破れ鮮血に染まっている。出血量の多さが、どれほどの怪我を負っていたのかを如実に示していた。
未だに激痛を感じているのだろう。凄まじい脂汗を流している。だが、その顔に浮かぶのは凄まじいドヤ顔だった。
「腕の一本や二本、安いもの。我等には彼の者の加護がついているのだからな。ふふふっ」
現在進行形で輝きに包まれながら生えてきている腕をひょいひょいと振って、この程度、大したことはないとタフガイアピールをする健比古。
ベッド脇の椅子に座って、健比古の腕を再生していた浩介が「あ、ちょっと! 動かさないでくださいよ!」と抗議する――その直後だった。
「叔父様?」
底冷えのする幼い声が響いた。
健比古おじさん、びくんっと震える。まるで母に叱られる子供のような様子で、恐る恐る足下に目を向けた。
「お、お姫様……」
とても良い笑顔の主家のご息女様がいた。
「まさかと思いますが、最初から再生の力を当てにしていたが故に油断していた……なんてことはございませんよね?」
「め、滅相もない!」
「本来は命に関わる大怪我なのですよ! ヘラヘラと笑って! 何を得意げな顔をしているのですか!」
「い、いえ、これはですね……」
本当に心配したのだろう。なのに当の本人は、駆けつけた当初から妙に演技がかったタフガイな言動を取っており、実際、
「フッ。愚息め。この程度どうといこともないというのに、お姫様に連絡するとは……」
とか、
「申し訳ございません。せっかくのご旅行中に、このような些事で呼び出してしまい。なぁに、腕の一本程度、かすり傷ですよ。ふふっ」
とか、あきらかにやせ我慢していると分かる脂汗たっぷり、今にも死にそうな真っ青な顔で軽口を叩くのである
どう見ても大丈夫じゃないのに。実は片腕の欠損どころか他にも無数の深い傷があって、まさに満身創痍。出血量的に普通に瀕死レベルだったのに。
それはお姫様も頬をぷっくり膨らませてしまうというもの。
「だいたいですね! ここ最近の叔父様は見栄を張りすぎです!」
「み、見栄? いえ、そんな、私はですね……」
「虚勢を張っているという意味ではありませんよ? 無理をしすぎという意味です! 明らかに許容量を超えた物事に限界を超えて対応しようとしすぎです! 自己犠牲がすぎるのです!」
「そ、そのようなことは……」
「ございます! 陰陽寮が発足してからというもの、一度もお休みを取られていないこと知らないとでも思いましたか? 何度もお休みくださいとお伝えしているのに! 案の定、最近は任務中に怪我を負うことも増えたとか!」
「そ、それは、その……」
「責任感が強いところは叔父様の美徳。すぐ仕事を抜け出して競馬に走るお父様に見習ってほしいくらいでございます。しかし、それにも限度があります! しかも、今回は少し毛色が違うようですし?」
「え?」
「どうせ他国の方にわたくし達が下に見られぬようにと、似合わない言動を取っていたのでしょう? 実際、今もそうですし!」
「……に、似合わない言動……」
おや? 叔父様がしゅんっとしてしまった。陽晴の推測は間違ってはないのだろうが、案外、本人的には格好いいと思ってやっていたようだ。
黒人男性は、合流直後に簡潔に正体を明かし合った際、米国側のエージェントであると名乗っていた。
その彼を意識しているようでもあるから、この国に来訪して彼と接しているうちに、ちょっとハリウッド俳優的な言動をしてみたくなったのかもしれない。
なので、十歳の姪っ子から言葉のストレートパンチを受けて、大変居たたまれない様子。
「心遣いは嬉しく思いますが、無理をしすぎです! もう少しご自愛ください。叔父様にまで万が一の事があったら清武兄様がどれほど傷つくか。わたくしだって……本当にもうっ。どれだけ心配したと思って――」
くどくど、くどくど。十歳の少女にガチ説教されるおじさんの姿が、そこにはあった。
いつの間にか、ソファーの上で正座していらっしゃる。「はい……はい……」と肩を落として頷く姿に、先程までの気取ったタフガイの雰囲気は皆無だった。
エージェントの男が、先程までとは違う意味で唖然としている。この様子だと、健比古おじさんのタフガイアピールは成功していたのかもしれない。
「ま、まぁまぁ、陽晴ちゃん。それくらいに、ね? ちょうど治療も終わったし、緋月達も戻って来たし」
