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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅥ
517/550

閑話 その頃、地球では ②




 ハジメ達が異世界旅行に出発した、まさにその日。


 夏の日差しが眩しい高速道路を一台の有名な高級車が走っていた。黒塗りのセダンタイプで、いかにも頑丈そうだ。


 そんな車が後ろから結構な速度で迫ってくれば、一般的なファミリーカーを運転する側からすれば気になってしまっても仕方がない。


 夏休みに入って早速の家族旅行に向かう道中にあるお父さんは、バックミラーをチラッと確認した。左車線だし特に速度が遅いわけでもないので問題ないはずだが……


 黒服で目つきの悪い美人が見えた。鏡越しなのではっきりしないが、なんか凄まじく不機嫌そうな表情をしている、というとオブラートに包みすぎか。普通に二、三人くらい殺っていそうな顔付きである。


 黒塗り高級車に堅気には見えないブラックスーツの運転手……


 あ、これ関わったらダメ系の人達が乗ってる車だ……と確信する一家のお父さん。


 高級車はスッと車線変更し、そのまま横を通り過ぎていく。何事もなく追い越してくれと少しばかり緊張していると、後部座席の息子が「あ」と声を上げた。


「お父さん! お父さん! なんかすっげぇえっちなお姉さんが乗ってる!」

「こらっ、なに言ってるの!」


 助手席の奥さんが子供を注意するが、その時には高級車の後部座席部分がちょうど運転席と横並びに。なんとなくチラッと見てしまうお父さん。


「あ、ほんとだ! なんかすっごいエッチなお姉さんが乗ってる!」

「あなた……?」


 思わず口に出してしまうほど、そのお姉さんはなんかエッチだった。


 白髪で和服姿の女性だ。それだけでも非現実感があるのに、十人中十人が納得するだろう美人である。しかも、なんというかこう、走行中の車越しでも分かる妖しい色気があった。怖気を震う感じというか、本能が警鐘を鳴らしても目を離せなくなるというか……


 何より、和服の着こなしが問題だった。肩は完全に露出。大層立派なお胸が今にも零れ落ちそうなくらい下の位置で着ているっぽい。


 子供の視線の高さだとちょうどドアの縁が邪魔になって、上半身裸にすら見えたかもしれない。それは息子も「エッチなお姉さん!」と叫ぶはずだ。


 その見た目も雰囲気もエッチなお姉さんは、父息子の視線に気が付いてか、流し目を送ってきた。口元にはフッと笑みが。


 なんだかカーッと体の芯が燃えるような感覚に陥るお父さん。&性癖が歪む危機に瀕する息子。


「二人共」

「「!?」」


 危険な迫力が感じられた。助手席から。冷や水をぶっかけられたみたいにハッと我に返る。


「次のサービスエリアで休憩しましょう。……少し話したいこともあるし」

「「あ、はい」」


 父と息子は真っ直ぐに前を見た。決して助手席には目を向けない。旅行の初日は、どうやら、奥さん(お母さん)の機嫌を取り戻すところから始まるらしい。






「という感じになってはありんせんかね? フフフッ」


 なんてことを口にしながら、エッチなお姉さんこと酒呑童子――真名を夜々之緋月(ややのひづき)は妖しげな笑みを浮かべた。


 そして、その手を隣に座る者の太股にツツ~~ッと這わせる。ビクッと震える様に目を細め、唇をペロリ。


 その手がベチンッと叩かれた。


「緋月。無闇やたらと誘惑するのはやめなさいと何度言えば分かるのですか?」


 苦言を呈したのは、後部座席の反対側にちょこんっとお行儀良く座っている、巫女服に身を包んだ女の子――藤原陽晴(ひなた)だ。


「それはどっちの意味でありんしょう? 愛しの君への、という意味なら知ったことじゃありんせんと言わせてもらいんす♪」

「あ、こらっ、はしたない! またそうやってしなだれかかって!」

「羨ましいなら羨ましいと言えばいいでありんしょう?」

「べ、別にそのようなことは思っておりません! そもそもそういうことはですね、きちんと結婚してから……ってそういうことではなく! 他の方々を惑わすのをやめなさいと言っているのです!」

「まぁ! 酷い言いようでありんすね? わっちが愛しの君以外に色目を使っているだなんて……愛しの君? 陽晴があらぬ疑念を植え付けようとしていんす。とんだ腹黒でありんすね? どうかお気を付けてくんなまし?」