再生魔法が込められた黒手袋を外しながら、我が事のように居たたまれない様子の浩介がなだめにかかる。
「それに、そろそろちゃんと自己紹介と状況整理をしないと」
「あ、そうでございますね。申し訳ございません、つい」
熱くなっていたことを自覚して、少し頬を染めながら引き下がる陽晴。健比古にも「ごめんなさい、叔父様」と照れくさそうに目を伏せる。
本気で心配したからこそと分かっている健比古も、この時ばかりは、分家の当主と主家の姫という立場より、叔父と姪の関係に心を傾けて微苦笑しつつ、取り戻した手で陽晴の頭をぽんぽんっと撫でた。
直後、浩介の言う通り、玄関前の木製テラスを踏み締めるギィッという音が耳に届いた。とある理由で外に出ていた者達が戻って来たようだ。
「愛しの君。今、戻りんした」
バキッとドアノブをうっかり粉砕しながら玄関の扉を開けて(?)、身長を百七十センチくらいに調整した緋月が入ってくる。
その後にヴァネッサと朱、クラウディア、そして清武と見知らぬ若い白人の青年が続いた。
若いブロンド髪の白人青年は、エージェントの男とお揃いのブラックスーツの乱れも気にした様子なく、というか気にする余裕もないといった様子で顔面を蒼白にしている。
恐怖、驚愕、困惑……いろいろな感情が飽和してしまって、もう何も考えられないといった雰囲気だ。
「親父! 無事か!?」
清武が小走りでソファーに駆け寄る。父親の体に傷がなく、腕も戻っているのを見て直ぐにホッと表情を和らげたが。
「ああ、心配かけたな、清武。……遠藤君、改めて救援に感謝するよ。命拾いした」
タフガイアピールはやめたらしい。浩介達がよく知る生真面目そうな雰囲気で丁寧に頭を下げる健比古。これにはお姫様もにっこり。
エージェントの男が、どこか覚束ない足取りで近寄ってきたブロンド髪の青年を気遣っているのを横目に、清武も浩介に頭を下げた。
「俺からも礼を言わせてくれ。親父を助けてくれてありがとう。よく考えれば、支給してくれている回復薬を使えば命に別状はなかっただろうし、そうでなくても分身体の方に連絡すれば良かったんだが……はぁ、自分の未熟ぶりが嫌になる」
「いやいや、それじゃあ欠損までは治せないですし、遠慮せず呼んでくれて良かったっすよ、マジで。尋常じゃない事態みたいですし、ね」
反省した様子の清武だが、浩介は苦笑しつつ首を振った。
ついでに、改めて周囲を見やる。
古い家だ。家電の類いがあまりなく、家具も随分と古めかしい。一応、電気は通っているようだが、随分と使い込まれたロウソクと燭台が置いてあって、住人の生活スタイルも現代的なそれとは異なっているだろうことが垣間見えるようだった。
ちょっとしたタイムスリップを感じさせる古めかしい家に人の気配はなく、数ヶ月、あるいは数年は家人が留守だったかのように埃っぽい。
そんな古めかしい家の中には、一際、異彩を放つ物があった。
祭壇……だろうか。現代の家ならテレビが置いていそうな壁際に、随分と凝った意匠の木製の棚があり、そこにはロウソクに囲まれた奇妙な像が置かれていたのだ。
泡立った無数の胞子で象った人型に見えなくもない何か……としか言いようのない木製の彫り物だ。
見ているだけで無性に不安を掻き立てる不愉快な彫像から視線を逸らして外を見やる浩介。
昼過ぎだが曇天のせいで薄暗く、見える風景も枯れ木と寂れた石垣、この家と同じく年季の入った古ぼけた家屋ばかり。
遠目には鬱蒼とした森が見えるが、だからこそ、この村の中だけ緑一つ見えないことがなんとも不気味だった。
森の奥の、一昔前のホラー映画に出てきそうな陰気で寂れた村……
それが、浩介達が駆けつけた場所だった。
「すまない、ミスターエンドウでよかったか? 外の状況は……奴等は、どうなった?」
未だに震えて、壁際の椅子に座り込み頭を抱えているブロンド髪の青年を横目に、エージェントの男が尋ねてくる。
どうやら、青年の方はまともな報告もできない精神状態らしい。
「一応、大半は無力化しましたし、大雑把にですけど村全体を確認しましたが他に奴等はいないようです。なので、ひとまずの安全は確保できたと思いますよ」
「無力化……? 殺してはいないということか?」
「ええ、正体が分からないので……念のため」
「そうか……そんな余裕まで……」