「誰が腹黒ですか! ああもぅ! そうやって直ぐに、む、胸を押しつけない!」

「嫉妬でありんすか? ククッ、ないものはどうしようもない。諦めなんし♪」

「っ! っっ!! 緋月! 貴女という人は! いえ、鬼は! 退治しますよ!」


 姦しいやり取りが車内に響く。ニヤニヤと完全にからかいモードに入っている緋月に、陽晴は顔を真っ赤にして身を乗り出す。


 そう、間に挟まれている浩介の膝の上に。


 左側には自分の腕を胸元に埋めるようにして抱き付いてくる緋月。右側には涙目で「遠藤様も何か言ってくださいませ!」と訴えてくる陽晴。


 陽晴の片手がちょっと危ない位置に置かれている。緋月を引き離さそうと、もう片方の手でペシペシしているので、体重を支えるその手がグリグリしてくる。


 もちろん、陽晴ちゃんのことだから狙っているはずはない。だが、無意識だからこそ「ちょっとそこグリグリはまずいから離れてくれる?」とは言い辛い。というか絶対にお互い気まずすぎる感じになるので言いたくない。


 なので、そういう状況に導いた鬼女さんに注意する浩介。


「うん、まぁ、これから仕事なわけだし、緋月、ちょっと離れてくれる? 流石に密着しすぎというか、ね?」

「! 酷い……愛しの君は、もうわっちに飽きんしたか? 昨日はあれほど激しくまぐわったといいんすのに……」

「言い方ァッ!!」

「遠藤様……?」


 陽晴ちゃんが信じ難いものでも見たかのような目を向けてくる。


「ち、違う違う! 誤解だよ、陽晴ちゃん! 訓練に付き合ってもらっただけだって!」

「あ、そ、そうですよね。ええ、分かっていますとも。遠藤様に限って、そのようなことを軽々しくするはずが――」

「いったい幾度脱がされ、わっちの弱い部分をなぶられたか……」

「遠藤様!?」

「脱がしてない! 脱げたんだ! いや、あれはもはや脱いだんだ! そもそも伝説の鬼に弱い部分なんてあるわけないでしょ!」


 戦闘訓練中、緋月が脱いでいた事実は変わらないらしい。陽晴は、不可抗力――というかだいたい緋月が悪いのだろうと察しつつも、複雑な乙女心から「うぅ」と浩介へ言葉にならない不満を訴える。


 そうすれば、やはり無意識だろうが余計に身を乗り出してしまい、胸元に抱きつくような形に……


「というか陽晴の方こそ少々はしたないのではありせんか? そんなに密着して、フフッ」

「? !!? ッッ!! ――遠藤様、申し訳ございません。これは少し勢い余ったといいますか、決して下心があってのことでは……」


 キョトンとし、浩介を見上げ、その近さにボンッと赤面し、そそくさと座り直す陽晴ちゃん。一生懸命取り繕っているが、首筋から耳の先まで真っ赤である。


「分かってる分かってる。緋月も陽晴ちゃんが可愛いのは分かったから、それくらいにしとけって」

「おやまぁ! 愛しの君はたらしでありんすねぇ。まさか追撃なされるとは」


 陽晴の反応が可愛くてからかうのが最近の趣味になっている緋月であるから、そういう意味で注意したのだが……


 この状況での〝陽晴ちゃんが可愛い〟は確かに追撃だった。ワッと両手で顔を覆ってしまう。


 それにカラカラッと快活に笑い、実に満足そうに座り直す緋月。


 ほっと一息吐きつつも、モジモジしている陽晴になんと声をかけるべきか、ちょっと悩んでしまう浩介だったが……そこで、ボソッと声が響いた。


「死ねばいいのに」

「! なんてこと言うんだよ、(シウ)さん!」


 ドストレートな暴言を吐いたのは運転手を務めている元影法師のエージェント――朱だった。バックミラー越しに朱と目が合う。不機嫌を通り越して光を失っていた。


「なぜ、この私が貴様等の送迎などせねばならんのだ? いつから藤原家の使用人になった? そのうえなんだ。出発してからというものずっとずぅ~~~っとイチャイチャイチャイチャしやがって。あぁ、(リーウ)、情けない姉を許してくれ。帰りは私一人かもしれん。任務のどさくさに紛れて、こいつら全員呪い殺さない自信がない……」