「意識を奪い、広場の中央に大穴を空けてそこに閉じ込めています。今も俺の分身が見張っているので大丈夫ですよ」
「ぶ、分身……ニンジャは実在したのか……助けてくれた時のあれは見間違いじゃなかったのだな」
彼は米国側の対超常現象部署のエージェントだが、それほど超常現象に詳しいわけではないのだろう。元々、だからこそ日本に技術的協力関係を望んだのだし。
あまりにも常識外の、それこそ創作世界の出来事が次々と目の前で起こって理解が追いついていないようだ。必死に呑み込もうと深呼吸している。
落ち着くのを待つ意図もあって、浩介は窓に近寄って屋外に視線を巡らせた。そして、顔をしかめた。
浩介の視界に映ったのは、凄惨で、不気味で、苦い気持ちが込み上げる光景だった。
今いる家屋の玄関前に遺体があった。幾つもの遺体が点々と。
ただし、それを〝人〟と呼ぶべきかは議論の余地があるだろう異常な遺体が。
「あれらはいったいなんなのでしょう? 本能的といいますか、知性がまるで感じられなかったのです。会話もできませんでしたし、仲間が死んでも気にする様子も、それどころか怯える様子もなく……おまけに人を食べるなんて……まさに怪物です」
クラウディアが、浩介と同じく顔をしかめながら問う。
「古今東西、人を食う怪物の話はいくらでもある。あの見た目からすると……西洋の伝承で言うところの食人鬼が一番近い印象だったが……」
朱が考え込みながら呟いた通り、健比古達を襲ったのは人を食う怪物だった。
鱗のようなものに覆われ鋭く尖った爪、ひづめ状の足、異様に発達した顎と歯、崩れたように歪んだ顔……
皮膚はゴムのような質感でカビでも生えたような色合いをしていた。
何より怪物じみていたのは、明らかに腐った色合いの人間の一部を、まるで携帯食のように貪っている個体が何体もいたこと。
おそらく、既に犠牲になった人達がいるのだ。
「この村の生存者を発見できなかったことを思えば、あれらは……ふぅ。マナミさん達を残してきたのは正解でしたね」
珍しくも沈鬱な表情のヴァネッサが頭を振った。
そう、この場に真実はいない。エミリーとアジズ、ラナもだ。
何が起こっているのか分からない戦場に、いくら浩介達がいるからといって非戦闘員を連れて行くべきではないと残ってもらったのだ。漢女神という最強の護衛がいる妖精界の方が安全だと。
また、星間列車に乗って向かっていた先は、日本の神(の想念から生まれた神格達)の領地ならぬ領星だ。
流石にドタキャンは不味かろうと、ラナも自主的に残ってくれたのだ。正妻としてご挨拶と事情説明をしておくから、と。
その配慮と判断は、結果的に正解だったろう。
腐肉を食らう怪物が溢れる場所に、エミリーはともかく、真実を連れてきていたら〝鎮魂〟を連発する必要があっただろうし、そうでなくてもトラウマになっていただろうから。
閑話休題。
「それで、ええっと……確か、ジェイさん、でしたっけ?」
「あ、ああ。すまない、取り乱して。改めて名乗らせてもらおう。MCBのエージェントJだ。そっちは私の相棒であるエージェントK。救援、感謝する」
「んんっ、やっぱり気になりすぎるワードがたくさんッ」
握手に応じながらも、黒人男性――エージェントJと名乗った彼にツッコミを入れたくてうずうずしちゃう浩介。
それは某宇宙人と戦う秘密組織の黒服エージェント達の映画を見たことがない緋月と陽晴ちゃん以外の全員が同じらしい。いや、健比古と清武は「分かるっ。ツッコミ入れたいよね! 分かるぅ!」と、後方腕組みしながら頷いている。
「あ、あの、それって本名……」
「もちろん違う」
「ですよねぇ!」
エージェントJさんが、ちょっと恥ずかしそうに目を逸らしている。浩介達の言わんとするところは察しているらしい。彼も映画は見たことがあるようだ。
「フッ、米国も中々ユーモアのある人物がいるようですね? 新設の部署とエージェントにそのような名称をつけるとは……」
「ふふ、ですね。宇宙人がもたらす事件も、超常現象が絡む事件も、まぁ広義では同じようなものですし、ね?」
「しかし、Jか……ふっ、主人公と同じコードネームとは。以前はニューヨーク市警の警官だったりするのか?」
ヴァネッサ、クラウディア、そして意外にも朱まで揶揄うようなニヤニヤ顔で、居心地の悪そうなエージェントJを見やっている。
途端にエージェントJは不機嫌そうな顔になって反論した。