「なんかごめんね! 騒がしかったよね!」


 朱さんのやさぐれ具合が半端ない。


 なお、朱さん、本来なら今日は非番である。いきつけの〝粉もん系の店〟巡りをする予定だった。最近忙しくてコンビニ飯になりがちだったので、とても楽しみにしていたのだ。


 明日は初めてのトッピングに挑戦してみるぞぉ~っと、ウキウキだったのだ。深夜に電話が鳴るまでは。悲しきかな、国家のイッヌ。


 つまり、こうして陽晴達の任務に付き合って送迎役なんてことをしているのは、ひとえに本国からの指令に則った行動ということだ。


「おまけに、こいつらとの友好関係をアピールせよ、なんてっ。くっ、いっそ殺せ!」


 実は、これから行く現場には超常現象に関する協力体制を締結した米国からの派遣員が前乗りしている。


 帰還者は当然、彼等を除けば間違いなく日本最強の術者である藤原陽晴と、中国からの派遣員である朱の間に確執があるなどと間違っても思われてはいけない。むしろ、親密であると思わせるべき。


 というのが本国からの指令なのだ。


「はは……覚醒者関連の騒動は落ち着いても、超常現象関係の各国の動きはむしろ激しくなってるからなぁ。少しでも自国を有利にするために。朱さんも大変だなぁ」

「くっ、人事のように!」

「割と露骨でございますね。我が家にも見合いの申し込みが殺到しているようです。様々な国の大企業の方々から」

「表向きは経済とか政治的な結びつきを求めてなんだろうけど……確かに、あからさまだな。主に米国の企業だろうし」

「お、おい! 無視するな! 私がどんな思いで――」

「ええ、藤原の血を欲しているのでしょう。……あ、あの、遠藤様。どうか誤解なさらないでくださいね? わたくし、他の殿方との見合いなど、どのような理由があろうとお受けする気は毛頭ございませんから!」

「え? あ、ああ、それは、うん。えっと、ありがと?」

「はい! お母様からも全部断るから安心していいと言われております。その……娘にはもう藤原家も認めている心に決めた殿方がいるからと」

「うん、なんだろう。着実に外堀埋めにきてるよね? 最近、千景さんも大晴さんも、うちの両親と仲良くしてくれてるみたいだし……」

「はいっ、わたくしもお義母様とお義父様には良くしていただいていますっ」

「こ、こいつら、私を放って……くっ、絶対に呪ってやるっ」


 ある意味、賑やかな車内はさておき。


 実際、各国の超常現象に対する対策対応は激化の一途を辿っていた。裏の世界は激動の時代と言えるだろう。静かなる裏の情報戦争というべきか。ちょっとしたスパイ合戦状態だ。


 藤原家は言うに及ばず、実は帰還者にも各国からのハニトラ要員が頻繁に送り込まれていたりする。


 見た目は完全な人間型ゴーレムin悪魔さん達が現代地球を存分に楽しみながら守りについているので問題はないが……


 いや、一部、某中野信治と某斉藤良樹なんかは嬉々として罠に飛び込んでいるようなので問題かもしれないが、一応、情報はもらしていないようなのでギリセーフ?


 そのうちやらかしそうで怖いが。


 閑話休題。


「ククッ、そういうお前さんも、実は愛しの君を狙っていんせんかぇ?」

「! 馬鹿なことを言うな。あるわけないだろう」


 陽晴がバッと(シウ)を見やる。朱さん、先程までの荒ぶる不機嫌さが嘘のように鎮まっていた。真っ直ぐ前を見て真面目に運転している。怖いくらいの真顔だったが。


 あ、これ絶対嘘だ。と誰もが思った。


「……考えてみれば当然ですね。対外的に友好関係を示す最も効果的な方法です。シウさんに、そういう指示が来ていない方がおかしい……」

「あるわけないと言っただろう」

「最近、少し遠藤様との距離感が近い気がしないでもありませんし……というか、先日、一緒にお好み焼きを食べに行ったと報告がありましたし……」

「なぜそれをっ、いや、あれは任務中のただの栄養補給だ! 他意などない!」

「っていうか待って。報告って誰から? ねぇ、陽晴ちゃん、誰から報告されたの? 監視されてたの? ねぇ、陽晴ちゃん。ねぇってば!」

「シウさん。祖国に誓って、そう言えますか?」


 袖を引っ張ってくる浩介に少し悶えつつも、陽晴ちゃんは鋭い眼光をバックミラー越しに朱へ向けた。


 朱さん、唐突に窓を開けて「今日は風が気持ちいい――あっつ。熱気すごっ」と顔をしかめて直ぐに閉じた。


 なんとも言えない空気が漂った。


「ええっと、朱さん? 俺としてはですね……」

「くっ、殺せぇっ」

「まだなんも言ってないけど!?」


 いろんな不満が溜まっていらっしゃるのか。ハンドルにかじりつくみたいに前のめりになって、またも死んだ目になってしまう朱さん。


 小さな声で「私、この任務が終わったら〝お前の味覚を変革してやる。超超超スペシャル爆盛り贅沢玉~二度と他のお好み焼きは食べられない~〟をドカ食いするんだ……」と聞いているだけで狂気に陥りそうなネーミングを呟いている。


 そんな彼女の内心はともかく、高速道路である。ハンドル操作を誤られても困るので、浩介達は顔を見合わせ無言のうちに「そっとしておこう」と了解し合った。


「にしても、今から行く現場。報告書を読んだけど……えぐいな」


 話題の転換を図った浩介。気まずさもあったが、実際に気になっていたことでもあるのだ。


「ええ、本当に……」


 陽晴も表情を改め、沈痛な雰囲気になる。


「山間部の過疎った村とはいえ、全員……約三十人の怪死事件か。何があったんだか」


 そう、それが今回の事件だ。


 現場はいわゆる限界集落。親戚と連絡がつかないと一般人が様子を見に行き発覚した。村の集会場で全員が息絶えていたのだとか。


 当然、警察が動き、そしてその奇妙さに首を捻ることになった。外傷が皆無だったのだ。それどころか薬物も検出されなかった。


 まるで自然死。唐突かつ一斉に心臓が止まったかのような死に様だった。


 村一つが消えるような集団怪死事件である。表向きはガス漏れによる事故死とされたが、死因は不明。当然、報告を受けた陰陽寮が動いた。


 しかし、原因は分からず。


「服部さん曰く、最近、他の国でも怪死事件や失踪事件が増えてるみたいだし、ついに日本でもってなれば、そりゃあ俺達に調べてくれってなるよな」

「ええ。それだけではなく、米国では、細かな点は異なれど、いわゆる終末論を唱える新興宗教も増えているようです」

「……米国だけではない。我が祖国でも増加しているらしい」


 朱さんが姿勢を正した。任務の話となれば途端にプロの顔になる。元が美人なだけに、それだけで空気がヒリつくようだった。


「世界各地における覚醒者の事件に、超常現象や異常気象。人々が不安になる気持ちは分かる。科学的に説明が困難な現象を、人はただでさえ大袈裟に語りたがるものだからな」

「しかり。それこそわっちらのような存在に形と命を与えてしまうほどに」


 袖で口元を隠すようにしてフフフッと妖しい笑みを浮かべる緋月。


 人間の思想や想像が膨らめば膨らむほど、それは想念という名の妖魔の命になっていくのだから、酒呑童子という伝説の妖魔の一角からすれば歓迎すべきことなのだろう。


 それこそ、平安時代のように病気さえ妖魔の仕業と考えられていた時代が戻ってきたかのような懐かしさを覚えているのかもしれない。


「そんなだから、俺達に調査依頼が来るんだぞ。科学的に説明がつかない事件イコール妖魔の仕業では?って。なんせお前等といったら、怪奇系の事件が起きて世間が騒げば騒ぐほど揃いも揃って喜ぶんだもんよ」

「妖魔の(さが)でありんす。どうか許しておくんなまし? 愛しの君」

「ええ、妖魔とはそういうものです。遠藤様、以前から申しておりますが、努々お気を許さぬよう。まして、色香などに惑わされてはいけませんからねっ」

「う、うん、気を付けるよ」


 むんっと再び身を乗り出してくる陽晴から微妙に視線を逸らしつつ、苦笑を一つ。


「まぁ、実際のところ妖魔の仕業とは思えないんだけどなぁ」

「なぜだ?」


 バックミラー越しに、朱が鋭い目を向けてくる。どうやら彼女は妖魔の仕業である可能性が高いと思っているようだ。ずっと、そういう事件や存在と戦ってきた組織の一員だからだろう。