「政府の組織だぞ? 誰が好んで、こんなふざけた名称にするか」
いや、実際にしてるじゃん……という浩介達の視線に、エージェントJはジト目になりながら言った。
「技術提供の条件の一つだ。……そちらの魔神殿の指定だぞ」
「南雲ぉっ」
浩介は両手で顔を覆い、クラウディアと朱は視線を逸らし、ヴァネッサは「流石は彼のお人! そこに痺れる憧れるぅっ」と拍手喝采した。
どうやら、米国の超常現象対策部署に、そんなユーモアたっぷりなネーミングを強要したのは我等がボスだったらしい。
ちなみに、MCBとは〝魔法的現象対策局〟の略称らしい。割と無理がありそうな名称なのは、もちろん、本当はMIBにしたかったからだ。しかし、流石に同じにするのは著作権的にどうなのだろうと配慮した結果だとか。
どこに配慮してんだよ……と思わずには居られない浩介達だった。
「まぁ、そのふざけたこだわりのおかげで、氣力やら魔力やら特殊なエネルギーだけを吹き飛ばして覚醒者等を無力化できる特殊な銃や、記憶に干渉できる道具を供給していただけたのだからなんとも言えないのだが」
そう言って、懐から見覚えのあるSFチックな銀色の銃と、試験管のような筒状の道具を取り出すエージェントJ。
そこまでやるか……いや、実際に超常現象関連に対応するなら、特殊な力を持たないエージェント達には最低限必要な道具ではあるだろうけども……と、少し引き攣り顔になる浩介達。
なお、供与したニューラ・○イザーは、ニューラ・○イザー・リミットといい、いろいろ悪用されないようセーフティや感知機能がついているので、ハジメのそれと同じというわけではない。
「なんか……うちのボスがすんません」
思わず謝っちゃう浩介。しかし、エージェントJは軽く首を振ると、
「いや、ネーミング程度で超常的な事件に対応できるなら安いものだ。まして、今は時間がないらしいが、来年か再来年は特殊車両も卸してくれるらしい。しかも、映画で言うなら2作品目や3作品目のバージョンだ。……ふふ、ゲームなど何年もしていないが、今のうちにジョイスティックの扱いを練習しておかないとな」
なんかすっごくウキウキした様子で、そんなことを呟いた。某映画の車両は確かに変形したり空を飛んだり、その際、操縦をゲームのコントローラーでやったりするが……
案外、悪い気はしていないらしい。というか、まんざらでもないらしい。
「もしかして、Jさん……あの映画、結構好きだったり?」
エージェントJは、またも視線を逸らした。好きらしい。
浩介達の視線が凄く生温かくなった。
咳払いをして取り繕うエージェントJ。
「ごほんっ。それより、事情説明だ。と言っても、こちらも何がなんだかといった有様なんだが……」
「でしょうね……」
浩介は思い出す。ここに駆けつけた時のことを。
ハジメの持つクリスタルキーのような便利なものはないので、妖精界からフェアリーゲートのある遠藤家へ転移、その後、健比古達が万が一に備えて所持を許されていた〝ゲートホール〟を目印に普通の〝ゲートキー〟で転移してきた直後のことである。
浩介達がまず見たのは、村の、おそらく中央だろう。少し離れた場所に家屋が並ぶ開けた場所で必死に止血をする健比古の姿だ。
次いで、その健比古を庇うようにして〝虎型の式〟を操る清武、背中合わせになってハンドガンを必死の形相で連射するエージェントJとK、そして、そんな彼等に襲いかかる無数の〝人間モドキ〟――仮称〝グール〟だった。
驚きはしたが、ともあれ健比古が危険な状況である。
エージェントJ達が困惑しているのに乗じて、命の別状がなくなる程度に健比古を癒やし、分身体を残して緋月達とグール対応を引き受けたのだ。
この際、グールの群れに襲撃される前に無人の村を探索していた清武と、他国の者だけに任せておくわけにはいかないとエージェントKが残った。
健比古ほどではないが、エージェントJも酷い怪我をしていたからだ。
その後、本体の浩介と陽晴は、広場から追いかけてきた少数と村はずれにいた数体のグールから健比古とJを守りつつ、ひとまず落ち着いて治療できる場所へ移動したのである。
陽晴が一緒なのは治療中の浩介を邪魔させないよう家屋ごと結界で守るため。それと、とある理由から危機感に対する陽晴の優れた直感力が有用だと判断したためだ。