「いや、以前ならともかく、今は南雲がいるし」

「む……それは……そう、だな……」


 地球のエネルギーを掌握している魔神。そう、魔神だ。妖精界からすれば、王樹の女神たるライラより、ハジメこそが地球の管理者。神である。


 そのテリトリーを積極的に荒らすとは、しかも魔神の故郷の地たる日本で好き勝手に我欲を満たそうとするとは、ちょっと思えない。


 まして、ハジメ達は現在、世界樹の枝葉を復活させる計画の真っ最中だ。


 世界がかつての姿を取り戻す。それすなわち、彼等の生命線たる想念の流れが元に戻っていくということ。


 協力こそすれど、わざわざ不興を買うようなことをするとは思えなかった。


「ま、ここで考えても仕方ないけどな。まずは現場を確かめないと。来週には俺達も妖精界に旅行に行くし、妖魔の仕業かどうかはその時に確かめればいいしな」

「そうでございますね。ふふ、妖精界への旅行、楽しみですっ」


 重苦しい雰囲気が晴れた。陽晴のキラキラと輝く子供らしい笑顔で。


 本当はミュウのことが少し羨ましかったのだ。最強の陰陽師としての役目と大企業の令嬢としてやらなければならないことが目白押しで、お誘いは断るしかなかった。


 本来は小学生である。夏休みはたくさん遊んで思い出をいっぱい作って良い時期だ。


 だから、そんな陽晴の気持ちを見抜いていた浩介は、ちょうど陰陽寮やハジメから妖精界の調査依頼を受けていたこともあり、今回の小旅行を計画したのである。


 それを聞いた時の陽晴と言ったら、普段のお淑やかさが嘘のように――最近は某魔神の娘から悪影響(?)を受けているのか少し大胆になることが増えてきたが――浩介に飛びつき、その胸元にすりすりした。


 親が見ている前で。千景お母さんが「あら~♪」とニッコニコになり、大晴お父さんが妖魔を退治する時の目で浩介を見ていたのは言うまでもない。


 ちなみに、妖精界への小旅行中、愛子と同じく極小〝ゲート〟を維持する方法で分身体を地球に置いておく予定だ。ハジメが不在中なので不測の事態に備えてのことだ。こういう点がヒーローと称される理由だろう。


「旅行から戻りましたら、今度は米国への旅行――ではなく出張もしなければいけませんし、大忙しでございますね?」

「ふふふ、陽晴? 愛しの君と旅が出来る喜びが隠しきれていんせんよ? まぁ、気持ちは分かりんすが」

「あ、ぅ。あくまでお仕事だというのは理解していますから!」


 恥ずかしそうに赤く染まった頬に両手を添える陽晴。緋月が愛らしいものを見るように目を細めている。


 ともあれ、陽晴の言葉通り、妖精界への小旅行の後は米国行きが決まっていた。向こうで多発する怪奇事件の捜査協力だ。どうにも厄介な事件が起きていて、既に出向している人員や悪魔人形達の協力があっても難航しているらしい。