ゲートを使って適当な場所に転移しなかったのも、そのとある理由からである。
「まずは、ここがどこなのか、どうしてここに来ることになったのか、その辺りからお願いできます? たぶんここ、都市部からだいぶ離れてますよね? 正式な協力は俺達が来てからのはず。健比古さん達はあくまで事前準備で来ていたはずですし……」
「ああ、君の言う通りだ。承知した。一から説明させてもらおう」
浩介が視線でソファーに促す。同時に、〝宝物庫〟からペットボトル飲料を取り出した。
途端に喉の乾きを思い出したのか、エージェントJとKのみならず、健比古と清武の視線も吸い寄せられる。
感謝を告げてから一気に半分ほど飲み干すエージェントJ達。
乾きが癒えて人心地ついたらしい。ふぅっと少し力が抜けたような雰囲気で息を漏らした。そうして、
「事情説明にあたっては、まずMCBの内部事情から説明すべきだろう。身内の恥をさらすような話だが……」
実際に恥じ入るように目を伏せて、エージェントJはここに至る事情を話し始める――
その寸前だった。
「お? 誰か来る?」
「なに?」
浩介が唐突に反応した。肩越しに振り返り、窓の外を見やる。方角的に広場とは逆方向から何者かが近づいてきているらしい。
「ふむ。車で村に入った者がおりんすな?」
「村人でしょうか?」
同じく感知した緋月が窓辺に寄り、陽晴が期待のこもった声音を漏らした。
「MCBの援軍の可能性も?」
「いや、それはない」
ヴァネッサが別の可能性を口にするが、エージェントJが否定する。
では、やはり住人か……? まさか怪物の仲間が車を運転してくるとは考えづらいし……と顔を見合わせている間にも自動車のエンジン音が聞こえてきた。
「異国の男、一人のようでありんす」
車が少し離れた場所で止まった気配が伝わってくる。ついで、車のドアを開き、バタンッと閉じる音も。
「連中の死骸を見て驚いているようでありんすな。おや、今、目が合いんした」
にっこり笑って手を振る緋月。
「? おや、このわっちが笑いかけてやったといいんすのに、なぜ険しい表情に? おやおやおやぁ? こっちに来んす。愛しの君、男は銃を持っておりんすよ?」
「銃? いや、こっちの国だと別に不思議じゃない、か?」
「悠長なことを言ってる場合か!」
エージェントJが普通のオートマチックピストルを抜き、ソファーの後ろに身を隠す。Kも同じく緊張した様子で壁際に身を寄せ、銃を抜いた。
ヴァネッサ達もそれぞれ警戒の様子を見せ、緋月もさりげなく陽晴の前に陣取った。
浩介が立ち上がり、玄関の方へ歩み寄る……
直後、銃を持った正体不明の来訪者から、扉越しにビリリッと腹の底に響くような怒声が叩き付けられた。
「開けろ!! デトロイト市警だ!」
「んんっ、またしても琴線に触れるワードぉっ!!」
一度は生で聞いてみたい、某プレイヤーの選択で結末が無数に分かれる超絶名作ゲームの有名なセリフに震える浩介。
なにはともあれ、だ。
「あの、開いてますけど……」
扉は閉めているが、別に鍵をかけているわけじゃない。なので、そう伝えてみる。
「ドアノブがないっ」
なるほど、それは蹴り破りでもしない限り入れない。
浩介達は一斉に視線を転じた。ドアノブを破壊したうっかりさんを。
「……そんなに見つめられたら照れてしまいんす♪」
悪びれた様子もなく、しかし、一応自分が原因とは分かっているので、緋月はしゃなりとした動きでドアを開けにいったのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
筋肉痛と同じで、風邪の治りが年々遅くなっている気がします。もう歳だなぁ…
※ネタ紹介
・グール
『クトゥルフ系神話』の食屍鬼がモデルです。あくまでモデルであり同じではありません。
・某バイオなヴィレッジ
ゲーム『バイオハザード・ヴィレッジ』の舞台となる村が今話の村のイメージです。もう少し物々しさがない感じですが。
・MIB
映画『MIB』より。プレイステーションのコントローラーで空飛ぶ車を操縦するの最高にテンション上がりました。宇宙パグ犬のフランクが一番好き。
・開けろ! デトロイト市警だ!
ゲーム『デトロイト ビカム ヒューマン』より。記憶を消して何度でもやりたくなる名作。いろんな実況者さんの配信を見るのも面白いですね。