 日本の切り札を派遣することで各国との政治的なバランスを取る、という意味合いもあるようだが。


「えっと、朱さんも一緒に行くんだよな?」

「当たり前だ。妖魔の生まれる地に行ける機会を逃すはずがないだろう。前代未聞だぞ。それとも何か? 私を置いていく気か?」

「いやいや、そんなつもりないけど。米国にも?」

「いや、そちらはまだ本国からの指令はない。場合によっては我が国の手札をさらすことにもなるからな。まだどうするか協議中のようだ」

「なるほど。米国側としても、朱さんに内情を探られたくはないだろうしなぁ。今頃、両国間でばっちり外交してるのかもな」

「だろうな。ただ……」

「?」


 (シウ)が何やら視線を彷徨わせた。そして、言うか言うまいか迷った挙げ句、言った。


「日本の粉もん系チェーン店の中には米国に出店している店もあるらしい。現地オリジナルの味付けがあるようだ」

「どんだけ好きなんだよ」


 行きたいらしい。現地で思いっきりご当地限定テイストの粉もんを楽しみたいようだ。


 この人、なんだかんだで影法師を辞めてから人生謳歌してない? と、浩介達は揃って苦笑してしまう。


「ちょうどよく非番になったら、その、あれだ。〝ゲート〟でこっそり密入国させてくれたりは……」

「シウさん……なんだか変わりましたね。もっとお堅い方だと思っていましたけれど」


 自覚はあるようだ。朱は頬を朱色に染めつつ聞こえなかったふりをした。


 浩介は思った。たぶん、(リーウ)の影響だろうなぁ、と。あの妹分は、姉様の楽しそうな表情が大好きで、しかも、それをドストレートに表現するのだ。


 それはまぁ、カッチカチの真面目な性格も多少は解きほぐされるだろう。


「ま、何はともあれ、わっちらはわっちらで〝なつやすみ〟とやらを謳歌しんしょうね?」


 伝説の鬼も、海を越えた先の国に訪れるのは初めてのこと。故に楽しみで仕方ないらしい。


 そして、それ以上に、


「まだまだわっちを諦めきれん者達が大勢いんす。愛しの君、どうか分からせてやってくんなまし♪」

「う、う~ん……できるだけ穏便に行きたいなぁ」


 妖精界での修羅場をご所望のようだ。陽晴の目がキラリと光る。


「ご安心くださいませ、遠藤様。あなた様に危害を加えようとする妖魔などまとめて、このわたくしが調伏し、藤原陽晴の百鬼夜行に加えてご覧に入れますので」

「う、う~ん……できるだけ穏便に済ませてね?」

「……ふむ、そうか。考えてみれば妖魔の宝庫。手札を増やすチャンスか……」

「ほんとぉ~~にっ、穏便に行こうね!!」


 たぶん、穏便にはいかなそう。


 何やらやる気と血の気を滾らせる女性陣に、浩介はほんのちょっぴり旅行計画を後悔したのだった。












 時は進み、ハジメ達の機工界観光も終盤の頃合い。


 地球は日本にある、とあるメイド喫茶の休憩室にて。


「ハッ!? 私はだれ!? ここは大いなる夢の国!?」

「違います。ある意味夢の世界かもしれませんけれど、現実ですよ?」


 とある事件に巻き込まれ頭がぱっぱらぱ~っになっていたバスガイドさんが、少し錯乱しつつも正気を取り戻した。


 目の前には愛子(分身体)と日野凜(ひのりん)こと後輩ちゃん。


「あ、貴女は……いえ、それより私はいったい……」

「あまいお姉さん、良かったです! 正気に戻って! いきなり半裸になってケタケタ笑いながら暴れ始めた時はどうしようかと……カフェオレを飲ませても回復しないし……」


 後輩ちゃんが心底安堵したように胸を撫で下ろした。


「え、ちょっと待って、リンちゃん。半裸? 笑いながら暴れ? どこで!?」

「あ、大丈夫です。廃墟でのことなので」

「そ、そうなんだ……あ、いや、そうだったね……」

「それと、誰かが来る前に大人しくさせなきゃと焦ってしまって――つい、獅○斬りをぶち込んでしまってごめんなさい」

「う、うん? ししぎりが何かは分からないけれど、頭頂部が凄く痛いのはそれのせいかな? でも、ありがとう。私の尊厳を守ってくれて」


 なお、獅○斬りとは某エルデン○ングの戦技である。前方に回転跳躍しながら武器を叩きつける強力な技だ。相手は地面にめり込む。


「あ、それより、あいつらは!?」

「大丈夫です! あの場にいた連中には巨○狩りをぶち込んでおきましたから! あまい姉さんが脱ぐ前にヤッたので、あられもない姿は見られてません! ふふんっ、南雲先輩に改良してもらった私の〝黒木刀:真洞○湖〟なら一撃ですよ!」

「う、うん。きょじんがりが何かは知らないけど、助け出してくれたんだね。ありがとう」


 なお、巨○狩りとは某エルデン○ングの戦技である。低い体勢から力を溜め、踏み込みと同時に対象を強烈に突き上げる技だ。相手は宙を舞う。


 という後輩ちゃんの絶対にもうただの女子高生じゃないよね、とツッコミを入れずにはいられない対南雲先輩用武技の成長具合はともかく。


「ええ~と、取り敢えず、何があったのか聞いてもいいですか?」


 機工界は就寝タイムの真っ只中。特に困りはしないので、分身体ではなく愛子本体の意識で苦笑しつつ問う。


 バスガイドさんと後輩ちゃんは顔を見合わせ、そして、酷く困った表情で語り始めたのだった。せっかくの夏休みなのに巻き込まれてしまった怪奇事件について。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


浩介サイドやバスガイドさんサイドにも触れる予定ではありますが、ひとまず次回からは天竜界編です。今年も残り一ヶ月を切り忙しい方も多いと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです! よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
師走のアップデートをありがとうございます! 西洋中世(特に北西)大好きなWulfstan01です。 アニメのシーズン3もいよいよ1クール終了して、大好きな大好きな単行書9巻の「最後の大迷宮」まで来まし…
巨人狩りは大概の人型モブはダウンするからええよなぁ なお巨人相手には使わない模様
後輩ちゃん帰還者でもないのにこのフィジカル クラス転移が無かったら校内最強だったのでは?
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